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思えば、最近私は、千聖の寝顔ばかり見続けているような気がする。
イベントの移動中、車中でご機嫌に寝入るその横顔を見ながら、そんなことを思う。

千聖は昔から寝つきが悪く、その反動のように、ちょっとした空き時間にウトウトと微睡んでいることが多かった。
その傾向は、いわゆる“お嬢様化”により、人格が分断されてから、より顕著になった。

すぴー、すぴー、と、子犬の赤ちゃんみたいな可愛い寝息。これは、明るい千聖のほうだな。お嬢様だと、ほとんど寝息は立てず、胎児のように小さく丸まって眠る。


「なんか、千聖って全然変わんないよねー」

前の座席から、舞ちゃんが話しかけてきた。


「寝てても起きてても、誰もが知ってる岡井千聖!って感じ。キャラ替えなんて、考えたこともないんだろうね」

そうかな?なんて言いかけて、言葉をぐっと飲み込んだ。
私も少しは、知恵が回るようになったのかな。今、私の頭の中に浮かんだ“ある出来事”を舞ちゃんに伝えれば、間違いなく彼女の機嫌を損ねることとなるだろう。


「まあ、キャラとか作んなくても、個性強すぎだからね、この子の場合」
「あはは、だねー」

私の返答に満足したのか、舞ちゃんはまた顔を前方に戻した。


――誰もが知ってる岡井千聖、かぁ・・・。

再び、千聖の寝顔に目線を戻した私は、もやもやした気持ちを覚えた。

岡井千聖といえば、明るく、喜怒哀楽がわかりやすく、まっすぐで情に厚い性格。
ファンの人が持っているであろうその印象は、近くにいる私たちにとっても同じようなもので・・・裏表がない、どこでも誰に対してもブレない、純粋な人間だと思っている。


だけど、舞ちゃんには言わなかったけれど、私は今、少しだけ、千聖のことがよくわからなくなってしまっている。
喧嘩でも仲たがいでもなくて・・・そう、きっと、多分、あんなところを見てしまったから。


それは、少し前、コンサートに向けてのレッスンの日のことだった。
ダンスレッスンを終え、楽屋に戻る途中、普段は電気の付いていない倉庫部屋が明るくなっていて、ふと覗いてみたら、千聖と舞がいた。


声をかけることは、できなかった。
倉庫のドア――つまり、私に背中を向けた状態の舞は、千聖の肩に顔をうずめて、その華奢な体を預けていた。
舞が泣いているのは、遠目にもすぐわかった。空気があまりにも重い。静寂を、舞の小さな嗚咽が時折破っていく。

普段なら、すぐにその部屋へ入って行って、状況を聞いただろう。

だけど、その時の・・・千聖の少し眉をしかめて、テーブルと床の境目ぐらいを睨みつけるような表情は、見たこともないようなもので、話しかけることを躊躇させるような迫力があった。

そして、その強い目線のまま、千聖がふっと顔を上げた。
バチッと目が合い、心臓を握りしめられるような衝撃が走った。

“どうしたの”

寸でのところで声をこらえ、口パクでそう聞いてみたけれど、千聖は何もリアクションしてくれない。

そうして、しばらく無言で私の顔を見つめていた千聖は、唐突に“向こうへいけ”とばかりに顔をプイッとそむけると、そのまま二度と私の方を向いてくれなかった。


――正直、あれは傷つきましたぜ、岡さん・・・。

メンバーなら何でも言わなきゃいけないとは言わない。が、その行動は、あまりにも普段と違いすぎた。
その後、楽屋に戻ってきた二人は、何事もなかったようにちょっかいを出してきたけれど、私は上手く返すことができなかった。っていうか、泣いてしまった。久しぶりのなかさきちゃんモードだった、あれは。



結局、舞の涙の理由も、千聖の見たこともないような表情のことも、何も解明されないまま今に至っている。
向こうがどう思っているかはわからないけれど、あの時から、私は若干ちょっと千聖に対して内心ギクシャクしてしまっている感がある。


「すぴー、すぴー」


ああ、よだれ垂れてる・・・寝顔はこんなにアホちゃんなのに。一体、あれはなんだったんだろう。一度気になりだすと、くよくよと考え込んでしまうのが自分の悪い癖。



「なっきぃ、千聖、着いたよー!降りてねー」
「んが!?・・・あー、あれ、千聖のごはんは・・・?」


舞美ちゃんの声に、律儀にベタな反応を返す千聖。
そのリアクションにみんなが笑っている中で、私は自分の顔が引きつっているのを感じていた。


「ねえ、何か元気ない?」
「え?」


夜。
ホテルに戻り、シャワーを浴びてベッドに座ったタイミングで、今日も今日とて同室の千聖が、ペットボトルのお茶を投げてよこしてきた。


「辛気臭い顔しちゃって。千聖でよかったら話聞くけど」

あら、お優しい。・・・けど、どことなくつっけんどんっていうか、心配してるっていう割に、バサバサとぶった切るような口調のように感じた。


「何か千聖、冷たい」
「へ?今心配して声かけてんじゃん。どこが冷たいんだよ」
「冷たいじゃん!舞にはあんなに・・・」

そう言いかけて、さすがに余計なことを言ったと口をつぐむ。


「舞・・・?」

千聖は何のことだか思い当らなかったみたいで、不満げに唇を尖らせたまま、私の顔を上目づかいで覗き込んできた。


「舞が、何?」
「いいよ、覚えてないなら」
「ふん、本当は思い出してほしい癖に。まあちょっと待ってろよ」

・・・・・オゥフ、これだから長女のお察し力は。
だけど、やっと千聖が私のことをちゃんと考えてくれたと思うと、やっぱり嬉しい。

「ねぇ~、わかった?」
「わかんない」
「えー、しょうがないなぁ。じゃあヒントね!」
「もう?まだ1分も経ってないじゃん」

ちょっと自分でも浮かれすぎかも、とは思うけれど、やっとこっち向いてくれた嬉しさが勝っている。・・・こんなだから、私、「恋愛したら重そう」などというレッテルを貼られるんだろうね・・・。


「ヒントはー、ちょっと前のリハの時の出来事でーす」
「はぁ?そんなんでわかるわけないじゃーん」

まあ、そりゃそうか。


「じゃあ、ヒント2ね。」
「あ、わかった。舞が泣いてた話だろ」
「わかるのかよ!」


ホント、千聖って、千聖って・・・・。


「そりゃ、泣いてる人には優しくするでしょ」
「そうだけど!違うの、あの時私の事思いっきり邪魔扱いしたじゃん!」

そうだっけ?と千聖は小首をかしげる。


「したよ!あっち行けって、顎でクイッてやってさぁ」
「あのさ、舞が泣いてた理由は今勝手に言えないからね?舞の許可がないと」
「だーかーら、そうじゃなくて!」

なっ・・・なんなの、もう!噛みあわない!私の気持ち、全然わかってないんだから!
いつだったか雑誌で読んだ、“男脳と女脳がどうたらこうたら”っていう記事を思い出した。

「おいコラギョカイ、千聖は男じゃねえぞ」
「ギュフッ!地の文読まないでよ!とにかく、舞ちゃんは関係ないの、私は私と千聖の話をしてるんだから」


――くそめんどくせぇ・・・。

千聖の表情から、わかりやすくそんなメッセージを感じ取って、私はさらに慌てだす。

「私はねぇ、千聖」
「ちょっとだまって、なっきぃ」
「ふぎゅっ」

千聖はおもむろに私のアゴを片手でつかむと、ほっぺたを押しつぶしてきた。


「大人しくしてた方が可愛いよ、お前」

な、なにそのイケメン発言!みぃたんの次ぐらいにかっこいいんですけど!
千聖は反射的に黙った私に満足したのか、ふふんと満足げに笑って言った。



「まあ、なんていうか、すまんかった」
「お、おう」
「あの時さ、千聖、どうしてもなっきぃに頼りたくなかったんだ」
「どういうこと?」
「うーん」

千聖の眉間にしわがよって、むずかるように口をもごもごさせる。考えていることを、うまく言葉にできない時の癖だ。


千聖の感性は独特だから、それを言語に変換するのがなかなか難しいらしい。こういう時は、しばらくじっと待つに限る。


「・・・なんかさ、なっきぃ、大人っぽくなったじゃん。19歳になって」

しばらくすると、少し唇を尖らせながら、千聖がしゃべりだした。


「そ、そう?」

とぼけてみせたものの、実はそう言われて心当たりがないこともない。
そろそろ大人にならなきゃいけない年だし、意識して落ち着いた行動をするように心がけていたから。
その成果が表れていたなら嬉しいけれど、千聖的には何か気に入らないところでもあったんだろうか。


「だから、なっきぃを頼るわけにはいかないと思ったの」
「・・・・・・千聖、なんか言いたいこと途中すっ飛ばしてない?大人っぽくなったのに、頼ってくれないの?」
「・・・ああ、そうだ。だから、同じ三馬鹿後列組として、千聖も大人にならなきゃって最近感じてたんだよね」


――ギュフーッ!!何が後列だ!新曲センターのくせに!・・・いや、それはおいといて、やっと辻褄の合う説明をしてもらえた。


「その、舞が何で泣いてたのかは知らないけど、千聖は、自分だけでどうにかしてあげたかったってこと?」
「ああ、うん。そういうこと」


冷たくして悪かったよ、ごめんね。と千聖は眉を下げて何度も言ってくれた。

それで、私もようやく納得できた。自分の知ってる千聖が戻ってきた。そんな気持ち。
とりわけ、私と千聖は仲が良すぎる節があるから、ちょっと知らない面を見せられると、動揺してしまうところがある。

「なーんだぁ。それなら、あとで何か言ってくれればいいじゃーん」
「でへへ。なっきぃがそんな気にしてると思わなかったからさぁ。・・・あ、でもね」


再び、千聖の顔がキリッと引き締まって、真面目なことを言い出すつもりなのだと悟った。

「千聖、あの時決めたんだ。なっきぃのこと、今後はライバルだと思っていこうって」
「はいぃ?ライバルって。愛理じゃなくて?」
「愛理のとはニョア・・・ニュ・・・」
「ニュアンス」
「そう!ヌュアンスが違う。なっきぃが大人になろうって思うなら、千聖もそうしたい。
だってもうすぐ同い年になるんだもん。今はなっきぃの成長に全然追い付いてないけど、うちらだけでも℃-uteをアピールできるようになりたいじゃん?だから、ライバル同士で高めあっていかないとね」

そこから千聖は、℃-uteでこういう番組に出たい、こういう宣伝をやりたい、と目を輝かせて語り出した。


――なんていうか、憎めないよなぁ、こういうとこ。結局千聖のペースに巻き込まれて、いつの間にか許しちゃうことになるんだから。


「・・・千聖の気持ちはわかった。だけど、ああいう怖い無視はやめてよね。なかさん、そこらへんは空気読めるから。
それに、千聖が思ってるほど、私大人になりきれてないよ。いつもいっぱいいっぱい」
「わかった、ほんとごめんね」
「いいよいいよ。はい、この話はもうおしまい!」


こうやってちょっと腰を据えて話し合えば、私たちは気まずさも何もなく元に戻れる。
私は、本当にいい仲間・・・親友に出会えたものだ。本人には言わないけれど、こういう時、つくづくそう思う。


「さーさー、もう寝ようか。明日も早いよ、岡さん?」
「えーもうちょっとしゃべろうぜ!聞いてよ、下の弟がさぁ~」

わめく千聖をベッドに追いやり、私も自分の布団にもぐりこむ。
壁の方を向いて横になったところで、キュフフと小さく笑いを噛み殺した。



――大人、ね。
だったらあと数週間後、千聖が19歳になったら、モスグリーンのピンヒールの靴をプレゼントしよう。
私が自分の誕生日に自分にプレゼントした、ブルーのやつとおそろいの靴。

こんな大人っぽいの、今は笑っちゃうぐらい似合わないけれど、これを履きこなせるぐらいまで、一緒に成長してこうねっていうメッセージ。

いつか当たり前のように、この靴を履いて歩けるようになるまで、千聖と私はずっと繋がっているに決まっているんだから。
いわば、これは未来の千聖へのプレゼント。

私がこの話したら、千聖、どんな顔するかな。恥ずかしそうに顔真っ赤にして、だったら、今の千聖へのプレゼントもちょうだい!とか言われたりして。


「なっきぃ、なにキュフキュフ笑ってんの?」
「別にぃ?キュフフ」


妄想だけでも、ニヤニヤが止まらない。
私はこっそりスマホを手繰り寄せると、お目当ての靴を販売しているショップのサイトを立ち上げたのだった。



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