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千聖の目は色素が薄くて黒目が大きくて、神秘的だと思う。
普段はやんちゃに振る舞って、くるくると変わるその瞳の表情が、こうやってぴったり動きを止めていると、そのギャップもあってか、まるで知らない人を見ているように落ち着かない気持ちになる。


「あ、ご、ごめんね。私のせいだよね」
「・・・ううん、違うよ」


私の謝罪を手短に否定すると、千聖はぎこちなく笑った。


「別に、何もなくても、急に性格入れ替わることもあるし。舞美ちゃんは何も悪くないから」
「でもさっき私と話してて、そのあとで」
「だから、違うって。勝手に変わったの。もうやめよう、こんな話。ね?気にしないで。早く寝ちゃおう。明日も早いんだから」

千聖は畳み掛けるように一気にそう言って、さっきまでもぐりこんでいた布団の中に戻っていった。
隣に寝転んでも、横を向いたまま、私の方を見てはくれない。心臓がズキズキと痛む。
私が原因なのは明白なのに、千聖は全部自分の中に押し込んで、蓋をしてしまった。

千聖は何でも言いたいことをいってしまうキャラクターだなんて言われているけれど、本当はそうじゃない。
相手を気づかうあまり、全力で自分の心をセーブして、その反動で苦しんでいるところを、私は何度もそばで見てきた。
それは時に、後になって八つ当たりやワガママのような形で外へと放出されて、そういう行動をとる自分を悔やんで、余計に落ち込んでしまったり、千聖は決して、単純で明るいだけの子じゃない。わかっていたことなのに。
それなのに、よりによって、私がそれをさせてしまうなんて・・・。

何を言っていいのかわからなくて、私に背を向けている千聖の肩に触れる。

「何?」

くすぐったいよ、と身を捩られて、思わず手に力を入れて抱き寄せる。
もうあの薔薇の香水の香りは消えていて、改めて、“お嬢様”の千聖の心を傷つけてしまったことを実感させられる。


「ごめんね、千聖」
「だから、違うってば」
「そうやって、千聖の本当の気持ちを言わないで閉じ込めてきたんでしょう?
気が付かなくてごめん、千聖。
でも、私は千聖が思っていることが聞きたいの。ちゃんと話してもらえたら・・・」
「言ってどうなるの、そんなこと」

千聖の腕に力がこもり、低い声が私を遮る。


「千聖は何て言ったらいいの?えりかに会いたいって泣けば良かったの?それとも、別に会いたくないよって?」
「そうじゃなくて、千聖の本当の気持ちが知りたいだけなの」
「じゃあ、言おうか。舞美ちゃん千聖のこと嫌いになるかもしれないけど」


私の手を振り払うようにして、千聖は振り返った。
明かりを落とした室内で、千聖の瞳だけがキラキラと光っている。
胸が痛い。だけど、千聖の言葉をちゃんと聞きたい。
私と千聖は今まで、何か肝心なことを話さずに、平和に過ごしてきたように思う。
千聖は舞やなっきぃ、ごくたまに愛理に見せるような、感情的な面を、私個人に対しては、ほとんどぶつけてこなかった。
でも、きっと今が、その関係を壊すタイミングなのだと思う。
促すようにじっと見つめていると、千聖が口を開いた。

「千聖は、ずっとえりかと一緒にいたかったよ。あっちの千聖の気持ちは知らないけど、私はえりかと一緒にいたかった。
いつも、今が最高だって思ってるけど、もし違う未来があったら、そこにえりかがいたら、・・・ううん、えりかだけじゃない、全部、すべての出会いや出来事が元の通りのままだったら、どうなってたのかって、考えると眠れなくなる。
えりかに、会いたいに決まってるじゃん。大好きだもん、えりかのこと。そんなこと聞かなくてもわかってよ、舞美ちゃん」
「ごめん。ごめんね、千聖」


抱きしめた千聖の体はとても熱くなっていて、私にしがみつく腕が、痛いほど背中に食い込んできた。
私はというと・・・こんな状況だというのに、不謹慎にも安堵感を覚えていた。
千聖の心の奥に、少しだけかもしれないけれど、触れることができたから。
私を信じて、心の中を見せてくれた。それは、私と千聖の関係において、とても大きな意味を持っていると思う。


「あはは…」
「は?・・・なんで舞美ちゃん笑ってんの」

涙混じりの抗議も、失礼ながら、可愛いな、なんて思ってしまう。


「ありがと、ちっさー」
「ええ?もー、わけわかんないよ、舞美ちゃんってほんと天然だ」


千聖は仕方なさそうに苦笑すると、赤い目を三日月にして、少し私から顔を離した。
そして、黒目がちな瞳でじーっと私を見つめてくる。



「千聖・・・」
「あ、いらない。それいらない」


うなじに手を回して唇を近づけると、ワンちゃんが拒絶するみたいに、両手をぴんと伸ばして抵抗されてしまった。


「うるさいほうのこっちの千聖は、そういうのいいからね」


距離を取られてしまったものの、さっきまでとは違って、千聖の気持ちがちゃんとここにあるのがわかっているから、不安にはならなかった。


「あーあ。千聖、舞美ちゃんにはこういう話はしないつもりだったのに」


そう言いながらもすっかり表情は落ち着いていて、恨み言を言う感じじゃないのはわかった。

千聖はそれから、ぽつりぽつりと、色々な話をしてくれた。


千聖の話だと、℃-uteを卒業してからも、えりとは何度か会っていたらしい。
顔を合わせる時は、必ず、お嬢様のとき、と決まっていたらしいけれど・・・。今よりずっと不安定だった千聖の心に、えりは寄り添ってくれていたみたいだ。


「でもね、えりかがモデルさんの事務所に入るって決まった時、話し合って、もうしばらくは会わないことにしたんだ。で、それっきり、テレビ電話ぐらいでしか顔は見てないなあ」
「どうして?」
「邪魔したくなかったからね、えりかの」
「そんな・・・会ったっていいんじゃない?仲良かったんだから」
「ダメ。仮ににえりかが良くても、千聖はまだ、そうしていい時期じゃないって思ってる。
千聖は・・・子供だ。すっごくガキ。全然大人になれてない」

千聖の表情には、何か思いつめたような決意が滲んでいて、私が口をはさむ余地なんてどこにもないように感じられた。

千聖は明るくて元気な反面、別人みたいに自分に厳しく真面目なところもあって、ちょうど今みたいに、突然人を寄せ付けなくなることがある。
それはお嬢様化とは全く違う、元々の千聖の性質なのだろう。“邪魔”だなんて言葉で、自分の気持ちに蓋をして。
そこに、どれほどの苦しみや決意が込められているのか、気安く「わかるよ」なんて言えない重みがあった。



「さっきも言ったけど・・・千聖は、“もしも”の今とは違う形の℃-uteのことを考えることがあるの。
もちろん、今の状況が、嫌だって言ってるわけじゃないよ。今は・・・今。すごく良い状態になってると思う。舞美ちゃんがリーダーで、なっきぃに愛理、舞がいて、まだまだ頑張っていけるって信じてる。
だけど、千聖にはまだ覚悟が足りていないんだ。えりかはそれをちゃんと持って、ここから卒業していったのに」


そこで一呼吸置いた千聖は、じっと私を見た。


「それは、お嬢様の方の千聖も同じように感じてると思う。
あの子、こっちの千聖に比べたら大人って思うかもしんないけど、結構子供なんだよ。千聖が気が付くと、いきなり泣いてたりするし。
だからね、私たち・・・えっと、こっちの千聖とあっちの千聖は、今は修行中の身というわけ」
「修業・・・」


千聖は指で忍者のポーズを作って、イタズラっこのようにニヒヒと笑ってくれた。
それから、泣いて少し赤くなった目じりを下げて、顔を近づけてくる。


「あの・・・千聖のことさ、嫌いになった?まだ昔の事、引きずってるって・・・」
「え、何で?なるわけないよ!」

即答だったのがよかったのか、千聖の表情に安堵感が宿る。
喜怒哀楽、その全てがストレートに出るその愛くるしさが愛しく感じられて、私は千聖をギュッと抱いた。


「千聖」
「うん」


本当に、千聖は不思議な子だ。
千聖が心の中を見せてくれたことによって、私の中にも、変化が生じてきているのがわかった。・・・いや、正確には、表面化した、というか。


「千聖、私もえりに会いたいな」
「舞美ちゃんはいつ会ったっていいんじゃない?千聖のは個人的な・・・」
「ううん、きっと私もだめだ。私もたまに思っちゃう。“もしも”の未来のこと。
ずっと一緒に頑張ってきた仲間のこと、切り離してなんて考えられないよね」


かろうじて泣くのはこらえたものの、私は自分の声が上ずっているのを感じた。
――そうか、私、ずっとえりに・・・えりたちに、会いたかったんだ。
ずっと目をそらしていたその思い。一度自覚してしまえばあふれて止まらず、色々な感情が頭を占拠して、私は言葉を発することができなくなってしまった。




「知ってたよ」


しばらくの沈黙の後、千聖の妙にはっきりした声が、耳の中へ飛び込んできた。


「知ってた・・・?」

「うん。千聖は、舞美ちゃんがえりかのこと探してるって、ずっと前から気づいてた」
「千聖、」
「だって、円陣組む時、舞美ちゃんの右手はいつもフラフラって誰かを探してた。手をつなぐ振付で、舞美ちゃんは一番端っこなのに、誰かと手をつなごうとしていた。
千聖はずっと、見てたから。舞美ちゃんは自分と同じだって。だから今日、どうしたらいいのかわからなかったの。千聖の気持ち話して、舞美ちゃんが嫌な思いしたら嫌だもん」



――ああ、そうだったんだ。
千聖は、全部わかっていた。わかっていた上で、私を気づかって、何も言わないで見守ってくれていた。今日、私がこうして逆に質問を投げかけるまで。


「ごめ・・・」

顔を覆うとした私を、千聖がそっと両手で受け止める。
首筋に、温かい涙の感触。ゆっくりと、千聖のしゃくりあげるような声が、体を通して伝わってきた。
そのまま、私たちは、しばらく声を押し殺して慰め合った。




*****


「あはは・・・千聖、目、真っ赤になってる。ぶっさいくだ」


洗面所の方から、独り言か私に話しかけてるのか、いつもの千聖の大きな声が響いてきた。

「舞美ちゃん、あんまり目腫れてないよね。美人はいいよなあ」
「千聖だって可愛いよ」
「はいはい、そういう慰めいらないから」

まるで、何事もなかったように、いつも通りの千聖だ。
私自身も、あんなに感情を高ぶらせた翌日とは思えないほど落ち着いていた。
心の奥に仕舞い込んでいた思い。それを、曝け出してしまったからだろうか。
きっと、千聖は私と話したことを誰にも言わない。私も、誰かに言うことはないだろう。
そんな確信めいた予感が、私を穏やかにさせているのかもしれない。


「舞美ちゃん、何ニヤニヤしてんの?朝からご機嫌ですねぇ~」

髪の水分をタオルで飛ばしながら、千聖がベッドサイドに戻ってくる。


「ううん、やじちょっと、いいこと思いついちゃって。あはは」
「はいはい、また出たよ。どうせ千聖の泣き顔はぶさいくで面白いですよ!」

あれ?なんか噛みあってないかも。でもいいか、千聖が面白い子なのは別に間違ってないし。Σリ・一・;リ



――もうすぐ、千聖は19歳になる。その誕生日プレゼントとして、私は素敵なことを思いついてしまったのだ。


昨日、千聖は言っていた。“自分は子供だ”と。
でも、それは違う。と私は思っている。
あの時――私のことをずっと見ていた、私の気持ちを知っていた、と言ってくれた時の千聖は、全然子供なんかじゃなかった。
言うなれば、人の痛みに優しく触れてくれる、母性。大人の暖かい愛情。そういうものをまとっていた。

だから、思ったのだ。“・・・もう、いいんじゃないかな?”と。


「ねー、舞美ちゃん、さっきから何?面白いことって?千聖にもおすそ分けしてよ!」
「あはは、すごいね、千聖!」


危ない、危ない。私ってば、全部顔に出ちゃうから・・・。意外にするどい千聖に感づかれないよう、気をつけなくては。


「あ、ママから電話だ。ちょっとごめんね」

スマホを片手に、千聖が私にお尻を向けて、お母さんとお話を始める。
その隙を見て、私はケータイの電話帳を開いた。

千聖、怒るかな?でも、これでいいんだ。これは、いいことなんだ。
だって、千聖はもう子供なんかじゃない。だから・・・



“久しぶり!えり、千聖に会いたくない?”



送信完了画面を眺めながら、私のほっぺたは綻んでいた。




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