学校帰りに女の子とティータイムなんて、夢のようだ・・・
それだけでも望外の幸せなのに、いま僕がテーブルを共にしている人は、あの愛理ちゃん。

信じられないその事実に、もうそれだけで僕の意識は固まってしまう。
まばたきすら出来ないんじゃないかと思うぐらい。

愛理ちゃんの近くでは、僕はいつもこうなってしまうんだ。
遠くで見ている分には、愛理ちゃんと仲良くなりたいな、なんて無遠慮に考えたりも出来るのに。いざ愛理ちゃんを目の前にすると体が固まってしまう。
ま、それも当たり前だ。こんな美少女を目の前にすれば誰だって・・


「はい、カフェリャテ。どうぞ」
「ア、ア、アリガトゴザマス」

ニコニコとした彼女が、緊張の極致にある僕の前にカップを置いてくれる。
僕の目の前に伸びてきた手の、なんとキレイなことか。(スベスベツヤツヤ!!)
この瞬間、僕の意識は吹き飛んでしまったようだ。信じられないほど幸せなこの状況に。


たぶん、これは夢なんだろう。僕がこんな幸せな思いを出来るはずが無いんだから。そう、これはきっと夢の中の出来事・・
すっかり固まってしまった僕。後で思い返してみても、この後しばしの間の記憶が無いのだ。


、、、、、、あの・・・・?」

遠くから声が聞こえてくる。軽やかで耳に心地いい天使のような声が。
フワフワとしたその声が、僕を夢の世界から呼び戻してくれた。

「・・・あのぅ、どうかしましたか?」

ゆっくりと目の焦点が回復してくる。ボヤけていた視界がピントを結び始めた。
その僕の視線が捉えたのは、きょとんとした表情の愛理ちゃん。

夢じゃない!
本当にいま僕の目の前には愛理ちゃんがいるんだ!!

彼女を見つめたまま固まってしまっている僕を見て、小首を傾げた愛理ちゃんが問いかけてくる。

「?? わたしの顔に何かついてます?」
「・・・あ、いや、そうじゃなk亜qwせdrftgyふじこlp;@:!!」

すっかりテンパってしまい、慌てて口走ったそのセリフは自分でも意味不明の早口になってしまった。

「なに言ってるのか分かりませんよぅ(笑」
「あ、あの、す、す、すみません!」
「なんで謝るんですかぁ(笑」
「す、すみません」
「(笑」


彼女が微笑むたびに意識が飛び飛びになる。
くるくると動く大きな瞳に、その、や、八重歯がまたとんでもなく可愛らしくて・・・

そんな愛らしい彼女と噛み合わないやりとりを交わしたあと、ようやく僕は本題であるテーブルの上の紙袋を勧めることができた。
そう、これを言いたかっただけなのに、すっかりテンパってしまった。

「あ、あ、あの、これ、どうぞ食べてみてください!」
「本当にいいんですか?」
「えぇ、もちろん。ぜひ抹茶好きの人に食べてもらいたいですから!」
「ありがとうございまーす。ケッケッケッ」

その綺麗で美しい手を紙袋の中に入れてメロンパンを取り出すと、僕にニッコリとした顔を向けてくれる。

ようやく気力が回復してきた僕の視線は、今度こそこの素晴らしい光景をしっかりと捉えることが出来た。
愛理ちゃんの笑顔!! これを糧に僕は向こう10年は戦える気がする(何と?)。


でもこれ、良かったのかぁ・・・なんてことも今更ながら頭に浮かんでくる。
愛理ちゃんに、店内のイートインコーナーで食べるのを勧めたりしてさ・・・・
相手は上品なお嬢様なんだ。僕のような一般大衆の男子高校生とは違うんだぞ。

でも、彼女はそんな事はそれほど気にしていないようだった。
包み紙を開いて、メロンパンを手にするとその可愛らしいお顔を輝かせる。
見た目がいかにもお上品な女の子って感じだから近寄りがたい感じを抱いちゃうけど、意外とさばけた人なんだな。
なんか、親しみを感じるなあ。


「いただきまーす」

そう言うと、メロンパンにかじりつく愛理ちゃん。(カワイイ・・・)
愛理ちゃん、また本当においしそうに食べるんだ。
目を細めて美味しそうに食べるその姿、見ているだけでこの上なく幸せな気分にさせてもらえる。

幸せの絶頂のような気分でいる僕だったが、この幸せな状況が分不相応だということも自覚はしていて。
だから、急に不安な気持ちが頭をもたげてきたんだ。
思いがけず出会った彼女に、つい話しかけたりしてしまったけれど、そんなのやっぱりまずかったんじゃないだろうか。
僕のような一介の男子が彼女に話しかけたりするなんて、そんなの許されることでは無いよな。

そうだよ、相手は、あ の 愛理ちゃんなんだ。僕にとって彼女は絶対的アイドル。神聖なる存在。
この世に存在するあらゆる汚いモノを愛理ちゃんから遠ざけておきたい。
純粋無垢な彼女の笑顔を守るために。
これはもう絶対定理。

そう思うと改めて緊張がおしよせてきてしまう。
僕なんかが愛理ちゃんを目の前にしているなんて・・・ ちょっと怖くなってきた。


でも、今ならこの僕が愛理ちゃんとお話しをすることが出来るのかも・・・なんて、誘惑のように感じることも確かなわけで。
そうだよ。こんなチャンスはめったにないのだ。

しかも、さっき偶然出会ってからのこの流れは、実に自然なものじゃないか。
ひょっとして、これって運命?
だとしたら、僕はその流れに身を任せるがままに・・・

僕と愛理ちゃんの2人にとってターニングポイントとなったこの日の出来事。
この出会いによって僕と愛理ちゃんは急速に親しくなり、そして(ry


・・・という得意の脳内妄想だが、いまひとつ勢いが出てこない。
いつもだったら、脳内お花畑満開となるシチュエーションなのに。
どうやら、珍しく自主規制によるブレーキがかかっているようだ。
うん、やっぱり葛藤を感じてるもん、実際。

この状況、やっぱりちょっとキツい・・・
抹茶メロンパンを献上するという目的は達した訳だし、僕のような雑魚は早々に立ち去ろう。


そんな僕のことを、愛理ちゃんが見つめてきた。
普段殺し屋のような視線で睨まれることに慣れている僕からすると、その視線はとてもとても優しくて文字通り天使の視線じゃないか。
その柔らかい眼差しで見られたらもう・・・
癒される・・・ これこそが女の子の眼差しだよ。

そして彼女が僕に質問をしてきたのだが、それは予想外の言葉だった。

「あの、お名前、なんて仰るんですか?」

「え? 名前って、僕の、ですか?」
「そういえば、お名前を知らなかったものですから。前から聞いてみようと思ってたんです(熊井ちゃんに)」

僕ごときの名前に愛理ちゃんが関心を示してくださった!
なんという幸せものなんだ、僕は!!

そのことで浮き立った僕は、さっきまでの葛藤も何のその、張り切って自分の名前を告げるのだった。
僕がテーブルになぞった文字を目で追った愛理ちゃんが楽しそうに呟く。

「そういう字を書くんですね。なるほど、だから“ももちゃんさん”なんだ。ケッケッケッ」


僕は自分の名前を愛理ちゃんに教えてあげると、逆に僕は彼女についての何か知りたいことを思いめぐらせた。
知りたいことはたくさんある。
でも、愛理ちゃんのことを僕ごときが知ろうとするなんて、そんなのおこがましくて。
だから、考えすぎたあまり一周まわってしまい、逆にもうどうでもよくなってくるんだ。

でも、愛理ちゃんのことをもっと知りたいという欲求が少なからずあるのは確かなわけで。

考えてみれば、僕は彼女のことを何も知らない。
そう、基本的なことからして全く知らないんだ。

だから、僕はついこんな質問をしてしまった。

「愛理ちゃんは、どうして寮に入ってるんですか?」


くりっとした瞳がひとつふたつ瞬きをすると、愛理ちゃんはその質問に答えてくれた。

「実家が遠いからですけど、寮に入ったのはお父さんが、、父が厳しい人なんです」
「お、お、お義父様、、、じゃなくて、、おと、おとうまさま、、違う、、えと、、、お父様が?」
「えぇ。一人暮らしなんて父は絶対に認めてくれませんから、それで寮に。ほとんど強制的にだったのかも」
「厳しいお父様なんですね」
「普段はふにゃふにゃしてる人なんですけどねw」

こんな可愛い娘がいたら、そりゃ心配にもなるだろう。彼女のお父上のお気持ちはよく分かる。

「寮で一人暮らし、か。楽しそうですよね」
「はい。今では寮の生活はとても楽しくて。あんなに興味深い人に出会えたのも、ね。ケッケッケッ」
「??」

愛理ちゃんの言うことをまた聞き取れなかった。
愛理ちゃんとの会話って意外と難しい・・・



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最終更新:2014年06月13日 17:41