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「しかし、あの岡井もついに19歳か」

大学の授業と夕方の雑誌の撮影を終えて、ファンの方たちからのお手紙を受け取りに立ち寄った事務所で、ふいにスタッフさんがつぶやいた。

「鈴木さん見習って、少しは大人っぽくなればいいのにな」
「いえいえ、ケッケッケ」
「ほんと岡井、昔から変わらないですよねー」
「来年20歳なのに、あれじゃなあ。先週も曲覚えないでレコーディング来て・・・」


相手次第では、陰口のようにも取れてしまうようなスタッフさん同士の会話も、その対象が彼女――岡井千聖であるならば、全然違うニュアンスになる。
まず、小言を言っているとは思えないほど表情が柔らかい。千聖の巻き起こす珍騒動やあのキャラクターを、みんなが愛さずにはいられない。そんな風に思っているが伝わってくる。


「今日、誕生日イベントですよね、千聖」
「だね。もう終わった頃だろうけど・・・」


そう、本日は千聖の誕生日当日。バースデーイベントが行われている日だ。
私も舞美ちゃん達みたいに、イベントで一緒に歌いたかったな。それがダメでも、客席で千聖の歌の世界に浸りたかった。
4月から大学生になって、新しい世界や友達も増えたけれど、反面、自分のもともとの居場所や仲間を今まで以上に恋しく感じる。


――千聖に、会いたいな。


私はケータイを取り出して、アドレス帳を辿った。


*****

「あいりん毎日お疲れ様だねー!」

なんと、それからものの数分後。
たくさんのバースデープレゼントを抱え込んだ千聖が、私の目の前でにこにこと笑っている。


「いやいや、岡さんこそ。イベント、お疲れ様でしたぁ。ケッケッケ」

千聖は、イベント終了後に事務所に来ていたらしい。
電話をかけてみると、同じフロア内から、“いっさましい~”と聞き覚えのある着信音が聞こえ、奥のソファから人が落下するものすごい音が響き渡ってきたのだ。


「せっかく今日に合わせて、ファンの人が手紙とか送ってくれたんだからさー、今日中に受け取りたくてー、でもスタッフさんたちまだ愛理のしか仕分けしてないとかいうからー」

なるほど。
さっきはまだこの大量のプレゼントをさばき切れていなかったから、待ちくたびれた千聖はいつもどおり“岡井ちゃん、寝る!”モードになっていたらしい。
私からの突然の電話に驚いて、ソファから大転倒!というわけか。ほんと、マンガみたいなキャラだなあ。


「千聖、もう帰っちゃう?」
「うん?そうだね、プレゼント受け取ったし」

じゃあ途中まで一緒に帰ろう、と言おうとして、私のお口は、無意識に全く違う言葉を発していた。


「10分でいいから、二人で誕生日パーティー、しようよ!」


――ところ変わって、事務所の屋上。


「いえーい、カンパーイ!」
「・・・・おう」

テンション高い私とは裏腹に、千聖は眉間にしわを寄せて納得がいかないようなご様子。


「もっと盛り上がろうよ、フゥー!」
「いやいや、鈴木さん。怖い人ですわぁ、アナタ」


自分自身でもびっくりな私からの提案に、えっ、マジですか!祝って祝って!と見えないシッポをバタバタ振って喜ぶ千聖が可愛らしすぎて、浮かれた私は、いろいろと間違ってしまった。

まずは飲み物を!と屋上の自動販売機で「ミステリー」というボタンを押したら、この時節に、あったか~いおしるこドリンクが出てきたのだ(これは私のせいじゃないよね!)。
さらに、軽食の販売機はカ●リーメイトの紛い物らしき怪しいビスケットしかなく、これらを買ったところで、運悪く私のお財布はすっからかんになってしまったのだ。


「あっつ!おしるこ熱いよ!ビスケットしょっぱ!ねー、あいりんどういうセンスしてんの、本当に!」


不服そうながらも、千聖は私の買ってきたものに口をつけてくれる。
私のキャラがそうさせるのか、普段、私はあんまりバシバシツッコミを入れられることがない。
こうやって、容赦なくやり込めてくれるのって、千聖や舞ぐらいだ。そして、私はひそかにそうされることに喜びを感じていたりする。


「パーティーなんていうから、何か準備してくれてたのかと思ったらさー」
「まあまあ、いいじゃないか!見たまえ、この屋上からの景色を!これが私からのプレゼントなのだよ!」
「・・・・・ぶっ」


数秒の沈黙のあと、私たちは全く同じタイミングで肩をすくめて吹き出した。


「なるほどー、さすが鈴木区長の作った街は綺麗ですねー」
「はっはっは、魚も安くて新鮮ですぞ」


こういうゆるーいノリも、私と千聖ならでは。
ツッコミのつもりで頭を軽くたたくと、頭突きで応戦してくれる。
私はこういう千聖としか共有できないような瞬間がとても好きで、幸い今はM様やNっきぃといった、千聖の関心をもってっちゃう人たちはいない。
私は勇気を出して、もう1歩踏み出したことを言ってみることにした。


「私たちって、不仲ってことになってるらしいよ。知ってた?」
「ん?フナカ?」
「仲悪く見えるんだってさ」
「それ、前も言ってなかった?」
「だって、なんか、ファンの人に言われたし。ブログのコメントにも書かれたことあるし」
「ふーん」


――前にも言った?そうだったっけ。よっぽど私の中で、根付いてしまっている事柄らしい。
果たして、千聖はどう思っているんだろう。もちろん、これだけ一緒に居て、いまさらお互いの気持ちを疑うような段階ではないけれど、そういう“外野”からの声を、千聖はどう受け止めているのか、気になるところではあった。



「ウケるね」


しばらくして、千聖はムフフと笑いながら、一言そう言い放った。


「ウケるの?」
「ウケるじゃん!どーせ千聖が愛理に嫉妬して!センターの人はいいよねってパターンでしょ?まあ実際そのとおりなわけですが!」
「合ってるのかよ!」

ふざけて殴りかかる振りをしながら、私たちはキャーキャーと騒いでじゃれあう。


――そっか、これはウケてもいいんだ。ウケていいことなんだ。

そう思ったら、はしゃいでいたはずなのに、私はなぜか泣きそうになってしまった。


「あいりん?どうかしたの?」

心配そうに顔を覗き込まれて、私は慌ててニカッと笑って見せる。


「ケッケッケ、今度さ、イベントで寸劇やろうよ!ちさまいなっきぃが私と舞美ちゃんをボコボコにする的な」
「うーわっ、それ確実に千聖たちがとばっちりくらうじゃん!怖いわー、うちのエース怖いわー!」


大げさにブルッと身震いすると、千聖は唐突に、屋上の手すりのところまで走って行った。

「来て、あいりん!」

呼ばれるままに足を進めて、千聖の隣に並ぶ。
あ、悪い顔してる。何かイタズラを思いついた時の顔だ。
私に対しては、そうヒドいことを仕掛けてはこないだろうけど・・・とりあえず、身構えてその茶色い瞳をじっと覗き込む。

すると、千聖は突然息を吸い込んで、「あーーーー!」と思いっきり叫んだ。


「へぇえ!?」
「ほら、あいりんも一緒に!」

そう言いながら、今度は音階をつけての大声。
――あ、これ、発声練習の時のメロディだ。

それで私は、千聖が何をしたいのか感じ取ることができた。


「千聖」
「うん!いくよ、せぇ~の」


 ♪―――流れ星 願いをこめれば 君に伝わるの



示しわせたかのように、同じタイミングで歌い出す。
うん、ハモりもバッチリ。私たちは自然に手をつないでいた。


♪――涙星 ほほに流れてる 私の涙よ


千聖は私の目をじっと見ている。
私の歌に全身全霊を集中させて、この瞬間、二人だけの“作品”を作り出そうとしてくれている。
千聖が、今この瞬間、私の歌と自分の歌を合わせることを選んでくれた。そのことに、じわりとあったかい喜びが湧き上がってきた。


「やっぱり、千聖、あいりんの歌大好きだな!」
「私も!千聖の歌、最高!大好き!」
「こんなの、千聖とあいりんじゃなきゃできないな!」
「できないな!」


――私たち、バカップルの素質があるんじゃないのか?
とりとめなく浮かぶ、お互いへのノロケ(?)を、ぶつけ合うのが楽しくてたまらないなんて。


「ねえ!千聖いいこと思いついた!毎年、お互いの誕生日にさ、ここで歌おうよ!」
「おぉ~、素晴らしい!だけど、多分千聖明日には忘れてるよ。ケッケッケ」


なんだとー!とか言いながら掴みかかってくるのを、わざと抵抗せずに受け止めて、私たちはついに、屋上にゴロンと仰向けに転がってしまった。

切り替わった視界に、満天の夜空が広がっている。
傍らの千聖も、呆けたような表情で、空へと視線を這わせているようだった。
凛々しくて、それでいてどこかあどけない不思議な横顔。
19歳の千聖は、またどんどん変わっていくのかな。外見も、歌声も、内面も。
私たちの関係は何も変わらないけれど、変わっていくお互いを、これからもずっと見つめ合い続けたい。千聖もきっと、そう思っているだろう。
同い年コンビだけの、特別な感情。特別なかかわり。
誰がどういう邪推をしようとも、私たちはこうして、ゆるぎない絆でつながっているのだ。


「「ねえ、もう1曲・・・」」


ほら、こうやって気持ちが重なる。笑い声が弾けていく。
誰にもわかんない関係でも、二人だけにしか共有できない“ナニカ”であっても。

もうすぐ、スタッフさんたちが私たちを探しに来てしまうかもしれない。この幸せな時間に、いつか終わりが来るなんて信じられないけれど。

名残惜しむかのように、歌声を一層おおきくすれば、対抗するかのように、千聖の声の調子も上がっていく。

千聖の誕生日を祝っていたはずなのに、私、いったい何やってるんだろう。とても可笑しくて、不思議な状況。これも、千聖と私ならではということなのだろうか。

尽きることのないハーモニーに身をゆだねながら、私は緩やかな幸福感に満たされていた。



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