kk7_195-200

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 真の愛とは、見返りを求めないものだ。  私がかつて仕事で滞在していた国のことわざ。  本当に相手を思うなら、自分は二の次。  誰かを愛することが出来るなら、その人はきっと優しい心の持ち主。  心が富めるのであれば、相手が幸せならそれで自分も幸せなのだという。  ふぅ、と溜息を吐くと、白く濁った。 「新年早々、運気が逃げますよ」  前を行く舞園さんが振り返る。  ファーのついた高級そうなコート、毛糸の帽子がよく似合っていて、可愛らしい。  隣を歩く私は、男物。なんとも対照的で、可愛らしくもない。が、私にはお似合いだ。 「最近多いですよ、ため息。悩んでいるなら、私でよければ相談に」  気を遣ってくれるのはありがたいのだが、おいそれと人に話せるものでも、 「…とは言っても、どうせまた苗木君絡みでしょう?」 「……また、例のエスパー? 私にプライベートはないのかしら」 「それ、霧切さんが言っちゃいます?」  クスクスと愛くるしい表情で笑う彼女を、正面から見返せずに目を伏せる。  一度事件となれば自分で驚くほど饒舌になるのに、どうにもこういう日常の応酬には弱い。特に、舞園さん相手には。  年が明ける数分前から降り出して、早朝になっても雪は止んでいなかった。  多少は積もっていたけれど、昼にでも初詣に行こうと提案したのは、例によって苗木君だった。  男子は男子同士、女子は女子同士で集まり、神社で合流。  お参りを済ませたら、適当に御飯でも食べたり、カラオケにでも行ったり。  正直、同窓生同士の集まりはあまり好きじゃない。  別段彼らのことが嫌いなわけでもない。  ただ私が、そういう集まり事が苦手だというだけのこと。何をしていればいいかわからなくなるのだ。  だというのに苗木君は、 『大丈夫だよ、適当にブラブラするだけだし。どうしても嫌だったら途中で抜けてもいいからさ、来るだけでも』  相変わらず、私の言い分は聞いてくれなかったのである。  さらに慎重なことに、私がバッくれないようにとわざわざ舞園さんまで迎えに寄越した。  彼とは約束を違えた覚えはないけれど、そんなに信用が無いのだろうか、と少し憂鬱になる。  私が苗木君を好きだということを、舞園さんは知っている。  直接言葉にした覚えはないけれど、どうにも私はこと恋愛に関しては分かりやすい女だったらしい。  苗木君が舞園さんに憧れている、というのも周知の事実だ。  中学校まで同じだった、とまでなれば筋金入りだろう。  別にそれは、いいんだけど。  無理に叶えるべき恋だとも思えない。  人にはそれぞれ、分相応というものがある。  苗木君には苗木君に見合う恋愛、私は私に見合う恋愛。  昔から、無理や高望みはしない主義だ。 「ちょっと急ぎましょうか。時間、遅れ気味だし」  コートを羽織り直し、舞園さんが駆け足を促す。 「すみません…その、苗木君と電話してたら、ちょっと迎えに行くのが遅くなっちゃって」 「……構わないわ。私は…迎えに来てもらった身だもの」  嫉妬の火種が煙るのを必死に隠して、首元のマフラーに顔を埋める。  そう、私自身の恋が報われないのは、まだ我慢できる。  ただ耐えられないのは、彼の心が他の女の子に向いているのを見せつけられること。  いっそ憎めるほどに嫌な女の子だったらよかったのに、と思ったのは、一度や二度ではない。  この理不尽な嫉妬をぶつけるには、あまりにも舞園さんは優しすぎる。  この鬱々と溜まり続けた汚い感情は、除夜の鐘でも濯ぎ落とせなかったようだ。  新年一発目からコレか、と、溜め息を吐いた私の心情、誰か共感してはくれないだろうか。  真の愛とは、見返りを求めないものだ。  彼が私以外の誰かを好きになっても、変わらずに彼を好きで居続けること。  ならば、この気持ちは。  どれほど抑えても、分不相応だと自分に言い聞かせても、舞園さんと苗木君の仲を見守ろうとしても。  心の奥底で煙る、仄暗いこの気持ちは、真の愛ではないのだろうか。  苗木君に振り向いて欲しいと思ってしまうのは、偽物の気持ちなのだろうか。 「遅いですわよ、あなたたち」  笑顔を崩さず、セレスさんに怒られる。  意外と時間には厳しい人だ。  遅れたのは、私のせいというか、雪のせいというか。  考え事をしながら走っていたため、横断歩道で思いっきり足を滑らせ、お尻を打ってしまったのだ。  まだちょっと痛い。痣が出来ているかも。  女子は女子で集合、という形で本当に良かった。  苗木君にあんな恰好悪い姿を見られていたら、今日はもう帰るしかなかったから。 「えーと、他のメンバーは?」 「十神は一人で先に行っちゃったし、腐川は十神のストーキング。オーガは確か道場でなんかかんかあるから来れなくて…」 「江ノ島は『雪積もってるからパス』だとさ。あとはちょっと遅れてる男子に、苗木のやつがあっちで連絡取ってる」  苗木、という名前が出て、舞園さんがチラチラとこちらを見てくる。  気付かないフリをして、集まりから少し遠ざかり、石段に腰を預けた。  こういう時、どう会話に加わっていいか分からない。  だから、私は集団に加わるのが苦手だ。  ただ黙っているのも気を遣わせてしまいそうだし、何か口を挟んでも空気を乱しそうだし。  一人の方が、ずっと気が楽。 「お待たせ…山田君、寝坊だってさ」  電話を終えた苗木君が肩を竦ませて、みんなの輪の中に加わった。  元日から寝坊とかないわー、どうせアニメだろ、先に行ってて良くない?  各々がガヤガヤ騒ぐのを背に、こちらに目を向ける。 「霧切さん」  名を呼ばれても顔を上げずに、コートのポケットに手を突っ込んだ。 「着てくれたんだ」 「…あなたが誘ったんでしょう」 「そうだけどさ。もしかしたら来ないかも、と思ってたから」 「信用ないのね、私も」 「あ、いや、そういうワケじゃなくて…」  輪に入れない八つ当たり、とばかりに、苗木君を困らせてみる。  思った通りに言葉を詰まらせているのが面白くて、吹き出してしまう。 「…もう。そういう心臓に悪いからかい方、止めてよね」 「あら、冗談で言ったわけじゃないわ」 「迷惑だった?」 「…電話でも言ったけれど、本当は苦手なの」  自分でもよく分からないのだが、苗木君は割と話しやすい相手だ。  特によく気が利くわけでも、機知に富んだ発言が出来るわけでもないのに。  彼をからかうのは楽しいし、彼に気を遣われるのはくすぐったい。  話しているといつの間にか、みんなの輪は私たちを…というより、苗木君を中心に出来上がってきた。 「なあ、そろそろ行かねえ?」 「あ、うん。じゃ、山田君にはメールしておくよ」 「お昼はどこに行くの?」 「駅前に新しい喫茶店が出来たってさ」 「……」  私はまた、黙りこくる。  苗木君と一対一ならまだ話せるのだけれど。  もう、苗木君は私の方を向いていない。  みんなに優しいのは、彼の良いところだ。  好んで輪に入りたがらない私にまでも、その優しさは向けられる。  だけど、その『みんなに優しい』のが、なんとももどかしい。  『みんなに優しい』苗木君が好きなのに、『みんなに優しい』のが嫌だ、なんて。  自分勝手なのは自覚しているから、声にも出せないけれど。 「じゃ、先ずお参りしよっか」 「あれ、おみくじは?」 「俺が占ってやんべ。特別割引料金で」 「三割しか当たらないんでしょ、いらないよ」  口々に雑談しながら、階段を上っていく。  私はわざと遅れて歩き、少しだけ集団から遠ざかった。 「ね、霧切ちゃんと苗木、良い感じだね」  輪の後ろに着いていたはずなのに、声を掛けられたのは背後から。  私を「ちゃん」付けで呼ぶ人物は、一人しか思い当たらない。 「…良い感じ、って?」 「むふふ」  朝日奈さんは、いやらしい笑みを浮かべる。  トレードマークのポニーテールは、今年も継続するようだ。 「霧切ちゃんってば、苗木としか話さないじゃん」 「……」  そういう風に見えていたのか。  別に苗木君としか話さないわけじゃないのに。 「私に好き好んで話しかけてくるような物好きが、苗木君しかいないというだけよ」 「そんなことないよ、私だってホラ、今」  けれど、輪に戻れば。  朝日奈さんは太陽のような人だ。  自分から輪の中心に行ってしまう。私のような陰日向に構う暇なんてない。  それを言えば、苗木君だって同じだ。  私と特別、というわけじゃない。 「…苗木君は『みんな』と仲が良いでしょう。私も、その例に漏れなかっただけよ」 「???」 「私が苗木君としか話さないんじゃなくて、苗木君が私とも話すってだけ」 「同じじゃないの?」 「大きく違うわ」  一段一段、もう転ばないように、しっかりと踏みしめて登る。  みんなを見上げれば、ふと後ろを歩いていた苗木君が、振り返ってこちらを見ていた。  一瞬だけ目が合って、けれどまた前に向き戻ってしまう。  小声だったから、聞こえてはいないと思う、けれど。  万が一聞かれていたら、それを考えてしまう。  ざわつきだした心を、上手く沈められない。 「じゃ、苗木のこと好きじゃないの?」 「……、嫌いではないわ」 「好きってこと?」 「……」  沈黙で返す。  関係を急ぎたくはない。今の距離感が心地良いのだから。  そもそも彼は、舞園さんが好きなはずだ。  そうやって自分に言い訳するのも、何度目になるだろうか。 「ねえ、霧切ちゃん?」 「…そう言う朝日奈さんは?」 「うぁ、あたし!? あ、あたしはまだ、そういうのは…」  途端に真っ赤になって、もごもごと口籠る。  こういう話題、自分のことになると彼女は苦手。  我ながら、あしらうには最適の返し方だ。  朝日奈さんは苦笑って、先に階段を上がっていった。  戻った輪の端で、舞園さんと苗木君が談笑しているのが目に入る。  溜息は、何度吐いても白い。 [[【中編へ続く】>>kk7_205-210]] ----
 真の愛とは、見返りを求めないものだ。  私がかつて仕事で滞在していた国のことわざ。  本当に相手を思うなら、自分は二の次。  誰かを愛することが出来るなら、その人はきっと優しい心の持ち主。  心が富めるのであれば、相手が幸せならそれで自分も幸せなのだという。  ふぅ、と溜息を吐くと、白く濁った。 「新年早々、運気が逃げますよ」  前を行く舞園さんが振り返る。  ファーのついた高級そうなコート、毛糸の帽子がよく似合っていて、可愛らしい。  隣を歩く私は、男物。なんとも対照的で、可愛らしくもない。が、私にはお似合いだ。 「最近多いですよ、ため息。悩んでいるなら、私でよければ相談に」  気を遣ってくれるのはありがたいのだが、おいそれと人に話せるものでも、 「…とは言っても、どうせまた苗木君絡みでしょう?」 「……また、例のエスパー? 私にプライベートはないのかしら」 「それ、霧切さんが言っちゃいます?」  クスクスと愛くるしい表情で笑う彼女を、正面から見返せずに目を伏せる。  一度事件となれば自分で驚くほど饒舌になるのに、どうにもこういう日常の応酬には弱い。特に、舞園さん相手には。  年が明ける数分前から降り出して、早朝になっても雪は止んでいなかった。  多少は積もっていたけれど、昼にでも初詣に行こうと提案したのは、例によって苗木君だった。  男子は男子同士、女子は女子同士で集まり、神社で合流。  お参りを済ませたら、適当に御飯でも食べたり、カラオケにでも行ったり。  正直、同窓生同士の集まりはあまり好きじゃない。  別段彼らのことが嫌いなわけでもない。  ただ私が、そういう集まり事が苦手だというだけのこと。何をしていればいいかわからなくなるのだ。  だというのに苗木君は、 『大丈夫だよ、適当にブラブラするだけだし。どうしても嫌だったら途中で抜けてもいいからさ、来るだけでも』  相変わらず、私の言い分は聞いてくれなかったのである。  さらに慎重なことに、私がバッくれないようにとわざわざ舞園さんまで迎えに寄越した。  彼とは約束を違えた覚えはないけれど、そんなに信用が無いのだろうか、と少し憂鬱になる。  私が苗木君を好きだということを、舞園さんは知っている。  直接言葉にした覚えはないけれど、どうにも私はこと恋愛に関しては分かりやすい女だったらしい。  苗木君が舞園さんに憧れている、というのも周知の事実だ。  中学校まで同じだった、とまでなれば筋金入りだろう。  別にそれは、いいんだけど。  無理に叶えるべき恋だとも思えない。  人にはそれぞれ、分相応というものがある。  苗木君には苗木君に見合う恋愛、私は私に見合う恋愛。  昔から、無理や高望みはしない主義だ。 「ちょっと急ぎましょうか。時間、遅れ気味だし」  コートを羽織り直し、舞園さんが駆け足を促す。 「すみません…その、苗木君と電話してたら、ちょっと迎えに行くのが遅くなっちゃって」 「……構わないわ。私は…迎えに来てもらった身だもの」  嫉妬の火種が煙るのを必死に隠して、首元のマフラーに顔を埋める。  そう、私自身の恋が報われないのは、まだ我慢できる。  ただ耐えられないのは、彼の心が他の女の子に向いているのを見せつけられること。  いっそ憎めるほどに嫌な女の子だったらよかったのに、と思ったのは、一度や二度ではない。  この理不尽な嫉妬をぶつけるには、あまりにも舞園さんは優しすぎる。  この鬱々と溜まり続けた汚い感情は、除夜の鐘でも濯ぎ落とせなかったようだ。  新年一発目からコレか、と、溜め息を吐いた私の心情、誰か共感してはくれないだろうか。  真の愛とは、見返りを求めないものだ。  彼が私以外の誰かを好きになっても、変わらずに彼を好きで居続けること。  ならば、この気持ちは。  どれほど抑えても、分不相応だと自分に言い聞かせても、舞園さんと苗木君の仲を見守ろうとしても。  心の奥底で煙る、仄暗いこの気持ちは、真の愛ではないのだろうか。  苗木君に振り向いて欲しいと思ってしまうのは、偽物の気持ちなのだろうか。 「遅いですわよ、あなたたち」  笑顔を崩さず、セレスさんに怒られる。  意外と時間には厳しい人だ。  遅れたのは、私のせいというか、雪のせいというか。  考え事をしながら走っていたため、横断歩道で思いっきり足を滑らせ、お尻を打ってしまったのだ。  まだちょっと痛い。痣が出来ているかも。  女子は女子で集合、という形で本当に良かった。  苗木君にあんな恰好悪い姿を見られていたら、今日はもう帰るしかなかったから。 「えーと、他のメンバーは?」 「十神は一人で先に行っちゃったし、腐川は十神のストーキング。オーガは確か道場でなんかかんかあるから来れなくて…」 「江ノ島は『雪積もってるからパス』だとさ。あとはちょっと遅れてる男子に、苗木のやつがあっちで連絡取ってる」  苗木、という名前が出て、舞園さんがチラチラとこちらを見てくる。  気付かないフリをして、集まりから少し遠ざかり、石段に腰を預けた。  こういう時、どう会話に加わっていいか分からない。  だから、私は集団に加わるのが苦手だ。  ただ黙っているのも気を遣わせてしまいそうだし、何か口を挟んでも空気を乱しそうだし。  一人の方が、ずっと気が楽。 「お待たせ…山田君、寝坊だってさ」  電話を終えた苗木君が肩を竦ませて、みんなの輪の中に加わった。  元日から寝坊とかないわー、どうせアニメだろ、先に行ってて良くない?  各々がガヤガヤ騒ぐのを背に、こちらに目を向ける。 「霧切さん」  名を呼ばれても顔を上げずに、コートのポケットに手を突っ込んだ。 「着てくれたんだ」 「…あなたが誘ったんでしょう」 「そうだけどさ。もしかしたら来ないかも、と思ってたから」 「信用ないのね、私も」 「あ、いや、そういうワケじゃなくて…」  輪に入れない八つ当たり、とばかりに、苗木君を困らせてみる。  思った通りに言葉を詰まらせているのが面白くて、吹き出してしまう。 「…もう。そういう心臓に悪いからかい方、止めてよね」 「あら、冗談で言ったわけじゃないわ」 「迷惑だった?」 「…電話でも言ったけれど、本当は苦手なの」  自分でもよく分からないのだが、苗木君は割と話しやすい相手だ。  特によく気が利くわけでも、機知に富んだ発言が出来るわけでもないのに。  彼をからかうのは楽しいし、彼に気を遣われるのはくすぐったい。  話しているといつの間にか、みんなの輪は私たちを…というより、苗木君を中心に出来上がってきた。 「なあ、そろそろ行かねえ?」 「あ、うん。じゃ、山田君にはメールしておくよ」 「お昼はどこに行くの?」 「駅前に新しい喫茶店が出来たってさ」 「……」  私はまた、黙りこくる。  苗木君と一対一ならまだ話せるのだけれど。  もう、苗木君は私の方を向いていない。  みんなに優しいのは、彼の良いところだ。  好んで輪に入りたがらない私にまでも、その優しさは向けられる。  だけど、その『みんなに優しい』のが、なんとももどかしい。  『みんなに優しい』苗木君が好きなのに、『みんなに優しい』のが嫌だ、なんて。  自分勝手なのは自覚しているから、声にも出せないけれど。 「じゃ、先ずお参りしよっか」 「あれ、おみくじは?」 「俺が占ってやんべ。特別割引料金で」 「三割しか当たらないんでしょ、いらないよ」  口々に雑談しながら、階段を上っていく。  私はわざと遅れて歩き、少しだけ集団から遠ざかった。 「ね、霧切ちゃんと苗木、良い感じだね」  輪の後ろに着いていたはずなのに、声を掛けられたのは背後から。  私を「ちゃん」付けで呼ぶ人物は、一人しか思い当たらない。 「…良い感じ、って?」 「むふふ」  朝日奈さんは、いやらしい笑みを浮かべる。  トレードマークのポニーテールは、今年も継続するようだ。 「霧切ちゃんってば、苗木としか話さないじゃん」 「……」  そういう風に見えていたのか。  別に苗木君としか話さないわけじゃないのに。 「私に好き好んで話しかけてくるような物好きが、苗木君しかいないというだけよ」 「そんなことないよ、私だってホラ、今」  けれど、輪に戻れば。  朝日奈さんは太陽のような人だ。  自分から輪の中心に行ってしまう。私のような陰日向に構う暇なんてない。  それを言えば、苗木君だって同じだ。  私と特別、というわけじゃない。 「…苗木君は『みんな』と仲が良いでしょう。私も、その例に漏れなかっただけよ」 「???」 「私が苗木君としか話さないんじゃなくて、苗木君が私とも話すってだけ」 「同じじゃないの?」 「大きく違うわ」  一段一段、もう転ばないように、しっかりと踏みしめて登る。  みんなを見上げれば、ふと後ろを歩いていた苗木君が、振り返ってこちらを見ていた。  一瞬だけ目が合って、けれどまた前に向き戻ってしまう。  小声だったから、聞こえてはいないと思う、けれど。  万が一聞かれていたら、それを考えてしまう。  ざわつきだした心を、上手く沈められない。 「じゃ、苗木のこと好きじゃないの?」 「……、嫌いではないわ」 「好きってこと?」 「……」  沈黙で返す。  関係を急ぎたくはない。今の距離感が心地良いのだから。  そもそも彼は、舞園さんが好きなはずだ。  そうやって自分に言い訳するのも、何度目になるだろうか。 「ねえ、霧切ちゃん?」 「…そう言う朝日奈さんは?」 「うぁ、あたし!? あ、あたしはまだ、そういうのは…」  途端に真っ赤になって、もごもごと口籠る。  こういう話題、自分のことになると彼女は苦手。  我ながら、あしらうには最適の返し方だ。  朝日奈さんは苦笑って、先に階段を上がっていった。  戻った輪の端で、舞園さんと苗木君が談笑しているのが目に入る。  溜息は、何度吐いても白い。 [[【中編へ続く】>>kk7_205-210]] ----

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