π(パイ)は壊れたね

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1月1日の午後。ここは希望ヶ峰学園。結局、外の世界に出られないまま年が明けてしまった。 年賀状は届かないし、おせちも無い、正月番組も無い。家族とも離れたまま……そう考えると気分が暗くなってくる。 ……いや、今は仲間達と一緒に無事に新年を迎えられた事を喜ぶべきだな。 気を取り直してボクは食堂へ向かう事にした。と言っても、何か目的がある訳じゃない。 朝のうちに皆にお正月の挨拶はしちゃったし……正直、部屋に一人で居ても暇で仕方ないから。 食堂に入ると、ボクの方に駆け寄って来る人がいた。 仲間の一人で“超高校級のギャンブラー”だというゴスロリ少女……セレスさんだ。 「苗木君、ちょうどいい所に来ましたわね。今、呼びに行こうかと思ったところでしたわ」 彼女はこんな状況でも相変わらずの微笑を浮かべ、むしろ普段より上機嫌に見える。 いつも楽しそうなセレスさんを見てると、こっちも元気が出てくるな……。ボクも見習わなきゃ。 感心しているボクの返事を待たずに、彼女は食堂にいた全員に声をかけた。 「皆さん。よろしければ、わたくし達とちょっとしたゲームをしませんか?」 「んあ? ゲームだあ?」 「何かよくわかんねえけど、退屈してたからちょうどいいべ!」 ボク達の他にその場にいたのは暇そうに雑誌をめくっていた桑田クンと、湯呑みでお茶を飲んでいた葉隠クン。 つまりボクとセレスさんを合わせて4人だ。……麻雀でもやりたかったのかな。ボクはルールを知らないけど。 「皆さんは、フランスの『ガロット・デ・ロワ』という風習をご存知ですか?」 おもむろに切り出したセレスさんの問いに、ボク達男子は全員首を傾げる。聞いた事もない。 「どなたもご存知ないのですね。……フランスでは、新年のお祝いに家族や友人と特別なパイを食べるのです。 それが、『ガロット・デ・ロワ』」 「特別なパイ? ゲームじゃないの?」 「今説明しますわ、苗木君。焦らないで……」 『ガロット・デ・ロワ』──妙に色っぽいセレスさんの説明によれば、こうだ。 フランスにはお正月の時期にアーモンドクリームの入ったパイを親しい人達と一緒に食べる風習がある。 そのパイには紙で作った王冠を乗せ、『フェーヴ』と呼ばれる小さな陶製の人形を一つだけ入れる。 パイを切り分け、食べたときに人形が当たった人が王様(女性なら王妃様)。 紙の王冠を被って座の主役になり、それから一年間の幸運が約束されるという。 ……そういえば、セレスさんのお父さんは(本人曰く)フランス人なんだっけ。 「──まあ、地方によって色々なやり方があるのですが。……おわかり頂けましたか?」 「ふーん、要するに王様ゲームみたいなモンか。……面白そうじゃん」 「なるほどな。俺はオカルトは信じねーぞ! って言いたいとこだけどよ、王様ゲームなら大賛成だべ!」 意外と乗り気な桑田クン、乗っかる葉隠クン。微妙に解釈を間違ってる気がするけど……。 「では、準備をしてきますわね。パイは厨房に置いてありますの」 セレスさんの後ろ姿が厨房に消えるのを見計らってボクは桑田クンにそっと探りを入れる。 よくセレスさんに「アホ」呼ばわりされてる彼が、こんなにあっさりセレスさんの誘いに乗るなんて違和感を覚えたからだ。 「ねえ、本当に普通にゲームに参加する気?」 「ああ、やるよ。あの女にゃ、いつも好き放題言われてるからな。完璧に負かして、ギャフンと言わせてやる。 それに王様になりゃ、何でも命令できんだろ? ……ほら、『服を脱げ!』とかよ!」 後半は鼻の下を伸ばして下心丸出しの桑田クン。その手があったか!! ……じゃない、それが目的か! ボクは慌てて異議を唱えた。 「ちょ、ちょっと桑田クン! それはまずいよ!」 「い、いや、冗談に決まってんだろ。うん。……でもよー、お前らも男なら興味あるよな?」 「おう! 男なら、女子の裸に興味あんのは当然だべ!」 またしても乗っかる葉隠クン。……きみには意思というものがないのか!? 石丸クンみたいなツッコミのセリフが思い浮かんだけど、とっさに言葉が出なかった。 セレスさんの裸……いや、興味が無いと言えば嘘になるけど……それは、やっぱりダメだ……! と、ボクが一人で葛藤しているうちにセレスさんが戻ってきた。両手に持ったトレイには円形のパイと食器が乗っている。 全員がテーブルについたところでパイがセレスさんによって4つに切り分けられた。 さすがに学園内では『フェーヴ』が手に入らなかったので、中には代わりにモノクマメダルが入っているらしい。 それを桑田クン、葉隠クン、ボク、セレスさんの順に選んで小皿に取る。 様々な思いが交錯する中、運命を決める今年最初のゲームが今、始まる……! そして5分後────ボクの視界にはパンツ一丁で床に座らされている桑田クンと葉隠クンが映っていた。 セレスさんがいきなり当たりのパイを引き当て、オシオキとして二人に脱衣を命じた結果だ。 男子の不埒な密談はしっかりセレスさんの耳に届いていたという事で……まあ、当然こうなるよね……。 ボクは賛同しなくて良かった。……本当に、心からそう思う。 「うふふ。残念でしたわね。負け犬はせいぜい惨めな思いをして反省なさい」 いつもの毒舌で勝ち誇るセレスさんに、桑田クンは歯噛みする。 「ち、畜生~! こんなの、出来すぎだろ……。イカサマだ……!」 「いや、それは違うよ。パイは全員の前で切り分けたんだし、セレスさんが取ったのは最後だし……」 何より“超高校級のギャンブラー”の強運には勝てっこない。 「……う、うるせーよ、アホ! やってらんねー! もう俺は部屋に帰るかんな! アホアホアホォッ!」 反論するボクに悪態をついて桑田クンは立ち上がり、脱ぎ捨てた服を拾い集めて強引に食堂を出て行ってしまった。 ボクらが呆然としながらその姿を見送ると、セレスさんが小さく舌打ちをする。 「……チッ! まだ命令がありましたのに……」 「……えーっと、参加者が一人いなくなっちゃった事だし、ゲームはこれで終わりかな?」 「俺も帰りてえ……つーか、服着たいべ……」 この空気で、ゲームを続けるのは無理だろう。ボクと葉隠クンが中止を提案するが、セレスさんは首を横に振って拒絶した。 「嫌です。パイの代わりに菓子パンでも使ってゲームを仕切りなおせばいいでしょう」 子供みたいな強情さが少し微笑ましい。しかし、3人で王様ゲーム(みたいなもの)というのは無理がある。 せめて桑田クンの代わりに新しいメンバーが参加するなら別だけど──と、その時。食堂に入って来た人物がいた。 整った顔立ちに常に冷徹な表情を貼り付けた少年……“超高校級の御曹司”十神クンだ。 仲間の一人には違いないが殺人ゲームに参加すると公言する、気の置けない相手でもある。 「何だお前達。ここで集まって何をしている?」 ……相変わらず高圧的な口調で言い放つ十神クン。彼をゲームに誘うのは厳しいだろうな……。 そう思ってボクは適当に流そうとしたのだが、セレスさんが渡りに船、とばかりに事情を説明する。すると── 「ほう、面白いじゃないか。そういう事なら俺が参加してやろう」 意外にも彼はゲームへの参加を快諾した。しかし、口元には不敵な笑みを浮かべている。 何か裏があるんじゃ……? 口には出せないが普段の十神クンの言動からして違和感が大きい。 「ガロット・デ・ロワなら知っている。後から参加した事だし、俺が準備をしてやろう」 「ありがとうございます。厨房に菓子パンがいくつかありましたから、それを使って下さい」 自ら準備を買って出た十神クンに、セレスさんが新しいメダルと食器類を手渡した。 十神クンが厨房に向かう後ろ姿を見て葉隠クンが呟く。 「いやー、十神っちも意外と気が利く時があるんだな。見直したべ」 「今日はお正月ですし、さすがの十神君もご機嫌なのかもしれませんわね」 にっこり笑うセレスさんも、そう言えばゲームの前からずっとご機嫌だ。 お正月にはこんな状況でも人を浮かれた気持ちにさせる魔力があるのかもしれない。 葉隠クンもパンツ一丁の浮かれた格好を……。と、思ったところで視線が合った。 「……そういや、俺はいつになったら服を着られるんだ?」 セレスさんに問いかける葉隠クンだが、丁度十神クンが戻ってきたので無視された。 無言の十神クンがトレイに乗せて持ってきたのはアンパンだった。恐らく、底からメダルを押し込んであるのだろう。 妙な緊張感の中、それをナイフとフォークを使って切り分ける。 アンパンを綺麗に四等分した後、彼は自分が選ぶのは最後でいい、と言うように手を差し出した。 「よし、俺はこれに決めたべ! 俺の占いは三割当たる!」 「……確率は四分の一なんだけど。じゃあ、ボクはこれ」 「わたくしはこちらを頂きますわ」 今度は葉隠クン、ボク、セレスさん、十神クンの順にパンを選んで取った。 全員黙ったまま、自分のパンを少しずつ口に運んでいく。 ボクは万が一にもメダルを飲み込んだりしないように、慎重に噛みながら食べ進めたが……あんこ以外は何も出てこない。 うん。昔から、こういうゲームでは当たりを引ける気がしない“超高校級の幸運”のボク。 「……また外れたべ……」 葉隠クンも当たらなかったようだ。やっぱり、今度もセレスさんが当たりか。 そう思ってセレスさんの方を見ると、彼女は驚愕の表情を浮かべていた。 「……そんな……ハズレですわ……」 セレスさんが……負けた!? それじゃあ、当たりは── ボク、葉隠クン、セレスさんの視線が集中する。当の十神クンはまるで意に介さないように口元に皿を運んだ。 からん。陶製の皿に金属のメダルが吐き出される音がした。『王様』は十神クンに決まったようだ。 「フッ。どうやら俺の勝ちのようだな」 十神クンは当然だ、と言わんばかりの勝利の笑みを浮かべる。 セレスさんがゲームで負けるなんて。散々彼女の強運を目の当たりにしてきたボクには、すぐには信じられない事だ。 しかし、世界的な財閥の御曹司である十神クンもまた生まれつきの強運の持ち主なのかもしれない。 十神クンの強運がセレスさんの強運を上回った……それだけの事なのか。 「お前達のルールでは『王様』は何でも命令できるんだったな。さて、誰に何を命令するか……」 十神クンの獲物を探すような冷たい視線が、ゆっくりと場を見回す。 まずボク……すぐに視線が外れてほっと息を吐く。Sっ気の強い十神クンの事だから、選ばれたらと思うと本当に恐ろしい。 次に……葉隠クン。彼はすくみ上がり、怯えたように自らの肩を抱いた。 「まさか、俺をこれ以上脱がす気か!?」 「ふざけるな。何故俺がお前の汚い裸など見ねばならん……!」 十神クンは不快感を露にして大きくかぶりを振った。……まあ、それはそうだろうな……。 「だいたい何だ、その格好は。正月だからと言って浮かれるにも程があるぞ」 「好きで脱いだんじゃねーよ! これは、そこのセレスっちに命令されて仕方なく──」 慌てた葉隠クンが指差す先のセレスさんを、十神クンは見やった。 そして口元に嗜虐的な笑みを浮かべる。…………まさか。 「ふん、そうか。なら次はお前が脱げ」 冷酷な言葉が、この場でただ一人の女子であるセレスさんに向かって投げかけられた。 十神クンの『命令』に、ボクは戦慄した。いざ目の前で実行されるとなると想像とは全然違う。 まさか本当に……女の子を……しかも同じ境遇の仲間を、人前で裸にしようって言うのか? 「だ、ダメだよ! そんな命令……絶対にダメだ!」 思わずボクは立ち上がって抗議したが、十神クンは平然と鼻を鳴らす。 「ただの余興に何を熱くなっている。 そもそも、一度その女がやらせた事だろう。 葉隠にやらせるのが良くて、どうしてセレスは駄目なんだ?」 「それは……やっぱり、男子と女子じゃ全然違うよ!」 葉隠クンはすでに傍観を決め込んでいるようだ。ボクが守らなきゃ、誰がセレスさんを守るんだ。 興奮で顔が熱くなるのを感じながら、何としても十神クンを翻意させようと言葉を探す。だが── 「苗木君、ありがとう。でも……いいのです。」 それまで黙っていたセレスさんがボクの手を引いて止めた。 「男だろうと女だろうと、負けは負けですわ。敗者が代償を支払うのは当然の事……。 こうなった以上、覚悟は出来ています」 無表情のまま硬い声で言い切るセレスさんだが、元々白い顔がさらに青ざめて見える。 どんなに強がって、平静を装っていても、やっぱり十代の女の子なんだ。 好きでもない男子の前で裸にされて、平気なわけが無い……。 微かに震える手が、ゆっくりと黒い上着の襟元に伸びる。ボクは、気がつくと叫んでいた。 「待って! まだ負けたと決まったわけじゃないよ。セレスさんがゲームで負けるなんて信じられないんだ。 例えば……そう、イカサマだったって可能性もあるんじゃない?」 ほとんど勢いに任せて言った言葉だったが、意外にも十神クンはにやりと笑った。 「そう来なくてはな。どういう事か、説明して貰おうか」 セレスさんが不安そうな顔でボクを見つめる。 「苗木君、イカサマというのは本当ですの?」 正直、我に返って冷や汗をかき始めていたボクだが、セレスさんの表情に微かな希望の色を見つけて勇気が湧いてきた。 ……そうだ。冷静に考えてみれば、十神クンがゲームに参加した途端に勝つなんてそれこそ出来すぎじゃないか。 それに彼の一貫した不敵な態度……絶対に何か裏がある。 「十神クンが自分からゲームの準備を買って出たのは、やっぱり不自然だよ。そこにイカサマを仕掛ける余地があるんだ」 今度は確信を持って言えた。問題は、実際にどうやったか、だが……。 「……なるほどな。簡単な事だべ。自分でメダルを入れといて、それを選んだんだ。俺の直感に間違いはないべ!」 葉隠クンがボクの自信に引き込まれたように発言した。……他人の発言に乗っかるスタンスは変わらないようだ。 十神クンは相変わらず余裕の笑みを浮かべてそれを眺めている。 「それは簡単すぎるよ葉隠クン……。セレスさんの時と同じで、十神クンは最後に選んだんだから無理だよ」 「では、隠し持っていたメダルを、パンを選んでからこっそり入れたのでしょうか?」 今度はセレスさんが代案を出した。いつもの調子を取り戻したようで、ほっとする。 葉隠クンの意見よりは随分現実的だけど―― 「皆の目の前でそれをやるのはかなり危険じゃないかな。十神クンは特別不自然な動きはしていなかったし」 じっと見張っていた訳ではないが、違う席に座っている三人もの人間の目を盗んで実行するのは現実的じゃない。 自分の記憶を辿っても、やはり十神クンがそんな事をしていたとは思えない。 葉隠クンとセレスさんの意見、今まで見聞きした事……それらを踏まえて、思考を巡らせる。 すると、ボクの頭脳に電撃的に答えが閃いた。 「きっとアンパンには、最初からメダルが入っていなかったんだ。 パンに入っているはずのメダルは……十神クンの口の中にあった」 そう。要はメダルを含んだままの口に後からパンを入れ、メダルだけを吐き出したというだけの事だ。 目を丸くする葉隠クンと、息を飲むセレスさん。一方、当の十神クンの表情は崩れない。 「ふん。確かにお前の言うイカサマは可能だろう。だが、どこに証拠がある? 推測だけではとても俺を“クロ”に出来んぞ」 言われるまでもない。その答えなら、もう用意してある。 「十神クンは準備の為に厨房に入ってから、パンを食べるまでの間は一言も喋ってなかった…… あれって、メダルを口に含んでいたせいだよね。何ならモノクマを呼んで証言させようか。 あいつなら、監視カメラで全部を見ていたはずだから……」 決定的な言葉をぶつけたつもりだった。しかし十神クンは軽く肩をすくめる。 「わざわざモノクマを呼ぶ必要はない。お前の言う通りだからな」 ……な、何なんだ? イカサマを見破られてこの余裕。いくらゲームとは言え、少し不気味に思えてきた。 「開き直るつもりか、十神っち!? 一体どういうつもりだべ! どうせセレスっちの裸が目的だったんだろ! 最低だべ! 真っクロだべ!」 何故か自分の事を棚に上げて怒り出す葉隠クンだが、やはり十神クンの態度は変わらない。 「そんな物に興味はない。ちょうどいい機会があったから、本番に備えて毒殺トリックの応用実験をしただけだ。 ……だが、苗木ごときに見破られているようでは使えんな。別のプランを考えることにしよう」 言いたい放題言った十神クンは、そのまま席を立って食堂を出て行ってしまった。 …………ここまでやりたいようにやられると逆に毒気を抜かれてしまう。 残されたボクたちには、ただ十神クンの背中を見送る事しか出来なかった……。 半ば呆然としたまま葉隠クンも十神クンに続いて食堂を出て行く。 「何だったんだべ……」と、呟きながら出て行く彼は結局最後までパンツ一丁のままだった。 「えっと、良かったね。……その、変な命令をされなくて済んで」 気を取り直してセレスさんに話かけると、彼女は上品に微笑みながら答えた。 「ええ、助かりましたわ。本当に。あなたが守ってくれなかったら、わたくし……」 セレスさんは、さらにボクの手を取り、じっと目を見つめてきた。そんな事をされると……急激に顔が熱くなってくる。 どうしても気恥ずかしさに耐えられず、しばらくの沈黙の後にボクは話題を変える事にした。 「そ、そう言えば、セレスさん。一つ気になる事があるんだけど」 「何でしょう。わたくしにわかる事ならば、何でもお答えしますわ」 にっこり笑うセレスさんは、ボクの手を握ったままだ。 「あ、あの……桑田クンが出て行った時『まだ命令がある』って言ってたけど、あれ、何だったの?」 あの時、ボクや葉隠クンがゲームの中止を提案してもセレスさんは頑なに受入れなかった。 桑田クン達へのオシオキで後回しになってしまったが、必ず勝つ自信は当然として、 明確な目的……何かの命令があったから、『ガロット・デ・ロワ』をやろうと言い出したんじゃないか? 「それは……。そうですわね。先ほど『何でもお答えする』と言ってしまいましたものね。……ああ、でも……」 今度はセレスさんが明らかに動揺し始めた。しばらく俯いた後、意を決したように上げた顔は少し紅く見える。 「『ガロット・デ・ロワ』には基本のルールの他に、地方によって色々なやり方があるというのは言いましたわね。 わたくしのお父様の出身地方では……こうするのです。女性のわたくしが当たりを引いたのならば、『王妃様』──」 それは最初に聞いた通りだ。ボクは頷きを返した。 「『王妃様』は好きな男性を選んで『王様』に指名します。『王様』は……『王妃様』に、その……キスをします。 すると、その他の参加者が『王様バンザイ!』『王妃様バンザイ!』と叫んで祝福するのです」 『王様』のところでチラチラとボクの顔に視線を送るセレスさん。……そ、それって、もしかして……? ……気がつけば、セレスさんの顔は見てはっきりとわかるほど紅くなっていた。 鏡を見れば、きっとボクの顔も同じようになっている事だろう。 「お正月気分で、一番浮かれていたのはわたくしかもしれませんわね。 苗木君に説明しているうちに……何だか急に恥ずかしくなってきましたわ……」 仮にそれを実行して……他の仲間たちに見せる所を想像すると……うん、ボクも恥ずかしくて死にそうだ。でも── 「い、一年に一回ぐらいは、そんな日があってもいいんじゃないかな……。 うん。浮かれたっていいよ。お正月なんだし」 ボクの言葉に、セレスさんは再び満面の笑みを浮かべる。 「そう……ですか? で、では、もう一度……」 「ああ、いや。でもどうせなら来年がいいかな。心からゲームを楽しめるように、皆でここから脱出して、ね」 これは本音と建前が半々だ。……いくら何でも、これからすぐに心の準備を済ませられる自信はない。 ありがたい事に、セレスさんも大きく頷いて賛同してくれた。 「そうですわね。その時のお楽しみに取っておく事にしましょう」 まだ、戸惑いや気恥ずかしさがないわけじゃない。でも、学園に閉じ込められたこんな状況でも未来への希望に胸が膨らむ。 ボクが「何が何でも仲間全員で、生きて学園から出よう」という意志を固めたのは言うまでもない……。 -----
1月1日の午後。ここは希望ヶ峰学園。結局、外の世界に出られないまま年が明けてしまった。 年賀状は届かないし、おせちも無い、正月番組も無い。家族とも離れたまま……そう考えると気分が暗くなってくる。 ……いや、今は仲間達と一緒に無事に新年を迎えられた事を喜ぶべきだな。 気を取り直してボクは食堂へ向かう事にした。と言っても、何か目的がある訳じゃない。 朝のうちに皆にお正月の挨拶はしちゃったし……正直、部屋に一人で居ても暇で仕方ないから。 食堂に入ると、ボクの方に駆け寄って来る人がいた。 仲間の一人で“超高校級のギャンブラー”だというゴスロリ少女……セレスさんだ。 「苗木君、ちょうどいい所に来ましたわね。今、呼びに行こうかと思ったところでしたわ」 彼女はこんな状況でも相変わらずの微笑を浮かべ、むしろ普段より上機嫌に見える。 いつも楽しそうなセレスさんを見てると、こっちも元気が出てくるな……。ボクも見習わなきゃ。 感心しているボクの返事を待たずに、彼女は食堂にいた全員に声をかけた。 「皆さん。よろしければ、わたくし達とちょっとしたゲームをしませんか?」 「んあ? ゲームだあ?」 「何かよくわかんねえけど、退屈してたからちょうどいいべ!」 ボク達の他にその場にいたのは暇そうに雑誌をめくっていた桑田クンと、湯呑みでお茶を飲んでいた葉隠クン。 つまりボクとセレスさんを合わせて4人だ。……麻雀でもやりたかったのかな。ボクはルールを知らないけど。 「皆さんは、フランスの『ガロット・デ・ロワ』という風習をご存知ですか?」 おもむろに切り出したセレスさんの問いに、ボク達男子は全員首を傾げる。聞いた事もない。 「どなたもご存知ないのですね。……フランスでは、新年のお祝いに家族や友人と特別なパイを食べるのです。 それが、『ガロット・デ・ロワ』」 「特別なパイ? ゲームじゃないの?」 「今説明しますわ、苗木君。焦らないで……」 『ガロット・デ・ロワ』──妙に色っぽいセレスさんの説明によれば、こうだ。 フランスにはお正月の時期にアーモンドクリームの入ったパイを親しい人達と一緒に食べる風習がある。 そのパイには紙で作った王冠を乗せ、『フェーヴ』と呼ばれる小さな陶製の人形を一つだけ入れる。 パイを切り分け、食べたときに人形が当たった人が王様(女性なら王妃様)。 紙の王冠を被って座の主役になり、それから一年間の幸運が約束されるという。 ……そういえば、セレスさんのお父さんは(本人曰く)フランス人なんだっけ。 「──まあ、地方によって色々なやり方があるのですが。……おわかり頂けましたか?」 「ふーん、要するに王様ゲームみたいなモンか。……面白そうじゃん」 「なるほどな。俺はオカルトは信じねーぞ! って言いたいとこだけどよ、王様ゲームなら大賛成だべ!」 意外と乗り気な桑田クン、乗っかる葉隠クン。微妙に解釈を間違ってる気がするけど……。 「では、準備をしてきますわね。パイは厨房に置いてありますの」 セレスさんの後ろ姿が厨房に消えるのを見計らってボクは桑田クンにそっと探りを入れる。 よくセレスさんに「アホ」呼ばわりされてる彼が、こんなにあっさりセレスさんの誘いに乗るなんて違和感を覚えたからだ。 「ねえ、本当に普通にゲームに参加する気?」 「ああ、やるよ。あの女にゃ、いつも好き放題言われてるからな。完璧に負かして、ギャフンと言わせてやる。 それに王様になりゃ、何でも命令できんだろ? ……ほら、『服を脱げ!』とかよ!」 後半は鼻の下を伸ばして下心丸出しの桑田クン。その手があったか!! ……じゃない、それが目的か! ボクは慌てて異議を唱えた。 「ちょ、ちょっと桑田クン! それはまずいよ!」 「い、いや、冗談に決まってんだろ。うん。……でもよー、お前らも男なら興味あるよな?」 「おう! 男なら、女子の裸に興味あんのは当然だべ!」 またしても乗っかる葉隠クン。……きみには意思というものがないのか!? 石丸クンみたいなツッコミのセリフが思い浮かんだけど、とっさに言葉が出なかった。 セレスさんの裸……いや、興味が無いと言えば嘘になるけど……それは、やっぱりダメだ……! と、ボクが一人で葛藤しているうちにセレスさんが戻ってきた。両手に持ったトレイには円形のパイと食器が乗っている。 全員がテーブルについたところでパイがセレスさんによって4つに切り分けられた。 さすがに学園内では『フェーヴ』が手に入らなかったので、中には代わりにモノクマメダルが入っているらしい。 それを桑田クン、葉隠クン、ボク、セレスさんの順に選んで小皿に取る。 様々な思いが交錯する中、運命を決める今年最初のゲームが今、始まる……! そして5分後────ボクの視界にはパンツ一丁で床に座らされている桑田クンと葉隠クンが映っていた。 セレスさんがいきなり当たりのパイを引き当て、オシオキとして二人に脱衣を命じた結果だ。 男子の不埒な密談はしっかりセレスさんの耳に届いていたという事で……まあ、当然こうなるよね……。 ボクは賛同しなくて良かった。……本当に、心からそう思う。 「うふふ。残念でしたわね。負け犬はせいぜい惨めな思いをして反省なさい」 いつもの毒舌で勝ち誇るセレスさんに、桑田クンは歯噛みする。 「ち、畜生~! こんなの、出来すぎだろ……。イカサマだ……!」 「いや、それは違うよ。パイは全員の前で切り分けたんだし、セレスさんが取ったのは最後だし……」 何より“超高校級のギャンブラー”の強運には勝てっこない。 「……う、うるせーよ、アホ! やってらんねー! もう俺は部屋に帰るかんな! アホアホアホォッ!」 反論するボクに悪態をついて桑田クンは立ち上がり、脱ぎ捨てた服を拾い集めて強引に食堂を出て行ってしまった。 ボクらが呆然としながらその姿を見送ると、セレスさんが小さく舌打ちをする。 「……チッ! まだ命令がありましたのに……」 「……えーっと、参加者が一人いなくなっちゃった事だし、ゲームはこれで終わりかな?」 「俺も帰りてえ……つーか、服着たいべ……」 この空気で、ゲームを続けるのは無理だろう。ボクと葉隠クンが中止を提案するが、セレスさんは首を横に振って拒絶した。 「嫌です。パイの代わりに菓子パンでも使ってゲームを仕切りなおせばいいでしょう」 子供みたいな強情さが少し微笑ましい。しかし、3人で王様ゲーム(みたいなもの)というのは無理がある。 せめて桑田クンの代わりに新しいメンバーが参加するなら別だけど──と、その時。食堂に入って来た人物がいた。 整った顔立ちに常に冷徹な表情を貼り付けた少年……“超高校級の御曹司”十神クンだ。 仲間の一人には違いないが殺人ゲームに参加すると公言する、気の置けない相手でもある。 「何だお前達。ここで集まって何をしている?」 ……相変わらず高圧的な口調で言い放つ十神クン。彼をゲームに誘うのは厳しいだろうな……。 そう思ってボクは適当に流そうとしたのだが、セレスさんが渡りに船、とばかりに事情を説明する。すると── 「ほう、面白いじゃないか。そういう事なら俺が参加してやろう」 意外にも彼はゲームへの参加を快諾した。しかし、口元には不敵な笑みを浮かべている。 何か裏があるんじゃ……? 口には出せないが普段の十神クンの言動からして違和感が大きい。 「ガロット・デ・ロワなら知っている。後から参加した事だし、俺が準備をしてやろう」 「ありがとうございます。厨房に菓子パンがいくつかありましたから、それを使って下さい」 自ら準備を買って出た十神クンに、セレスさんが新しいメダルと食器類を手渡した。 十神クンが厨房に向かう後ろ姿を見て葉隠クンが呟く。 「いやー、十神っちも意外と気が利く時があるんだな。見直したべ」 「今日はお正月ですし、さすがの十神君もご機嫌なのかもしれませんわね」 にっこり笑うセレスさんも、そう言えばゲームの前からずっとご機嫌だ。 お正月にはこんな状況でも人を浮かれた気持ちにさせる魔力があるのかもしれない。 葉隠クンもパンツ一丁の浮かれた格好を……。と、思ったところで視線が合った。 「……そういや、俺はいつになったら服を着られるんだ?」 セレスさんに問いかける葉隠クンだが、丁度十神クンが戻ってきたので無視された。 無言の十神クンがトレイに乗せて持ってきたのはアンパンだった。恐らく、底からメダルを押し込んであるのだろう。 妙な緊張感の中、それをナイフとフォークを使って切り分ける。 アンパンを綺麗に四等分した後、彼は自分が選ぶのは最後でいい、と言うように手を差し出した。 「よし、俺はこれに決めたべ! 俺の占いは三割当たる!」 「……確率は四分の一なんだけど。じゃあ、ボクはこれ」 「わたくしはこちらを頂きますわ」 今度は葉隠クン、ボク、セレスさん、十神クンの順にパンを選んで取った。 全員黙ったまま、自分のパンを少しずつ口に運んでいく。 ボクは万が一にもメダルを飲み込んだりしないように、慎重に噛みながら食べ進めたが……あんこ以外は何も出てこない。 うん。昔から、こういうゲームでは当たりを引ける気がしない“超高校級の幸運”のボク。 「……また外れたべ……」 葉隠クンも当たらなかったようだ。やっぱり、今度もセレスさんが当たりか。 そう思ってセレスさんの方を見ると、彼女は驚愕の表情を浮かべていた。 「……そんな……ハズレですわ……」 セレスさんが……負けた!? それじゃあ、当たりは── ボク、葉隠クン、セレスさんの視線が集中する。当の十神クンはまるで意に介さないように口元に皿を運んだ。 からん。陶製の皿に金属のメダルが吐き出される音がした。『王様』は十神クンに決まったようだ。 「フッ。どうやら俺の勝ちのようだな」 十神クンは当然だ、と言わんばかりの勝利の笑みを浮かべる。 セレスさんがゲームで負けるなんて。散々彼女の強運を目の当たりにしてきたボクには、すぐには信じられない事だ。 しかし、世界的な財閥の御曹司である十神クンもまた生まれつきの強運の持ち主なのかもしれない。 十神クンの強運がセレスさんの強運を上回った……それだけの事なのか。 「お前達のルールでは『王様』は何でも命令できるんだったな。さて、誰に何を命令するか……」 十神クンの獲物を探すような冷たい視線が、ゆっくりと場を見回す。 まずボク……すぐに視線が外れてほっと息を吐く。Sっ気の強い十神クンの事だから、選ばれたらと思うと本当に恐ろしい。 次に……葉隠クン。彼はすくみ上がり、怯えたように自らの肩を抱いた。 「まさか、俺をこれ以上脱がす気か!?」 「ふざけるな。何故俺がお前の汚い裸など見ねばならん……!」 十神クンは不快感を露にして大きくかぶりを振った。……まあ、それはそうだろうな……。 「だいたい何だ、その格好は。正月だからと言って浮かれるにも程があるぞ」 「好きで脱いだんじゃねーよ! これは、そこのセレスっちに命令されて仕方なく──」 慌てた葉隠クンが指差す先のセレスさんを、十神クンは見やった。 そして口元に嗜虐的な笑みを浮かべる。…………まさか。 「ふん、そうか。なら次はお前が脱げ」 冷酷な言葉が、この場でただ一人の女子であるセレスさんに向かって投げかけられた。 十神クンの『命令』に、ボクは戦慄した。いざ目の前で実行されるとなると想像とは全然違う。 まさか本当に……女の子を……しかも同じ境遇の仲間を、人前で裸にしようって言うのか? 「だ、ダメだよ! そんな命令……絶対にダメだ!」 思わずボクは立ち上がって抗議したが、十神クンは平然と鼻を鳴らす。 「ただの余興に何を熱くなっている。 そもそも、一度その女がやらせた事だろう。 葉隠にやらせるのが良くて、どうしてセレスは駄目なんだ?」 「それは……やっぱり、男子と女子じゃ全然違うよ!」 葉隠クンはすでに傍観を決め込んでいるようだ。ボクが守らなきゃ、誰がセレスさんを守るんだ。 興奮で顔が熱くなるのを感じながら、何としても十神クンを翻意させようと言葉を探す。だが── 「苗木君、ありがとう。でも……いいのです。」 それまで黙っていたセレスさんがボクの手を引いて止めた。 「男だろうと女だろうと、負けは負けですわ。敗者が代償を支払うのは当然の事……。 こうなった以上、覚悟は出来ています」 無表情のまま硬い声で言い切るセレスさんだが、元々白い顔がさらに青ざめて見える。 どんなに強がって、平静を装っていても、やっぱり十代の女の子なんだ。 好きでもない男子の前で裸にされて、平気なわけが無い……。 微かに震える手が、ゆっくりと黒い上着の襟元に伸びる。ボクは、気がつくと叫んでいた。 「待って! まだ負けたと決まったわけじゃないよ。セレスさんがゲームで負けるなんて信じられないんだ。 例えば……そう、イカサマだったって可能性もあるんじゃない?」 ほとんど勢いに任せて言った言葉だったが、意外にも十神クンはにやりと笑った。 「そう来なくてはな。どういう事か、説明して貰おうか」 セレスさんが不安そうな顔でボクを見つめる。 「苗木君、イカサマというのは本当ですの?」 正直、我に返って冷や汗をかき始めていたボクだが、セレスさんの表情に微かな希望の色を見つけて勇気が湧いてきた。 ……そうだ。冷静に考えてみれば、十神クンがゲームに参加した途端に勝つなんてそれこそ出来すぎじゃないか。 それに彼の一貫した不敵な態度……絶対に何か裏がある。 「十神クンが自分からゲームの準備を買って出たのは、やっぱり不自然だよ。そこにイカサマを仕掛ける余地があるんだ」 今度は確信を持って言えた。問題は、実際にどうやったか、だが……。 「……なるほどな。簡単な事だべ。自分でメダルを入れといて、それを選んだんだ。俺の直感に間違いはないべ!」 葉隠クンがボクの自信に引き込まれたように発言した。……他人の発言に乗っかるスタンスは変わらないようだ。 十神クンは相変わらず余裕の笑みを浮かべてそれを眺めている。 「それは簡単すぎるよ葉隠クン……。セレスさんの時と同じで、十神クンは最後に選んだんだから無理だよ」 「では、隠し持っていたメダルを、パンを選んでからこっそり入れたのでしょうか?」 今度はセレスさんが代案を出した。いつもの調子を取り戻したようで、ほっとする。 葉隠クンの意見よりは随分現実的だけど―― 「皆の目の前でそれをやるのはかなり危険じゃないかな。十神クンは特別不自然な動きはしていなかったし」 じっと見張っていた訳ではないが、違う席に座っている三人もの人間の目を盗んで実行するのは現実的じゃない。 自分の記憶を辿っても、やはり十神クンがそんな事をしていたとは思えない。 葉隠クンとセレスさんの意見、今まで見聞きした事……それらを踏まえて、思考を巡らせる。 すると、ボクの頭脳に電撃的に答えが閃いた。 「きっとアンパンには、最初からメダルが入っていなかったんだ。 パンに入っているはずのメダルは……十神クンの口の中にあった」 そう。要はメダルを含んだままの口に後からパンを入れ、メダルだけを吐き出したというだけの事だ。 目を丸くする葉隠クンと、息を飲むセレスさん。一方、当の十神クンの表情は崩れない。 「ふん。確かにお前の言うイカサマは可能だろう。だが、どこに証拠がある? 推測だけではとても俺を“クロ”に出来んぞ」 言われるまでもない。その答えなら、もう用意してある。 「十神クンは準備の為に厨房に入ってから、パンを食べるまでの間は一言も喋ってなかった…… あれって、メダルを口に含んでいたせいだよね。何ならモノクマを呼んで証言させようか。 あいつなら、監視カメラで全部を見ていたはずだから……」 決定的な言葉をぶつけたつもりだった。しかし十神クンは軽く肩をすくめる。 「わざわざモノクマを呼ぶ必要はない。お前の言う通りだからな」 ……な、何なんだ? イカサマを見破られてこの余裕。いくらゲームとは言え、少し不気味に思えてきた。 「開き直るつもりか、十神っち!? 一体どういうつもりだべ! どうせセレスっちの裸が目的だったんだろ! 最低だべ! 真っクロだべ!」 何故か自分の事を棚に上げて怒り出す葉隠クンだが、やはり十神クンの態度は変わらない。 「そんな物に興味はない。ちょうどいい機会があったから、本番に備えて毒殺トリックの応用実験をしただけだ。 ……だが、苗木ごときに見破られているようでは使えんな。別のプランを考えることにしよう」 言いたい放題言った十神クンは、そのまま席を立って食堂を出て行ってしまった。 …………ここまでやりたいようにやられると逆に毒気を抜かれてしまう。 残されたボクたちには、ただ十神クンの背中を見送る事しか出来なかった……。 半ば呆然としたまま葉隠クンも十神クンに続いて食堂を出て行く。 「何だったんだべ……」と、呟きながら出て行く彼は結局最後までパンツ一丁のままだった。 「えっと、良かったね。……その、変な命令をされなくて済んで」 気を取り直してセレスさんに話かけると、彼女は上品に微笑みながら答えた。 「ええ、助かりましたわ。本当に。あなたが守ってくれなかったら、わたくし……」 セレスさんは、さらにボクの手を取り、じっと目を見つめてきた。そんな事をされると……急激に顔が熱くなってくる。 どうしても気恥ずかしさに耐えられず、しばらくの沈黙の後にボクは話題を変える事にした。 「そ、そう言えば、セレスさん。一つ気になる事があるんだけど」 「何でしょう。わたくしにわかる事ならば、何でもお答えしますわ」 にっこり笑うセレスさんは、ボクの手を握ったままだ。 「あ、あの……桑田クンが出て行った時『まだ命令がある』って言ってたけど、あれ、何だったの?」 あの時、ボクや葉隠クンがゲームの中止を提案してもセレスさんは頑なに受入れなかった。 桑田クン達へのオシオキで後回しになってしまったが、必ず勝つ自信は当然として、 明確な目的……何かの命令があったから、『ガロット・デ・ロワ』をやろうと言い出したんじゃないか? 「それは……。そうですわね。先ほど『何でもお答えする』と言ってしまいましたものね。……ああ、でも……」 今度はセレスさんが明らかに動揺し始めた。しばらく俯いた後、意を決したように上げた顔は少し紅く見える。 「『ガロット・デ・ロワ』には基本のルールの他に、地方によって色々なやり方があるというのは言いましたわね。 わたくしのお父様の出身地方では……こうするのです。女性のわたくしが当たりを引いたのならば、『王妃様』──」 それは最初に聞いた通りだ。ボクは頷きを返した。 「『王妃様』は好きな男性を選んで『王様』に指名します。『王様』は……『王妃様』に、その……キスをします。 すると、その他の参加者が『王様バンザイ!』『王妃様バンザイ!』と叫んで祝福するのです」 『王様』のところでチラチラとボクの顔に視線を送るセレスさん。……そ、それって、もしかして……? ……気がつけば、セレスさんの顔は見てはっきりとわかるほど紅くなっていた。 鏡を見れば、きっとボクの顔も同じようになっている事だろう。 「お正月気分で、一番浮かれていたのはわたくしかもしれませんわね。 苗木君に説明しているうちに……何だか急に恥ずかしくなってきましたわ……」 仮にそれを実行して……他の仲間たちに見せる所を想像すると……うん、ボクも恥ずかしくて死にそうだ。でも── 「い、一年に一回ぐらいは、そんな日があってもいいんじゃないかな……。 うん。浮かれたっていいよ。お正月なんだし」 ボクの言葉に、セレスさんは再び満面の笑みを浮かべる。 「そう……ですか? で、では、もう一度……」 「ああ、いや。でもどうせなら来年がいいかな。心からゲームを楽しめるように、皆でここから脱出して、ね」 これは本音と建前が半々だ。……いくら何でも、これからすぐに心の準備を済ませられる自信はない。 ありがたい事に、セレスさんも大きく頷いて賛同してくれた。 「そうですわね。その時のお楽しみに取っておく事にしましょう」 まだ、戸惑いや気恥ずかしさがないわけじゃない。でも、学園に閉じ込められたこんな状況でも未来への希望に胸が膨らむ。 ボクが「何が何でも仲間全員で、生きて学園から出よう」という意志を固めたのは言うまでもない……。 -----

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