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彼女の言ったことを推し量っている僕に、続けて彼女が言った言葉。それは、僕にとって待望の話題だった。
実は、僕はいま愛理ちゃんと話しをしながら、その単語が出てくるのをずっと期待していたのだ。

「舞ちゃんに初めて会ったのも寮だったなぁ」

いきなり出てきたその名前。
僕の心臓の鼓動が一気に高まったような気がした。

「ま、ま、舞ちゃんと!?」
「そうですよー。・・・ん?あれ? 知ってるんですかぁ、舞ちゃんのこと?」


舞ちゃん!
その話し、もっと掘り下げて詳しく聞きたい!

愛理ちゃんは変わらず僕に微笑みを向けてくれている。
むしろ、僕ごときに必要以上とさえ思えるぐらいの笑みじゃないか。
彼女のこの様子なら、いま僕が舞ちゃんのことに言及したとしても話しを弾ませてくれるかもしれないぞ。


だがしかし、その話題に深入りしようということに対して、いま何故か僕の心の中で警報が鳴り響いたんだ。

何故だろう。
どうしてそんな反応が起きたのか、それを説明するのは難しいんだけど。何か本能的なものなので。


この感覚、あれだ。
サッカーをしている時オフサイドトラップを掛けられそうになったときに感じる、あの感覚と同じなんだ。
このわずかに感じる違和感。そこからはもう、嫌な予感をびんびんに感じる。うん、これ、間違いなく危険が迫ってる。

そんな感じで、身構えてしまった僕。
せっかく出た舞ちゃんの話題、もっともっと聞いてみたいとは思うんだけれど、だから反射的に避けざるを得なくなってしまって。

何だろう、この感じ。
今この場の雰囲気に、僕はなんとなーくブラックな空気を感じてしまっていた。


不意に黙ってしまった僕のことを、いま愛理ちゃんはやっぱり優しい微笑みでもって見てくれている。
だが僕には、彼女のその微笑みに何か別の意味が込められているようにも感じられて。
だって、まるで僕の反応を楽しんでいるみたいじゃないか・・・
そう思ったりしてしまうのは、僕の考え過ぎだろうか・・・


そんなことを考えていたら、何かやけに緊張感が高まってしまった僕。
反射的に、慌てて話題を変えてしまった。
違う話しを振ることで、この緊張から逃れようと。

「あの、、、僕はBuono!のライブがとても好きなんです。今度はいつやるんですか?」
「そうですね、しばらくやってませんねぇ」
「前にも言いましたけど、僕は愛理ちゃんの歌が大好きなんです! だから、是非またライブをやってください!」
「そう言っていただけるのはとても嬉しいです。ライブ、私もやりたいなぁと思ってて。じゃあ改めて言ってみますね、リーダーのももに」
「・・・・・・」

愛理ちゃんの言葉の最後に出たその固有名詞は、心地よい会話で高まっていた僕の気持ちに冷や水をぶっ掛けるものだった。
その名前、今はあまり聞きたくない・・・
こんなところまであの人は僕の邪魔をするのか・・・

さっきから、やたら僕の心を揺さぶるような言葉を連発する愛理ちゃん。


・・・・ひょっとして、わざとやってるのかな?


さすがに疑心暗鬼になった僕がそっと顔を上げると、僕をじっと見ていた愛理ちゃんとモロに目が合った。

僕を見つめているその柔らかい微笑み。
その大きな瞳から感じ取れるのは、ただただ彼女の純粋さだけだった。
こんなにも優しいその穢れ無き笑顔の愛理ちゃんに対して、僕はなんてことを・・・

目の前の愛理ちゃんのお顔を見て、いま彼女を疑うような下衆なことを思った自分を心から恥じた。


自己嫌悪に凹んでいる僕とは対照的に、一方の愛理ちゃんはと言えばとても楽しげだった。
そんな愛理ちゃんがどんよりと固まっている僕にまた話しかけてきてくれる。

「あのー・・・?」
「・・・・・・・」
「どうかされましたかぁ? もしもーし?」
「・・・・・・え? あ、えと、な、何でしょう?」
「そのカバンの中にあるそれ、大学の資料ですか?」
「え? はい。そうです」
「ちょっと見せてもらってもいいですか?」
「えぇ、いいですよ。どうぞ」
「ありがとうございます」

とある大学のパンフレット。
キャンパスの空撮写真が表紙となっている冊子を手にした愛理ちゃんがボソッと呟く。

「大学かぁ。どうしよっかなぁ・・・」

「愛理ちゃんも高校を卒業したら大学に進まれるんですか?」
「大学には行きたいなーと思ってるのでそのつもりです。でも、具体的な進路はまだ決めかねてて」

パラパラとページをめくっていく愛理ちゃん。

「やっぱり2年生になったらさすがに進路を決めないといけませんよねー」
「成績にもよるんじゃないですか? 僕みたいに優秀じゃない生徒は特に計画をしっかりと立ててやらなきゃいけないそうだけど」
「この大学への進学を希望されてるんですか?」
「希望してるというか、そういうことになったというか。よくわからないです」
「??」

パンフレットを目で追っていた愛理ちゃんの手が、ふと何かに気付いたかのように止まる。
と、そこにあった一枚の紙片をつまんだ。

あ、それはこの間のがそのまま挟まっていたんだ。
彼女が作成した、僕が受験までの間にこなすべき具体的行動指針。
根拠も何もあったものでは無いその指針に沿って僕はやらなければいけないらしい(何故?)。


「あれ、このメモ、熊井ちゃんの字?」
「いや、違うんです、そ、それは・・・」
「ケッケッケッ(↑)」

なんでしょう、その何かを含んだような笑い声は。

最後のページまでめくり終わると、アールグレイのカップを置いた愛理ちゃん。
おもむろに時計を見て、その大きな瞳を更に見開いた。

「あ、もうこんな時間! そろそろ帰らなきゃ・・・」

「ありがとうございました。抹茶メロンパン、本当に美味しかったです」

愛理ちゃんが僕を見て微笑んでくれている。
こんな美少女が僕の目の前で・・・・有り得ない・・・
改めて思う。これは現実なのか・・・?

彼女のその笑顔は僕にこの上ない幸福感を与えてくれた。
雲の上にいるようなフワフワとした気分になった僕は、だから反射的にこんなことを彼女に向けて口にしていた。

「この抹茶メロンパン、良かったらもう一個差し上げますよ。後で寮に戻られてから落ち着いてゆっくりと味わって下さい」
「ありがとうございますぅ。実はこの後お嬢様ご姉妹とお茶する約束をしているので、その時に頂かせてもらいますね」
「そうなんですか!それなら丁度いい!ここにあと3個ありますから、お茶受けに3個ともお持ち帰りください!!」

僕の言ったことに、両手を開いて驚いたようなリアクションのあとニッコリと微笑んでくれた。どうやら喜んでもらえたみたいだ。光栄ですよ愛理ちゃん!!
愛理ちゃんの目が細められる。見る者全てを癒してくれる彼女の優しい微笑み。


別れ際、愛理ちゃんが紙袋を掲げて僕に会釈をしてくれる。

「これ、ありがとうございました」
「いえ、全然たいしたことないですから、お気になさらず」
「お嬢様たちもきっと喜びますよぅ。ケッケッケッ」

「あ、あの・・・・」
「はい?」
「僕が舞ちゃんのこと知ってるのは、御存知なんですよね?」
「・・・・・・・」
「前にお会いしたとき、そう、あの桃子さんも一緒だったときのこと。あのときにそのことは・・・」
「ケッケッケッ(↑)」

僕の問いに対して、愛理ちゃんの返答は曖昧な笑い声だけだった。
最後にもう一度意味ありげな微笑みを僕に見せてくれたあと、彼女はくるりと身を翻した。

去っていく愛理ちゃんの後ろ姿。
フワフワとしたその姿を、僕は見えなくなるまでずっと見送り続けたのだった。


夢のような時間が終わった僕に、現実が再び戻ってくる。

男ってやつは、可愛い女の子の前ではいい顔をしたくなるもの。
分かってはいるが、今自分がしたことは衝動的すぎるだろ。
愛理ちゃんの笑顔見たさに、後先考えずやってしまったこと。

僕は持っていた抹茶メロンパンを全部渡してしまったんだ。
自分のした事がどういう結果を招くのか、事の重要さを考えると膝が震えだしたのだった。


川*^∇^)||<抹茶メロンパン、ワクワク!!


そんな期待をしながら待っているであろう熊井ちゃんのことを考えると、唐突に僕は旅に出たくなった。
「探さないで下さい」と書置きを残して。



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