学内のはずれに立つサークル棟。
コンクリート打ちっぱなしの壁面の素っ気無い建物。
大学の自治がどうたらと独特の書体で書かれた巨大な立て看板。
その解放区といった独特の雰囲気、いかにも大学のサークル棟って感じだ。

桃ヲタさんの案内で僕らはサークル棟の中に入り、狭い階段を上っていく。

暗い廊下にひんやりとした空気。
どこからともなく聞こえてくるトランペットか何か楽器の音色。
階段や廊下の壁一面に、古いものから重なるように貼ってある無数のビラ。
壁にペンキで書きなぐってあるのは、時代物の物騒なアジテーションの落書き。昭和か。
乱雑に置かれている各サークルの備品。そして勧誘のタテ看にポスター。

それらの醸しだしている雰囲気に、熊井ちゃんが物珍しそうにひとつひとつ眺めている。
大きな熊さんが興味を示されたようです。

でも、綺麗好きな熊井ちゃんのことだ。
この光景を見て、明日までにキレイに掃除しておいて!なんて僕に指示してくるんじゃないかと思ったら、「これも雰囲気があるね」とか言ってる。
ひょっとして、こういうアナーキーな雰囲気にワルの血が騒ぐのかな。
闇のフィクサー(なんぞそれ?)を目指してるとか言ってたこともあるぐらいだし。意外とこういうの嫌いじゃないのかも。


階段を上って最上階まで来ると、廊下のなかほどにある扉の前で桃ヲタさんは立ち止まった。
そこがアイドル研究会のサークル室らしい。

「どうぞ中に入って」

その扉を開けた桃ヲタさんに促され、熊井ちゃんと一緒に中に入る。

アイドル研究会のサークル室というだけあって、その内部はいかにもという感じの室内だった。

壁中に貼ってあるポスター。
棚にはDVDやら写真集やらが大量に並べられている。
そして、訳の分からないグッズの数々。ボールペンにまでアイドルの姿がプリントされているしw
そこに飾ってあるアイドルの全身がプリントされているデカいタオルも何かすごいな。タオルって飾るものなのか。
そもそもこのタオル、何に使うんだろう。


でも、この雰囲気。
この光景を見て意外とテンションが上がった自分がいたのも事実だったりして。


あ、このポスター。
それは、ある7人組アイドルグループのポスターだった。

「お、少年もこのグループのファンなのか? 俺はこの子の大ファンなんだ」

そういって部長さんが指差したのは、特徴的な結び方の髪型をしている最近テレビでよく見る小柄なアイドルだった。
許してにゃんの人か。

「あ、いや、すみません。僕はある5人組アイドル派なんで。でも、このグループも結構好きですけどね」
「この中だったら、少年はどのメンバーが好きなんだ?」
「このグループだとそうですね、僕が一番好きなのはこの背の高い子かな。美人なのにおっとりとしてて、その温和な性格には惹かれますね。争いごとを好まないそんな平和な感じが見ててとても癒されるし」
「そうか、少年が好きなのはくまいty

「今日会ったのも何かの縁だ。生写真なら大量にあるし、良かったら少し分けてあげようか?」
「!!!」

なんという親切な人なんだ!
あの学園祭Buono!ライブのとき受けた仕打ち(まとめサイト参照ケロ)を決して忘れていない僕だったが、いつまでも過去に捉われるのは良くないよなということに思い至る。



部長さんと僕がそんなたわいの無い会話をしていると、部屋を見渡していた熊井ちゃんが、こう言った。


「うん、もうちょっと広いと良かったんだけど、まぁここでいいか」


話しに割り込まれた部長さんと僕の視線は、同時に熊井ちゃんに向けられた。
見れば朗らかな笑顔の大きな熊さん。そんな彼女が言葉を続ける。

「今日うちらが会ったのも何かの縁だったのかもね。だからここにする!」


何を言ってるのか飲み込めない僕らを尻目に、彼女の頭の中ではどんどん話しが広がっているようだ。


「まぁ最初だし、これからステップアップするとして、今はこれぐらいの広さでも妥協しないとね」
「え?どういうこと?」


「ここ、部屋の半分をもぉ軍団の部室として使うことにするから!」


あぁ、なるほど、そういうことか。
瞬時に彼女の言ったことを理解した僕とは対照的に、あっけにとられた様子の部長さん。


「・・・・・・・・」
「よし。このラインからこっちが軍団の敷地ね」


ちょっと何言ってるのか分からない・・・・

そう言いたげな表情で固まってしまっている部長さん。
分かりますよ。あまりにも突拍子の無い事態を前にすれば誰だって固まってしまうのは当然のこと。



「必要なものがあるなら、そっちに移動して」
「ちょ・・・ 勝手にそんなこと」
「うちらのスペースに勝手にはみだしてきたりするのは許さないからね」
「許さないって言われても。部屋の半分も取られたらこれだけのグッズがあるのに収納だって・・・」
「そんなの自分で考えなさいよ。すぐに人を頼らない!」


反論は時間の無駄ですよ、部長さん。


「本当ならうちらが部屋全部を使いたいから出て行ってほしいところなんだけど、そこは譲歩してあげるから。感謝するのね」


すごいなこの人、相変わらずの超絶熊井理論。


部長さんは固まったままだ。現実を受け入れられないんだろう。
まぁ、普通の人の反応としてそれは自然なことだ。
でも、悲しいけどこれ現実なんだよね。
ま、同情はしますけどね。


唖然とした空気の室内をよそに、窓の外に広がる緑豊かな光景を見渡していた熊井ちゃん。
振り向いた彼女が、僕に向き直って指示を出してくる。

「ここ、真ん中で仕切りをつけるから。それを手配して設置しておいて」
「うん、わかったよ。今日中にやっておくから」
「よし。それはまかせる」

熊井ちゃんの言い出したこと、僕は彼女のやりたいことをサポートするだけだ。


そんな僕らに桃ヲタさんは事態がまだよく飲み込めていない様子、というか目の前の現実を認めたくない様子。

「なに、その顔? そっち半分はあなた方が引き続き使って構わないからって言ってるでしょ? これだけうちが譲歩してあげてるのに何か文句でもあるの?」
「な、無いです・・・・」
「それなら、さっそく備品の移動を始めてね。リミットは今から24時間。それ以降はうちらで勝手に処分するから。それに対する苦情は一切受け付けないからね」


熊井ちゃんという人のことを理解してもらえましたか?
あきらめた方がいいですよ。
一度決めたこと、彼女は絶対に覆したりしないから。


「よし、部室も確保できたし。もぉ軍団、順調だね!!」



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最終更新:2014年02月02日 20:43