イギリスの対中東政策と対ソ脅威認識、1955-56 : スエズ危機の前史として


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分類

論文

タイトル

イギリスの対中東政策と対ソ脅威認識、1955-56 : スエズ危機の前史として

公開

一橋大学
一橋大学大学院法学研究科
一橋法学
http://hdl.handle.net/10086/18425
•ページ数:34

著者

池田亮

発行日

2010

本文引用

 本稿は、1955年9月以後、ソ連が中東情勢に参入した結果イギリスが対ソ脅威認識を急激に強め、それを冷戦の脅威だと認識していたことを指摘する。その上で、この対ソ脅威認識に焦点を当てつつ、主にスエズ危機勃発に至るまでのイギリスの政策決定を再検討することを目的とする。もとより、このことはイギリスが中東でのいわゆる帝国権益の維持に関心がなかったことを意味するものではない。逆に、ソ連の参入がエジプトだけではなく他のアラブ諸国政府の中立主義選択を促す危険性を持っており、それゆえにイギリスがエジプトと妥協すればこれら諸国の中立化を容認してしまう恐れがあったと本稿は議論する。従来のスエズ危機研究は運河問題を巡るイギリスとエジプトの関係に関心を集中してきたが、イギリス政策は他のアラブ諸国の中立化と、それに伴う石油権益の喪失を阻止することをも目的として立案されていたのである。このイギリスの対ソ脅威認識はスエズ危機期間中の政府史料に明示的に登場すると
は言えないが、いわば「暗黙の前提(unspoken assumptions)」としてイギリス政府の政策決定過程において大きな拘束要因になっていたと考えられる。

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