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その日の夜。
お屋敷の食堂に寮生を集めた千聖は、開口一番、「部活には、入部しないわ」と宣言した。

「えーっ、すごいですね、お嬢様!」
「あらら、何か嫌なことでもありました?」

OG組の二人は、その決断に驚いたり心配したり。
だけど、現役グループは落ち着いていた。ちょっとなっちゃんは不本意そうだけど、私と愛理は納得している。
栞菜は・・・よくわかんないけど、さわがずにじっと千聖を見ている。まあ、℃変態モードじゃなきゃそこそこ頭の切れるタイプだし、放置しておいてもよかろう。


「ウフフ、心配なさらないで。
私ね、自分をとてもつまらない人間だと感じて、何か1つでも、“私にはこれがあるわ!”と誇れるものを探したかったの。
だけど、どの部活の皆さんも、本当に優しくて・・・。それで、あの・・・うまく言えないのだけれど・・・」
「ちしゃとは自分が思ってるほど、自分がつまらない人間ってわけじゃないのかな?って思えたんでしょ?」

ストレートに言葉をつないでやると、千聖のほっぺが真っ赤に染まる。


「ま、舞ったら・・・そんな、そこまで、自分を肯定できたわけではないの。ただ、仲間に入れていただけて、そのことが嬉しすぎたのかしら。
ウフフフ、なんだか、満足してしまって。いっぱいお付き合いいただいたのに、申し訳ないのだけれど、今すぐにどこかに所属するという風には、考えられないわ」


千聖の、部活動巡りの“もう1つの”目的。
きっと本人も、よくわかっていないんだろうけど・・・ちゃんと、学園の中に、自分が溶け込んでるんだって実感したかったんだと思う。
それは、どれだけ友達が増えようとも、永遠に逃れることができない、千聖の葛藤。でも、その答えの出ない難問に、無意識ながら頭を突っ込んでいく千聖の姿は、いつものボケーッとした姿からは想像できないほど、勇ましくたくましく見えて眩しい。

「ああ、でも、本当に楽しかったわ。千聖が知らないだけで、色々な部活動があるのね」

目を三日月にして、そう語り出す千聖の子供みたいに無邪気な顔。それを見ていたら、もうなっちゃんも年上組も安心したのか、うんうんと聞き役に回ってあげている。


「・・・ん?何書いてんの℃変態」

ふと、その輪の中に、ちしゃと廃人(お前が言うなかんな!)のコイツが入っていないことに気づく。目をやると、熱心にペンを動かしている最中のようだった。


「ああ、入部届。必要事項を先に書いといてあげれば、サインだけでいいから」
「何言ってるんでしゅか。ちしゃとの話聞いてなかったの?どこにも入らないって」

すると、栞菜は片眉を上げたイヤーな表情で、私のつま先から頭のてっぺんまでじろじろと眺めてきた。

「な、なんだよ」
「あたしをみくびってもらっちゃ困るかんな。お嬢様はどこにも所属なさらない。いい結論だと思うよ。
何より、お嬢様がご自身で決められたことなんだから。私になすべき役割があるとすれば、その決断が揺るがないよう、サポート役に徹することだろうね」
「だったら、」
「何か勘違いしてるようだけど、この入部届にサインするのは、お嬢様じゃなくて、オメーだかんな」


一瞬、言われた意味がわからず、この舞様ともあろうものが、お口ポカーンで栞菜を見返してしまった。


「・・・何で、舞が」

声が掠れる。問い返しながらも、私は次に栞菜が発するであろう言葉が予測できていた。とっさに脳内で、理論武装の準備を始める。
だが、奴もアホではない。ニヤリと不敵に笑うと、こう告げてきた。

「だって、舞ちゃんうちの部活入りたいんでしょ?どーせ“そんなことないでしゅ。根拠は?”とか言ってくるんだろうけど、根拠なんてないんだな、これが。完全に直観で言ってるかんな。
女の直感、友情の第六感!それがアタシに語りかけてきたの。“舞様は、文芸部に入りたがってるかんな”と!」
「な・・・なにを非科学的な・・・」

有原の奴・・・。勘だの予感だのと言ってしまえば、私が反論できないと踏んでいるんだろう。
ま、そんな非科学的なロジックは、別の方向から突っ込めば・・・だけど、コイツのことだ、私が根負けするまで、延々とくだらない論理を並べて、引き伸ばし作戦に出るのは容易に予想できる。
それに・・・残念ながら、悔しいことに、その“直観”とやらは少しだけ、私の本心を突いていたりするのだ。


「勝手に人の気持ち決めつけないでくれる?」
「はーん?うちの部室出る時、部長から書類もらってたの見えてたけど?」
「あれは部長さんがどうしてもっていうから・・・」

スカートのポケットの中で、折りたたんだ入部届がカサリと鳴る。
そう、私は千聖と同じく、どこにも入部しないつもりだった。文芸部にも、料理部にも。
だけど、本音を言えば・・・少し迷っている部分がある。そこを、栞菜は見抜いたんだろう。
この渡された入部届だって、いらないと拒否することはできたはず。本当に不要なものなら、いつもの私ならそうしている。しなかった、ということはつまり・・・


「あら、舞。文芸部にご関心が?」
「違うってば、部活めぐりしてる時も言ったじゃん。舞どこにも入らないって」

――ああ、違うんだって。
合唱部の時もそうだった。別にここまで、キツい口調になるようなことじゃないのに、自分の気持ちがあやふやになりそうになると、途端に余裕がなくなってしまう。我ながら悪い癖だと思う。


「はーん、何?怖いの?」
「なにが」

「どこかに所属してる自分、って思われるのが嫌なんでしょ。猫みたいに気ままなのが萩原舞だったのに、部活やってるなんて恰好がつかないってさ」

うーわ、ムカつく言い方。

「・・・ふふん、舞に文芸部入ってほしいなら、そんな態度はおかしいでしゅね」
「はーん?あたしは別に、親切心で言ってやってるだけだかんな?ほれほれ、頭下げて言いな。“文芸部に入部させてください”ってな」
「あ?違うでしょ。“舞様、どうか弊部にご入部いただけますよう心からお願い申し上げます”だろ?立場が逆でしゅ」

ピリピリした空気に、徐々にみんなの視線が集まってくる。
ああ、バカバカしいったら!小学生レベルの言い合いに、おそらく奴も内心うんざりしていることだろう。
だけど、私たちは良く似ている。自分が1発殴って終わりにしないと、気が済まないんだ。

「ちょっとぉ・・・」

なっちゃんが静止の言葉を口にしかける。その時、「ウフフ、ウフフフ」と可愛らしい笑い声が響いてきた。

「なんだよう、ちしゃと」
「ウフフ、本当に仲がいいのね、舞と栞菜は」

千聖は私たちの間にちょこんと腰を下ろすと、小動物みたいなくりんとした目を交互に向けて笑いかけてきた。
ただそれだけのことで、気持ちが落ち着いてきてしまう。
どうやら有原の奴も同じらしく、でへへとだらしない表情に切り替わった。

「ねえ、舞」
「うん?」

千聖の鳶色の瞳が、スッと細められる。
読めない表情だ。とっさに手を握ると、困ったように眉を寄せてクフフと微笑する。

「不思議ね、舞。私たち、全く違う動機を持ちながら、同じ結論にたどり着いてしまったのね。
私は個性を持ちたくて部活動を探していたのに、そうしなくても自分を見つめなおすことができるとわかって、所属を辞めた。
舞は、自分の個性を型にはめてしまうことを嫌って、関心を持った部活動とも一歩距離を置いている。ウフフ、ある意味似た者同士ということかしら」

だからどうした、と思わなくもないけれど、嬉しそうにしている千聖見ているのは悪い気分じゃない。
頭に浮かんだことを、私に報告せずにはいられなかったのかな。なんて思うと、優越感で口の端っこにニヤニヤが浮かんでしまう。

「ねえ、栞菜。たとえば、あの・・・舞が、入部はせずに、たまに文芸部を訪れるというのは、良くないことかしら」
「ちしゃと・・・」

千聖からの質問に、栞菜はちょっと口を尖らせて答える。

「んー、部のみんな的には歓迎だろうけど、あたしはちょっとなぁ」
「おい、じゃあ何で入部届持ってきて勧誘してきたんでしゅか」
「あら?でも、あの・・・あら?よくわからなくなってしまったわ」

テキトーなこと言って、俺の嫁(ちしゃと)を困らせようったってそうはいかない。
栞菜ときたら、なかなか本心を見せないんだから。
だが、今のところはとりあえずちしゃとの困り顔を見れて満足したらしく、小さくため息をついた栞菜は、こう切り出してきた。

「心配してるんだかんな」
「心配?誰を?・・・え、舞?」

栞菜は一瞬、照れたような笑いを浮かべたものの、すぐにいつものシニカルな表情に戻る。

「ま、心配っていうかー、どこにいたって萩原は萩原なんだから、たまには新しい世界に飛び込んでみたら、って親切心だかんな。
世の中は広いし、オメー以外にも色々な天才がいるんだよ。視野が狭くなったらもったいないよ」

こういう飄々とした奴に、マジなトーンで語られると、いたたまれない気持ちになってしまう。


「余計なお世話だし」


毒づく言葉すら、気にもせずにニヤニヤ笑って受け止められてしまう悔しさ。しかも、その発言は正論だってわかるだけに、余計にどうしたらいいのかわからなくなる。


「ケッケッケ、舞ちゃん、いいんじゃない?文芸部。お嬢様だって、合唱部には入らないけど、私は今後も、ちょくちょく我が部へお誘いするつもりだし。部員さえ納得してれば、入部せずともたまーに参加っていうのは有りかと」

栞菜と愛理、二人は目を合わせてニヤーッと笑いあう。・・・策士同士め。
まったく、千聖のための部活動巡りだったっていうのに、これは想定外の事態だ。
でも・・・そう、本当にたまーに、だったら、文芸部、のぞいてみてやってもいいかな、なんて気持ちが、少しずつ湧き上がってきている。

「・・・わかった。ほんとーに、気が向いた時だけ、だからね。舞のペース優先だし」
「へーへー、わかったかんな。お待ち申し上げてありおりはべりだかんな」

――二人の時間が減っちゃうっていうことについては、千聖が合唱部や声楽の指導を受けに行く日限定とか、うまく時間を合わせれば問題ないだろう。こんなふうに考えちゃってる時点で、もう自分の気持ちは決まっているようなものだし。

「春は始まりの季節だからね~。舞が書く本、読ませてね!ノーベル平和賞取れたりして!とかいってw」
「いや、舞は書評会に参加したいだけだから。てか、ノーベル平和・・・もー、お姉ちゃんってさぁ」
「ウフフ、それなら、ポッチャマ書評賞というのがあれば、舞にも目標ができるわね。さっそく執事に・・・」
「いらないいらない」

毒気を抜かれるようなみんなの温かさで、尖っていた心が静まっていく。
ついでだし、明日もう1回料理部もチラ見しちゃおうかな、なんて頭の片隅で考えながら、みんなのお喋りに耳を傾けていった。



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