「刺すんなら、刺すがいい」
体育館の裏手。
柔らかそうな芝生に覆われた中庭の℃真ん中で、腕組みをしたジャージ姿の女神様が、ぐるりと一周私たちを睨み回した。
「ひえっ・・・」
気の弱そうな数人は、それだけでもう、リタイアとばかりに、尻尾を巻いて体育館へ逃げていってしまった。あーん、何てもったいないこと!!
「うちは、逃げも隠れもしないよ。刺すんなら刺すがいい」
繰り返されるそのフレーズと、凛々しく涼しげなそのまなざしに、頭がくらくらする。・・・熊井さん、やっぱり最高!
私、福田花音は今、姉妹校のクリスマスパーティーに参加している。
ミーハーな性分としては、千聖お嬢様率いる寮生軍団のステージを拝見することが出来、それだけでももう、天にも昇るような気持ちだったというのに、なんと、他にも目玉企画があったのだ。
それが、かくれんぼ。
生徒会の役員さんがペアになって、一人が用意したプレゼントをもう一人が持って、校内のどこかに隠れる。
見つけられれば、クイズに答えてプレゼントを貰える。そういう内容だった。
DDな私としては、貰えるのなら誰のでも嬉しすぎるに決まってるんだけど、やっぱりここは憧れの・・・というわけで、今目の前にいるこの方、熊井さんのカードを回収して、無事プレゼント争奪戦への参加を勝ち取ったわけ。
そして、熊井さんの何がすごいかって、私たちかくれんぼ参加組が外に飛び出したら、いたのだ、すぐそこに。
かくれんぼなのに。全然隠れてないっていうのが、本当に素晴らしい。これだから、この方のファンはやめられない。
冒頭のセリフは、それに面食らって立ち往生した私たちに向けられたもの。楽しいクリスマスの催しを、まるで命の取り合いのように表現する、その独特の感性も(ry
「うちは今日まで、学園のために、魂を燃やして生きてきた」
やがて熊井さんは、視線を滲ませながら、ゆっくりくまくまとした口調で語り始めた。
「今日はその、集大成なのかもしれない。
大切な仲間から託されたプレゼント・・・それを奪わんとする刺客たち」
「あばばば」
私たちそんなつもりじゃ、なんて小さな反論も、ギロリと鋭い眼光が打ち消してしまう。
「・・・ありがとう!おともだち。心がつよくなる。今はそんな気分かな」
可愛らしい歌詞を、その眉間にしわを寄せた険しい表情のままつぶやく熊井さん。完全にくまくまワールドに入ってしまわれたみたいだ。
「さあ、プレゼントがほしければ、うちの屍を乗り越えていくが良い。
うちは愛理の心――プレゼントを死守する。それが使命。生まれてきた唯一の証だから」
熊井さん、時代劇か大河ドラマにでもハマッているのか、やたらと命を懸けた戦いにこだわっている模様。
私の周りにいる人たちは、みんなとまどいとドン引きに顔を引きつらせているけど・・・数年も前からこの個性的なお方に引かれている私としては、普段通りじゃん?なんて余裕で思っちゃう。
そしてそして、今熊井さんが望んでいる事だってわかっちゃう。
いつもは大立ち回りを演じる熊井さん劇場を、観客として一心に見つめ続けるのが私の位置だった。
だけど、たまにはいいじゃない。勇気を出して、“そっち側”に飛び込んでいくのも。だって私はシンデレラ(ry
「た、たのもう、熊井殿!!!」
勇気を出して挙手する。声が裏返ってしまったけれど、バッチリ熊井さんの耳には届いたようで、カッと目を見開いて私を睨・・・殺・・・見つめてくださった。
「・・・どうれ。お主、名を何と申す」
自分の世界観に乗った、と判断してもらえたのか。
熊井さんはどことなく嬉しげに、言葉をつないで私を見つめた。
「ふひひ、福田花音でおじゃる!」
「ほう、見どころのある名前(?)と見た。・・・あ、それでカノンちゃんは、うちの屍を超える覚悟があるってことでいいのかな?」
後半時代劇言葉に飽きて投げやりになりながらも、依然私を監視するように見続ける熊井さん。
あこがれの人に見てもらえているという幸福感と、それを凌駕するほどの眼光に射抜かれている状況とで頭がパンクしそうだけれど、このチャンス、逃すわけにはいかない!
「屍は超えません!っていうか、死なせないし、私が!」
おや、と首をかしげる熊井さん。
「でも私、緑のカードの所有者ですから。ぜひ熊井さんのクイズに正解して、プレゼントがほしいんです」
私からの嘆願に、私も!私も!と次々に挙手の手が上がっていく。
「ちょっと、ずるいじゃん!まろ・・・いや、私がお願いしてるんだからねっ」
「何よ、よその学校なんだから遠慮しなさいよ!」
「でもちゃんと招待状もらってるもん!どこの学校だっていいじゃん!」
わーっって反論されて、若干ちょっと涙目状態の私。
だけど、ここまで勇気を出したんだ。勝手に手柄を取り上げられるわけにはいかない。
一触即発。熊井さんの前なので、空気がどよーんと淀んでしまってなんだか申し訳ない気分にさえなってくる。
「・・・はい、そこまで!けんかりょーせーばーい!!!」
その時、頭上から地鳴りを思わせる野太い声が降ってきた。
それが熊井さんのものだと頭が認識するよりも早く、ガチッと後頭部を掴まれたような衝撃が走った。
「えっ」
そのまま、おでこを前へ前へと押しやられて・・・
ゴーン!!!
「ぎゃふん」
目の前に火花を散らしながら、私はよろよろとその場にうずくまった。
「だめだよ、ケンカは!ケンカはだめだよ!」
なぞの倒置法が頭の中でリフレインする。
「こ・・・これが噂の、大熊裁き・・・」
「ぬゎんでうちの技を知ってるの?さては・・・」
「ち、違います!私はスパイでも大泥棒でも敵対勢力でもありません!・・・ただ好きなんで!個人的に!熊井さんの!情報を!収集を!」
ヲタヲタしさ全開で言い訳をかますも、熊井さんは大まじめな顔で聞いてくれた。
嗚呼・・・。このままだと、うっかり言っちゃうかも。
生徒手帳に熊井さんの写真を挟んでることとか、熊井さんの声真似をマスターして「かにょん・・・今日も可愛いね」などと口走ってることとか、熊井さんと自分の夢小説(ry
「うわあ・・・」
「うわあ・・・」
気が付くと、私の周りから人が消え失せていた。
私を中心に、円状の人だかり。熊井さんだけはそこに加わらず、腕組みをして私をじっと見ている。
「む、夢小説・・・」
「ナリチャ・・・」
「・・・・・・・・え?」
周囲のヒソヒソボイスに紛れ込む、禁断のワード。
それで私は、自分が無意識にとんでもないことを口にしていたことに気づかされた。
「ち、違っ!違うんです違うんですそういう意味じゃなかったっていうか」
「違うって・・・あなたが自分で言ったことじゃない。熊井さんの声マネ」
「あーあーあーやーめーてー!傷口えぐらんといてー!」
バレてしまった・・・私の秘めたる思い。自爆テロで。
きっときっと、今は熊井さんは夢なんちゃらだのそういう専門用語は知らないんだ。だけどあとでヤフーでググッて、かなり深い知識まで蓄えそれを周囲に吹聴して回るのだ。
ねーね―聞いて!姉妹校の生徒会のさー、そうあのマロがうちの夢小(ry
人生、オワタ・・・、ていうか、こんな分析ができる時点でもう自分がキモイ。花音、めっちゃキモヲタ!
「・・・言いたいことは、よくわかった。」
やがて、熊井さんが一歩一歩距離を縮めて、私のすぐ前に立った。
最終更新:2014年06月13日 12:52