こちら苗木誠探偵事務所2

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<p> 「呆れた。まさか一人でまだしりとりしてたなんて」</p> <div>「そう言わないでよ。てっきり霧切さんは気付いてるものかと思ってたんだ」</div> <div>  返事はない。冷たい視線(今度は本当に冷たい)だけを僕によこして、霧切さんは天井を仰いだ。その動作に合わせ、座っている椅子が音もなく斜めに傾いだ。</div> <div>えらく質のいいオフィスチェア。これは部費で購入したものらしい。ちなみに僕の椅子は普通の、パソコン室にでも置いてそうな回転椅子だ。</div> <div>少し前までは普通のパイプ椅子だったのだけど、見かねた山田君と不二咲さん(パソコン同好会所属)が寄付してくれたものだ。</div> <div>「……何よ?」</div> <div>「いや、別に何も」</div> <div> ちょっとずるかった。</div> <div> </div> <div> </div> <div> 苗木誠探偵事務所は、教室の三分の二程度の大きさしかない。</div> <div> </div> <div> 部活動に所属したことのある人ならわかってもらえるだろうか、床はリノリウムでできていて、長机が二つ、くっつけて置いてあって。</div> <div> そこそこ大きなスチール棚と、使ってるのか使ってないのかわからない、掃除用具でも入っていそうなロッカーがなぜか四つ。</div> <div>それに、これはうちの事務所(霧切さんがそう呼べって言った)にしかないと思うけど、本棚。</div> <div> そこに椅子を向い合せに並べて。僕と霧切さんを配置して。</div> <div> そうすれば、苗木誠探偵事務所のできあがりだ。</div> <div>「だいたい貴方は少しずるいのよ。私が”なえぎくん”って呼ぶの知ってるくせに」</div> <div>「ちょっと意味がわからないんだけど」</div> <div> 支離滅裂なことを言ってくる。さっきしりとりで僕が負けた時悔しかったように、霧切さんは拗ねていることを隠そうともしない。</div> <div>「だって。私が最後にに”なえぎくん”って呼びかけるだけで、それだけで負けになるじゃないの」</div> <div>「それを言うなら僕だって同じじゃないか。きりぎりさん、って言うだけでアウトだよ」</div> <div> 問題は呼びかけじゃなく敬称だと思う。</div> <div> まあそれはともかくとして、依頼がないときの僕らはいつもこんなかんじだ。</div> <div> 霧切さんお勧めのミステリを読んでみたり、二人でとりとめのない会話をしてみたり、さっきみたいにちょっとした遊びをしてみたり。</div> <div>  二人だけの(良く部活申請が通ったものだと思う)探偵事務所は、一部を除いて学園内の依頼しか受けない。クライアントが学園生だけに限定されるからだ。</div> <div>  ひとたび依頼があれば二人とも出払ってしまうから、数多くの依頼を受けることもできない。一人ぐらいは留守番で残った方が良いのかもしれないけど、それは霧切さんが許してくれないし、それに彼女は部員を増やすことにもいい顔をしないのだった。</div> <div>「そこまで言うなら、呼び捨ててみたらどうかな。なえぎ、って」</div> <div>「嫌よ。なんだか突き放した言い方になるじゃない」「そうかな」「そうよ。試してみる?」</div> <div>「それじゃあ、やってみようかな。……霧切」</div> <div>「苗木」</div> <div> ………これは、なんというか。</div> <div> 霧切さんもなんか傷ついた顔してるし。</div> <div>「霧切さん、僕が悪かったよ」</div> <div>「………いいえ」</div> <div>「え、えっと! じゃあさ!」</div> <div> ひどく沈んでしまった空気を振り払うように、僕は身を乗り出した。がたん、と椅子が倒れる音がする。</div> <div>「え、ええ」</div> <div> びくり、と霧切さんが肩を震わせる。きょとんとした霧切さんの顔は珍しいっていやそうじゃなくて。</div> <div>「名前で、……呼んでみるっていうのは、どうかな」</div> <div>「……え」「いやほら! しりとりにならないから、ね?」</div> <div> ますます霧切さんが戸惑った顔をする。僕は何を言っているのか。</div> <div>「わかったわ。えと、……誠、くん」</div> <div>「駄目だよ霧切さん。敬称つけたら意味ないじゃないか」</div> <div>「そうね。あ、貴方も、言って頂戴。……誠」</div> <div>「う、うん。……響子」</div> <div>『…………』</div> <div> これは、なんというか。</div> <div> もうしばらく、部員は増やさなくてもいいかもしれないと。</div> <div> 僕はそんなことを思ったのだった。</div> <div> </div> <hr /><div> </div>
<p> 「呆れた。まさか一人でまだしりとりしてたなんて」</p> <div>「そう言わないでよ。てっきり霧切さんは気付いてるものかと思ってたんだ」</div> <div>  返事はない。冷たい視線(今度は本当に冷たい)だけを僕によこして、霧切さんは天井を仰いだ。その動作に合わせ、座っている椅子が音もなく斜めに傾いだ。</div> <div>えらく質のいいオフィスチェア。これは部費で購入したものらしい。ちなみに僕の椅子は普通の、パソコン室にでも置いてそうな回転椅子だ。</div> <div>少し前までは普通のパイプ椅子だったのだけど、見かねた山田君と不二咲さん(パソコン同好会所属)が寄付してくれたものだ。</div> <div>「……何よ?」</div> <div>「いや、別に何も」</div> <div> ちょっとずるかった。</div> <div> </div> <div> </div> <div> 苗木誠探偵事務所は、教室の三分の二程度の大きさしかない。</div> <div> </div> <div> 部活動に所属したことのある人ならわかってもらえるだろうか、床はリノリウムでできていて、長机が二つ、くっつけて置いてあって。</div> <div> そこそこ大きなスチール棚と、使ってるのか使ってないのかわからない、掃除用具でも入っていそうなロッカーがなぜか四つ。</div> <div>それに、これはうちの事務所(霧切さんがそう呼べって言った)にしかないと思うけど、本棚。</div> <div> そこに椅子を向い合せに並べて。僕と霧切さんを配置して。</div> <div> そうすれば、苗木誠探偵事務所のできあがりだ。</div> <div>「だいたい貴方は少しずるいのよ。私が”なえぎくん”って呼ぶの知ってるくせに」</div> <div>「ちょっと意味がわからないんだけど」</div> <div> 支離滅裂なことを言ってくる。さっきしりとりで僕が負けた時悔しかったように、霧切さんは拗ねていることを隠そうともしない。</div> <div>「だって。私が最後にに”なえぎくん”って呼びかけるだけで、それだけで負けになるじゃないの」</div> <div>「それを言うなら僕だって同じじゃないか。きりぎりさん、って言うだけでアウトだよ」</div> <div> 問題は呼びかけじゃなく敬称だと思う。</div> <div> まあそれはともかくとして、依頼がないときの僕らはいつもこんなかんじだ。</div> <div> 霧切さんお勧めのミステリを読んでみたり、二人でとりとめのない会話をしてみたり、さっきみたいにちょっとした遊びをしてみたり。</div> <div>  二人だけの(良く部活申請が通ったものだと思う)探偵事務所は、一部を除いて学園内の依頼しか受けない。クライアントが学園生だけに限定されるからだ。</div> <div>  ひとたび依頼があれば二人とも出払ってしまうから、数多くの依頼を受けることもできない。一人ぐらいは留守番で残った方が良いのかもしれないけど、それは霧切さんが許してくれないし、それに彼女は部員を増やすことにもいい顔をしないのだった。</div> <div>「そこまで言うなら、呼び捨ててみたらどうかな。なえぎ、って」</div> <div>「嫌よ。なんだか突き放した言い方になるじゃない」「そうかな」「そうよ。試してみる?」</div> <div>「それじゃあ、やってみようかな。……霧切」</div> <div>「苗木」</div> <div> ………これは、なんというか。</div> <div> 霧切さんもなんか傷ついた顔してるし。</div> <div>「霧切さん、僕が悪かったよ」</div> <div>「………いいえ」</div> <div>「え、えっと! じゃあさ!」</div> <div> ひどく沈んでしまった空気を振り払うように、僕は身を乗り出した。がたん、と椅子が倒れる音がする。</div> <div>「え、ええ」</div> <div> びくり、と霧切さんが肩を震わせる。きょとんとした霧切さんの顔は珍しいっていやそうじゃなくて。</div> <div>「名前で、……呼んでみるっていうのは、どうかな」</div> <div>「……え」「いやほら! しりとりにならないから、ね?」</div> <div> ますます霧切さんが戸惑った顔をする。僕は何を言っているのか。</div> <div>「わかったわ。えと、……誠、くん」</div> <div>「駄目だよ霧切さん。敬称つけたら意味ないじゃないか」</div> <div>「そうね。あ、貴方も、言って頂戴。……誠」</div> <div>「う、うん。……響子」</div> <div>『…………』</div> <div> これは、なんというか。</div> <div> もうしばらく、部員は増やさなくてもいいかもしれないと。</div> <div> 僕はそんなことを思ったのだった。</div> <div> </div> <hr /><div> </div>

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