kk7_26-35

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「……何よ」 「……いや、その、何も」  女の子がサンタのコスプレをするのは、もう少し心臓に優しいものだと思っていた。 「何でもないんだったら、ジロジロ見ないでくれない?」 「う…ゴメン、なさい」  言葉の端々が刺々しい。  この状況なら、それも無理もないことなんだけど。 「…謝るということは、罪を認めるということよ。あなたが私をジロジロ見ていた、と…」 「そ、それは誘導尋問じゃないか…」  強い言葉で否定できないのは、それが真だからだ。  僕は確かに、ジロジロ見るとまではいかないけれど、ずっと彼女を意識してしまっている。  いや、それも全てこの状況のせいなんだけど。  二人が入るのには、やや狭い試着室。  目の前には、色々な丈が短くて際どいサンタ服に着替えた霧切さん。  そして、閉じられたカーテンの向こう側からは、良く知る級友たちの談笑の声。  かなり特殊な状況なだけに、これを見ただけで何が起こったのか分かる人も多いだろう。  それでも一応僕の言葉で、事の経緯を追っていきたいと思う。  そもそもは僕が、希望ヶ峰学園の同窓生でクリスマスパーティをやろうと言いだしたことが発端だ。  クリスマスパーティと言っても、大仰なものじゃない。  冬休みに実家に帰省しないメンバーで、お菓子やジュースを飲み食いして談笑する程度のもの。  思い立ったが吉日、僕がそれをメールリストでクラスメイト達に提案したのは三日前のことになる。  さて、その午後。  控えめにノックされた部屋の扉を開けると、難しそうな顔で霧切さんが立っていた。 「えっと…どうしたの?」  尋ねる僕に、霧切さんは目を伏せたまま。 「…とりあえず、部屋に入れてもらえるかしら」 「あ、うん」  ちょっとだけドキッとしたのは秘密。  だって、霧切さんの方から僕の部屋を訪ねてくることは滅多に無かったから。  用事があれば立ち話で済ませる人だし、僕は僕で女の子を部屋に呼ぶ勇気なんて無かったし。 「…初めてあなたの部屋に入った気がするわ」 「というか、初めてだね…」 「…意外と散らかってるのね」 「め、面目ないです…」  人が来るって分かっていたら、スナック菓子のビニール袋くらいは捨てておいたんだけど。  緊張しつつ椅子を差しだして、僕はベッドに腰掛ける。 「それで、えっと…何の用?」 「…用が無ければ尋ねちゃいけないのかしら?」 「用も無いのに尋ねてなんか来ないでしょ、霧切さん」 「言うわね…。確かに、仲良しこよしなんてガラじゃないけど」  軽く、言葉の応酬。  別に罵り合っている訳ではなく、僕たちが談笑する際の合図みたいなものだ。 「…クリスマスパーティについて、なんだけど」  合図も済んで、唐突に霧切さんは切り出した。  携帯を取り出し、メールの文面を僕に突き付けて見せる。 「これは全員参加、ということになるのかしら?」 「いや、強制参加とかじゃないよ。やりたい人で集まれたらな、って感じだからさ」 「…欠席しても構わないのね?」 「出られないの?」  どうして、と尋ねると、やはり霧切さんは先程の難しそうな顔に戻って、 「言ったでしょう。ガラじゃないのよ」  自分に言い聞かせるように呟く。 「ん、と…出たくない、ってことかな」 「私が出たって、場の空気が重くなるだけだもの。誘ってくれたのは嬉しいけれど、遠慮しておくわ」  別に重くなるってことはないと思うけど。  まあ、自分から談笑に加わりに行くような人じゃない、というのは分かる。 「それに、勝手も分からないし」  付け加える。  確か霧切さんは、この学園に来る前は外国にいたという話だ。  クリスマスは多くの国で祝われているけれど、国によってその様式が違うのは当然のこと。  まあ、特別日本式のクリスマスをやろうと言っている訳でもないんだけど。 「お菓子とジュース食べながらみんなで集まるだけだよ。あ、それにプレゼント交換もあるかな」 「だから、その作法が良く分からないのよ」 「作法、って…難しく考えすぎじゃないかな」 「…とにかく、私は遠慮しておくわ」 「出たくない、ってワケじゃないんでしょ?」 「……どうして相談相手にあなたを選んでしまったのかしら」  気づいた何かを諦めるように、霧切さんは浅くため息を吐いた。  出たくないわけではないのなら、僕としては是非出てほしい。  分からないから遠慮する、なんてもったいないじゃないか。 「出ようよ、霧切さん。初めての文化を経験しておくのも、悪くないと思うよ」 「…知らないわよ、私がいるせいで気まずくなっても」 「遠慮しすぎだってば」 「…あなたに相談した時点で参加する以外の選択肢は無くなったことに、もっと早く気付くべきだったわ」  さて、三日後の昼。つまり、今から数時間前。  渋る彼女を参加するよう促した身としては、その参加にあたって面倒を見るべきだろう。  そんなわけで、僕は彼女と共に駅隣接のショッピングモールまでやってきていた。  プレゼント交換に際しての、そのプレゼントを買うためだ。  大通りを練り歩いても、軒並みクリスマス一色。  大きなツリーにイルミネーション、サンタ服を身に付けた売り子さん。  …正直、独り身で歩き行くのは気が引けるけれど。  虎の威を借る狐とは言わないけれど、今は彼女が隣にいるので多少の見栄も張れる。  霧切さんは一人でも気にしなさそうだな、と思いつつ、僕は彼女をクリスマス特設コーナーへと連れていった。 「…どんなものを買うのが定番なのかも知らないのよ」  恥ずかしそうに、彼女は尋ねてくる。  別に知らないことは恥ずかしいことじゃないのに。 「人それぞれだよ」 「それにしても、暗黙の了解とか…あるでしょう?」 「うーん…高すぎるモノとか貰って困るモノじゃなければ、なんでもいいんだけど」  自分の好きな本を送る人もいれば、よく分からないジョークグッズを買ってくる人もいる。  適当にお菓子を買い集めてプレゼントと言い張ることも。  要は、本当に何でもいいのだ。 「…参考までに、あなたは何を買うの?」 「うーん、無難に文房具かな。コレならみんな学校で使うだろうし」 「じゃあ、私も」 「あ、出来るだけプレゼントは被らない方がいいと思うよ。その方が面白いし」 「…先に無難なプレゼントを選んだあなたが、よくそれを言えるわね」  ダメ出しをされてちょっと不機嫌な霧切さんには悪いけれど。  あの変わり者ばかりを集めたメンバーの中で、文房具だなんてコテコテなチョイスをするのは僕ぐらいだろう。 「…なら、私の分もあなたが選んでちょうだい」 「それもダメ。こういうのは自分で悩んで選んだ方が、気持ちがこもるでしょ」 「…厳しいわね。苗木君のくせに」  ぶつくさと文句を言って、霧切さんはジョークグッズ売り場の方に足を進めた。  トナカイの被り物や巨大なクラッカーが、目にも騒がしく並んでいる。  子ども用の玩具とも一味違う陳列に、その瞳が興味深そうに光を帯びている。 「…こういうものも置いているのね。何に使うのかは分からないけれど」  呟きながらも、さらに奥。 「あ、ちょっと…」  僕が止める間もなく入っていってしまった、そのゲートの向こうは。  淡いピンクの壁に、装飾も華美な一角。  流れているBGMも、軽快なジングルベルではなく甘いバラード。  霧切さんは気にも留めていないけれど、通り過ぎた二人組は指を絡ませていた。 「…この区画だけ、何か雰囲気が違うわ」 「あ、はは…」  おそらく本当に気付いていない彼女に、まさか『カップル専用スペース』だなんて教える勇気なんてなくて。  思わず勢いで着いてきてしまったけれど、この状況ってもしかして。 「こ、ここには面白いものは無いんじゃないかな…」 「決めつけるのは良くないわ。それに、決めるのは苗木君じゃなくて私なんでしょう?」  口を出さないで、と意地を張られてシャットダウン。  穏便に彼女を連れだそうと考えるも、霧切さんは真剣にプレゼントを選んでいる様子。  霧切さんには失礼だけど、これって傍から見たら『ソレ』以外の何物でもないんじゃないか。  こんなところ、同級生なんかに見つかってしまった日には… 「……これは?」  僕が周りを気にするのを余所に、霧切さんは何かに目を付けた様子。  声に釣られて、ふと振り向いて、  見なかったことにしたいなぁ、と、数瞬後悔した。 「…苗木君、これは何かしら?」  重ねて霧切さんは尋ねる。 「…サンタ服だね」  極力、説明を省く。  彼女が手にしていたのは、ビニールで包装された赤地の布。  それだけだったなら、本当に、ただのジョークグッズで済ませられたのに。 「山田君の言うところの、コスプレ、というやつかしら…」 「ああ、うん、そんな感じ」 「…どうして目を反らすの?」  霧切さんは、本当に気づいていないのだろう。  隣のマネキンが、見本としてそのサンタ服を着用させられているのに。  展示されているのは、当然ながら女性服のみ。  ノースリーブに、短すぎるスカート。かなり際どいラインで、少しでも動けば上も下も見えてしまうだろう。  素材は毛糸で縫い目は粗く、目を凝らせば網目の奥の肌まで透けてしまいそうな。  つまり、平たく言えば男のロマンだ。  それも、まだ十八歳未満の僕には手に余る類の。  一瞬、目の前の少女がこれを着た姿を想像してしまう。 「……ゴメンなさい」 「何に謝っているのかしら。苗木君、さっきから挙動が不審よ」  顔を逸らしても覗きこまれて、ますます顔が火照る。 「…お買い求めですか?」  茶番のようなやり取りをしていた僕たちは、後ろから迫り寄る店員さんに気がつけなかった。 「あ、えっと…」  霧切さんは無言で僕を見る。  こういう勝手にも慣れていないんだろうから、対応も僕に一任する、ということなんだろうけれど。  店員のお姉さんは何か微笑ましいものでも見るような目で、僕たちを見ている。  おそらく彼女にも、僕たち二人がそういう風に見えているのだろう。 「えっと、その…クリスマスなので」  何の解決にもなっていない応答。  それでも霧切さんに悟られずに、この店員さんを追い返す方法を必死で手探る。 「彼女にプレゼントを?」 「いや、あの…お互いにプレゼントを買って交換、というか」 「あら」  店員さんは目を細め、大げさに口元に手を当てた。  大分耳年増のようで。 「御試着などはいかがでしょうか?」 「いえ、大丈夫です…まだこれを買うとも決めていないので」 「では、もし気が向いた際には、試着室はそちらになりますので」  すぐ後ろ、カーテンの引かれた個室が見える。  店の中に向けて開いた造りで、試着室としてはどうなのだろうと思ってしまう。  どうしたものかと逡巡する暇もなく、店員さんは次のカップルを見つけて去ってしまっていた。  存外にも手早く引いてくれて、何とか落ち着く。  一息ついて、霧切さんに振り返れば、 「…試着、出来るのね」  既に遅し、興味心に火が付いていた。 「…それ、試着するの? 別に霧切さんが着るわけじゃないんだから、必要ないと思うけど」 「プレゼントとして渡すなら、それがどんなものか知っておくべきでしょう」  まあ、それはそうだけど。 「言ったはずよ、苗木君。選ぶのは私なんだから、あなたが口を出す事じゃない、と」  ドヤ顔と共に人差し指を突き付けて、彼女は威勢よくカーテンを引いた。  本当は自分が着てみたかっただけなんじゃないか、と勘繰るも、やっぱり口に出す事は出来ない。  彼女はああ見えて、時々子供みたいに純粋なあるから。  もし図星だったなら拗ねてしまって、やっぱりパーティは欠席する、とも言いかねない。  シュル、パサ、衣擦れの音が聞こえる。  距離にしてほんの1メートルほどの空間で、彼女が着替えている、そう考えると無性に恥ずかしくなってきた。  霧切さんは気にしないのだろうか。  この場に留まり続けるのか、それとも気を利かせて少し離れておこうか。  どちらが男として正しい選択かはわからない。  けれど、僕が前者を選ぶなんて、地球がひっくり返ってもないわけで。 「霧切さん、僕…」  やや張った声で、他の区画にいるからと伝えようとした、その時だった。 「うわぁ、こっちのコーナー可愛いのいっぱい置いてある!」  聞き慣れた、明るい声音。 「さくらちゃん、こっち!」 「ふふ、そう急かすな…」  顔中の血の気が引いていく。  振りかえらずとも、声の主は分かった。  隣の試着室の鏡に、ポニーテールと白髪が見えてしまったのだ。  なんで、二人が、こんな場所に。  悲しくも、展開は容易に想像がつく。  そもあの学園に近いショッピングモールは、この駅地下しかない。  クリスマスプレゼントを探そうとした朝日奈さんが、大神さんを誘ったのだろう。  おそらく話ぶりからして、二人ともここがカップル専用区画とは気付いていない。  偶然とは恐ろしいものだ。 「き、霧切さん」  少し迷ったけれど、僕はカーテン越しにひそひそと尋ねた。 「…何?」 「えっと、その…もう、着替え終わってる?」 「もう少しよ」  例えあの二人がカップルコーナーだと理解していないとしても、さすがにこの現場を見られるのはよろしくない。  際どい赤サンタ姿の霧切さん、それを見守る僕。  大神さんは説明すれば分かってくれそうだけれど、朝日奈さんが聞く耳を持っていないのだ。 「着終えたけど…少しきついわね、裾も短いし」  どうしよう。僕が別の場所に逃げるべきだろうか。  けれどそれだと、事情も知らずに残された霧切さんが不憫すぎる。  独りでサンタのコスプレをしている寂しい女の称号、なんて誰も望まない。  だけど、事情を説明している時間は無い。  声と足音が近付いてくる。  試着室の周りに遮蔽物は無い。  隠れる場所は、 「霧切さん、ゴメン…!」 「は?」  かつて、偉い人は言った。  行動しなかったことに後悔するより、行動したことに後悔しなさい、と。 「…ちょっと」 「う、あの…」  仄かな香水の匂いに満ちた、狭い個室の中に。  雪のように白い肌、白い髪。刺さる視線を僕に投げてよこすサンタが佇んでいた。  見惚れてしまった、と、素直にそう表現するしかない。  その言葉以外で、この沈黙を説明できない。 「…感心しないわね、苗木君」  ようやく発せられた言葉で、は、と現実に戻ってくる。 「仮にも着がえ中の女の子がいる個室の中に飛び込んでくるなんて、どういう料簡かしら?」  言い訳なら聞くわよ、と、腕を組む。  霧切さんが冷静で助かった。  怒りや羞恥で以て喚き立てられれば、簡単に見つかってしまっていた。  言い訳が先かとも思ったが、事情の説明なら後でも出来る。  今はまず、後門の虎を解決する方が先だ。 「ゴメン、後で必ず事情説明するから」  早口で捲し立て、唇に人差し指を当てる。  納得していない様子だったけれど、霧切さんはとりあえず黙ってくれた。 「あ、これサンタ服だ」 「…我が着れるサイズはないだろうな」  二人は、すぐ後ろまでに着ていた。  あったら着るんですか、と、声には出さずに突っ込む。  霧切さんもカーテンの向こうに誰がいるかには気付いたようだ。  何の気なしに、目の前の霧切さんの服装に目を降ろしてしまう。 「……何よ」 「……いや、その、何も」  女の子がサンタのコスプレをするのって、もう少し心臓に優しいものだと思っていた。 「何でもないんだったら、ジロジロ見ないでくれない?」 「う…ゴメン、なさい」 「…謝るということは、罪を認めるということよ。あなたが私をジロジロ見ていた、と…」 「そ、それは誘導尋問じゃないか…」  個室が狭いせいで、僕と霧切さんの距離も狭い。  体を後ろに向ける余裕もないほどだ。  身長差のせいもあって、彼女の膨らんだ胸元が、ちょうど顔の真下に来る。  赤い毛糸の網目の奥にうっすらと黒が見えて、目の奥が沸騰しそうになる。  そんなの、どうあったって目についちゃうじゃないか。 「…言っておくけど」  見上げると、霧切さんも頬を染めていた。 「こんな際どい服だと知っていたら、私だって試着しようだなんて思わなかったわ。勘違いはしないでね」  そう誤解されるのが嫌だったのだろうか。  なんとなく微笑ましくある。  これはカップルスペースのことすらも、本気で気付いていなさそうだ。 「その…ゴメン、ジロジロ見て」 「構わない…とは言えないわね、さすがに」  頬を染めたままクスリと笑って、また見惚れてしまいそうになる。 「…ジョークグッズだとしても、プレゼントには向かないわ。買う前に気付いてよかった」  そう言って、髪を耳にかける。  服装はひどく可愛らしいのに、何気ない仕草から滲む大人っぽい彼女の魅力がアンバランスで。 「その…似合ってるよ」  ほとんど無意識に、その言葉が口をついて出た。 「あ…」  一瞬で、お互いの顔が燃え上がる。  きっと霧切さんは羞恥のせいで。  当たり前だ、こんな服が似合うなんて言われたって、嬉しいはずがない。 「……」  ジロリ、睨まれる。  ああ、帰ったらお説教かな。  それともしばらくは口を聞いてくれないとか。 「あの…ゴメン」 「…なんで謝るのよ」 「いや、その」 「…褒めてくれたんでしょう」 「霧切さん、怒ってるから」  一瞬、霧切さんが目を見開く。  怒っていると言われたことが心外だとでも言うように。 「…怒っていないわ」 「機嫌悪いじゃない。眉間にシワ」 「私が怒っていないと言ったら、怒っていないのよ」 「そうやってムキになるし」 「なっ…!?」  話す最中も、僕の目は彼女に釘付けで。  きっと霧切さんも、それに気付いているのだろう。  後ろに級友がいることも忘れて、僕たちは、 「あれ? なんでこの試着室、サンダルが二つ…」 「…片方のブーツは、霧切のものに似ているな」 「……」 「……」  一瞬で、静まり返る。  互いに目を合わせ、どちらからともなく。  この状況はさすがに、絶体絶命だ。  さすがに試着室を覗き見るだなんてことはしないだろうけれど、それでも声を出せばバレてしまう。 「狭いのに二人も入って、何してるんだろうね」 「……」  意味深な沈黙。  きっとそろそろ大神さんは、状況を理解しただろう。 「…朝日奈よ、向こうのコーナーにドーナツの売店があったぞ」 「ホント!?」  あしらい方、慣れてるなぁ。  苦労役な大神さんに親近感を覚えるうちに、足音は遠ざかっていった。 「……はぁ」  珍しく、霧切さんが溜め息を吐く。 「…寿命が縮んだ気がするわ」 「…ゴメン」  こればかりはさすがに、誰がどう見ても僕の責任だ。  僕も僕で、どっと疲れてしまって、壁に寄りかかり、そのままずるずると、 「……」 「……狙っているのかしら?」  目の前に、丈の短すぎるスカート。  もう数センチしゃがみこめば、見えてしまうほどの。  なんで、こう、いつもいつも。  問題を起こしてしまう先に気付けないのだろうか。 「…天然でやっているのだとしたら相当なジゴロの気があるわ、苗木君」 「……いっそ、思いっきり叱ってください」 「…まあ、これくらい別に、怒るほどのことでもないけれど」  霧切さんも合わせて、スカートの裾を押さえてしゃがみ込む。 「…謝るのもいいけど、ここを出たらちゃんと説明しなさい」 「う、わっ」  勢いよく背中を押されて、転げるように試着室を飛び出した。  時計を見れば、パーティ開始までもう一時間。  そろそろプレゼントを決めて、寮に戻る時間だろう。  カーテンの向こう側で着替えているだろう霧切さんに告げて、僕は足早にカップルコーナーから逃げ出した。 ――――― 「…結局、私のせいでもあったのね」  着がえ終えた霧切さんにカップル専用のコーナーを説明した途端、再び彼女の頬は燃えあがった。  そりゃ、あそこにいた人全員にカップルだと思われていたんだと知れば、恥ずかしさも一入だ。 「最初に注意出来ていれば良かったんだけど…本当にゴメン」 「…もう、謝らないで。余計に恥ずかしく…」 「でも、空気読まずに似合ってるとか言っちゃったし…」  店を出る頃には、雪が降り始めていた。  ホワイトクリスマスにロマンチックを感じる年頃でも無いけれど。 「…どうして蒸し返すのかしら、あなたは」  白い息を吐きながら、唇を尖らせて。  思い返せば今日は、普段はポーカーフェイスの彼女の、色々な表情を見られた気がする。 「だって、霧切さん怒らせたままだったから」 「怒ってないと、何度も言っているでしょう」  霧切さんは、買い物袋を二つ下げていた。  プレゼントは一つでいいのに、もう一袋には何を買ったのだろう。 「……あなたが、似合ってるなんて言うから」 「え?」 「…分かるでしょう、ここまで言えば」 「えっと…」  霧切さんの頬が染まり、なんとなく予感する。  答えは分からないけれど、きっと僕の顔も、間もなく赤くなるのだろう。 「…あなたの頭には、『照れ隠し』という言葉は無いのかしら」 「……、…」 「…仮にも女の子にここまで説明させるなんて…苗木君のくせに生意気ね」  思わず足を止めてしまった僕を置き去りに、霧切さんは足早に進んでいく。  鼻先に触れた雪の一片が、とても冷たく感じた。  形あるものじゃなくても。  これも、クリスマスの贈り物、なんだろうか。 ----
「……何よ」 「……いや、その、何も」  女の子がサンタのコスプレをするのは、もう少し心臓に優しいものだと思っていた。 「何でもないんだったら、ジロジロ見ないでくれない?」 「う…ゴメン、なさい」  言葉の端々が刺々しい。  この状況なら、それも無理もないことなんだけど。 「…謝るということは、罪を認めるということよ。あなたが私をジロジロ見ていた、と…」 「そ、それは誘導尋問じゃないか…」  強い言葉で否定できないのは、それが真だからだ。  僕は確かに、ジロジロ見るとまではいかないけれど、ずっと彼女を意識してしまっている。  いや、それも全てこの状況のせいなんだけど。  二人が入るのには、やや狭い試着室。  目の前には、色々な丈が短くて際どいサンタ服に着替えた霧切さん。  そして、閉じられたカーテンの向こう側からは、良く知る級友たちの談笑の声。  かなり特殊な状況なだけに、これを見ただけで何が起こったのか分かる人も多いだろう。  それでも一応僕の言葉で、事の経緯を追っていきたいと思う。  そもそもは僕が、希望ヶ峰学園の同窓生でクリスマスパーティをやろうと言いだしたことが発端だ。  クリスマスパーティと言っても、大仰なものじゃない。  冬休みに実家に帰省しないメンバーで、お菓子やジュースを飲み食いして談笑する程度のもの。  思い立ったが吉日、僕がそれをメールリストでクラスメイト達に提案したのは三日前のことになる。  さて、その午後。  控えめにノックされた部屋の扉を開けると、難しそうな顔で霧切さんが立っていた。 「えっと…どうしたの?」  尋ねる僕に、霧切さんは目を伏せたまま。 「…とりあえず、部屋に入れてもらえるかしら」 「あ、うん」  ちょっとだけドキッとしたのは秘密。  だって、霧切さんの方から僕の部屋を訪ねてくることは滅多に無かったから。  用事があれば立ち話で済ませる人だし、僕は僕で女の子を部屋に呼ぶ勇気なんて無かったし。 「…初めてあなたの部屋に入った気がするわ」 「というか、初めてだね…」 「…意外と散らかってるのね」 「め、面目ないです…」  人が来るって分かっていたら、スナック菓子のビニール袋くらいは捨てておいたんだけど。  緊張しつつ椅子を差しだして、僕はベッドに腰掛ける。 「それで、えっと…何の用?」 「…用が無ければ尋ねちゃいけないのかしら?」 「用も無いのに尋ねてなんか来ないでしょ、霧切さん」 「言うわね…。確かに、仲良しこよしなんてガラじゃないけど」  軽く、言葉の応酬。  別に罵り合っている訳ではなく、僕たちが談笑する際の合図みたいなものだ。 「…クリスマスパーティについて、なんだけど」  合図も済んで、唐突に霧切さんは切り出した。  携帯を取り出し、メールの文面を僕に突き付けて見せる。 「これは全員参加、ということになるのかしら?」 「いや、強制参加とかじゃないよ。やりたい人で集まれたらな、って感じだからさ」 「…欠席しても構わないのね?」 「出られないの?」  どうして、と尋ねると、やはり霧切さんは先程の難しそうな顔に戻って、 「言ったでしょう。ガラじゃないのよ」  自分に言い聞かせるように呟く。 「ん、と…出たくない、ってことかな」 「私が出たって、場の空気が重くなるだけだもの。誘ってくれたのは嬉しいけれど、遠慮しておくわ」  別に重くなるってことはないと思うけど。  まあ、自分から談笑に加わりに行くような人じゃない、というのは分かる。 「それに、勝手も分からないし」  付け加える。  確か霧切さんは、この学園に来る前は外国にいたという話だ。  クリスマスは多くの国で祝われているけれど、国によってその様式が違うのは当然のこと。  まあ、特別日本式のクリスマスをやろうと言っている訳でもないんだけど。 「お菓子とジュース食べながらみんなで集まるだけだよ。あ、それにプレゼント交換もあるかな」 「だから、その作法が良く分からないのよ」 「作法、って…難しく考えすぎじゃないかな」 「…とにかく、私は遠慮しておくわ」 「出たくない、ってワケじゃないんでしょ?」 「……どうして相談相手にあなたを選んでしまったのかしら」  気づいた何かを諦めるように、霧切さんは浅くため息を吐いた。  出たくないわけではないのなら、僕としては是非出てほしい。  分からないから遠慮する、なんてもったいないじゃないか。 「出ようよ、霧切さん。初めての文化を経験しておくのも、悪くないと思うよ」 「…知らないわよ、私がいるせいで気まずくなっても」 「遠慮しすぎだってば」 「…あなたに相談した時点で参加する以外の選択肢は無くなったことに、もっと早く気付くべきだったわ」  さて、三日後の昼。つまり、今から数時間前。  渋る彼女を参加するよう促した身としては、その参加にあたって面倒を見るべきだろう。  そんなわけで、僕は彼女と共に駅隣接のショッピングモールまでやってきていた。  プレゼント交換に際しての、そのプレゼントを買うためだ。  大通りを練り歩いても、軒並みクリスマス一色。  大きなツリーにイルミネーション、サンタ服を身に付けた売り子さん。  …正直、独り身で歩き行くのは気が引けるけれど。  虎の威を借る狐とは言わないけれど、今は彼女が隣にいるので多少の見栄も張れる。  霧切さんは一人でも気にしなさそうだな、と思いつつ、僕は彼女をクリスマス特設コーナーへと連れていった。 「…どんなものを買うのが定番なのかも知らないのよ」  恥ずかしそうに、彼女は尋ねてくる。  別に知らないことは恥ずかしいことじゃないのに。 「人それぞれだよ」 「それにしても、暗黙の了解とか…あるでしょう?」 「うーん…高すぎるモノとか貰って困るモノじゃなければ、なんでもいいんだけど」  自分の好きな本を送る人もいれば、よく分からないジョークグッズを買ってくる人もいる。  適当にお菓子を買い集めてプレゼントと言い張ることも。  要は、本当に何でもいいのだ。 「…参考までに、あなたは何を買うの?」 「うーん、無難に文房具かな。コレならみんな学校で使うだろうし」 「じゃあ、私も」 「あ、出来るだけプレゼントは被らない方がいいと思うよ。その方が面白いし」 「…先に無難なプレゼントを選んだあなたが、よくそれを言えるわね」  ダメ出しをされてちょっと不機嫌な霧切さんには悪いけれど。  あの変わり者ばかりを集めたメンバーの中で、文房具だなんてコテコテなチョイスをするのは僕ぐらいだろう。 「…なら、私の分もあなたが選んでちょうだい」 「それもダメ。こういうのは自分で悩んで選んだ方が、気持ちがこもるでしょ」 「…厳しいわね。苗木君のくせに」  ぶつくさと文句を言って、霧切さんはジョークグッズ売り場の方に足を進めた。  トナカイの被り物や巨大なクラッカーが、目にも騒がしく並んでいる。  子ども用の玩具とも一味違う陳列に、その瞳が興味深そうに光を帯びている。 「…こういうものも置いているのね。何に使うのかは分からないけれど」  呟きながらも、さらに奥。 「あ、ちょっと…」  僕が止める間もなく入っていってしまった、そのゲートの向こうは。  淡いピンクの壁に、装飾も華美な一角。  流れているBGMも、軽快なジングルベルではなく甘いバラード。  霧切さんは気にも留めていないけれど、通り過ぎた二人組は指を絡ませていた。 「…この区画だけ、何か雰囲気が違うわ」 「あ、はは…」  おそらく本当に気付いていない彼女に、まさか『カップル専用スペース』だなんて教える勇気なんてなくて。  思わず勢いで着いてきてしまったけれど、この状況ってもしかして。 「こ、ここには面白いものは無いんじゃないかな…」 「決めつけるのは良くないわ。それに、決めるのは苗木君じゃなくて私なんでしょう?」  口を出さないで、と意地を張られてシャットダウン。  穏便に彼女を連れだそうと考えるも、霧切さんは真剣にプレゼントを選んでいる様子。  霧切さんには失礼だけど、これって傍から見たら『ソレ』以外の何物でもないんじゃないか。  こんなところ、同級生なんかに見つかってしまった日には… 「……これは?」  僕が周りを気にするのを余所に、霧切さんは何かに目を付けた様子。  声に釣られて、ふと振り向いて、  見なかったことにしたいなぁ、と、数瞬後悔した。 「…苗木君、これは何かしら?」  重ねて霧切さんは尋ねる。 「…サンタ服だね」  極力、説明を省く。  彼女が手にしていたのは、ビニールで包装された赤地の布。  それだけだったなら、本当に、ただのジョークグッズで済ませられたのに。 「山田君の言うところの、コスプレ、というやつかしら…」 「ああ、うん、そんな感じ」 「…どうして目を反らすの?」  霧切さんは、本当に気づいていないのだろう。  隣のマネキンが、見本としてそのサンタ服を着用させられているのに。  展示されているのは、当然ながら女性服のみ。  ノースリーブに、短すぎるスカート。かなり際どいラインで、少しでも動けば上も下も見えてしまうだろう。  素材は毛糸で縫い目は粗く、目を凝らせば網目の奥の肌まで透けてしまいそうな。  つまり、平たく言えば男のロマンだ。  それも、まだ十八歳未満の僕には手に余る類の。  一瞬、目の前の少女がこれを着た姿を想像してしまう。 「……ゴメンなさい」 「何に謝っているのかしら。苗木君、さっきから挙動が不審よ」  顔を逸らしても覗きこまれて、ますます顔が火照る。 「…お買い求めですか?」  茶番のようなやり取りをしていた僕たちは、後ろから迫り寄る店員さんに気がつけなかった。 「あ、えっと…」  霧切さんは無言で僕を見る。  こういう勝手にも慣れていないんだろうから、対応も僕に一任する、ということなんだろうけれど。  店員のお姉さんは何か微笑ましいものでも見るような目で、僕たちを見ている。  おそらく彼女にも、僕たち二人がそういう風に見えているのだろう。 「えっと、その…クリスマスなので」  何の解決にもなっていない応答。  それでも霧切さんに悟られずに、この店員さんを追い返す方法を必死で手探る。 「彼女にプレゼントを?」 「いや、あの…お互いにプレゼントを買って交換、というか」 「あら」  店員さんは目を細め、大げさに口元に手を当てた。  大分耳年増のようで。 「御試着などはいかがでしょうか?」 「いえ、大丈夫です…まだこれを買うとも決めていないので」 「では、もし気が向いた際には、試着室はそちらになりますので」  すぐ後ろ、カーテンの引かれた個室が見える。  店の中に向けて開いた造りで、試着室としてはどうなのだろうと思ってしまう。  どうしたものかと逡巡する暇もなく、店員さんは次のカップルを見つけて去ってしまっていた。  存外にも手早く引いてくれて、何とか落ち着く。  一息ついて、霧切さんに振り返れば、 「…試着、出来るのね」  既に遅し、興味心に火が付いていた。 「…それ、試着するの? 別に霧切さんが着るわけじゃないんだから、必要ないと思うけど」 「プレゼントとして渡すなら、それがどんなものか知っておくべきでしょう」  まあ、それはそうだけど。 「言ったはずよ、苗木君。選ぶのは私なんだから、あなたが口を出す事じゃない、と」  ドヤ顔と共に人差し指を突き付けて、彼女は威勢よくカーテンを引いた。  本当は自分が着てみたかっただけなんじゃないか、と勘繰るも、やっぱり口に出す事は出来ない。  彼女はああ見えて、時々子供みたいに純粋なあるから。  もし図星だったなら拗ねてしまって、やっぱりパーティは欠席する、とも言いかねない。  シュル、パサ、衣擦れの音が聞こえる。  距離にしてほんの1メートルほどの空間で、彼女が着替えている、そう考えると無性に恥ずかしくなってきた。  霧切さんは気にしないのだろうか。  この場に留まり続けるのか、それとも気を利かせて少し離れておこうか。  どちらが男として正しい選択かはわからない。  けれど、僕が前者を選ぶなんて、地球がひっくり返ってもないわけで。 「霧切さん、僕…」  やや張った声で、他の区画にいるからと伝えようとした、その時だった。 「うわぁ、こっちのコーナー可愛いのいっぱい置いてある!」  聞き慣れた、明るい声音。 「さくらちゃん、こっち!」 「ふふ、そう急かすな…」  顔中の血の気が引いていく。  振りかえらずとも、声の主は分かった。  隣の試着室の鏡に、ポニーテールと白髪が見えてしまったのだ。  なんで、二人が、こんな場所に。  悲しくも、展開は容易に想像がつく。  そもあの学園に近いショッピングモールは、この駅地下しかない。  クリスマスプレゼントを探そうとした朝日奈さんが、大神さんを誘ったのだろう。  おそらく話ぶりからして、二人ともここがカップル専用区画とは気付いていない。  偶然とは恐ろしいものだ。 「き、霧切さん」  少し迷ったけれど、僕はカーテン越しにひそひそと尋ねた。 「…何?」 「えっと、その…もう、着替え終わってる?」 「もう少しよ」  例えあの二人がカップルコーナーだと理解していないとしても、さすがにこの現場を見られるのはよろしくない。  際どい赤サンタ姿の霧切さん、それを見守る僕。  大神さんは説明すれば分かってくれそうだけれど、朝日奈さんが聞く耳を持っていないのだ。 「着終えたけど…少しきついわね、裾も短いし」  どうしよう。僕が別の場所に逃げるべきだろうか。  けれどそれだと、事情も知らずに残された霧切さんが不憫すぎる。  独りでサンタのコスプレをしている寂しい女の称号、なんて誰も望まない。  だけど、事情を説明している時間は無い。  声と足音が近付いてくる。  試着室の周りに遮蔽物は無い。  隠れる場所は、 「霧切さん、ゴメン…!」 「は?」  かつて、偉い人は言った。  行動しなかったことに後悔するより、行動したことに後悔しなさい、と。 「…ちょっと」 「う、あの…」  仄かな香水の匂いに満ちた、狭い個室の中に。  雪のように白い肌、白い髪。刺さる視線を僕に投げてよこすサンタが佇んでいた。  見惚れてしまった、と、素直にそう表現するしかない。  その言葉以外で、この沈黙を説明できない。 「…感心しないわね、苗木君」  ようやく発せられた言葉で、は、と現実に戻ってくる。 「仮にも着がえ中の女の子がいる個室の中に飛び込んでくるなんて、どういう料簡かしら?」  言い訳なら聞くわよ、と、腕を組む。  霧切さんが冷静で助かった。  怒りや羞恥で以て喚き立てられれば、簡単に見つかってしまっていた。  言い訳が先かとも思ったが、事情の説明なら後でも出来る。  今はまず、後門の虎を解決する方が先だ。 「ゴメン、後で必ず事情説明するから」  早口で捲し立て、唇に人差し指を当てる。  納得していない様子だったけれど、霧切さんはとりあえず黙ってくれた。 「あ、これサンタ服だ」 「…我が着れるサイズはないだろうな」  二人は、すぐ後ろまでに着ていた。  あったら着るんですか、と、声には出さずに突っ込む。  霧切さんもカーテンの向こうに誰がいるかには気付いたようだ。  何の気なしに、目の前の霧切さんの服装に目を降ろしてしまう。 「……何よ」 「……いや、その、何も」  女の子がサンタのコスプレをするのって、もう少し心臓に優しいものだと思っていた。 「何でもないんだったら、ジロジロ見ないでくれない?」 「う…ゴメン、なさい」 「…謝るということは、罪を認めるということよ。あなたが私をジロジロ見ていた、と…」 「そ、それは誘導尋問じゃないか…」  個室が狭いせいで、僕と霧切さんの距離も狭い。  体を後ろに向ける余裕もないほどだ。  身長差のせいもあって、彼女の膨らんだ胸元が、ちょうど顔の真下に来る。  赤い毛糸の網目の奥にうっすらと黒が見えて、目の奥が沸騰しそうになる。  そんなの、どうあったって目についちゃうじゃないか。 「…言っておくけど」  見上げると、霧切さんも頬を染めていた。 「こんな際どい服だと知っていたら、私だって試着しようだなんて思わなかったわ。勘違いはしないでね」  そう誤解されるのが嫌だったのだろうか。  なんとなく微笑ましくある。  これはカップルスペースのことすらも、本気で気付いていなさそうだ。 「その…ゴメン、ジロジロ見て」 「構わない…とは言えないわね、さすがに」  頬を染めたままクスリと笑って、また見惚れてしまいそうになる。 「…ジョークグッズだとしても、プレゼントには向かないわ。買う前に気付いてよかった」  そう言って、髪を耳にかける。  服装はひどく可愛らしいのに、何気ない仕草から滲む大人っぽい彼女の魅力がアンバランスで。 「その…似合ってるよ」  ほとんど無意識に、その言葉が口をついて出た。 「あ…」  一瞬で、お互いの顔が燃え上がる。  きっと霧切さんは羞恥のせいで。  当たり前だ、こんな服が似合うなんて言われたって、嬉しいはずがない。 「……」  ジロリ、睨まれる。  ああ、帰ったらお説教かな。  それともしばらくは口を聞いてくれないとか。 「あの…ゴメン」 「…なんで謝るのよ」 「いや、その」 「…褒めてくれたんでしょう」 「霧切さん、怒ってるから」  一瞬、霧切さんが目を見開く。  怒っていると言われたことが心外だとでも言うように。 「…怒っていないわ」 「機嫌悪いじゃない。眉間にシワ」 「私が怒っていないと言ったら、怒っていないのよ」 「そうやってムキになるし」 「なっ…!?」  話す最中も、僕の目は彼女に釘付けで。  きっと霧切さんも、それに気付いているのだろう。  後ろに級友がいることも忘れて、僕たちは、 「あれ? なんでこの試着室、サンダルが二つ…」 「…片方のブーツは、霧切のものに似ているな」 「……」 「……」  一瞬で、静まり返る。  互いに目を合わせ、どちらからともなく。  この状況はさすがに、絶体絶命だ。  さすがに試着室を覗き見るだなんてことはしないだろうけれど、それでも声を出せばバレてしまう。 「狭いのに二人も入って、何してるんだろうね」 「……」  意味深な沈黙。  きっとそろそろ大神さんは、状況を理解しただろう。 「…朝日奈よ、向こうのコーナーにドーナツの売店があったぞ」 「ホント!?」  あしらい方、慣れてるなぁ。  苦労役な大神さんに親近感を覚えるうちに、足音は遠ざかっていった。 「……はぁ」  珍しく、霧切さんが溜め息を吐く。 「…寿命が縮んだ気がするわ」 「…ゴメン」  こればかりはさすがに、誰がどう見ても僕の責任だ。  僕も僕で、どっと疲れてしまって、壁に寄りかかり、そのままずるずると、 「……」 「……狙っているのかしら?」  目の前に、丈の短すぎるスカート。  もう数センチしゃがみこめば、見えてしまうほどの。  なんで、こう、いつもいつも。  問題を起こしてしまう先に気付けないのだろうか。 「…天然でやっているのだとしたら相当なジゴロの気があるわ、苗木君」 「……いっそ、思いっきり叱ってください」 「…まあ、これくらい別に、怒るほどのことでもないけれど」  霧切さんも合わせて、スカートの裾を押さえてしゃがみ込む。 「…謝るのもいいけど、ここを出たらちゃんと説明しなさい」 「う、わっ」  勢いよく背中を押されて、転げるように試着室を飛び出した。  時計を見れば、パーティ開始までもう一時間。  そろそろプレゼントを決めて、寮に戻る時間だろう。  カーテンの向こう側で着替えているだろう霧切さんに告げて、僕は足早にカップルコーナーから逃げ出した。 ――――― 「…結局、私のせいでもあったのね」  着がえ終えた霧切さんにカップル専用のコーナーを説明した途端、再び彼女の頬は燃えあがった。  そりゃ、あそこにいた人全員にカップルだと思われていたんだと知れば、恥ずかしさも一入だ。 「最初に注意出来ていれば良かったんだけど…本当にゴメン」 「…もう、謝らないで。余計に恥ずかしく…」 「でも、空気読まずに似合ってるとか言っちゃったし…」  店を出る頃には、雪が降り始めていた。  ホワイトクリスマスにロマンチックを感じる年頃でも無いけれど。 「…どうして蒸し返すのかしら、あなたは」  白い息を吐きながら、唇を尖らせて。  思い返せば今日は、普段はポーカーフェイスの彼女の、色々な表情を見られた気がする。 「だって、霧切さん怒らせたままだったから」 「怒ってないと、何度も言っているでしょう」  霧切さんは、買い物袋を二つ下げていた。  プレゼントは一つでいいのに、もう一袋には何を買ったのだろう。 「……あなたが、似合ってるなんて言うから」 「え?」 「…分かるでしょう、ここまで言えば」 「えっと…」  霧切さんの頬が染まり、なんとなく予感する。  答えは分からないけれど、きっと僕の顔も、間もなく赤くなるのだろう。 「…あなたの頭には、『照れ隠し』という言葉は無いのかしら」 「……、…」 「…仮にも女の子にここまで説明させるなんて…苗木君のくせに生意気ね」  思わず足を止めてしまった僕を置き去りに、霧切さんは足早に進んでいく。  鼻先に触れた雪の一片が、とても冷たく感じた。  形あるものじゃなくても。  これも、クリスマスの贈り物、なんだろうか。 ----

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