「・・・・・手配してきたって言ってたけど、どこなの?勧誘スペースは」
「もぉ軍団に割り当てられたのは学食前のペデ下。なかなかいい場所でしょ」

各学部棟から学食・生協・図書館の前を通りサークル棟の方まで真っ直ぐに伸びている学内の大通り、ペデストリアンデッキ。
そのペデストリアンデッキの下層階。通称、ペデ下(ペデした)。しかも学食前?
そんな一等地、どうやって確保したのだろう。
割り当てられたって、ポッと出の団体の希望をそんな簡単に受け付けてくれるものなのか?
いや確か、勧誘の場所取りは早いもの勝ちだったはずだけど。それを今になってから?
いったい、どうやって・・・


この時期、メインストリートであるこのペデ下には、両側にびっしりと並ぶありとあらゆるサークルの勧誘ブースで埋め尽くされている。
新入生とおぼしき人が通るだけで勧誘員が殺到して声をかけてくるので、その喧騒のなか歩いて行くだけでも一苦労なぐらいだ


そんなカオスの中を歩いていくのだが、僕らには誰も声を掛けてこない。
僕らだって新入生だというのに(ましてやこんな美人が歩いているというのに)誰も近寄ってこないのは、もちろん他ならぬこの大きな熊さん御自身のせいだ。
なるほど。もう有名人なんだな。そして、誰も積極的に関わってこようとしないところを見ると、そういう捉え方をされているんだね。

まぁ、そうじゃなくても、彼女のその姿は気安く声を掛けたりすることなんか出来ないようなビジュアルなのかもしれない。
この高身長の美人さんは、一見するとクールビューティーで何か近寄りがたい雰囲気をまとっているのだから。

かように何の色づけをしなくても、只者じゃないのが一目で分かる。
ある意味で孤高のそんな姿が十分に目立つ大きな熊さん。さすがとしか。

そんな熊井ちゃんの後についていくと、向こうから恰幅のいい学生服姿の一団が歩いてきた。


あれは、、、お、お、応援団の人たちだ・・・・


そのゴツい雰囲気に、ごったがえしている群集も道を開ける。

          • 僕の背中に冷たいものが流れた。
よりによって応援団の人たちと遭遇してしまったのか! ま、まずいよ・・・


でも、これが入学式の日じゃなくて良かった、と心底思った。今日の熊井ちゃんは学生服ではないのだから。
このまま彼女が何もせずに黙っていてくれれば、普通にすれ違うだけのこと。そこに何の問題もあるはずがない。
だが、今ここを歩いているのはあの大熊さんなんだ。そして向こうから歩いてきたのはこの大学の応援団。
この事態に僕は一気に緊張した。


ところが、そのあとに僕が目にしたのは予想外の展開だったんだ。
応援団の人たちは熊井ちゃんの姿を認めると、やはりというか声を掛けてきたのだが、その声かけの内容は僕の予想とは全く違うものだった。

「「「チューーッス!!」」」

意味ありげな笑みを軽く浮かべた団員さんたちが熊井ちゃんに声をかけている・・・・
それに対して、満足そうに頷くと鋭い目線ながらも微笑みを返す熊井ちゃん。
たとえ誰が相手でもそんな上から目線なんだな・・・

それだけのやりとりをすると、応援団の人たちは立ち止まることもなく愉快そうに去っていく。体育会系特有のあっけらかんとしたこの感じ。
僕は唖然としてそれを見送った。


「し、知り合いなの?応援団の人たちと・・・熊井ちゃん?」
「ん? 案外いい人たちだよ、あの人たち」


な、何があったというんだ・・・ 訳が分からない。

でも、彼女のことだ。僕の知らないところで既に何かしでかしていたんだろう。怖くて聞けないけど。
いつのまにか応援団の人たちと何かひと悶着していたということか。(良かった。僕も一緒にいるときじゃなくて)
でも、それが悪い結果にならないところは、さすが大きな熊さん。意外と硬派の人たちに受けがいいんだよな、この人。


在学2日目、既に応援団の人たちと顔見知りになっているというのか。
なんなんだ、この人のこの大物感は。

そりゃあ、どのサークルの勧誘員だって気軽に声なんか掛けられないわけだよ。



威風堂々と歩を進めてきた熊井ちゃんは、学食の前まで来ると迷うことなく、ある長い机に近づいていった。
どうやら、そこがもぉ軍団の区画らしい。
そして、そんな彼女のことを、隣りの長机に陣取ってるサークル(アニメーション研究会)の人たちが怯えた様子で見ている。

その様子を見て僕は瞬時に理解した。

勧誘の場所取りは早いもの勝ち。
そのため、いい場所を確保するには朝一番から準備して正門が開くと同時にダッシュで坂を駆け上がってここまで来なければいけないんだ。
そのように、厳しい競争を勝ち抜かないと場所を確保することなど出来ないのに、どうしてもぉ軍団の勧誘ブースがちゃんとここに存在しているのか。

あぁ、なるほど。
熊井ちゃんがどっかりと腰をおろしたこの長机と椅子一式、これはこのアニ研の人たちから「譲って」もらったものなんだな。
どうやってこの人たちから「譲って」もらったのか、その方法については詳しく聞かないことにするけれど。

こんな一等地の場所を確保していたぐらいだから、この隣りにいるアニ研の人たちは相当の努力をもってこの場所を押さえたのだろうに。
それなのに突然現れた唯我独尊ちゃんに、理不尽にもそれを無理矢理貸し出されることになったということか。
なんというか、うちのリーダー(自称)のせいでご迷惑をおかけして申し訳ありません。

堂々としている熊井ちゃんの横に、僕は隣りのアニ研の人たちに非常に後ろめたい気持ちを感じながら腰をおろした。
そんな肩身の狭い思いを感じつつも、ここですることについて考えてみた。


机の前に掲げられているのは「もぉ軍団」という手書きのポスター。
このポスター、高校時代から使ってるやつだ。物持ちのいい人だ。

いや、待て。本当に「もぉ軍団」という名称で活動するのか。
そもそもどういう活動をするというのだろう。

やはり机に積んであるチラシを手にとってみた。
このチラシもまた高校時代から使ってるやつ。


(学生生活の上で何か事件はありませんか。身の回りで起きたあらゆる出来事を解決します。学園・もぉ軍団)


“筋さえ通りゃ気分次第でなんでもやってのける命知らずのエリート集団。”


・・・・・・


これを配るつもりなのか・・・・
「学園・もぉ軍団」のままになってるけど。文面を直したりはしてないんだな。
細けえことはry、ってことなのかな。(新しく作るのが面倒だっただけなんだろうけど)

この状況で考えることが色々とある僕に、熊井ちゃんが話しかけてきた。

「ところで、もうアルバイトは見つかった? バイト探すって言ってたけど」
「いや、まだ探してるところ。でも早く決めるよ。夏までにまとまったお金を作るつもりだからね」
「うん。ちゃんと分かってるみたいだね。軍団の資金も少し余裕が無くなってきたから、割のいいバイトを早く見つけてしっかり働いてね」
「だからさ、今回のバイトは夏休みに僕は海外へ旅に出るつもりだから、その資金を稼ごうと思ってるからで・・・
「そうか、新しく軍団に入る人から入会金を取れば、まとまったお金が入るのを見込めるね。これからも軍団は安泰だ」

人の話しは全く聞いてくれない熊井ちゃん。

今のセリフ、彼女はまた気になる言葉を挟んでいた。
入会金って何だ?
この勧誘、応じてくれる人がいたらその人から金を取るつもりなのか。
入会金なんてものを払ってまでこの軍団に入るのって、そんな価値が果たしてこの軍団にあるというのだろうか。

そもそもになるけど、もぉ軍団とか、そんな訳分からん団体の勧誘に誰が応じてくれるんだよ・・・・



と思っていたのだが、意外なことに時間が経つにつれだんだんともぉ軍団のブースには男性が集まってきたんだ。
そいつらの視線はただ一点熊井ちゃんに向けられていて。

そうか、ここに座っているこの熊井ちゃんの姿に引かれたんだな、この人たちは。

そりゃこんな美人さんが座ってるんだもん。
この場にいるってことは、当然サークルの勧誘をしているということで。
勧誘しているのが美人さんとなれば、そりゃ世の男性の興味を引きつけるというのは、これはもう当たり前のこと。
最初はこちらを様子見だった彼ら、そうして意を決して近づいて来たわけだ。当然のように、彼女の横にいる僕のことはどいつもガン無視だけど。

だが、大きな熊さんが自ら応対などなさるはずもない。
そんな動機で集まってきたこの人たちに対して、その相手をさせられるのはこの僕なわけで。そのとき僕が受ける視線の嫌な感じといったら。
入学以来受けている気がするこの視線にも大分慣れてきた僕は、入会希望の人がやって来るたびに熊井ちゃんの用意してきた紙を渡す。
その紙に書いてあるのは、

『もぉ軍団が世界に進出する意義と、それを達成するための具体的な方法についてあなたの考えを述べなさい(10,000文字程度)』

つまり、これはもぉ軍団の入会テスト。
入りたいという人に対して選抜試験を行ったりするような、そんな偉い団体だったのか、もぉ軍団は。


だがしかし、その出題された内容を見ると、みんな逃げ出してしまうのだ。一人の例外も無く。

「どうしてよ!」

どうしてって、そりゃそうだろうよ。
一言目から「もぉ軍団が世界にry」とか言われても困っちゃうだろ。
何も知らない人にとっては意味不明のうえに余りにも不気味すぎる。


そしていつしか、このもぉ軍団のブースの前から再び人の姿は消えてしまった。

「誰も近寄ってこなくなっちゃったんだけど」

なにその僕が全て悪いみたいなジトッとした視線は。

「入会のハードルが高いんじゃ・・・ 何か危険思想をもった団体ですって言ってるように受け取られそうだし。あれじゃ大抵の人は逃げだしちゃうよ」
「だから、一般人には興味ないから。ちょっとは骨のあるやつはいないのー?」

そんなことを言う熊井ちゃん。もぉ軍団、一般人はお断り、か。
ひとつ気になったんだけど、僕は自分のことを「一般人」だと認識しているんだけど、その認識はそれで間違っていないよね。

「いやそもそも、もぉ軍団っていう名前の団体を見て、積極的に興味を持ってくる人なんていないんじゃ・・・」
「えー、でもうちはこの名前が好きなの。だからもぉ軍団としてこの名前でここでも活動しようと思って。たまにはももにもここへ顔を出してもらいたいし」
「うん。そうだよね! 熊井ちゃんがそう言うなら、もちろん僕もそれでいいと思う」

熊井ちゃんが言ったその言葉、僕には嬉しかったりしたのだ。
そう、僕も実はもぉ軍団という名前に結構こだわりを感じているところまできているのだ、いつのまにか。

でも、いま彼女は最後にとても気になる言葉を言った。

ももにもここへ顔を出してもらいたい・・・

そうですね、桃子さんも来てくれることがあれば僕もとても嬉しいです(棒読み)。

ぐんだんちょーとくまいちょー。もぉ軍団の誇る最強ツートップ。この2人さえいれば世界と渡り合える。
そんな2人の活躍をここでこれからも見ることが出来るのか。
舞台が大学になっても、2人からの僕の扱いは全く変わらないんだろうな。
軍団長と自称リーダーに振り回される僕の立場というものはこれからもずっと不変なんだろう・・・

これも運命なのかもしれないな・・・・



そのとき、通りがかった女性が僕らのテーブルの前で立ち止まった。


「あれ? 熊井ちゃん?」


この声。
この甲高い声を聞くのは、久し振りだ。



TOP
最終更新:2014年02月02日 19:50