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つまり、愛理は・・・「お嬢様とハモりたい」という欲望のためだけに、合唱部全員を巻き込んでいる、と。
なっちゃんもそう受け取ったのか、珍しく抗議の色を含んだまなざしを愛理に向けた。

「・・・ふーん、まあ、いいんじゃない?」

だけど、私はあえて深くは突っ込まず、短く肯定側の言葉を口にして、再度壁に寄り掛かった。
ふふん、なっちゃん意外そうな顔しちゃって。でも、この場はこれでいいんだろうと思った。ちしゃとも、愛理直々の御指名とだけあって、すっごく嬉しそうな顔してるし。


「では、お嬢様も慣れていらっしゃることでしょうから、音楽の授業で歌った曲から少し選んでみましょうか。そうですねぇ・・・」

愛理が右手を挙げて、何か軽くジェスチャーを送っただけで、ピアノ椅子に座っているケッケッケ隊もとい伴奏担当の部員さんが、前奏を弾きはじめる。
ああ、有名な曲だ。大空に翼を広げて飛んでいきたい・・・といった、フツウの生活への憧れを抱く、千聖自身の境遇にもある種つながるような楽曲。
天に舞っていくようなソプラノの軽やかな音色に、広大な大地を思わせるアルトが重なって、実に心地よい。
耳を委ねながら、私はふと物思いにふける。


愛理には黒い面と白い面があって、どちらが愛理の本性なのかはよくわからない。・・・否、どっちも愛理であることに変わりはないから、そこはたいした問題じゃないのか。
なっちゃんが危惧しているのは、黒い側の愛理が、なっちゃんの大切な千聖をびっくりさせちゃうようなことをするんじゃないか、とか、千聖をダシにして何かやらかすんじゃないか、っていうことなのだろう。
だがしかし、私はその点に関しては、別に心配はしていない。

愛理は私とはジャンルが違うけれど、とても賢い子だと思う(自分で言うなケロ!)。
いつか合唱部で、千聖の声と自分の声を重ねて見たかったのも事実。
それが叶うような部になるよう、ケッケッケの輪を着々と広げていっていたのも事実。
そして、千聖の部活動巡りを応援する気持ちがあるのだって、また事実なのだろう。

愛理は何か物事を進行する時、必ず効率の良いやり方を提案してくる。
今回も、自分のたっての願いと、千聖のこのイベント事は一纏めにできると踏んだのだろう。合唱部が、それを受け入れてくれるような場所だってことも理解したうえで。
おそらく、部員さんたちにも、話は通しておいたんだろうな。なっちゃんがキャンキャンと騒ぎ出したら即、発声練習の渦に巻き込んでしまうあの手際の良さ。見事なチームワークだ。

なっちゃん的にはこういうの、策に嵌めてるみたいで気に入らないんだろうけど、私的にはそれでいいんじゃない?と思っている。

何事も、大事なのは結果。そこに至るプロセスが多少強引であろうとも、最後に納得できるんだったらそれでいいっていうのが私の考え。
過程を見るのも大事って意見もあるけれど・・・実益が伴わないんじゃ、意味がないでしょ。その点で、目的達成のためにスマートに動いている愛理の姿勢は、好ましく映るのだ。


「ケッケッケ、楽しいですね~、お嬢様」
「ええ、愛理の声と私の声が重なって・・・ウフフ」

間奏の間に仲良く言葉を交わす二人。愛理の目線が、挑発するように私となっちゃんに交互に向けられる。
・・・ま、ここまでがブラックちゃんの目的だったんだろうけど!“そんなに油断してて大丈夫かな~?ケッケッケ”という圧力を感じる。おーきなお世話です!

やがて、一曲目を歌い終えたところで、千聖のまなざしが私に向けられた。


「ん?ちゃんと見てるよ」

考え事してたの、バレたか?ボーッとしてるくせに、その辺結構鋭いからな、ちしゃと。
だけど、私の返答には特に反応せず、そのまま鳶色の瞳で私をじっと見つめてくる。


「舞は、合唱には参加しないのかしら?」

少し高揚した感じの声で、問いかけてくる千聖。

「舞付き添いだから」
「でも、なっきぃも付き添いと言っていたけれど、一緒に歌ってくださったわ」
「舞は舞、なっちゃんじゃないもん」


――まさか、自分に話題が降ってかかるとは思わなかった。
さっきまでは“まあいいんじゃない?”なんて、この一連の流れを俯瞰で見ることができたけれど、俄かに自分が余裕をなくしていくのを感じた。


合唱、好きじゃない。
歌うのは気持ちがいいし、慣れ親しんだ人たちなら問題ないけど、私は人と足並みを揃えるっていうのが、どうにも耐えられない。
仲良くもない人と声の調子を合わせて、むず痒くてやってらんない。
ああ、そういえば昔こんなこともあった。音楽の時間、あまりいい関係とは言えないグループの子たちが、「なーんだ。萩原さんって、勉強はできるけど、・・・ねえ?」とかなんとか。一か所音程がズレた、ただそれだけで。大体、自分たちなんて(ry


「舞、合唱なんてやりたくない」

そう口に出してしまってから、言葉のチョイスがかなり悪かったことに気づく。ここが何部だか考えれば、もう少し言いようもあったはずだ。
だけど、私の悪い癖。ここで謝罪を口にしたら、自分が何かに屈してしまったような気がして、そっぽを向くことしかできない。

沈黙が流れる。

「舞ちゃんさ・・・」

何か言いかけたなっちゃんを、千聖がそっと手で制した。
少し安心感を覚えたものの、もし代わりに叱ってきたりしたら、うっかり言い返してしまいそう。それぐらい、共同作業を強要されるっていうのは私にとって深刻なことだ。


「・・・舞」
「なに」

声が少し震えた。
こんなに緊張感を持たされるのは、千聖が相手だから。
千聖は誰よりも私の事をわかってくれるけれど、決して甘やかしてはくれない。まして、外部の人に突っかかったとなると、かなり旗色が悪い。


「舞、絶対歌わないもん」

子供のような強がりを繰り返し口にすると、千聖はふっと表情を緩めて、わかったわ、と小さく呟いた。


「無理強いをするつもりはなかったのよ。また今度ね、舞」
「・・・うん」

さっと踵を返して、愛理たちの方へ戻っていく背中には、何の迷いもなくて・・・自分がやったことなのに、今度は“捨てられちゃった”という理不尽な思いがこみ上げてくる。
離れたところから自分のいない輪を見てることなんて慣れっこなはずなのに、千聖が関わるだけで、私の価値観はガラッと反転してしまう。

「次、何歌います?ポップスを合唱風にアレンジしたのもありますよ」
「まあ、そうなの?たとえば、アイドル歌手の楽曲もあるのかしら?あの、桜がチラリと舞う・・・」
「あー、それですかぁ。私、伴奏しますよぉ~ケッケッケ」

ほら、冷静になれば、合唱部の人たち、感じもいいし、あんな拒絶するほどのことじゃなかった。
そもそも失礼だよね、合唱“なんて”やりたくない、って。
何もしないでいると、どんどん色々な考え事が押し寄せてきて、胸からあふれ出して苦しくなる。

私を置いてけぼりに、時間はどんどん過ぎていく。少し頭を冷やそうと、音楽室を出て廊下を歩きだした私の手首に、パシッと乾いた音とともに小さな衝撃が走った。


「帰っちゃうの?舞ちゃん」


目をパチパチと瞬かせながら、愛理が小さくケッケッケと笑った。

「ああ、うん。参加しないなら、いてもいなくても同じでしょ」
「ふーん?そっか」

その返答とは裏腹に、私を捕まえている愛理の手は解かれない。

「・・・だから、舞屋上にいるから。終わったら」
「逃げちゃうんだ」
「は?」


それは、愛理にしてはすごく強い言葉で・・・面食らった私は、一瞬言葉に詰まってしまう。
絶対、動揺したような顔になってるはずなのに、愛理はいつもどおりなトーンで・・・ちょっと気が落ち着いてくると、だんだんと腹が立ってきた。


「何、逃げるって。舞そんなつもりないんだけど」
「そうなのー?それはごめんねぇ」

あっさりと謝罪してくれたものの、その表情から、挑発されているのはなんとなく伝わってくる。
こういう攻撃は、陰口なんか言われるよりよっぽど頭にくる。それがわかっているからこその、愛理の行動なんだろう。

私たちは普段、こんなふうにぶつかることはまずない。愛理は栞菜やなっちゃんと違って、千聖に対して過剰な愛情を手向けたりしないし(お前が言うなだかんな!)、比較的穏やかな関係を築いてきたつもりだ。
だからこそ、今、ちゃんと愛理の言わんとすることを引き出さなければならないと思った。


「逃げてなんかない。やりたくないから、やらないだけだもん」

再度繰り返すと、愛理の顔から、スッと笑顔が消えた。


「んー・・・舞ちゃん、何か、勘違いしてないかな?」
「勘違いって?」
「私は、舞ちゃんが合唱に参加してくれるかどうかなんて、別にどうでもいいの。私の目的は、お嬢様だから」
「・・・はっきり言ってくれましゅね」
「舞ちゃんだって、合唱なんてやりたくないって言ってたじゃない?」

――ああ、そっか。
愛理、ちょっと怒ってるんだな、これ。私の発言に。
私の性格を知っているとはいえ、あまりいい態度とは言えなかった一連の行動や言動に、一言物申しておきたかったのかもしれない。


「あー・・・何か、言い方悪かったかも。ごめん」
「おろ?ケッケッケ」
「別に、合唱が嫌っていうわけでは・・・まあ、舞の心の問題というか」

早急な謝罪が功をなしたのか、愛理の表情が和らいでいく。

「でも、舞別に何かから逃げたつもりはないから。それは譲れないんだけど」
「うーん。でも、舞ちゃん、見たくなかったんでしょう?私とお嬢様が、歌で心を通わせるの」
「え?・・・あ、うん」

あんまりサラリと言われたもんだから、ついうっかり肯定してしまったその後に、猛烈な気恥ずかしさがこみあげる。



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