一昨日は、周章してばかりだった。
 超高校級のアイドルに呼び出されて、いきなり秘密が露呈した。
 それを隠すために、少し(?)暴走したような態度をとって、ついには舞園さんの処女をも奪ってしまった。
 ……あと、童貞卒業。

 あの日の翌朝、食堂に集合したときボクに、舞園さんはそっと話しかけてきた。
「約束は守りますよ。だから不二咲君も、私のことは言わないでください」

 よくよく考えてみると、ずいぶん不釣合いな交換条件だなあ、と思う。
 ボクの「女装」という秘密は、極端な話、裸にされてしまえば言い訳できない。
 けれど舞園さんは、あくまで「過去」の話だから、舞園さん自身が認めなければ大丈夫な秘密、というわけだ。

 今日はあの夜から数えて二日目、二回目の朝食会。
 昨日の間でボクの秘密について触れてくる人はいなかったから、舞園さんは黙っててくれたのだと思う。
 まあ、舞園さんが約束を反故にするような人にも見えないけど。
 だから、今日はまだ軽い足取りで食堂に向かうことができた。

 ……のだけど。

「不二咲、君」
「ふあっ!?」
 食堂の入り口の少し前で後ろから声をかけられる。ボクの呼称がこれなのは、一人しかいない。
「ま、舞園さん……」
 いい加減、こんなに驚くようなのを矯正したい。

 香ってくる匂いは、香水のものだろう。
 整った髪、綺麗な姿勢に美麗な顔立ち。
 改めて思うのは、舞園さんが如何に素敵で、不敵であるかということ。
 あのときはまだ女性という立場であったから、早く立ち去りたいと口にまで出した。
 けれど、本来なら期待するべきだったに違いない。ボクも、「男」だったのだから。

 超高校級のアイドルと向き合う、客観的に見れば羨ましい位置。
 でもボクの内心はちっとも穏やかじゃない。
 舞園さんが見計らったのか偶然なのかはわからないけれど、用があるのは確かみたいで。
 口を開いた。
「今のうちに言っておきます、不二咲君」
 荘厳な面持ち……とまでは言わないけれど、結構真剣な表情。
 前件もあるから、いったい何を言われるのか心配になる。
 ボクは慌てて体裁を正す。
 再び彼女は言葉を出して、
「今日なんですけど、
「あれ、舞園さん、不二咲さん? 集合しないの?」
 幸か不幸か、舞園さんが話の核に触れる前に横槍が入ってきた。
「苗木君! あ、もうそんな時間ですか?」
「うん、でも不二咲さんと舞園さんが話しているなんて、珍しいね」
「ええ、ちょっと偶然会って話し込んじゃったんですよ」
 さっきの顔とは打って変わって明るい、光った表情。惹かれる表情。
 それはまさしく、超高校級のアイドルとして活躍しているときの、舞園さんだった。
「じゃあ不二咲さん、苗木君、行きましょうか!」
 ボクの手を引いて舞園さんは食堂へ体を向ける。
 手を取るときに一言、
「また後で話します」

 舞園さんに裏の姿があることを知っているのはボクだけで。
 それを打ち明けて、ボクと性欲を満たそうとしている舞園さんは罪深いと思う。

 ただ、自分の弱さから逃げるために女装なんて道を選んだボクも相当罪深くて。
 それでもボクは強くなりたいと、まだ思っている。

 舞園さんはボクの「罪」を知って、ボクはその罪から逃れたいと思っている。
 ボクは舞園さんの「罪」を知って、舞園さんはボクとその罪に溺れていきたいと思っている。

 共に秘密を持っている___
 だけど、そこには大きな違いがあるような気がした。

 いつもの位置に座って食事を始める。その隣には、同じくいつもの場所に座った舞園さんがいる。
 咀嚼をいったん止めて、呟く。舞園さんに聞かれてもいいと思って。いや、むしろ舞園さんに聞かせるようなつもりで。
「やっぱり、不釣合い、なんかじゃない」
「? 何か言いましたか、不二咲さん」
 食堂では流石に、みんなの存在を気にして呼称を戻す。
 やっぱり舞園さんは、こういうところでも抜かりがない。だからボクも、それに倣う。
「ううん、なんでもないよ、舞園、ちゃん」

 朝食を食べ終わって、片付けようとする。すると舞園さんが同時に席を立ち、厨房へついてきた。
 このタイミングで厨房に用があるのは、ボクと舞園さんだけ。つまり、二人しかいない。
「それで、さっきの話なんですけれど……」
 ……正直、大体予想がついている。
 あのとき、最後に言われた言葉。

「よろしくお願いしますね、不二咲君」

 あの言葉にいったいどれだけの意味が込められていたのか、舞園さん自身でさえ理解してないと思う。
 秘密を守ってください____
 秘密を共有する仲ですよ____
 私の秘密を知っているのは不二咲君だけです____
 それらは事実であるけれど、舞園さんの本心と乖離しているかもしれない。
 ただ、確実なことがある。
 舞園さんは確かに言った。

「責任をとってもらわないと」
 つまり、

「今日の午後10時、私の部屋に来てくれませんか」
 ……予想、通り。
 まだ終わっていない、ということ。
 罪と溺れていきたい。ボクと堕ちていきたい。
 判然だけど、それは間違っている。いや、間違っていると思う。
 ボクは答えた。それに、応えた。

「わ、わかったよおっ……」
「良かった。じゃあ不二咲君、待ってますよ」
 舞園さんはてきぱきと片付けて、立ち去っていった。

 一人になったボクは、大きな溜息をついた。
「はあ……」
「不二咲、さん」
 振り向くと、苗木君が立っていた。
「もしかして、舞園さんと話してた? 今、舞園さんが出てきたけど」
「あ、うん! そうなんだ!」
「不二咲さんはなんか、女の子とはあまり話したがらない、って霧切さんが言ってたんだけど」
 ……実際、そうなんだけど。
「あ、誤解させたらゴメンね、でもさっきも今も、舞園さんと話せてるみたいだから」
 ああ、なるほど。それで彼は心配してくれたのか。
 ずいぶんベクトルが違っているけれど、ボクのことを気にかけてくれたのは嬉しい。
 現実と、苗木君の虚像の差を気取られないために、精一杯の笑顔を模って、
「心配してくれたんだ、ありがとうね苗木君!」
 そうやってボクも厨房を後にした。

 なんだか、ぐるぐると頭が回っている。
 舞園さんが性欲を持っているとして、僕を利用するのは間違っているかもしれない。
 だけど、ボクが仮にいなくなったとして、舞園さんの欲求は募るだけだと思う。
 まして、一線を越えている高校生。
 忍耐するのは至難なことだと思う。
 ボクも、欲望がないと言ったら嘘になる。 
 だけど舞園さんは自分からボクにあられもない姿を見せてきたくらいだ。
 フラストレーションはきっと計り知れないものがあったはず。
 そのはけ口がどこに向けられるか、あまり考えたいことじゃない。

 えっと、要するに、
「ボクと舞園さんは、この関係であった方がいいのかなあ……?」
 答えなんて出ない。
 みんなに平等に与えられたはずの時間が、ボクにだけすごく早く過ぎていく気がした。

「午後、10時になりました
 間もなく食堂はドアをロックされますので……」
 モノクマのアナウンスが響く。ボクは舞園さんの部屋の前に立っていた。
 辺りに誰もいないのを確認して、インターホンを押す。

ピンポーン……

 間をほとんど置かずにドアが開き、中へ招かれる。
 状況は、心境は、前回とそんなに変わらない。
「さて、と……不二咲君もある程度はわかっていると思いますけど」
「また、愛撫、をするの……?」
「それなんですけど」
 舞園さんは着座していたベッドから立ち上がって自室のドアに向かう。
「……?」
 そこで舞園さんが言ったのは、

「寄宿舎のトイレに行きませんか?」
 結構凄絶な台詞だった。
 もちろん、その意図を汲み取ればの話だけど。

「っ!? まさかそこで『しよう』ってことじゃないよねえっ……?」
「え? それ以外何かあるんですか?」
「…………!」
 疑問に疑問で返されると、もう何も言えない。
 ボクが沈黙した所で、舞園さんは少し口調を強くした。
「いいから黙ってついてきてください、諸々はあっちで話しますから」
 暗に、もし来なかったらどうなるかはもうわかりますよね? と言われているような気がする。
 わかってる。ボクは確かにいつか強くなりたいと思っている。
 だけど、ボクは弱い。今秘密を明かされたら、まさしく窮地に立たされることになる。
 従属するしか、ない。
 軽くボクが頷くのを見て、舞園さんはさっきより顔を綻ばせた。

 廊下を歩いている間少し下半身が疼いたのを感じて、ありきたりな台詞を思い出した。
 ___体は正直だ。
 結局どれだけ美辞麗句を並べた所で、ボクは忘れられてないじゃないか。 
 女の子と、それも超高校級のアイドルと体を交わらせたことを。

 女子トイレに入ることに抵抗がないと言えば嘘になる。今まで何度もやってきたことだけど。
 些かの逡巡のあと、女子トイレに入って一番奥の個室へ向かう。
 必然ながら、舞園さんと一緒に。
 ずいぶんと窮屈に感じる。こんなに狭かったのかと視線を巡らせていると、
「わざわざここまで来た理由はですね」
 ドアの鍵をかけて、洋式の便座に腰をおろした舞園さんが話しかけてきた。
 ボクは壁にもたれかかって話を耳に入れる。
「単純に、監視カメラの視界から外れておきたい。それだけのことです」
「でも、この間はそんな」
「思いつかなかったわけじゃありません……個室は完全防音、何があろうと他のみんなに感づかれることはないですよね?」
「……なるほどね、監視カメラをとるか、気付かれるリスクをとるか」
「ええ、監視カメラのレンズをふさぐことも考えましたけど……そんな勇気はなくてですね」
 確かに、そんなのボクだってやりたくない。
「だからあの時は部屋で事に及んだんです」
「じゃあ、なんで今日は?」
 特に意識もせずに質問したんだけど、何故か舞園さんはそこで口ごもった。
「……これ以上カメラに見られたら、モノクマから発表されるんじゃないかと思いましてね」
「?」
「モノクマに秘密を明かされるわけにはいかないですよね?」
「……まあ、そう、だけど……」

 一理は通る。でも、違和感を感じた。
 舞園さんは、今言った二つを天秤にかけた上で、「部屋」を選択した。少なくとも一昨日は。
 つまり、モノクマからの秘密の露呈、その危険性。それも把握した上での判断だったはず。

 そして、あの日の翌日にモノクマから明かされることは、なかった。
 だったら安心していいんじゃないだろうか。モノクマからの秘密の暴露は、心配しなくてもいいと。

 舞園さんの言動を怪訝に思うけど、真実かはわからない。
「夜時間なんだから、誰も来ませんよ。みんな個室にいるんですから、何も聞こえませんし」
 そう言って舞園さんは立ち上がる。
「じゃあ不二咲君___服を全て脱いで、座ってください」
「……うん」
 覚悟を決める。
 どうせ、逃げられないんだ。

「ま、舞園さんは脱がないのお……?」 
 生まれたままの姿(と言っても靴ぐらいは履いているけど)になったボクは、羞恥から舞園さんにも脱衣を促す。
 ただ舞園さんは笑顔を放って、
「うふふ、まずは不二咲君が気持ちよくなってください。私は、楽しみはあとに取っておくタイプなんです」
 一昨日もそうだったけど、ボクにはその笑顔が怖い。
 まさしく、妖艶。
「でも不二咲君の、まだ小さいですね……」
「うう、それ、はっ……」
 一応、ボクにもそれくらいの矜持がある。「男」としてのプライドが。
 勃起しても大きいとはいえない、というよりかなり小さい男根は、大きなコンプレックスになっている。

 頬が熱を帯びるのを感じて、目をぎゅっと瞑る。すると、
「じゃあ、この間みたいな感じでいいんでしょうか?」
 徐に舞園さんがボクのそれを掴み、しごいてきた。
 しゅっ、しゅっ、と音が立つごとに、なんともいえない感覚が襲ってくる。
「くう、あっ……」
 声が出てしまう。
 ボクのそれはとっくに大きくなっていた。
「大きくなりましたね、不二咲君」
「は、恥ずかしいよおっ……」
「今更何を言ってるんですか。初めてならまだわかりますけど」
「だって、ボクだけこんな格好だなんてっ」
「ああ、そうでしたね……でも、いつまでそんな余裕を言っていられますか? はむ」
 まるでそれが食物であるかのように、舞園さんはボクのそれを躊躇なく咥えこむ。
 本当に経験がないのかと疑いたくなるけど、舞園さんの言った通りボクにそんな余裕はない。
 びりびりびり! と全身を駆け巡る刺激に、体が仰け反る。一時遅れて、口から声が、否、叫びが発せられる。
「ひゃう、うううううううっっ!」
 女の子らしい喘ぎ声は隠しようがない。そして、防ぎようもない。
 そう感じている間にも舞園さんは舌を走らせる。手も動かしていて、余裕どころか忍耐もできない。
 鈴口に、カリの部分に生暖かい感覚。
「うあ、まいぞの、さんっ……」
「うふふ、感じてますか? んむ、遠慮せず、声でも何でも出してください」
 精液を浴びることに抵抗がないなんて、正直恐ろしい。というか、おぞましい。
 性への莫大な欲求がそれをさせるのか、ボクだから大丈夫なのかはわからない。
「ううっ、ふあああああああっっ!」
 けれど、ありがたい気もする。射精を危惧する必要がないなら、行為もしやすいのだから。
「ぷあ、ほら不二咲君! 少し漏れてきました、ぺろ、そろそろですよねっ!」
 彼女のいっていることは的を射ている。自分の奥から沸きあがってくる欲望、渇望。
 舞園さんを汚すその排出を、宣言する。
「舞園さん、もうそろそろっ……!」

 キィ____

 一瞬で、背筋が凍った。

「ッ!?」
 この女子トイレに入ったときに、誰もいないことは確認した。
 ボクと舞園さんがいるこの個室は、そもそも鍵がかかっていたはず。
 それなのに、ドアが開く音がした。
 つまるところ、第三者の介入だ。

「えっと……だ、誰かいるの……?」
(あ、朝日奈さんっ…………!?)   
 まさかの来訪者。状況としては最悪と言っていいと思う。
「あ、あれ? ここだけ鍵が閉まってるけど……」
 まずい。非常にまずい。
 あの活発な朝日奈さんのことだ、上から覗かれないとも限らない。
 そうなったらもう言い逃れなんてできない。まさしく現行犯になってしまう。
 舞園さんを見ると、無言で笑いかけてきた。いや何の解決にもならないってば__!
 かくなるうえは。

「あ、朝日奈ちゃんっ?」
「! その声は不二咲ちゃんだね?」
「うん……朝日奈ちゃん、もう夜時間なのに、どうしているの?」
「えへへ、実は小腹が空いちゃってドーナツを取りに来てたんだよ」
 我慢すればいいのに、と思ったけれど口には出さない。
 ところで、そんな些細なことで出かけるんだから、セレスさんのルールは意外と守られてないんじゃないだろうか。
「そしたらこのトイレから何か聞こえるからさ、来てみたんだけど」
 十中八九ボクの叫びだろうな、どうやらちゃんと聞こえたわけではないみたいだけど。
 ホッとするけれど、よく考えればボクが声を出さなければこんなピンチには陥ってないわけで。
 後悔先に立たず、なんて言葉が明滅する。
「ていうか、夜時間なのは不二咲ちゃんも同じじゃん! 不二咲ちゃんはなんで?」
「ええっと、私、は……」
 ごまかしの理由を考えていると、視界の片隅が動くものを捕らえた。
 舞園さんしかいないよね、と目を下に向けて、

 舞園さんがフェラチオを再開している姿が飛び込んできた。

「!!? ふぁっ!」
 突如の刺激、刺戟。取り繕う暇もなく、声が出てしまう。
「えっ!? ふ、不二咲ちゃんどうしたの?」
「…………っ!」
(ま、舞園さん、なに、をっ!)
 舞園さんの制止を試みようとするけれど、ここに二人いることを悟られるわけにはいかない。
 強襲する感覚に懸命に耐えながら、朝日奈さんに弁解をする。
「い、いやさっきからお腹の調子が悪くてぇっ……くうう、ううっ……だから長い間ここにいるんだよぉ」
「あ、そうなの……? でもすっごい辛そうだよ、大丈夫?」
「うんっ……さっきはほら外に聞こえるくらいだったけど、んううっ、今は直ってきてるんだぁっ……」
 舞園さんはさっきと違って、音が立たないように、でも弱くはなく愛撫している。
 限界が近かったボクにとっては、十分な、十二分な強さ。
「でも、もうしばらくかかるよね?」
「そう、だからっ……ふううっ、夜時間も近いし、朝日奈ちゃんは先に帰ってて……くあっ!」
 お願いだから、帰ってほしいっ……!
 思いが通じたのか、朝日奈さんはわかってくれたようだ。
「そっか、さっきより良くなってるんならいいよね。じゃあ不二咲ちゃん、あたしは戻るからそっちも急いでね」
「うん、心配してくれてありがとうっ……んっ、私もすぐいくよぉ」

 ドアが開いて、朝日奈さんが出て行った、と思う。
 と同じタイミングで、ボクのそれは絶頂を迎えた。
「______っ!」
 口に手を当てて、声を封殺する。また聴かれるわけにはいかない。
 白濁した精液は舞園さんの顔、髪、服にもかかったけれど、個室を汚すことはなかった。
 舞園さんはこの前と同じように少しだけ味わったようで、
「んくうっ、不二咲君の精子、また濃いです……あれ以来、なんですね」
 緊張と快感から開放されて、ボクは息を荒げる。
 舞園さんの言葉やそんなことは二の次で、真っ先に確認すべきことがある。
「舞園さんっ……! どうしてあんなこと!」
「ええと、すみません、ちょっと待っていてくださいね」
 そう言ってボクの一言を無視すると、舞園さんは個室から出てトイレの入り口を開けた。
 たぶん、朝日奈さんを視察しているんだと思う。

 ただボクは色々と疑問を持った。
 やっぱり、おかしい。
 舞園さんは第三者にばれること、見られたりすることを避けていたはず。
 それなのに、さっきの行為はまるで見られてもいいような意識だった。
 大体今朝日奈さんを偵察するのだって、ボクの体液に塗れた姿だ。
 矛盾する、舞園さんの言動と行動。それによって考えたくなる、何らかの策謀。
 思慮を巡らせていると、舞園さんが戻ってくる。
「大丈夫でした、朝日奈さんは個室に戻ったみたいですよ」
「……」
 半ば睨みつけるようにして(そんな度胸はないけど)舞園さんに目を向ける。
 舞園さんは意思を汲み取ったようで、
「あ、誤解しないでくださいね不二咲君。私だって危機的状況だったのは変わらないですよね?」
 一呼吸おいて、舞園さんは自己の正当化をする。
「ただあんなシチュエーション、____漫画みたいで興奮するじゃないですか」
「山田君じゃないんだから……」
「でも実際、不二咲君もより感じていたんですよね?」
 反論できない。というか、証拠がない。絶頂を迎えてしまったのは事実だし。 
 若干の羞恥に俯いていると、舞園さんはすっくと立ち上がる。
「でも、不二咲君ばっかりはずるいですね……」
 そうやって、もう一人の脱衣が始まった。
 けれど、舞園さんは上半身が終わるとスカートを飛ばして下着に手をかける。またマニアックな。
「じゃあ、選手交代です不二咲君」
 スカートと、靴下や靴のほかにはまさしく一糸纏わない舞園さん。
 初めてではないことと、自分も裸だから、という理由で焦ったりはしないけれど、それでも綺麗だ。
 ボクと位置を入れ替わった舞園さんは、ひら、とスカートをめくって、

「___舐めてください、不二咲君」

 何度も言うけれど、超高校級のアイドル相手に興奮しないわけがない。
 秘密を握られているとか、だからこれは仕方のないことだとか、無駄な思考がさっぱりと浄化される。
 一昨日はどうかしていた、と自分で言ってしまったけど、今日だって変わらない。
 脳裏を掠めるのは、さっきの自分。

 ……忘れられてないじゃないか。

 一度射精したのに再びいきり立っているボクのそれは、またしてもその台詞を反映しているかのようだった。
 所詮、ボクは弱い。
 だったら、このまま隷属して服従していくのも、悪くない。

 便器に着座した舞園さんは足を開いている。
 もうこうなってくるとスカートの存在価値がないように思えてくる。むしろ邪魔だ。
 でも文句なんて言わない。
 恥部に顔を近づける、そして漂ってくる舞園さんの匂い。
 すっかり愛液で濡れてしまった花弁は赫く、二日前と殆ど同じだった。
 もっとも、あのときの記憶は若干曖昧模糊で、こんなにまじまじと認識するのは初めてのような気がする。
「んふっ……」
 ボクの吐息が当たっただけでもう感じるのか、声を漏らす舞園さん。
 舞園さんの花園に、口を持っていく。
「いくよ、舞園さん……」

 舌を伸ばして、陰茎を撫でる。
 ぴちゃ、という卑猥な音。
 割れ目全体に舌を絡めて__
「んあ、ああっ……」
 舞園さんは感じているのだろう、声を上げる。
 それも、前の様な狂乱ではなく、色っぽい、艶かしい声。
 舞園さんが慣れたのか、それともボクが今日は大人しいのか。どちらにしても、興奮する。
 顔を埋めて愛撫をしながら、右手を動かす。
 その到着点は判然、彼女のそこであって、
 クンニをしながら、手でも刺激をする。目的はその他にない。
「ひう、んんっ……くはあっ、あああ……!」

 徐々に大きくなっていく嬌声。快感を得ているということは、もうその感覚に達しているということ。
 つまり嬌声のエスカレートは、行為の激しさをエスカレートさせる、指針でもあるということだ。
 いきなり膣内に刺激を受けても、それは痛みとしてしか感知できず、気持ちよさに昇華することはない。 
 でも、少しずつの悦びを重ねていけば、到達できる。

 ボクにもこれくらいの知識はあるんだ、と思っておく。
 なぜこんなことを反芻するのかって、暴走しないため。
 もう二度とあんなことはしない、と決めた。だからこそ、理性を保つための思考。
 ……まあ、そのうち綺麗に消し飛ぶと思うんだけどなあ。

 表面をなぞるのをやめて、段階を進む。
 奥に、舌を入り込ませる。
「ひあっ……! んんっ、そんなおくまで、ふうううっ!」 
 舌が中の粘膜に少し触れる、独特の感覚。
 舞園さんは、いっそう悶えている。膣内はもう、全然大丈夫だ。
 中で舌をうねらせ、指の動きも緩めずに、愛撫を続ける。
「ふあうっ、い、いう、うううっ! ふじ、さきくんっ! もう、っっ……!」
 その声が聞こえていないわけではないけど、行為はやめない。
 ボクだけイってしまったのもあるし、なにより舞園さん自身、やめろとは言っていない。
 くちゅ、という音を幾度も響かせる。
 膣内で微妙に蠢く感覚。
 それは宛ら、主張しているかのような絶頂。まるで、さっきのボクみたいに。
 ボクもスパートのつもりで____

 ぐい。

「ふい?」
 思わず間の抜けた声。
 だらしなく出していた舌を引っ込める。
 何が起こったのかって、説明は単純。舞園さんが僕の頭を両手で掴んで、頭に持ってきた。
 見つめ合う、二つの視線。
 一つは呆然、一つは嫣然。
「えっと……どういうことかな、舞園さん?」
「うふふっ……よく考えたら、私がここでイっちゃっても意味ないですよね?
 あの時は暫くやってなかったから連戦できましたけど、今日は多分無理だと思うんですっ……」
 たった今まで絶頂を目前にしていたとは思えないほど、口ぶりは落ち着いている。
 だから、と舞園さんは言葉を投げかける。
「今日のフィニッシュ? フィニッシュですね、それは本番でお願いします__」
 つまり、挿入の要求。
 唯一の快楽である『イく事』を、最後にとっておきたいということ。
 別に納得できる理由ではある。だからボクはそう疑問を抱かない。  
「わかった、よ舞園さん」
 ボク自身も性欲は復活していて、いつでもいいぞとばかりに誇示しているかのようだ。
 ボクは顔を引いて、体勢を調える。
 舞園さんは足を開いたまま。スカートにも染みがあって、微妙な色合いを醸し出している。
 美しいというか、麗しいというか。若干見とれていて、
 そして、引き金。

「不二咲君、いれてくださいっ」

 挿入。
 舞園さんの秘部はしっかりと潤っていて、スムーズに進むことができた。
 そして、甘美な歓喜。
「うくうっ……」
「くうっ、うあああああああっ!」
 当然ながら快感の量では舞園さんのほうが圧倒的に大きい。
 舞園さんが先に迎えてしまうんじゃないかと思っていたけど、
「!!!」
 舞園さんは想定済みだったみたいで。
 ボクに如何にして快感を多く与えるか、その答えがこれだ。
「ちょ、そんなところ舐めないでよおっ……!?」
 つながっているのに、舞園さんはボクのち、乳首を舐めている。
「んふっ……ちゅっ、ぷはっ、はああっ……や、めませんよ?」
 普通逆じゃないか? と思うけれど、ボクは言われなければ何もしない。そういう立場を自覚している。

 男の胸の部分だって、立派な性感帯となりうる。
 何より、下半身をも同時に攻撃されてるわけで。
「あ、なんでっ……きもち、よくっ……?」
「ぷああっ、不二咲君がイくまで、私もっ! まだおわりませんよっ……!」
 舞園さんが先にイくかなんて杞憂だったみたいで。
 気持ち良さが腰の動きを増長させていく。
 絡み付く、膣壁。纏わり付く、強烈な快楽。
 淫靡な音が反響しているけれど、何度も言うように余裕がない。
「ああっ、ん__っっ!」
 漏れる自分の悶えた声。蕩けた声。
 舞園さんの愛撫、そして自らの運動も。全てが高まっていく要因と相成って、超然たる意識の融解を引き起こしていく。
 真っ白になった頭で、うっすらと見えてくる。
 ただただ、溺れていく、凋落の道程。
 快楽の向こうに、暗く、黒いものが見えるような感覚。
「くううっ、あああああああああっ……まい、ぞのさんっ!」
「ちゅくっ……あんっ! ふじさきくんっ、いっしょにっ……!」
 挿入してからそんなに時間は経っていない。
 それでも達してしまったのだからしょうがない。
 見えていた闇はすぐそこにある。

 前やったときは見えていなかったけれど、今ならはっきりとわかる。
 この影は、この蔭は、ボクの弱さだ。
 舞園さんに従い、舞園さんに倣い、舞園さんに憑いていく。
 もう、戻れない。
 もう、戻らない。

「「ふああああああああああっ!!」」
 殆ど同時の、絶頂。そして、確立するもの。

「ふあ……気持ちよかった、です……不二咲君」
「…………」
 ボクは、これでいい。
 ボクは、弱く、弱い、弱き人間だ。
 舞園さんの責任じゃない。ボク自身が、判断した道。

 ____堕ちていこう。
 二人の放った液体に囲まれながら、不二咲千尋は決断した。


「……!!」
 ここは、隣の男子トイレ。
 そこで、その人物は聞いていた。聞いてしまった。
 不二咲千尋と、舞園さやかの行為。
 トイレは防音効果がない。
 隣り合ったこの場所では、否が応でも聞こえてしまう。
 そして、知ってしまった。
 それを知ってしまって、どうにもならない。
 逃げ出そうと考えても、それを止める自分がいて。
 その矛盾は、全くわからなくて。
 塗り潰される思考は、試行は、どうやってもまとまらない。

「不二咲君、どうしたんですか? さっきから黙ってますけど……」
 まるで何もなかったかのような舞園さやかの声が、外から聞こえてくる。
 二人が立ち去ったのを理解しても、動けなかった。
 それを聞いたその人物は、トイレの中で悄然としていた。

 コロシアイ学園生活の、凄惨なる混濁。
 それは、不可逆。まるで、雪達磨の如く。胎動したことは止まらない。


「本来の目的とは違うんですが……まあ、これも絶望、だよなあ? イエス!」
 モニターの向こうで、黒幕は笑っていた。
 ただ、哂っていた。 

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最終更新:2011年04月29日 08:22