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「うわ、なんだあれ」

駅ビルから一歩表に出たところで、ピッカピカの黒塗りベンツが目に入った。
道行く他の乗用車とは明らかにグレードが違うのは、庶民から見れば一目瞭然。
田舎でも都会でもない、こんな平凡な街には似つかわしくないその車に、新聞部の特攻隊として、自分の中で血が騒いでいくのを感じる。

もしや事件?アヤシイ裏取引?最近は写真部にイイ記事を先取りされちゃうことが多かった我が部としては、名誉挽回のチャンスかもしれない(さすがに学校新聞には載せられないけど・・・)
私はイヤホンを耳から引っこ抜くと、静かに動向を見守ることにした。


*****

「ふわぁ・・・」

それから数十分。
路肩に止まったおベンツ様には、何の動きも確認できない。
しいて言えば、キチッとしたスーツを着た運転手さんらしき人が、たまに時計と駅ビルを見比べては首をひねるという行動をするぐらい。

――ま、そうそう簡単に、事件なんて起こらないか。元々待つのは苦手な性質の私は、この黒塗りカーへの関心を失ってきていた。

「あれ?」


だが、その直後。

突然、運転手さんが、私の斜め後方辺りに向かって恭しく頭を下げたかと思うと、ふわっとバニラみたいな香りが漂ってきた。


「待たせてしまったわね。少し、手続きに時間がかかってしまって・・・」

身をひそめる私には気づかず、ぴょこぴょこと軽い足取りの“彼女”が、颯爽と横を通り過ぎていく。


「この後の予定、変更したほうがいいかしら?」
「ご心配なく、お嬢様。予想していたよりも道路が空いていますので、このまま・・・」

車に乗り込んでしまったから、後半の会話はしりすぼみだったけれど・・・私の記者魂は、一気に再燃しだした。
そうか、“彼女”だったのか。それなら、あの高級車にも納得がいくというもの。
前にみやびが言ってたっけ。“外車で登校してるんだよ、すごいよね!”って(私は遅刻常習犯だから見たことなかったんだよね・・・)

あのご立派なお車で、次は一体、どこに行くんだろう?別荘かな?いやいや、そんなチンケなレベルじゃないか。そんじゃ今からハワイでバカンス?カジノ?明日は学校なのに?あはは、楽しくなってきたぜ!


「へい、タクシー!」


ベタな感じに、指パッチンでタクシーを止め、即座に乗り込む。

「前のあの車、追ってください!」
「・・・そういうの、困るんですよね、お客さん・・・」
「何で?映画とかでよくあるじゃん!」
「いやー、そうは言っても・・・」
「てか、知り合いなんで大丈夫!マブダチ!」
「だったら乗せてもらえばいいのでは」
「それができたら頼まないですって!」


「・・・あら、千奈美さん?」
「うおお!」

いきなり名前を呼ばれて振り向くと、予想以上に近い所に顔があった。

しかも、それは今の今まで私の頭の中を占めていた・・・思わずのけぞって、反対側のウインドウに後頭部を思いっきり打ち付ける。

「いてっ!」
「まあ、どうなさったの?」


よく見ると、タクシーの周りには、結構な人だかりができている。ドアを全開にしたまま、ギャーギャー騒いでいたから、何かの事件と間違えられたのかも。
こーゆーの、ミイラ取りがミイラっていうんでしょ?うち賢い!(从o゚ー゚从<うーん??)


「千奈美さん、おケガはないかしら?」
「えっ!いや、全然!」
「それは良かったわ。・・・でも、奇遇ね。休日に学園の方とお会いできるなんて」

彼女――千聖お嬢様、は、小首を傾げてにっこりと笑った。


「・・・お客さん、それで、乗るの?乗らないの?」
「あっ!すみませーん、やっぱいいです!」

慌ててお嬢様を押し出すようにして、タクシーの外へ出る。
げんなりした表情の運転手さんに、申し訳なかったな・・・と若干落ち込みながら、去っていく車体を見送って、ため息を1つ。
どうも、テンションが上がると、周りが見えなくなってしまう。うちに構っている時間で、長距離のお客さんとか捕まえられたかもしんないよなー、なんて思うと、罪悪感も一入。

よっぽどヘコんだ顔してたのか、心配そうに、お嬢様が私の目を覗き込んでくる。


「千奈美さん、どこかへお出かけする予定だったのでは?タクシー・・・」
「あはは・・・実はー、うち、千聖おじょーさまのこと、尾行しようかと思ってぇ・・・」


アホか!そういうことは馬鹿正直に答えなくていいんだよ!と先代のチョー怖い部長の声が頭の中に響く。
でも、黙ってられないがうちの良さだと思うし!(キリッ)うまく言い訳できないんなら、最初から正直に言う方が潔いではないか!(キリッ!)


「・・・うふふふ」

ほらほら、お嬢様だって、楽しそうに笑っている。


「千奈美さんは、発想がユニークね。千聖を尾行だなんて。ウフフフ」
「で、でしょー?さすがうち!とかいってw」
「でも、私が気が付いてしまったのなら、尾行作戦は中止になってしまうのかしら?」
「そーですよ!まったく、どうしてくれるんですが、このオトシマエ!とかいってw」

すると、お嬢様はふと表情を真顔にして、また小さく首をかしげた。

「あ・・・あれ、今のは冗談なんですけどぉ」

今のは言葉のアヤで・・・って、またちょっと調子に乗りすぎたのかもしれない。
大金持ちのお嬢様だもん、そういう“落とし前”を要求されるような、庶民には想像もつかない修羅場を経験してる可能性だってある。
ただでさえ、新聞部はお嬢様にイヤーな経験をさせてしまった前科があるわけで・・・変な記憶を呼び起こしてしまったとしたら、あの時からまったく学習してないってことになってしまう。


「・・・そうね。落とし前、ということとは違うのかもしれないけれど」

しばらくすると、お嬢様はおもむろに顔を上げて、じっと私を見た。
背丈の関係で、上目使いに目力のあるまなざしで見つめられるのがなんとなく照れくさい。
犬顔っていう印象だったけれど、こういう読めない表情をしていると、猫っぽくも見えて、不思議な人だと思う。

「千奈美さん」
「は、はぁ」
「うふふ」

良かった、機嫌は悪くなってはいないようだ。
私、あんまり人に振り回されるタイプじゃないんだけど・・・妙にほっとけなくて、振り回されてしまう。


「・・・もしよかったら、千聖のお出かけに付き合っていただけないかしら?」
「ええっ!マジ!」


私のリアクションに満足したのか、三日月形の可愛らしい目がひょっこりとあらわれた。



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