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 数瞬の静寂と、血の気の引いた顔。  あ、怒鳴るな、と、私は先見した。 「苗木君の、馬鹿っ!!!」  彼女をよく知っている人間であれば、誰もが予想し得なかっただろう科白。  吐き捨てて、舞園さんは食堂を飛び出した。  周囲の生徒は唖然とし、その目線はただ一人の少年に注がれている。  机に目を落とし、見るからに沈んでいる『超高校級の幸運』へと。  当人たちは関係を否定するも、校内でもオシドリ夫婦と名高い二人。  そんな彼らが、どんな経緯を以て仲を違うこととなったのか。  超高校級の謎。  この霧切響子、別名『超高校級の探偵』としては、紐解かないわけにはいかない。  別に『最近暇だったからちょっと突っついてみよう』とかいう不純な動機では、決してない。  それに私自身、この事件に少し関係してしまっているのだ。  罪悪感とまではいかないけれど、解決のために責任は負うべきだろう。  事の発端は、一枚のDVD。 『私の初出演の映画なんです…良かったら、見てくれませんか?』  奥ゆかしげに舞園さんがそれを手渡したのは、確か昨日のことだった。 『僕に貸してくれるの?』 『苗木君に、見てほしくて…』 『ありがとう、今日にでも早速見るよ!』  はいはい夫婦夫婦、と甘いムード全開の二人。  苗木君の様子がおかしかったのは、その翌日のことだった。 『舞園さん、コレ返すよ…』 『あ、苗木君。DVD見てくれたんですね?』 『う、うん…』  明るく話しかける舞園さんとは対照的に、苗木君は彼女に目を合わせようとしない。 『どうでしたか?』 『…よかったよ、すごく』  さすがの舞園さんも、そこで彼の挙動不審に気づいたようで。  特に言及することはしなかったが、HRの後に私に相談を持ちかけてきた。  渡されたDVDを見て、原因はすぐに分かった。  舞園さんが演じている役には恋人役がいて、幾度となく彼との恋愛エピソードが描かれている。  決め手は、物語も中盤に差し掛かった頃。その男優とのキスシーン。  実際は上手く角度をつけて、キスしているように撮っているだけで、本当に口付をしているわけではないだろうけど。  あんなに沈んでいた苗木君に、それが見抜けていたとは思えない。  これは、男子特有の悩みだろう。  舞園さんはきっと、真剣に演技をしている、頑張っている自分を見てほしかったのだろう。  けれど、自分以外の男が、好きな女の子に迫っている。  男の子としては、いい気分はしないはずだ。  おまけに相手役の男優は、傍目から見てもかなりの男前。 『確かにこれは、苗木君の様子もおかしくなるわね』 『どういうことですか…?』  全く予想だにしなかったのだろう、舞園さんは首をかしげる。  お得意のエスパー節も、男心には届かないらしい。  苗木君が感じたであろう不安や嫉妬を、私の口からかいつまんで彼女に説明する。  苗木君にしてみれば男のメンツ丸つぶれだろうけれど、このままギクシャクし続けるよりマシだろう。  そう判断したのがいけなかった。 『そんな、私…そんなつもりじゃなくて…』  さっ、と舞園さんの顔が青くなる。  嫌な予感を感じて引きとめる――そんな間もなく、彼女は食堂へとダッシュしていた。 『苗木君!ごめんなさい、私、あのDVD、ホントにそんなつもりじゃ…』  私が追いついて食堂の扉を開ければ、修羅場の真っ最中。  周囲の生徒の視線も気にせず、混乱気味の舞園さんは苗木君に言い寄っていた。 『ちょ、ちょっと落ち着いて舞園さん…』 『映画のラブシーンなんて全部演技だし、キスだってホントに口を付けたわけじゃないんです…!』  ギクリ、と、苗木君の体が強張った。 『な、なんで僕にそんなこと…』 『え?』 『や、舞園さんはホラ、アイドルだから…もちろん、ああいう仕事だってあるわけで』 『でも、私は…』 『僕がそれを見てどう思っても、舞園さんには関係ないことだし…』 『…!』  気遣いな少年ゆえの、舞園さんを思っての言葉。  けれどもそれは、同時に舞園さんの気持ちを裏切る言葉でもあった。  舞園さんは一瞬だけ泣きそうな顔をして、それから肩をわなわなと震わせる。 『…どうして、そんなこと言うんですか…』 『あの…舞園さん?』 『苗木君の、馬鹿っ!!!』  と、ここまでが事の顛末なわけだ。  第三者から見ればどちらの気持ちもわかるし、ある意味起こるべくして起こった事件とも言えよう。  しかし灯台もと暗し。  本人たちはきっと、どうしてこんなことになってしまったのか、ちんぷんかんぷんだろう。  過程はどうあれ、舞園さんにアドバイスを与えた私にも喧嘩の一因がある。  二人の仲を修繕するため、まず私は苗木君のもとへと足を向けた。 「…あ、霧切さん」  放課とともに、舞園さんはそそくさと教室を飛び出して行ってしまった。  いつもなら苗木君とともに談笑しながら帰宅するというのに、余程怒り心頭なのだろうか。  苗木君は自分の席でショックを受けたように立ち尽くしていたが、私が近づくと笑顔を向けてくれた。  あまりにも痛々しい笑顔に、話しかけたこちらの方が申し訳ない気持ちになる。 「相当へこんでいるみたいね」 「はは…」  乾いた空笑い。 「あれから舞園さんとは?」 「一言も…すごく怒らせちゃったみたい」  ため息とともに、彼は目を伏せた。 「同じ中学で、同じ高校で、同じクラスで…向こうは僕のことを覚えててくれて…」 「……」 「舞園さんが優しいからって、思いあがって…知らないうちに調子に乗っちゃってたのかも」 「苗木君、それは…」 「こんなに簡単に嫌われちゃうなんて、思わなかったな」  やっぱり。  二人の関係がこじれた根本的な原因は、苗木君の方にある。  彼は自分がなぜ舞園さんを怒らせてしまったのか、全くわかっていない。  舞園さんが怒ったのは、苗木君が好きだからだ。  だから自分が出演したDVDを見てもらいたいと思うし、ラブシーンの弁解だってする。  それなのに、苗木君は『関係ない』と、自分と彼女との繋がりを断ち切った。  もちろん、彼なりにアイドルである彼女を気遣ってのことだ。  普段仲良くしている自分なんかに気兼ねしてほしくない、という優しさだった。  けれど。 「…あなたはもう少し、女心を理解する必要があるわね」 「え?」 「安直な優しさが、相手を傷つけることだってあるのよ」  女の子は嫉妬してほしいし、特別扱いしてほしいのだ。  好きな男の子には。 「えっと、どういう…」 「もっと自分に自信を持て、という意味よ」 「でも…舞園さんに比べたら、僕なんて一般人もいいところだし…」 「…それは、周りの人間の評価でしょう。舞園さんや、あなた自身の気持ちはどうなるの?」 「舞園さんはともかく、僕自身の気持ちなんてどうでも…」  ああもう、卑屈すぎる。  普段は不必要なくらい前向きなのに、どうして事が他の生徒となれば比べてしまうのだろう。 「…正座しなさい」 「…はい?」  気付きなさい、苗木君。  あなたまで彼女をアイドル扱いしちゃダメなんだと。 「女心の全くわからないあなたに、説教…もとい、講義してあげるわ」 「いや、あの」 「いいから。跪きなさい」  軽く三十分ほど説教をかまし、 「…とにかく。先ずは舞園さんと話し合うこと。いいわね?」 「…うん」 ―――――  続いては、舞園さんの方だ。  彼女の方は、おそらく話は早いだろう。  そそくさと教室を飛び出したのは良いが、きっと一人自分の部屋にいるのも嫌だったんだろう。  彼女の姿は、玄関前のベンチで確認できた。  彼女も彼女で相当沈んでいるようで、側に近づくまで私の存在に気づかなかった。 「霧切、さん…」 「女心のわからない彼氏を持って、大変ね」  隣に腰掛けて、あらかじめ買っておいたコーヒーの缶を手渡した。 「ううん…今回の件は、完全に私が悪いです」  おでこにコーヒー缶をぶつけながら、深い溜息を吐く。  『彼氏』呼ばわりしたことを否定しないのを見ると、だいぶ参っているらしい。 「怒鳴っちゃった…」  辛いところだ。  彼女は全て、わかっている。  苗木君が『関係ない』なんて言ったのは、舞園さんを気遣ってのこと。  なのにそれが許せなくて、悔しくて、 「あんな、酷いこと…きっと苗木君、怒ってる…」 「…まだ、言わないのね。苗木君に、好きだって」 「…言えませんよ」  好きだという感情は一つなのに、告白できない理由は山のようにある。  アイドルユニットが恋愛厳禁であること。  告白しても苗木君がまた今回同様に、彼女を思って退いてしまうかもしれないこと。  アイドルとしての多忙な生活が、まともな恋愛を許してくれないこと。 「勝手に自分の好意を押し付けて、勝手に怒鳴り散らして…子どもみたいです、私…」  不憫な女の子だ。  夢と恋愛の狭間で揺られ、葛藤を強いられる。 「…苗木君は、あなたに嫌われたと思ったそうよ」 「えっ!?」  応援の言葉の代わりに、教えてあげる。 「そんな、私が苗木君を嫌うだなんてこと…!」 「あり得ないとしても。言葉でちゃんと教えてあげなきゃ分からないのよ、男の子には」  私の言葉が終わる前に、舞園さんは立ち上がった。  その顔に、もう沈んだ色はない。  好きな人のために火の中水の中、乙女の顔だ。 「私、苗木君のところに…ちゃんと言葉で…! あっ、霧切さん、ありがとうございました!」  ひらひら、と軽く手を振り、アイドルの少女を送り出す。  全く、私もいい加減お人好しだ。  何か自分の得になる訳でもないのに、他人の色恋沙汰に手を出すなんて。  その後の彼らが果たしてどういう言葉を交わしたのか、私は知らない。  詮索するつもりもないし、余所の惚気に付き合うほど暇じゃない。  ただ、翌日。 「苗木君…もう、関係ないとか言わないでくださいね」 「あ、はは…参ったな」  教室で人目も憚らずにいちゃつく二人。 「……」  砂糖を吐きそうになるほどにラブラブなお二人のご様子から見る限り、  今回の事件はハッピーエンドで解決、めでたしめでたしということでよさそうだ。 ----
数瞬の静寂と、血の気の引いた顔。 あ、怒鳴るな、と、私は先見した。 「苗木君の、馬鹿っ!!!」 彼女をよく知っている人間であれば、誰もが予想し得なかっただろう科白。 吐き捨てて、舞園さんは食堂を飛び出した。 周囲の生徒は唖然とし、その目線はただ一人の少年に注がれている。 机に目を落とし、見るからに沈んでいる『超高校級の幸運』へと。 当人たちは関係を否定するも、校内でもオシドリ夫婦と名高い二人。 そんな彼らが、どんな経緯を以て仲を違うこととなったのか。 超高校級の謎。 この霧切響子、別名『超高校級の探偵』としては、紐解かないわけにはいかない。 別に『最近暇だったからちょっと突っついてみよう』とかいう不純な動機では、決してない。 それに私自身、この事件に少し関係してしまっているのだ。 罪悪感とまではいかないけれど、解決のために責任は負うべきだろう。 事の発端は、一枚のDVD。 『私の初出演の映画なんです…良かったら、見てくれませんか?』 奥ゆかしげに舞園さんがそれを手渡したのは、確か昨日のことだった。 『僕に貸してくれるの?』 『苗木君に、見てほしくて…』 『ありがとう、今日にでも早速見るよ!』 はいはい夫婦夫婦、と甘いムード全開の二人。 苗木君の様子がおかしかったのは、その翌日のことだった。 『舞園さん、コレ返すよ…』 『あ、苗木君。DVD見てくれたんですね?』 『う、うん…』 明るく話しかける舞園さんとは対照的に、苗木君は彼女に目を合わせようとしない。 『どうでしたか?』 『…よかったよ、すごく』 さすがの舞園さんも、そこで彼の挙動不審に気づいたようで。 特に言及することはしなかったが、HRの後に私に相談を持ちかけてきた。 渡されたDVDを見て、原因はすぐに分かった。 舞園さんが演じている役には恋人役がいて、幾度となく彼との恋愛エピソードが描かれている。 決め手は、物語も中盤に差し掛かった頃。その男優とのキスシーン。 実際は上手く角度をつけて、キスしているように撮っているだけで、本当に口付をしているわけではないだろうけど。 あんなに沈んでいた苗木君に、それが見抜けていたとは思えない。 これは、男子特有の悩みだろう。 舞園さんはきっと、真剣に演技をしている、頑張っている自分を見てほしかったのだろう。 けれど、自分以外の男が、好きな女の子に迫っている。 男の子としては、いい気分はしないはずだ。 おまけに相手役の男優は、傍目から見てもかなりの男前。 『確かにこれは、苗木君の様子もおかしくなるわね』 『どういうことですか…?』 全く予想だにしなかったのだろう、舞園さんは首をかしげる。 お得意のエスパー節も、男心には届かないらしい。 苗木君が感じたであろう不安や嫉妬を、私の口からかいつまんで彼女に説明する。 苗木君にしてみれば男のメンツ丸つぶれだろうけれど、このままギクシャクし続けるよりマシだろう。 そう判断したのがいけなかった。 『そんな、私…そんなつもりじゃなくて…』 さっ、と舞園さんの顔が青くなる。 嫌な予感を感じて引きとめる――そんな間もなく、彼女は食堂へとダッシュしていた。 『苗木君!ごめんなさい、私、あのDVD、ホントにそんなつもりじゃ…』 私が追いついて食堂の扉を開ければ、修羅場の真っ最中。 周囲の生徒の視線も気にせず、混乱気味の舞園さんは苗木君に言い寄っていた。 『ちょ、ちょっと落ち着いて舞園さん…』 『映画のラブシーンなんて全部演技だし、キスだってホントに口を付けたわけじゃないんです…!』 ギクリ、と、苗木君の体が強張った。 『な、なんで僕にそんなこと…』 『え?』 『や、舞園さんはホラ、アイドルだから…もちろん、ああいう仕事だってあるわけで』 『でも、私は…』 『僕がそれを見てどう思っても、舞園さんには関係ないことだし…』 『…!』 気遣いな少年ゆえの、舞園さんを思っての言葉。 けれどもそれは、同時に舞園さんの気持ちを裏切る言葉でもあった。 舞園さんは一瞬だけ泣きそうな顔をして、それから肩をわなわなと震わせる。 『…どうして、そんなこと言うんですか…』 『あの…舞園さん?』 『苗木君の、馬鹿っ!!!』 と、ここまでが事の顛末なわけだ。 第三者から見ればどちらの気持ちもわかるし、ある意味起こるべくして起こった事件とも言えよう。 しかし灯台もと暗し。 本人たちはきっと、どうしてこんなことになってしまったのか、ちんぷんかんぷんだろう。 過程はどうあれ、舞園さんにアドバイスを与えた私にも喧嘩の一因がある。 二人の仲を修繕するため、まず私は苗木君のもとへと足を向けた。 「…あ、霧切さん」 放課とともに、舞園さんはそそくさと教室を飛び出して行ってしまった。 いつもなら苗木君とともに談笑しながら帰宅するというのに、余程怒り心頭なのだろうか。 苗木君は自分の席でショックを受けたように立ち尽くしていたが、私が近づくと笑顔を向けてくれた。 あまりにも痛々しい笑顔に、話しかけたこちらの方が申し訳ない気持ちになる。 「相当へこんでいるみたいね」 「はは…」 乾いた空笑い。 「あれから舞園さんとは?」 「一言も…すごく怒らせちゃったみたい」 ため息とともに、彼は目を伏せた。 「同じ中学で、同じ高校で、同じクラスで…向こうは僕のことを覚えててくれて…」 「……」 「舞園さんが優しいからって、思いあがって…知らないうちに調子に乗っちゃってたのかも」 「苗木君、それは…」 「こんなに簡単に嫌われちゃうなんて、思わなかったな」 やっぱり。 二人の関係がこじれた根本的な原因は、苗木君の方にある。 彼は自分がなぜ舞園さんを怒らせてしまったのか、全くわかっていない。 舞園さんが怒ったのは、苗木君が好きだからだ。 だから自分が出演したDVDを見てもらいたいと思うし、ラブシーンの弁解だってする。 それなのに、苗木君は『関係ない』と、自分と彼女との繋がりを断ち切った。 もちろん、彼なりにアイドルである彼女を気遣ってのことだ。 普段仲良くしている自分なんかに気兼ねしてほしくない、という優しさだった。 けれど。 「…あなたはもう少し、女心を理解する必要があるわね」 「え?」 「安直な優しさが、相手を傷つけることだってあるのよ」 女の子は嫉妬してほしいし、特別扱いしてほしいのだ。 好きな男の子には。 「えっと、どういう…」 「もっと自分に自信を持て、という意味よ」 「でも…舞園さんに比べたら、僕なんて一般人もいいところだし…」 「…それは、周りの人間の評価でしょう。舞園さんや、あなた自身の気持ちはどうなるの?」 「舞園さんはともかく、僕自身の気持ちなんてどうでも…」 ああもう、卑屈すぎる。 普段は不必要なくらい前向きなのに、どうして事が他の生徒となれば比べてしまうのだろう。 「…正座しなさい」 「…はい?」 気付きなさい、苗木君。 あなたまで彼女をアイドル扱いしちゃダメなんだと。 「女心の全くわからないあなたに、説教…もとい、講義してあげるわ」 「いや、あの」 「いいから。跪きなさい」 軽く三十分ほど説教をかまし、 「…とにかく。先ずは舞園さんと話し合うこと。いいわね?」 「…うん」 ――――― 続いては、舞園さんの方だ。 彼女の方は、おそらく話は早いだろう。 そそくさと教室を飛び出したのは良いが、きっと一人自分の部屋にいるのも嫌だったんだろう。 彼女の姿は、玄関前のベンチで確認できた。 彼女も彼女で相当沈んでいるようで、側に近づくまで私の存在に気づかなかった。 「霧切、さん…」 「女心のわからない彼氏を持って、大変ね」 隣に腰掛けて、あらかじめ買っておいたコーヒーの缶を手渡した。 「ううん…今回の件は、完全に私が悪いです」 おでこにコーヒー缶をぶつけながら、深い溜息を吐く。 『彼氏』呼ばわりしたことを否定しないのを見ると、だいぶ参っているらしい。 「怒鳴っちゃった…」 辛いところだ。 彼女は全て、わかっている。 苗木君が『関係ない』なんて言ったのは、舞園さんを気遣ってのこと。 なのにそれが許せなくて、悔しくて、 「あんな、酷いこと…きっと苗木君、怒ってる…」 「…まだ、言わないのね。苗木君に、好きだって」 「…言えませんよ」 好きだという感情は一つなのに、告白できない理由は山のようにある。 アイドルユニットが恋愛厳禁であること。 告白しても苗木君がまた今回同様に、彼女を思って退いてしまうかもしれないこと。 アイドルとしての多忙な生活が、まともな恋愛を許してくれないこと。 「勝手に自分の好意を押し付けて、勝手に怒鳴り散らして…子どもみたいです、私…」 不憫な女の子だ。 夢と恋愛の狭間で揺られ、葛藤を強いられる。 「…苗木君は、あなたに嫌われたと思ったそうよ」 「えっ!?」 応援の言葉の代わりに、教えてあげる。 「そんな、私が苗木君を嫌うだなんてこと…!」 「あり得ないとしても。言葉でちゃんと教えてあげなきゃ分からないのよ、男の子には」 私の言葉が終わる前に、舞園さんは立ち上がった。 その顔に、もう沈んだ色はない。 好きな人のために火の中水の中、乙女の顔だ。 「私、苗木君のところに…ちゃんと言葉で…! あっ、霧切さん、ありがとうございました!」 ひらひら、と軽く手を振り、アイドルの少女を送り出す。 全く、私もいい加減お人好しだ。 何か自分の得になる訳でもないのに、他人の色恋沙汰に手を出すなんて。 その後の彼らが果たしてどういう言葉を交わしたのか、私は知らない。 詮索するつもりもないし、余所の惚気に付き合うほど暇じゃない。 ただ、翌日。 「苗木君…もう、関係ないとか言わないでくださいね」 「あ、はは…参ったな」 教室で人目も憚らずにいちゃつく二人。 「……」 砂糖を吐きそうになるほどにラブラブなお二人のご様子から見る限り、 今回の事件はハッピーエンドで解決、めでたしめでたしということでよさそうだ。 ----

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