バリバリ、ゴリゴリ、ガリガリ。

私の横で、眉間にしわをお寄せになった舞様が、見た目に似合わぬ頑丈な歯で、硬いおせんべいをかみ砕いている。


「お、おいしい?」
「ハッ、美味しくなきゃこんなに何枚も食べませんが?」

――ギュフーッ!気を使ってみたらこのありさまだケロ!話しかけなきゃかけないで余計不機嫌になるだろうし、舞様モードに入った舞は、どうにも扱いが難しい。


「はー、硬い。なんでこれこんなに硬いわけ?」
「いや、ハードタイプって書いてあるし・・・ゆっくり舐めながらかじったら柔らかくなるんじゃない」
「うわ、何その言い方エッロ。なっちゃんってほんとそーゆーのしか頭にないんだね」
「はいぃ!?」

あさっての方向からの口撃に、声が裏返る。
いやいや、待ってください萩さん。たしかにそーゆーのしか頭にないのはあtt、じゃなくて、すぐそっちに結び付けてるのはアンタのほうでしょうが!


「イジワルなことばっか言わないでよぅ・・・」

軽く口を尖らせてそう抗議すると、ほんの少しだけ、舞様の眉が下がって、まあ多少は気が晴れたのかな、なんて思う。

今日の不機嫌の理由。というか、舞が不機嫌になってる時はもう聞くまでもなく、愛しのあの子がらみなのでしょうが・・・。
肝心のご本人はただいま、楽屋の隅っこで、一人ギャーギャーと騒いでいる。そう、比喩でもなんでもなく、本当に一人で。これが岡井さんのすごいとこだ。


「うぇへへへ・・・うぉお!?グフ、マジこれ・・・むひょぉー」

一人、畳ばりの床をゴロゴロ転がりながら楽しげな様子。
千聖の周りには、大量の紙袋や綺麗な包装紙に包まれた雑貨が積まれている。
これらは、全てファンの人たちからのバースデープレゼント。
第一便はもう受け取ったらしいけれど、本日、無事マネージャーさんたちの検閲を通った御品物が、追加として千聖の手元に届いたというわけだ。


「えー!これ・・・あはは、そっかそっか」

目を三日月にして、プレゼントとしゃべっている千聖。お気に入りのものがあったのか、握手会とかで、事前にファンの人が言っていたプレゼントでも届いたのか。
千聖はとりわけ、ファンの人との近しい交流を重視しているところがあるから、こういった機会が嬉しくてたまらないんだろう。
あんまりテンションが上がりすぎて、大学のレポートに勤しむ愛理の背中に思いっきり頭突きをくらわした挙句、片手でほっぺをびーっとつねられてあわわと慌てている。


「何アレ。ちしゃとってほんと、馬鹿犬ちゃんみたいでしゅね」
「でも、そういうとこが可愛いんでしょ?キュフフ」

これはご機嫌回復の好機かと、軽くからかいの言葉を口にしてみると、なぜか舞は深くため息をついた。


「舞?」
「なんか、ちしゃとの気、引きすぎじゃない?いくら誕生日だからって・・・」
「・・・・・はいぃ?」


どうやらこの女王様は、プレゼントに浮かれる千聖ではなく、私たちを支えてくださっているファンの皆様に、嫉妬しているらしい。お、恐ろしい・・・超絶熊井理論を越えた、覇王の恐怖政治理論。
舞は基本的に、℃-uteじゃ一番視野が広く、冷静な判断ができる子なんだけれど、今日のように不機嫌と、愛する千聖が関わることが重なると、一気に見境がなくなってしまう。


「ファンの人は関係なくない?」
「ふんっ」


さっきより反発が弱いということは、自分でも子供じみた嫉妬であることを自覚しているのだろう。反省が見られる分、こういう、ネコみたいにくるくる変わる態度や表情が可愛らしいな、なんて思ってしまう。


「何かあったの?」

私の問いかけに、軽く肩をすくめる舞。もうちょっと突っ込んで聞いてきたら、答えてあげなくもないでしゅよ。みたいな。なっきぃ、そういうめんどくさいの大好き!自分が重くてめんどいオンナ(岡井談)だからね!わかるよ!


「ケンカした・・・とか?」
「・・・うーん」

依然、一人ギャーギャーとはしゃぐ千聖の背中をチラッと見ながら、「ケンカ、っていうか」と舞はため息をついた。


「なっちゃんは、ちしゃとのバースデープレゼント、何にしたの」
「え?えーと・・・ピンヒール」

私とオソロだってことは、まだ伏せておこう。どこに地雷が埋まってるかわからないからね!


「ちしゃとそういうの履くっけ?」
「いやいや、もうちょっと大人の女性になったら、カツカツってヒールを鳴らして歩くのが様になるんじゃないかなって思って」
「ふーん、いいねそういうの。ちしゃと、喜んでた?」

そう問われて、私はあれを渡した時の千聖のリアクションを思い浮かべた。


“え、千聖、これ?間違ってない?すごい綺麗だけど”


ピッカピカのモスグリーンのピンヒールを目にした千聖は、開口一番そう言った。

普通に受け止めれば、せっかくのプレゼントへのクレームみたいにも聞こえるけれど、長い付き合いだ。言わんとすることはわかる。
つまり、子どもっぽい自分に、なぜこんな大人のプレゼントを?という意味なのだろう。実際、その子犬を思わせる黒目がちな瞳は、嬉しそうにその靴へと注がれていたのだから。

そこで私は、このプレゼントのコンセプトを語った。確かに今はまだ・・・でも大人になれば・・・大人の階段上る・・・シンデレラ・・・そのころまでずっと私たちは・・・

そんな私の名演説を、千聖はスマホをいじりながらお口ぽかーんして聞いてくださった。・・・え、聞いてたよね?一応、満面の笑みで、ありがとうとか言ってたような気はするし。

ともかく、大丈夫。喜んではいたはず。事実、千聖はその翌日、足指にマメを作りながらも、仕事場にそれを履いてきてくれたのだ(そのあと足いてえよと散々文句を言われたけれど)


「あーそう。なっちゃんの時は、そんなに喜んでたの。ふーん、あっそう」


ええと・・・つまり、千聖ってば、舞からのバースデープレゼントを喜ばなかったってこと?本当に?あの舞にはデレデレの千聖が・・・。



「舞はね、ちしゃとに服をプレゼントしたの。上から下まで、もちろんブラとおパンツも」
「は?おパン・・・」
「いちいちそういうとこばっか拾わないの!・・・まあ、とにかく、トータルコーディネートってやつでしゅ。結構金額いっちゃったけど、ちしゃとのためだもん」

舞の唇が、ひくひくと引きつっている。い、一体、なにをやらかしたっていうの、岡さん!



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最終更新:2014年02月03日 23:40