※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

前へ


<桜→入学式>

春、4月。
僕は大学生になった。
これから僕の新しい生活が始まるんだ。どんな毎日になるのだろう。
そこに想いを馳せてみれば、新しい夢、新しい未来へ、ときめく予感がする!!


その最初の朝、僕はいつものこのバス停に立っていた。
今日から足を踏み入れる新境地に向かうため。


ひとり手持ち無沙汰なこの待ち時間。
このバス停、今年もこの時間いつものように、登校する舞ちゃんに会えるのかな。
でも、今はその楽しみに出会えることは無い。
そう、学園はまだ春休み。まだ新学期は始まっていないから。


舞ちゃんも高校2年生か。
そして、千聖お嬢様が最高学年・・・・

時の移ろいは早いもので・・・・・

初めてお会いしたとき、お嬢様はまだ中学生だった。
あどけなさの残るそのお顔で見せてくれたあの笑顔が忘れられない。
それが今ではすっかり落ち着いた大人の女性の雰囲気すら伺わせるようになられて。
舞ちゃんだってそう。歳とともにますます綺麗になっていく舞ちゃん。
僕には、それが怖いんだ。もう僕には手の届かないところの人になっていくようで・・・・

(もとから手が届くような立場じゃねーだろ、オメーは!! )

栞菜ちゃんだったらこういうツッコミを入れてくるんだろうな。

自分の立場か・・・
分かってるよ栞ちゃん、それぐらい。
でも、まだ僕はあきらめてなんかいない。
舞ちゃんが高校を卒業するまでには、必ず・・・・・


そんな感慨にひたりながら、春のうららかな陽気の中をのんびりと待っていた。

そう、いま僕はここで待っているんだ。
なかなかやってこない彼女を。もう既にずいぶんと長い時間。
まぁ、朝のこの時間のことだから、朝に弱い彼女に待たされるのは想定の範囲内のこと。

その待ち時間、春爛漫を感じながら、ひとり妄想にふけるというのも風流なもので。
春、だなあ・・・ ああ、なんかトキメク。
なんて思いながら、風が吹くたび舞散る桜の花びらを眺めていると、その桜吹雪の中から彼女の姿が現れたんだ。


来た!!


今日からまたよろしくお願いします!! 熊井、ちゃ、、、ん、、、、


目に入ってきたその熊井ちゃんの姿、それは僕を一発で固まらせるものだった。
やってきた彼女のその格好は、僕の想定内とか想定外とか、そんな一般人の思考をはるかに凌駕していた。
そうだ、この人に世の常識的な概念というものは通用しないのだ。

熊井ちゃん・・・
この人は何で学ラン姿なのだろう・・・・
しかも、マント付き・・・・

春風にマントを翻し、桜吹雪を背負いながら登場した熊井ちゃん。

その格好で今日の入学式に向かうのか・・・・ 

って、逆か。
彼女にとっては、入学式だからこそ、この格好で!ということなんだろう、きっと。
なんというか、さすが熊井ちゃん・・・

一万歩譲って学ラン姿なのは、まぁいいだろう。しかし、マントまで羽織ってくるとは。
今どき学ランにマントかよ。いつの時代の学生さんだよ。
さすが熊井ちゃんだ。今日も完璧に突き抜けている。


そんな彼女は御自分のしていることを全く疑問には思っていない様子。
まぁ、それは当たり前のことだけど。
だって、この人は、熊井ちゃんなんだから。
(熊井ちゃん御本人が疑問になんか思ってないのは当たり前だけど、熊井家の人たちもこの姿に対し何も言ったりはしなかったんだろうか?)


固まっている僕に対して熊井ちゃんが声を掛けてきてくれた。

「おはよう!」
「お、お、おはようゴザイマス」
「えー、なに、緊張してるの? 入学式程度のことで何でそんな緊張することがあるの?」

いや、僕のこの緊張感はそういうことではなくてですね・・・・

あきれたように僕のことを見た熊井ちゃんが、更に続ける。

「なにそのスーツ姿。まったく似合ってないねー!」

言わないでくれ。それに関しては自覚があるんだから。
着慣れないスーツ。まるでスーツに着られているような、ぎこちなさを感じてしょうがないんだ。
続けて彼女の言ったことは、これまた僕を脱力させるようなものだった。

「でもさ、入学式だっていうのに、なんでそんな格好なの?」

・・・・・・あなたにだけはry

「そんな格好って。入学式には一応それなりの格好をしなきゃと思って、スーツにしたつもりなんだけど」
「緊張するぐらいの意気込みで臨んでるんしょ? せっかくの入学式なんだからもうちょっとマシな格好しなさいよ!」

呆れたように彼女が言い放つ。
なんで僕の格好の方がおかしいみたいな雰囲気になってるんだろう。
この不条理とも思えるやりとり。

でもまぁ、これこそがいつもの僕らのやりとりのわけで。
いつも通りのそのやりとりのおかげで、僕は何となくリラックスすることができたのも事実だったんだ。
熊井ちゃんとのこの会話に心地よさも憶えてしまう僕って、少しおかしいのかな?

大きな熊さんのその格好。
それはそんなエキセントリックな格好ではあっても、目の前の長身美少女のその姿は、確かにカッコよかった。
そのビジュアルだけを見れば、目を奪われてしまったとしても不思議ではないほど。

  大きな熊さんはどんなものでも自分のものとして確立されてしまう。

いつだったかお嬢様がそう仰ってた。
そんな大きな熊さんが羨ましいとも。

お嬢様の仰ったこと、まぁ確かに理解できないこともない。
あの威風堂々とした姿には憧れを感じないこともないのだ。僕だってそれぐらいの風格が自分にも欲しいと思うよ。

でも、お言葉ですがお嬢様、この人のこの学ランマント姿を見ても、それでも羨ましいと思えますでしょうか・・・? 

だって、僕らがこれから向かうのは、厳かな場所。入学式なんですよ?
そこに出席するのは、もちろん僕らだけじゃないんだ。当然、たくさんの人がそこにはいるわけで。
そう考えると、やっぱり気が重くなる。
このビジュアルだけ見て無邪気に感嘆の声を上げていればいいような気楽な立場じゃないのだ、僕は。
彼女のやることに対して、僕はきっと無関係ではいられないんだから。
そう、今目の前にあるのは、僕にとってリアルな出来事。

この人はこの格好でその儀式に臨むというのか。初めての通学をこの格好で。
そして今日一日ずっとこの格好・・・ クラクラしてきた。



そんな熊井ちゃんとの道中。
バスを降りて地元の駅から電車に乗り20分、そして再びバスに乗り継ぐ。
都合、小一時間の行程。

最寄り駅から大学に向かうバス。
ここまでの電車内でもそうだったのだが、このバスの車内、ここでも当然のように注目の的になる熊井ちゃん。
そりゃそうだろうな、学ラン姿の長身美少女がそこにいるんだから。

この頃になると僕はもうその姿にもだいぶ慣れてきた。人間って良くも悪くも慣れてしまう生き物なんだ。
その格好をした彼女に話しかけられても、それほどの違和感を感じることもなく会話できるようになった。


でも、まだ不思議だ。
こうやって熊井ちゃんと一緒の学校に通学するということ。

そう。ご覧の通り、今日から僕は熊井ちゃんと同じ大学に通うことになったのだ。

いつの頃からか、そうなったらいいな、なんて漠然と思っていたけれど、今こうして彼女と一緒に大学へ向かっている。
高校時代いろいろなことがあったけど、本当に一緒の大学に通うことになるなんて。
6年ぶり2回目となるその僕の立場、彼女のそばにいられるということがまだ実感として捉えきれない。
それぐらい不思議な思いなんだ。

熊井ちゃんが僕をそばに置いてくれるのは、もちろん子分をいつでも使える位置に置いておくということ以外の意味はないんだろうけどさ。
それは彼女が常々言っていることからも明らかだし。
うん、そうなんだ。僕はもうその立場で長らく固定されていて。そして僕自身もそれに対してもはや疑問を抱いたりはしなくなっていた。

そんな相変わらずの立場なんだけど、それでも僕は嬉しかった。
そう、いま僕は本当に嬉しいんだ。彼女のそばにこうやっていられるそのことに・・・・


なんてことを考えながら感慨にふけっていた僕に、そんな僕の心境なんか全く関知していない熊井ちゃんが話しかけてくる。
口を尖らせながら、ちょっと不満そうな口調で呟く。

「大学まで遠いんだけど」
「近所だった学園と比べれば確かにね。でも、最初はそう感じるけど、そのうちすぐに慣れるよ」
「慣れるとか、そういう問題じゃないでしょ?」
「は?」
「慣れるってことはさ、考えなしに流されてるってことだよね。それってどうなのかな。もっとしっかりと自分の信念を貫き通すべきでしょ」

いいこと言うね、熊井ちゃん。うん、その通りだと思う。
そう、自分の感じた気持ちには常に正直であるべき。
だから、今あらためて最初に自分が思ったことを再確認してみた。

やっぱり、あなたのその姿は絶対におかしい!


やっと着いた大学。キャンパスは郊外の山の上に広がっていて、その敷地は広大だ。
バスを降りてからの学内は坂が続いていて、そこを登っていく。
正門からのその坂道を歩いている途中、熊井ちゃんが右に広がる桜広場を見上げてこう言った。


「桜満開だね。あとでお花見でもしようか」


そう、そこには見事なまでの満開の桜が広がっていた。
満開に咲き誇るたくさんの桜の木々を見ていると心が浮き立ち、これからの学生生活への夢が広がってゆく。

そんな思いでちょっと高まった僕は、思わず隣りを歩く熊井ちゃんをチラッと見つめた。
僕の目に映ったのは、まっすぐに前を見据え詰襟学生服にマントをひるがえして颯爽と歩いている熊井さん。

楽しい学生生活(いろいろな意味で)を送れそうな予感・・・


そんな外見の熊井ちゃん、予想通りと言えば予想通りなのだが、この学内でもいきなり注目を浴びまくっている。
道行く人たちが皆、この硬派チックな熊井ちゃんのことをガン見してゆく。

熊井ちゃん目立ってるなぁ。さすがだよ・・・
校内に足を踏み入れるなり、ものの数秒程度で人々の注目を集めまくる熊井さん。
数秒というか、校内に入った瞬間から皆の視線をひとり占めだ。

まぁ、でもそれぐらいのこと当たり前といえば当たり前なのかもしれない。
この人は熊井ちゃんなんだ。今更この程度のことで僕は驚かないよ。

でも、お願いだから、この大学の応援団とかその類の人には見つかりませんように。
そんなシチュエーションになったら、この人のことだ、面倒なことになりかねない。
初日からトラブルを引き起こすことだけは避けてほしいよ、そこは本当にお願いします。

そして、彼女のその特異な姿に、ここで花見をしている人たちの中にも気付いた人が出てきたようだ。
徐々にそちらからの視線が集まってくるのも実感として分かった。宴会のなかコップ片手にこっちを指差している姿も目に入ってくる。

そう、この桜広場では、たくさんの学生が花見と言う名のコンパをしていた。
気の合った仲間同士でワイワイと花見酒をしている人達は本当に楽しそうで。
僕も20歳を過ぎたら、一杯やってみたいな。

そんな周りからの視線を集めているのにも関わらず、のんびりとした表情の熊井ちゃん。
ひょっとして気付いていないのかな。これだけ視線が突き刺さってきてるのに。
まぁ、いつだって自分のペースを決して崩さない熊井ちゃんだ。これぐらいのことで動じるわけもない。

そんな彼女は、見たところ今どうやら結構機嫌がいいみたいだな。その表情は鼻歌でも出てきそうなぐらいだ。
大学のキャンパス、新しい環境に足を踏み入れたことで彼女のテンションも上がってるのかな。
熊井ちゃんの機嫌がいいのは何よりです。その間は僕も平和でいられるわけで。


「そっか。花見をするならお酒もあった方がいいね。あとで生協に行って買っておいて」
「熊井ちゃん、僕らはまだ未成年だから、お酒はダメだよ」

彼女の言うことが冗談なのかどうか分からないのでマジレスを返しておく。
それに対する彼女からの反論もなく、その会話はそこで終わり。
静かな時間が流れていく。

春らしい、のんびりとした空気だ。


これから4年間、僕らはこの大学で一緒に過ごすことになったんだ。
今日は、その入学式。
一生に一度きり、門出の日。




TOP