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お風呂あがり、髪から水分を飛ばして部屋に戻ると、千聖は小さく丸くなって、私のベッドの端っこで眠り込んでいた。

今日は、二人だけの遠方での仕事があった。こういう日は、宿泊場所で別々の部屋を用意されていたとしても、私たちは同じところで過ごす。
一人で眠ることを怖がる千聖は、必ず私の部屋を訪れる。明るい方の千聖でもそうだ。
いつもはお姉ちゃんのように振る舞う千聖が、幼い面を見せて甘えてくる。それは、私にとっても嬉しいことだった。


「ちっさー」
「・・・ん・・」


小さな寝息。大人しくて遠慮がちなこの様子だと、今はお嬢様の時のまま、なのかな。
顔を近づけると、薔薇のような甘い香りが漂ってくる。それは、何年経っても私の嗅覚が良く覚えている、・・・今は違う世界へと進んでいった、大切な仲間の記憶を呼び起こさせた。


「・・・えり」


私のつぶやきに反応するかのように、パチッと千聖の目が開いた。


「わっわっ」

慌てて体を離すと、千聖は寝起きのぼんやりした表情で、キョロキョロとあたりを見回した。


「えりかさん・・・?」
「あ、違うんだ、ごめんね!なんか、えりの香水と似てる匂いがしたから」

私がそういうと、千聖はああ、と小さく呟いて、微笑した。それは、本当に控えめな表情の変化だったけれど、とても幸せそうな笑顔だった。

「昔、えりかさんにいただいた練り香水を使っているんです、私。
明るい方の千聖は、香りの強いものが苦手らしくて、ふと気が付くと匂いを落とされてしまった後だったりして、・・・ウフフ、同じ人間なのに、嗜好が違うみたいで」
「ちっさー、えりのこと、好き?」

いつもより饒舌なその様子に、思わずおかしな質問を投げかけてしまった。千聖の動きが、ピタッと止まる。


“みぃたん、千聖は・・・お嬢様の千聖は、えりかちゃんのこと、本気で・・・”
いつか、なっきぃがそう言っていたことを思い出す。
私は千聖より4つも年上だけれど、“そういうこと”については、本当に疎い。
もしかして、聞いちゃいけないことだった・・・?どうも、恋や愛というのはとても難しい。


「・・・はい。私は、えりかさんのこと、好きです」

やがて、千聖は鈴の鳴るような小さな可愛らしい声で、そうつぶやいた。

「えりかさんは、・・・人格の別れた私の事を、全身で受け入れてくださったから。
私は、そのことが本当にうれしかった」
「えりに、会いたい?」

千聖の瞳が揺れ、唇が小さく震える。


「千聖、」
「ごめんなさい、私」

私の横をすり抜けて、千聖はバスルームのドアを開け、中へ入って行ってしまった。
うつむいたその表情はよくわからなかったけれど、さすがの鈍感な私でも、今度こそ悪いことを言ってしまったというのはわかった。・・・舞風に言うと、“地雷踏んだ”ということだろう。

すぐに謝ろうと思ったけれど、“矢島は慌てるとロクなことにならない”というスタッフさんたちからのダメ出しが頭をよぎる。
とりあえずバスルームの前まで行ってみると、シャワーの音が響いてきた。それならば、無理に中に入ることはないだろう。

ベッドのある場所まで戻る気にはなれなかった。私はドアの前に座り込んで、千聖が戻ってくるのを待つことにした。



*****

「おーい、舞美ちゃん!ま・い・み・ちゃん!やじー!!」

ドンドンドン、と背中に強い衝撃を受けて、ハッと我に返る。


「舞美ちゃんてば!」
「は、はい!」

慌てて立ち上がったと同時に、勢いよくドアが開いて、眉をひそめた千聖が転がるように室内の廊下に飛び出してきた。


「もー、なにやってんの、舞美ちゃん!」
「はい?あれ?ええ?」


千聖の剣幕で、ぼーっとしていた頭が冴えていく。
・・・私、眠っちゃってたみたいだ。体でバスルームのドアを塞ぐ形になってたから、千聖を閉じ込めてしまったのだろう。


「ごめんごめん!」
「びっくりした、本当に!お風呂出ようとしたら、開かないんだもん!」


口調は怒ってるけれど、もう気は納まっているのか、そう機嫌は悪くないみたいだ。


「よくあるじゃん、赤ちゃんがベランダにママがいるのに鍵かけちゃって、大騒動になっちゃたりする事件。千聖も他人事じゃないと思ったよ、今」
「そうだよね、1週間ぐらい水しか飲めなかったら大変だもんね!あ、トイレはあるから安心だけど」

私の言葉に、千聖はヒャハハハと独特の甲高いおなかを押さえて笑い出す。


「そんなに起きないつもりだったんかい!」
「え?あれ~?また変なこと言っちゃった?」

千聖ってすごく天然なくせに(Σリ・一・ リ)、ツッコミがバシッと決まるから、なんだか慌ててしまう。
そうだ、いけない。自分の寝過ごしと、千聖の勢いに慌ててしまって吹っ飛んでいたけれど、大切なことを確認し忘れていた。


「いつ、戻ったの?」


千聖の動きが止まる。
今の千聖は、さっきまでの千聖とはいろいろと違う。だけど、そのリアクションは全く同じで・・・。改めて、不思議なことだなって思う。千聖は二人いるようで、やっぱり一人の人なんだなって。

私はもう一度、質問を繰り返した。


「さっきまで、お嬢様だったよね?でも、お風呂から出てきたら、今の千聖に・・・」


問いかけをしながら、自分の頭の中で、その答えが組み立てられていく。
途中で言葉を切った私を、千聖がじっと見つめていた。



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