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結局私は、前生徒会長さんのジャージを借りて、ハードル走に参加することとなってしまった。
だいぶ背丈が違うから、裾をまくらないと、踏んづけて転んだりしちゃいそうだ。
あ・・・これ、シャンプーかな、いい匂いが染みついてる。美人って、匂いまで美人だから羨ましいな。

「羨ましいのはこっちのほうだわ、香音ちゃん」
「・・・いや、だったら変わってくださいよ」
「うふふ、私が走っても、何の意味もないでしょう?」

譜久村さんはそう言って、束ねた私の髪に、上からリボンの形のバレッタを止めてくれた。

「はい、マジカル☆ミズキのお守りよ。ケガしないようにね」

――ほんと、つかみどころのない人。優しいのに、何を考えてるのかよくわからない。


「香音ちゃん」

スタートラインで、里保ちゃんが手招きで私を呼び寄せた。


「あはは・・・何か、走ることになっちゃった」
「うん、まさかの展開だね」

里保ちゃんは、切れ長な目でじーっと私を見た。


「でも、ちょうどよかったのかも」
「え?」
「二人とも、お嬢様がお待ちだからスタート準備して!」


ピストル係の先輩からの呼びかけで、何が“ちょうどよかった”のか確認できないまま、私はいそいそとクラウチングスタートの構えをした。

傍らの里保ちゃんが、深くため息を1つついて、集中モードに入ったのがわかった。
その奥のちさとさんも、きっと同じだろう。
お調子者な私でも、さすがにここまで来て、おふざけで濁したりするほど空気が読めないわけじゃない。
どうせ誰も、私が里保ちゃんやちさとさんに敵うなんて思ってないんだから、だったら、逆に本気で挑んでやろうって謎の闘志が湧いてくる。
そう前向きに考えてみれば、今日いろいろとネガティブに考えていたことだって、結局自分の見方次第なんだって考えられるようになってきた。
私がどんな人間であろうと、里保ちゃんは私を親友だって言ってくれた。私がグジグジと悩んで、みっともない態度を取っていては、それは里保ちゃんにも失礼なことだ。
まだ、自分に自信なんか全然持てない。だけど、せめて、里保ちゃんの気持ちに自信を持って応えられるようになりたい。


「はい、構えてー」

逸る心臓が、体中にドキドキと音を伝えてくる。
私の目は、もう目の前のハードルしか映さなかった。



*****

「すごい、新記録!」
「またタイム伸びたの!?鞘師ちゃんはんぱないねー!」

ゴール地点で待っていた先輩が、驚きの声を上げた。

はー、はー・・・・へへへ、そうか、里保ちゃん、新記録出したんだ。さすが!

息切れしながらにへへと笑ったもんだから、余計に息苦しくなったけれど、なんだか心が軽くなったようだ。
続いてゴールした私にも、惜しみない拍手がパチパチと降ってくる。
や・・・優しい。照れくさいけど、こういう体育会系のノリもいいな、なんて思った。
ハードル走、意外と楽しいな。目の前の障害物だけをじっと見据えて、足を踏み込むタイミングに神経を集中させる。
隣の人と自分、というより、自分自身との戦いって感じ。人の目を気にしてしまう私には、向いているのかもしれない。

「香音ちゃん!」

先輩の間を潜るようにして、里保ちゃんが走ってきた。もう険しい顔じゃなくなっていて、全力で走った証のように、額に汗を浮かべながら、私の前にぴょんと足を揃えた。


「さすが里保ちゃん!タイム更新だって?」
「うん、香音ちゃんが一緒に走ってくれたから!それに、・・・あれ?」
「あれ・・・ちさとさんは・・・?」

ふと、私たちと一緒にハードル走をしてくれていたはずの、超お嬢様がいない。
キョロキョロとあたりを見回していると、「ひどいわ、なっきぃのいじわる!!」という声が、風に乗って流れてきた。


「まだハードル走の途中だったのよ!見ていたでしょう、なっきぃだって!」
「ギュフーッ!!!私はお嬢様をお守りする義務があるんですっ!あああ、もう、こんなになって・・・」

ハードルが並んだ、千聖さんが走っていたレーン。その真ん中あたりで、千聖さんと風紀委員長さんが、何やら言い争いをしている。

なんだ、なんだ?私と里保ちゃんは顔を見合わせた後、二人のところへ駆け寄っていった。


「あのー・・・」

声を掛けようとした私を、里保ちゃんが軽く突っつく。
反対側の指が示すのは、千聖さんの背後。


「あー・・・アハハハ」

原因、聞くまでもなかった。
規則正しく並んでいたはずの、千聖さんのレーンのハードル。それが、見事に全部なぎ倒されていたのだ。

「あ、足が腫れてしまっているじゃないですか・・・擦り傷まで・・・キュフゥ・・・」
「もう、どうしてなっきぃが泣くの!このぐらい、どうということはないわ!私は別荘でも、土まみれになって遊んでいるのよ!」

どうやら千聖さん、すべてのハードルに膝蹴りや脛蹴り、後ろ回し蹴りをおみまいしながら、ワイルドにレーンを進んでいたらしい。見かねた風紀委員長さんが、途中で強制ストップに乗り出した、と・・・。
たしかに、足、傷だらけだ。見てるだけでも痛そう。明日アザできちゃうんじゃないか?これ・・・


「おじょじょ!お嬢様!ハードルが高いなら、調節してもらったらよかったんですよ!何もここまで無理して・・・」
「しかたがないじゃないの!私は、ハードル走をしたことがなかったのだから!」


「「えーっ!!???」」


私と里保ちゃんの声がキレイに揃って、そこで、やっと私たちの存在に気づいてくれたようだ。

「まあ、お二人とも。御免なさいね、千聖が途中棄権になってしまって・・・」
「って、そんなことより、ハードル走やったことないって、どどどういうことですか!だって、千聖さんが種目指定したんですよね!?」

もはや言葉を失った里保ちゃんが、私の腕にしがみつきながら、うんうんと何度も首を縦に振る。


「ああ・・・。その、私、初等部の頃は1つの土地に居つかなかったから、タイミング悪く、ハードルの授業を受けられなかったの。中等部の時も・・・」
「へー。・・・って、私が聞きたいのはそこじゃなくて!」

千聖さん、℃天然・・・。私のツッコミも冴えわたるというものだ。
何ら悪気のなさそうなそのぽけーっとした顔を見ていると、脱力感を覚える。

「つ、つまり、なぜ、一度もやったことのない、ハードル走をお選びになったのか、と」

どうしたもんかとアウアウしてる私に代わって、ようやく動揺が収まってきた里保ちゃんが、まさにそれ!というポイントを、千聖さんに問いかける。


「なぜ?そうね・・・」


千聖さんは、その黒目がちな瞳の焦点を滲ませながら、少し考え込んでいるようだった。
やがて、徐に顔を上げると、にっこり笑って、こう言い放った。

「楽しそうだったから、かしら。ウフフフ。現に、とてもスリリングで面白かったわ」


キュフゥ・・・。
風紀委員長さんが、これはお手上げとばかりによろめいた。


「で、でも、口癖を改めるというペナルティがかかっていたのに・・・」
「ええ、お約束ですもの。“なんか”という言葉を使うのは改めるわ。
ちょうどいい機会だもの。め・・・私の教育係からも、注意を受けていたの。“スピーチに詰まった時に、「なんかー・・・」という言葉を挟むのは美しくない”と」

――いや、その“なんか”は、今回のことはそれとは全然関係ない・・・。ああ、でも、きっと、千聖さんの世界で結論が出てしまった以上、もう外からどう訂正しようが、なんとなくふんわり言い包められてしまうんだろう。
あれだけ張り切ってお説教していた委員長さんが、もはや何も言わなくなっているのを見ればわかる。
さすが、“お嬢様”がニックネームになるだけあって、思考回路がぶっ飛んでいる。

「あ・・・あのさ、じゃあ、香音ちゃんは・・・」
「・・・大丈夫。私も約束は守るよ。“私なんか”禁止ね。りょーかい」

そう返すと、やっと話が通じた安心感からか、里保ちゃんのほっぺたが緩んだ。

「あ、いたいた!鈴木さーん!」

しばらくすると、陸上部の先輩が、手を振りながら走ってきた。部長さんだっけか。勝手に走ったから、怒られたりして・・・。私は思わず、里保ちゃんの背後に姿を隠した。


「何やってんだよぅ」
「あわわ、だってぇ」


だがしかし、私の予想とは正反対に、部長さんは私を発見すると、にっこりと笑った。


「鈴木さん、足速いね!」
「はい??」

さっきのタイムだろうか。ストップウォッチを見ながら、部長さんがうんうんと深くうなずく。

「香音ちゃん、短距離走得意なんですよ」

私に代わって、里保ちゃんが答える。・・・ま、スタミナ切れしない分、たしかに長距離よりはいけてるけど。そんな、陸上部の人に言ってもらえるほどでは・・・


「陸上、興味ない?」
「ええっ!いやいや、そんな」
「本当に、いいタイムだったよ。フォームを整えれば、もっと伸びると思う。親友の里保ちゃんも入部してるんだし、どう?たまにこうやって、中高等部の練習に混じってくれて構わないからさ」
「はい、よろこんで!」
「ちょっと里保ちゃん、勝手に答えないでよ!だいたい、私なん・・・」
「わ・た・し・な・ん・・・?」

言いかけて、イヤーな笑いを浮かべる里保ちゃんにガッツリ視線を送られる。

さっそく約束破るつもり?とばかりに、掴まれた腕に力がこもる。


「うー・・・」
「続き、言わないの?香音ちゃん」

里保ちゃんの挑発口調に、私はとっさにこう言い返してしまった。

「わ、わたしなん・・なんだか。興味出てきちゃったな!陸上!」

どうだ!約束通り使わなかったもん、“私なんか”!!・・・あれ、だけど、今私、何て言った?


「ほんとにー!?よかった、それじゃ、入部してくれるってことでいいんだね!」

――ああ、やっぱり!
自分的に筋は通したものの、本意ではないことを口にしてしまったようだ。


「あわわ」

里保ちゃんが、傍らで小さくふっふっふと笑う。
はめられた、という程ではないけれど、頭のいい彼女の事だ、私がうっかりこんなふうに口走るのも想定していたんだろう。


「じゃあ、入部届取ってくるからね!」
「・・・はい」

部長さん直々に書類を取りに行ってくださるとなったら、もう後には引けない。
いいさ、ここまできたなら入部するしかない。もともと、陸上競技が嫌いなわけじゃないんだ。ちょっとお肉の付き具合も気になってたことだし、ダイエットがてらやってみるのもいいのかもしれない。

「香音ちゃんが陸上部か。うふふふ」

この通り、里保ちゃんも嬉しそうだから、いいんだ、これで。

「言ったよね、香音ちゃんが居てくれると、それだけで早く走れる気がするって。
でも、一緒に走ってくれたら、もっと力が湧いてくるかも」
「なっ・・・何言い出すの、やだなあ、あははは・・・ねえ、ちさとさ・・あれ?」

照れ隠しに千聖さんを巻き込もうと振り返ったら、その小柄な体は忽然と姿を消していた。


「ありゃりゃ?」
「うふふふふ、千聖お嬢様たちなら、合唱部の見学があるからとお立ち去りになったわよ」

カシャカシャとシャッターを下ろしながら近づいてきた譜久村さんが、そう教えてくれた。


「ああ、部活動巡りって言ってたっけ。陸上は、やらないのかな?」
「ハードル走、あれだけ蹴り散らかしといてあのスピードって、センスありそうだよねぇ」

私たちの会話に、うふふと笑って目を細める譜久村さん。


「どこかに属す、という幸せもあるけれど・・・」
「え?」
「ああ、それよりも。さっきの香音ちゃん、すごく素敵な被写体だったわ。うふふ、写真部としては、陸上部に香音ちゃんを取られてしまって残念だけれど、これからは私のかわいこちゃんねるの(ry」

な、なんだかよくわからないけれど、とりあえず幸せそうなので、いい、のかな?


「香音ちゃん、もう一回走ろ!」


にこにことごきげんな里保ちゃんが、ジャージの袖をぐいぐいと引っ張ってくる。


「しょうがないなあ。次は手加減しないよ?」
「お、言いますねぇー」


まさか、こんなことになるとは思ってもみなかったけれど。
だけど、転機というのは、思わぬタイミングでやってくるというし、そう悪いことじゃないのかもしれない。


「はい、位置についてー」

譜久村さんがスタートラインで声を張って、再び身構える。

「スタート!!!」

出だしから私の前をすっ飛ばしていく里保ちゃんを見つめながら、なぜかとても幸せな気分になっていた。



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