kk6_206-210

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「――何をしているの、苗木君…」  声に呼ばれて顔を上げれば、不機嫌を隠そうともせず仁王立ちしていた。  彼女は『超高校級の探偵』霧切響子さん。  僕の大切な、…仲間だ。  僕がこの学園で生き延びられたのは、ひとえに彼女のお陰によるところが大きい。  学級裁判では次々と推理を展開し、黒幕をも追い詰めてみせた。  一番最初の学級裁判で折れかけていた僕の心を立ち直らせてくれたのも、彼女の言葉。  さて、そんな彼女が顔面蒼白ながらも、珍しく怒りをあらわにしているのは、  僕の手の中にある、分厚い一冊のアルバムが原因だと推察される。 「それは私が学園の外に持ち出す必要が無いと判断して、ここに置いていったものよ」 「や、あの…」 「それを…どうしてあなたが手にしているのかしら…?」  言い訳しようとして、遮られる。  いつもの冷静な彼女なら、相手の言い分をしっかりと聞いて、それから論破していくのに。  これはもしかして、 「…霧切さん、怒ってる…?」 「違うわ、呆れているのよ。人のプライバシーに土足で踏み込んでいる、あなたの行為にね…」  あ、やっぱり。  霧切さんは、相当お冠だ。  まあ、彼女の性格を考えれば無理もないのかもしれない。  順を追って、事の経緯を説明しようと思う。  最後の学級裁判を終えた後、僕たちは学園を出る決意をした。  そこで、着がえ等の個人的なものから食糧などの全員の荷物となるものまで、みんなで手分けをして荷造りをしていた。  僕は自分の荷造りを終えて、することもなく学園をうろついていたんだけれど。  そんな時、学園長室から出てくる霧切さんの姿を見つけてしまったのだ。  好奇心が猫をも殺す、とは、よく言ったものなのかもしれない。  どうして僕が学園長室に入ってしまったのか、それは好奇心以外の理由で説明がつかないからだ。  彼女がそれを嫌うだろうことなんて、少し考えればわかっただろうに。 「あの、ゴメンなさい…」 「謝るくらいなら、初めからやらないで」  そっけない言葉で、霧切さんが僕の腕からアルバムを奪い取ろうとする。  僕はそれを、なんとなく避けてみた。 「……ちょっと」  霧切さんが眉を寄せる。 「…勝手にプライバシーに踏み込んで、私に申し訳ないと思っているのよね?」 「う、うん」 「なら、それを返しなさい」 「…いや、もうちょっと待って」 「なっ…!?」  一瞬言葉を失い、目を見開く霧切さん。  その隙にアルバムのページをめくる。  最初に目に入った写真は、おそらく小学生くらいの霧切さん。  赤のランドセルを背負い、満面の笑みでカメラを見上げている。  …なんだか、とても貴重なものを目にした気がする。  僕が知っている霧切さんは、笑うとはいっても知的な印象のもので、静かに微笑するだけだから。  もちろんそんな霧切さんも魅力的なんだけど、こういう年相応な無邪気さも、  などと頬を緩ませていると、 「――苗木君。そろそろ私は強硬手段に出るわよ」  物騒な言葉と共に、霧切さんが一歩こちらに踏み出した。  台詞の物々しさとは裏腹に、顔は真っ赤だけど。 「アルバムくらいで、そんな」 「…私が冗談の類を言うような人間だと思っているのなら、考えを改めてもらう必要があるわ」 「いや、結構言う方だと思うんだけど」 「…揚げ足を取らないで。さあ、アルバムをこちらに渡しなさい」 「え、でも、まだ最初の方しか見て、」 「ふっ――」  問答無用とばかりに、霧切さんは次の一歩で、あっという間に懐に入り込み、  気づけば僕の体は、ふわりと宙を舞っていた。 「…ぐぇっ!!」  容赦なく肩口から突き落とされ、アルバムを持つ方とは逆の腕を取られる。  霧切さんは僕の背中に乗ると、そのまま関節を極めてきた。 「いっ…いでででで!!」 「さぁ、観念しなさい…!」 「ま、待って! 霧切さん、僕の話を、」 「アルバムを寄越すのよ…早く!」  うわぁ、本当に容赦ない。  けれど、僕はどうしても。  彼女にこのアルバムを置いていっては欲しくなかった。 「…っ、ホントに、置いてっちゃうの?」 「……」  少しだけ、腕の締め付けが緩む。 「……あまり見たくないし、見られたくもないのよ…過去の自分は」 「霧切さんが昔の自分を毛嫌いしているのは知ってるよ。でも、それでも大切な思い出でしょ」 「……勝手なこと、言わないで」  ぐ、と腕に体重が掛かる。  どういう締め方をしているのか、体重は掛かるけれど、あまり痛くは感じられなかった。 「……僕にはもう、無いからさ」 「……」  アルバムや昔の思い出を、持ち出したくても。  僕の家はすでに、絶望によって粉々にされてしまったんだから。 「だから、まだ持っている霧切さんには捨ててほしくないんだよ」 「…私自身が、嫌だと言っているのに?」 「うん…どれほど霧切さんが嫌でも、これはかけがえのない思い出のはずなんだ」  まだ数ページしか見ていないけれど。  写真の中の霧切さんは、とても活き活きとしていた。  全力で笑って、全力で泣いて、全力で怒って。  全力で、生きていた。  きっともう、この先。  僕たちが全力で笑える日は、来ないかもしれない。  失ったものは、あまりにも多すぎる。  けれど、それでも。  全力で笑っていた過去だけは、失わずに残っている。 「…それを、捨ててほしくないんだ」 「……、…」  ふ、と背中の霧切さんが動いたのが分かった。  かかる重さが和らいだお陰で、幾分か体が楽になる。 「……アルバムを寄越しなさい」 「霧切さん、お願いだよ…」 「いいから、渡しなさい…」 「ねえ、僕の話を、」  首だけを動かして振り返れば、 「…持っていくにしても、あなたに見せる道理はないでしょう」  相変わらず、頬を染めたままの霧切さんが。  僕には決して目を合わせずに、そう言い放った。 「…まったく。ことごとく私の気持ちを無視するのね、あなたは」  言いながらも、霧切さんが僕の上から降りる。  少し拗ねたような口ぶりは、感情を押し殺したような普段の彼女のそれとは、かけ離れたものだ。 「相変わらず生意気ね…苗木君のくせに」  ジト目でこちらを睨んでくるも、いつもの迫力はない。  少しだけ頬が赤らんでいるせいだろうか。 「しかもそのアルバム、私が小学生の頃のモノじゃない…」 「可愛かったよ、運動会で転んで泣いちゃってる霧切さん」 「……」  しかし、あんな場面でもカメラを手放さない学園長。  親としてはどうかと思うけど、あえてグッジョブと言わせてもらおう。  と、反応が消えたので、振り向く。  顔を真っ赤にしながらも真っ青に、という器用な芸当をして、プルプルと霧切さんは震えている。 「……あなた、まさかそういう趣味があるの…?」 「そ、そんなんじゃないってば…」 「どちらにせよ、やはりあなたにアルバムを持たせておくのは危険だわ…」  言うが早いか、霧切さんはあっという間に僕の腕からアルバムを奪い取った。 「あーあ、可愛かったのにな…ほっぺたに米粒付けながら、夢中になってオニギリ食べてるのとか」 「……それ、他のみんなには絶対に言わないで」 「え? うーん…」 「…『苗木君は私の子どもの頃の写真に興奮するような、性犯罪者予備軍のロリコンだ』って言いふらすわよ」 「ぜ、絶対に言わないよ」  男子ならともかく、女子陣に聞かれたらと思うと、身の毛もよだつ。 「けれど、本当に…あなたにしてやられたわね、今回は」 「そんな大げさな…」 「大げさなんかじゃないわ。こんなに恥ずかしい思いをしたのは、入浴を覗かれて以来よ」 「ぶっ…!!?」 「あら、気付いていないとでも思ったのかしら?」  ふふ、と、いつものように知的な微笑をたたえて、学園長室を出ようとする霧切さん。  これは当分、いじられ続ける覚悟が必要だ。 「…私は、やられたらやり返す主義なのよ。よく覚えておきなさい、苗木君」  去り際の彼女の微笑みは、いつものように静かで大人びたものだったけれど。  どこか写真の中の彼女に通じる、活き活きとした温かさが垣間見えていた。 ----

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