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愛理の指摘する「逃げた」の意味。自分自身で目をそらしていたその感情を見事に言い当てられて、さすがの私も軽い眩暈を覚えた。

「ありゃりゃ、大丈夫―?ケッケッケ」
「・・・ほんと、愛理ってさぁ」

天使の微笑みをたたえる唇の端っこに、悪魔の牙。私のようなタイプをやり込めるのが、心底楽しいという気持ちがよく伝わってくる。
もうちょっと反論してみてもよかったんだけど、音楽室の中から漏れ聞こえる、天使(ちしゃと)の歌声が、闘争本能を制御してしまう。
それに、ここまで言い当てられてるのに意地を張ったって仕方がない。下手な反論は、愛理のブラック面を刺激して、またこっちの傷をえぐられる結果にだってなりかねない。

「ああそうさ。舞はやきもち焼きなんでしゅ。知ってるくせに、イジワル言わないでよね」

開き直ってそういうと、愛理は楽しそうに肩を揺すってケッケッケと笑った。


「別に、今からでも合唱に加わったらいいのに。本当は、嫌いじゃないんでしょう?歌うの自体は」
「・・・今更、カッコ悪いじゃん。そんなの」
「でも~、お嬢様、舞ちゃんが参加してくれたら喜ぶんじゃない?ケッケッケ」

――ああ、全部見透かされてるんだ。
こういう時、1コしか違わないはずの愛理が、ものすごく大人に見える。
なんとなく、実家にいるお姉ちゃんのことを思い出す。私の口から、無意識に甘えるような言葉がこぼれ出した。


「あのね、舞ね、千聖にはいつも笑っていてほしいって思ってるんだけど」
「うん」
「でも、自分以外の誰かが、舞にできないことで千聖を喜ばせてるの、見たくないの」
「それは、難しいだろうねぇ。お嬢様は感情表現が豊かだから」

――♪桜チラリ 涙など 似合わない このまま抱きしめて

教室の中から漏れ聞こえるのは、合唱用に直された、千聖が大好きなアイドルの曲。
独特のふわふわした千聖の歌声も、なっちゃんのキンと高い独特の歌声も、混じり合いながらもしっかり主張してきている。
私の事なんて忘れて、あんなに楽しそうに・・・なんて、今の今でさえ、理不尽なイライラを覚えてしまう。


「そろそろ行く?舞ちゃん」
「え?・・・うん」

唐突に愛理からそう呼びかけられて、屋上までついてきてくれるのかと廊下を進もうとしたら、何故か進行方向と反対側へとぐいぐい引っ張られた。

「愛理、屋上こっち」
「ケッケッケ」

悪魔の牙・・・もとい、可愛らしい八重歯をのぞかせて笑った愛理は、次の瞬間、ふと真顔に戻って言った。


「だめだよ。行くのは合唱部の部室。舞ちゃんも合唱するの」
「だから、それは嫌だって」
「いいの?私、本気でお嬢様を合唱部に勧誘するよ。今までお嬢様が舞ちゃんと過ごしていた放課後を、私に奪われちゃうんだよ」
「なんでそんなイジワル言うんだよぉ」
「意地悪?ケッケッケ、人聞きの悪い。舞ちゃん、栞菜たちが強烈過ぎて気が付かなかったのかもしれないけどぉ・・・私だって、お嬢様のことが大好きなんだよ?特に、あの歌声。いつまででも聞いていたくなっちゃう。
ケッケッケ、合唱部なら、それが叶うんだもん。何も舞ちゃんを挑発するために言ってるんじゃないよ。お嬢様が部活動巡りをなさるって決まった時から、うちの部の魅力をたっぷり伝えようって決めてたんだから」

やや滑舌悪く、早口に紡がれる言葉に、心臓が高鳴る。
愛理の本気。それは、私にとっては未知の領域で、戦う術を即座に考えることができない。
――否。そもそも、愛理は私と戦おうとは思っていないだろう。だったら、何でこんなに・・・

「私も、お嬢様には笑っていてほしいんだよ、舞ちゃん」

やがて、少し眉を下げた愛理が、可愛らしくはにかみながら、そうつぶやいた。


「お嬢様が安心して過ごせる場所を作りたい。お嬢様の笑顔を守りたい。舞ちゃんだけが、そう願っているわけじゃないんだよ。ケッケッケ」
「・・・わかったよ、もう!参加すればいいんでしょ?ふん、別に舞、歌えないわけじゃないんだからねっ」

一応怒っているポーズは崩さすに、愛理の手を掴み返して、音楽室へと引き返していく。
黒愛理・・・。まさか、自分がその餌食になろうとは思わなかった。まあ、厳密には黒というよりも、本来の気の強さを前面に出した、というだけなんだろうけど。

「でもさ、愛理。舞が参加しちゃったら、二人きりで歌えなくなっちゃうね?だって、舞絶対千聖の側離れないよ?ふふん、どうするの」

この舞様が主導権握られっぱなしというのもシャクだから、一応強がって見せる。
だけど、愛理の表情は特に変化なく、また小さくケッケッケと笑い返されてしまった。


「まあ、それならそれでいいかなぁ。お屋敷でも、私とお嬢様だけの“歌の場所”があるからねぇ。
それに、お嬢様がもし合唱部を気に入ってくれたのなら、これからいくらでも、セッションの機会はあるし」
「・・・あっそ」

ふん、わかってたけど。私の挑発なんて、全く気にもしていない模様。

「お待たせしましたぁ~ケッケッケ」

やがて、愛理に手を引かれたまま、再度音楽室に入室することになった。
みんなが一斉に私たちの方を向いて、途端に“あ、いやだな”ともぞもぞするような気持ちを覚える。


「ウフフ、おかえりなさい、舞、愛理」

だけど、その一団の中からぴょこっと飛び出てきた千聖が、目を三日月にして私を見てくれた。
ただそれだけで、気持ちが落ち着いていく。


「あ・・・えっと」
「キュフフ、舞ちゃんはソプラノでしょ?お嬢様も、私も一緒だよ!」

背後から来たなっちゃんも、言葉に詰まった私を自然に誘導してくれる。

「舞まだ参加するって言ってないけど」
「キュフフ、でもするでしょ?早く早く、次はねー、友理奈ちゃんたちが好きなアイドルグループの・・・」

――こういう時のなっちゃんって、ものすごく“気づかいのできる私ケロキュフッ”みたいな顔してて、若干ちょっとムカツクポイントでもあるんだけれど・・・今は、不思議とその気づかいが素直に心にしみた。
傍から見ればくだらない意地はっちゃってるコドモ、って感じかもしれない。でも前だったら、こんな譲歩できてないはずだって思う。なっちゃんもそれに気が付いてるからこそのこの態度なんだろう。


「萩原さん、楽譜どうぞぉ」
「あ、いいです。ちしゃとの見せてもらうんで。それに、一度見れば覚えられるから大丈夫です」

私の言葉に、おーっと沸き立つ合唱部の人たち。・・・ま、ちょっとガキッぽいとこ見せちゃったし、舞の特技を披露しちゃって、名誉を回復しておきたいとこ。

愛理がプレイヤーで音楽を再生させると、さっきの桜の歌とはまた違う、しっとりしたメロディーが流れだしてきた。

――ああ、このメロディ。聞いたことあるかも。たしか、Buono!のリハで、夏焼さんがよく口ずさんでいた気がする。いい曲だったな。


“優しい笑顔 無理しなくていいよ――”

音階の確認だから、歌は流れなかったけれど、ソプラノのパートに合わせて、私の頭の中に歌詞が流れていく。
口ずさんだり、リズムを取ったりしている人たちもいるけれど、私は目を閉じて、ゆっくり頭にメロディを刻んでいった。

「それじゃ、軽く歌ってみますー?ケッケッケ」

ケッケッケ隊もとい合唱部のソプラノのパートリーダーと思われる部員さんが、音楽プレーヤーを再生する。


――寂しい素顔 別に隠さないよ まっすぐ歩いてくから

あ、歌いやすくアレンジしてある。

この部は、本当に歌が大好きな人たちが自然と集まって形成されている。だから、こんなにレベルの高いことを、さらりと楽しげにやってのけるんだろう。
それでいて、私やなっちゃん、ちしゃとみたいな初心者でもウェルカム。いい部なんだなあ、なんてあらためてしみじみ思った。

「ケッケッケ、萩原さん、もう覚えたんですかぁ?素晴らしい!」
「え?・・・い、いや別にそれほどでも」
「ウフフ。舞は、一度メロディーを聴いたら、すぐに歌うことができるんです。ね?舞」

ふふん、なんでちしゃとが誇らしげに言うんだか。
でも、悪い気はしない。千聖の言うとおり、私は自分のパートを覚えるのはすぐにできる。
そして、それを歌として、口から発することも。

だけどそれは“歌が上手い”ということとはまた違う話なんだと思う。
私は自分のこういう能力を便利だとは感じるけど、自分の歌が好きかと言われると、別にそうでもない。

だって・・・そう、あれは少し前、お屋敷のみんなで、カラオケパーティーを開催した時の事だった。
あの時は例によって、ちしゃとは恥ずかしがって、誰かと一緒にしか歌わなかったけれど・・・私は一人で、淡々と歌いたい歌を入力して楽しんでいた。
その時、唐突に鬼軍曹に言われたのだ。「萩原さんの歌は、上手だけどつまらん」と。


――普通、思っても言うか?そんなこと、本人に。まあ、その辺は鬼軍曹が鬼軍曹たる所以というか。
閑話休題。
もちろん私は、鬼軍曹に言われるまでもなく、自分の歌の欠点は理解していた。・・・つまり、私はあんまり、感情をこめて歌うということができないのだと思う。
基本的に音程は取れる、正確に歌える、だからこそ、その唯一の欠点が、引き立ってしまうのだろう(自分で言うなケロ!)

そういう観点でいうと、千聖の歌は、鬼軍曹の言葉を借りれば「面白い」んだ、きっと。


「I remember・・・あら?音程が迷子に。ウフフ」
「ふふん、違うよそこ。半音上るの。舞の歌、聞いててよね。そうすれば間違いないんだから」

千聖は時折、豪快に音を外すこともあるけれど、楽しい歌の時は笑顔で、悲しげな歌では泣き出しそうな表情を浮かべて、本当に感情豊かに歌う。そういうところが、愛理を筆頭に本職(?)の合唱部員さんたちを惹きつけるのだろう。

「・・・はぁーい、それでは、一度全体で声を合わせてみましょうかぁ。ケッケッケ」

愛理の号令で、ソプラノもアルトもピアノの前に集まっていく。

「私、皆さんにご迷惑をかけずに上手く歌えるかしら」
「別に、迷惑だと思うなら最初から誘わないんじゃない。愛理のほうから」

多分、千聖の言っていることはそういうことじゃないんだろうけど・・・ええい、黒愛理ちゃんめ!あやつへの対抗心が、私につっけんどんな物言いをさせてしまう。

「ウフフ、舞にそういってもらえると、安心できるわ。
それに、わからなくなってしまったら、舞の歌声を聴けばいいのですものね」
「・・・ま、そういうこと」

だけど、千聖は私の悪態なんて、別に気にもしてないみたいだ。
まあ、それはそれで構わないけど。千聖は黒愛理じゃなくて、私の歌を選んでくれたようだし。
見たか、小悪魔ちゃんめ!ちしゃとが選んだのは舞!はい論破!


“ケッケッケ、そりゃあ私は、アルトですし~”

目が合った瞬間、即座に声なきメッセージが頭に流れ込んでくる。恐ろしい奴でしゅ、まったく。



その後も合唱は恙なく進み、私も気持ちよく声を乗せていった。
それにしても・・・千聖の声、目立つなあ。大勢で歌っていてもはっきりわかる。いい声。さすが舞の(ry

「―――」

だけど、大サビに差し掛かったあたりで、千聖は突然、歌うのを辞めてしまった。


「えっ・・・」

千聖の声はすごく強く響いていたので、突然その音色がなくなってしまったことで、部員さんたちの歌もパラパラとストップしていく。


「お、おじょじょ・・・なにか、気になることでも?」

ドヤ顔で歌っていたなっちゃんが、一変して不安そうに、千聖の顔を覗き込んだ。



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