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「それとね、もうひとつ」

なかさきちゃんが沈んだ声で話しを続けた。


「おじょじょ・・・」


搾り出すようにそれだけ言ったあと、言葉に詰まってしまったなかさきちゃん。


「大学生になってお嬢様のおそばにずっといられないことが、こんなにつらいことだなんて・・・」


お嬢様想いのなかさきちゃんのこと。
長い学園生活のあいだずっと、まるでお嬢様の後見人のようにおそばに付き添っていた彼女のその心境は察するに余りある。
僕でさえもそう感じるんだから、熊井ちゃんなんかは今のなかさきちゃんの言ったことをどう受け止めたんだろう?

そう思っている僕の耳に、熊井ちゃんの発する言葉が入ってくる。

「千聖お嬢様のことなら心配しないで。お嬢様のお世話をするために生まれてきたうちが、ちゃんと大学生活と両立してお世話してみせるでありんす」

なんだ、その設定は。
酔ってるのか、この人?
(アルコールは口にしていないはずだけど?)

「だからお嬢様のことはうちにまかせて、なかさきちゃんは安心して旅立つがいい」
「ゆりなちゃん! 勝手にそんな設定をつくらない!! だいたい私だって大学と両立ぐらいちゃんと出来ます!!」
「なかさきちゃんは長年のお嬢様のお世話で疲れてるんだよ。この辺で少しゆっくり休まなきゃ!」
「お嬢様のお世話をゆりなちゃんに任せたりする方が心労で倒れそうだケロ」
「うち、メイドさんもやってみたかったし、ちょうどいいね。あははは」
「・・・・少しは人の話しを聞けっていう」


「もう!早く寮に帰ってお嬢様のお顔を見たいのに。こんなところで漫才に付き合ってるヒマは無いんだケロ!」


熊井ちゃんとのやり取りでいつもの調子が戻ってきたなかさきちゃん。
これを狙って熊井ちゃんがわざと今のやり取りをやっていたのだとしたら・・・・



「でもそうか、なかさきちゃんも頑張っているんだね!
うち、安心したよ。あの泣き虫のなかさきちゃんが大学生になったなんて」

妙に落ち着いた笑顔になった熊井ちゃんが優しくなかさきちゃんに語りかける。
それに対して、どことなく身構えたような警戒感を感じられるなかさきちゃんのその表情。


「何かあったらいつでもうちを頼ってね。うちはいつだってなかさきちゃんのそばにいるから」
「ありがとう。友理奈ちゃん。でも、だいじょうb
「うちとなかさきちゃんの仲じゃないか。悩んだときはすぐにここに来て。そして、泣きたいときもここへ来るがいい」

「いや、別に泣いたりなんかすることも無いし」
「なかさきちゃん心労に弱いからねー。ストレス受けやすい性格なんだからさー」
「高校時代に比べれば大したことは無いと思うよ、友理奈ちゃん。私にそんな多大なストレスを与えてくる人もいないだろうし」
「確かにw なっきぃの行った大学には桃子さんや熊井ちゃんみたいな人はいないだろうからねw」
「あなたは口を挟んでこないで頂けますか?」

僕に対してはとことん冷たいその口調。

でも、僕はなっきぃから、この反応をされることが嬉しくて。
もう何年ものあいだ、僕は彼女からこの反応をして貰ってるんだ。
僕を睨んでくるその大きくて丸い黒目。その表情にはいつも引き込まれるんだよね。
大学生になっても変わらない態度を取ってくれるんだと思うと、なんとなく嬉しい気分になって気持ちが妙に高ぶってきた。

「まぁまぁ、なっきぃ。まずは一杯やろうよ!」

そう言って、なかさきちゃんの前のコップに一升瓶を傾ける。

「だから誤解を招くでしょ。酒瓶で水を注ぐのはやめるケロ!」
「見てよなっきぃ、この満開の桜。こころが浮き立つよね!何か語りたくなってこない?」
「こいつも人の話し聞いてねーし・・・」
「え? 何か言った? なっきぃ!?」

妙にテンションの高まった僕と、そしてもちろんこの場の誰よりも一番テンションの高い大きな熊さん。
この異様なノリに、どことなくグッタリとした表情を浮かべたなかさきちゃん。

そんななかさきちゃんの様子を見て、熊井ちゃんがその大きな手を彼女の肩にかけた。
その状態で大きな熊さんからじっと見つめられたなかさきちゃん、若干うわずった声をあげる。


「な、なに? ゆりなちゃん・・・」


「なかさきちゃん! そんなことよりさ、夢を語り合おうよ。うちら、大学生になったんだからさ!」


その熊井ちゃんのテンションに、なかさきちゃんは、あっけにとられて「お、おぅ・・・」なんて呟いている。


「うちの夢はね、、、、




そうやって語りだした熊井ちゃん。

その壮大な想いを聞くにつけ、この人なら本当に何かそんな大それたことでもやってしまいそうな錯覚に陥るのだ。
この人は本当に何かを“持っている人”なんだろうと思う。

そんな夢をよく通る大きな声で話す熊井ちゃんに、周りで花見をしている人たちもコップ片手に聞き入っているようだった。

語り終えた熊井ちゃん。
その充実感ただよう表情。

どうやら自分の思っていることを上手く言葉にすることが出来たみたいだな。
言いたいことは全て言えたといった風情の熊井ちゃんに、僕は心の底からホッとした。
だって、これは案外珍しいことだから。

喋っているうちにだんだん自分の考えていることから外れていくのが大きな熊さん。
そして、それを自覚しつつも、いったん語りだしたら途中でそれを修正などできないのも大きな熊さん。
そのように、自分の思うところを上手く表現できず、その苛立ちで不機嫌になった彼女からとばっちりを受けるのは、いつだってこの僕。
すべて割とよくある光景だ。


今回は御自分でも納得のいく出来の話しができたようで。
そんな彼女の所信表明、まぁそれはいつもの観念的な言葉の羅列だったんだけど。
具体的には何をするのか、聞いてもイマイチよく分からないところはいつも通り。

だが、それでもこの熊井ちゃんが自信たっぷりに語る言葉には、いつだって何か人の心を揺さぶるところがあるのが不思議なところで。


今も、それを聞いた周りの人たちから一斉に拍手と歓声が沸き起こる。
一気に盛り上がった雰囲気に包まれたお花見会場。
熊井さんの発したメッセージをこの場の皆で受け止めたことで生まれたこの熱気。すばらしい一体感だ。
それは感動的な光景だった。


得意気な表情の熊井ちゃん。
それを見て眉間を押さえつつ何故かため息をついているなかさきちゃん。

熊井ちゃんにより熱い空間と化したこの桜広場。
そして、その中でのそんな二人の様子がまた可笑しくて。
僕は満開の桜を見上げながら、コップの中身(水)を飲み干したんだ。

大学生活、面白くなりそうだな、なんて思いながら。



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