ナエギリ観光記

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雪の降りしきる無人駅で電車を待っている時だった。 「苗木君、一つ確認したいんだけど……明日は何か予定があったりするかしら?」 「土曜日? 特に何もないけど、それがどうかしたの?」 「そう……。だったらここで一泊することになっても構わないわね」 「えっ?」 「鉄道会社に電話したら雪の影響で電車が動かないの」 「えーーッ!?」 僕は思わず寒さも忘れて動転してしまった。 「探偵なら状況に合わせて冷静に対応しなさい」って霧切さんは言うだろうけど、助手の僕には冷静に対応するには無理な話だった。 事の発端は学園を通して霧切さんに依頼された特異家出人の捜索――。 行方不明になった人を探す仕事に僕も助手として同行することになった。 霧切さんが捜査をして浮かんできた対象者の所在地が東北のとある温泉街だった。 そして新幹線と電車を乗り継いで辿り着いたこの場所で、霧切さんの推理通り家出人は見つかった。 この温泉街にある旅館の番頭として。 後日、依頼人に面談してもらうように連絡先の交換をして僕らはトンボ帰りをする。 再び二両編成のワンマン電車から新幹線を乗り継いで都心部の希望ヶ峰学園へ。 二人きりの駅のホームで電車を待っていたけど、時刻表に書いてある時間になっても電車が一向に来ない。 夜には寄宿舎に帰ってきているという霧切さんの見立ては悪天候によって頓挫してしまった。 気になって鉄道会社に電話をした霧切さんから聞かれた話が冒頭の会話だった。 「……はい、そうなります。それでは失礼します」 僕が回想している間に霧切さんは学園に連絡を入れていたようだ。 「どうだったの……?」 「依頼人に先ほど撮影した対象者の画像をメールで先に確認してもらって、捜査報告の日時を遅らせてもらうようにしたわ」 「宿泊の件も大丈夫なの?」 「それも許可が下りたわ。宿泊費も旅費と同じように支給されたクレジットカードで支払うように、と」 「そうなんだ、よかった……」 そんな遣り取りをしながら霧切さんと改札口を抜けて待合室に戻る。 「ところで苗木君、一ついいかしら?」 「なにかな、霧切さん?」 呼ばれて振り向いたら霧切さんの顔……ではなく目の前に小冊子が映る。 この温泉街の観光案内だ。 「時間もあることだし、日本史の勉強も兼ねた社会見学なんてどうかしら?」 「……おもしろそうだね、僕も参加したいな」 「そう、決まりね」 乗り換えの電車を待っている間にコンビニで買ったネックウォーマーと手袋。 そして希望ヶ峰学園で支給されたコートのおかげで寒さの心配は今のところ大丈夫。 帽子代わりにパーカーのフードを被れば頭に雪を被らせることもない。 「行きましょう、苗木君」 「行こうか、霧切さん」 僕とお揃いの希望ヶ峰学園のコートにコンビニで買った黒のニットキャップを被っている霧切さん。 観光、ではなく社会見学。 そんな二人きりの修学旅行が幕を開けたのだった。   ~ ナエギリ観光記 ~ 瀬見温泉――。 一説によれば、源頼朝の追っ手から逃げている源義経・弁慶の一行がここに立ち寄ったことが関係しているらしい。 義経の妻、北の方(きたのかた)が産気づいた際に産湯に使う水を求めて弁慶が谷を下りた。 そして岩を薙刀「せみ王丸」で突いたところ温泉が湧き出たことに因んで地名になった。 そんな弁慶に因んだ旧跡が何ヶ所か存在し、今僕らがいる場所もその一つだったりする。 いるんだけど……。 「さすがにこうも雪化粧されていては魅力も半減してしまうわね」 「まぁ、この天気だから仕方ないよね……」 無事に産まれて「亀若丸」と名づけられた義経の子。 その誕生を祝って弁慶が山の頂上から松を投げ入れた「弁慶の投げ松」。 そして名付ける時に硯として墨をすった大きな岩「弁慶の硯石」のどちらも降りしきる雪に侵食されているのであった。 「でもこの話が本当だったら、実は弁慶が人間じゃなかったりして」 「鬼や妖怪だったという説かしら? 意外な着眼点かもしれないけど根拠に乏しいわ」 次に霧切さんが行きたいところへ場所移動している時も弁慶の話題になった。 ふと、霧切さんが言った単語が引っ掛かる。 鬼、オーガ、大神さん……。 制服姿の大神さんを、冊子のイラストに用いられている山伏の格好に当てはめてみる。 大神さんなら岩を薙刀なんて使わず手刀で「斬っっっ!!!」って叩き割りそうだな。 きっと松の木も「轟ぁぁぁッ!!!」って放り投げる姿が鮮明に浮かんで…… 「………フフッ」 「? なにがおかしいの?」 「い、いや、なんでもないよ……」 いきなり笑い出したものだから霧切さんが訝しげな視線を向ける。 そうこうしている内に霧切さんの訪れたい場所に着いた。 お寺、にしては小さな造りだ。 雪から本堂を守るためかビニールシートが被さっている。 観光案内の小冊子を開いて名称を確認して「亀割子安観音(かめわりこやすかんのん)よ」 石段を上りながら霧切さんがそのまま説明を続ける。 「北の方がお産をした際に加護のあった観音様を祀っているわ」 「それって……」 「子授かりと安産の神として信仰されているの」 覆われたビニールの中に入ると注連縄が一本垂れ下がっている。 霧切さんは初詣をするかのようにお賽銭を投げ入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼する。 僕も少し遅れてそれに習う。 目を閉じて漠然と観音様にお祈りする。 どうか、いつか産まれてくる僕の赤ちゃんと奥さんの身が無事でありますように――。 目を開けると少し困った顔をしている霧切さんと目が合う。 「あなたまで願掛けをするのは意外ね」 「そうかな。でも霧切さんはどうしてここに行こうと思ったの?」 凍った表面の石段に足をとられない様にゆっくりと下りる。 「……私の場合は一族の跡継ぎを産む義務があるの」 「義務……?」 「探偵一族の血を絶やしてはならない義務」 石段から融雪パイプの水が流れる濡れたアスファルトへ。 あまり触れて欲しくなかった話題かな、なんて少し困惑したら「苗木君が気にする問題ではないわ」と首を振る。 どうにも霧切さんには僕の考えていることが筒抜けだったらしい。 「年末、祖父のいる実家に帰省した時の話なんだけど『お見合いをしないか』って相談されたの」 「えっ?」 「その時はお酒も入っていたから冗談半分だと聞き流していたんだけど……」 「うん……」 「今は祖父が当主でも、いつか私が当主になって引き継ぐ時が来る。  当主になれば探偵稼業に没頭せざるを得ない。だから結婚どころか跡継ぎも危ぶまれる……」 「それで、霧切さんはお見合いをするの……?」 「もちろん断ったわ。学園の生活と探偵稼業を両立させている今が大切だから。  でも、私にとって跡継ぎは避けては通れない問題だから」 「それがお参りしたかった理由なんだ……」 「せっかくの機会だからお参りしてみよう、っていう軽い気持ちよ」 葉隠君ほど熱心に願掛けはしてないわ、そんな冗談を口にしながら歩く霧切さん。 「他に行きたい場所はあるかしら、苗木君?」 「う~ん。……とくにないかな」 100円で入れる公衆浴場とかあるけど、これから旅館に泊まって温泉にも入るんだろうし。 続く ----
雪の降りしきる無人駅で電車を待っている時だった。 「苗木君、一つ確認したいんだけど……明日は何か予定があったりするかしら?」 「土曜日? 特に何もないけど、それがどうかしたの?」 「そう……。だったらここで一泊することになっても構わないわね」 「えっ?」 「鉄道会社に電話したら雪の影響で電車が動かないの」 「えーーッ!?」 僕は思わず寒さも忘れて動転してしまった。 「探偵なら状況に合わせて冷静に対応しなさい」って霧切さんは言うだろうけど、助手の僕には冷静に対応するには無理な話だった。 事の発端は学園を通して霧切さんに依頼された特異家出人の捜索――。 行方不明になった人を探す仕事に僕も助手として同行することになった。 霧切さんが捜査をして浮かんできた対象者の所在地が東北のとある温泉街だった。 そして新幹線と電車を乗り継いで辿り着いたこの場所で、霧切さんの推理通り家出人は見つかった。 この温泉街にある旅館の番頭として。 後日、依頼人に面談してもらうように連絡先の交換をして僕らはトンボ帰りをする。 再び二両編成のワンマン電車から新幹線を乗り継いで都心部の希望ヶ峰学園へ。 二人きりの駅のホームで電車を待っていたけど、時刻表に書いてある時間になっても電車が一向に来ない。 夜には寄宿舎に帰ってきているという霧切さんの見立ては悪天候によって頓挫してしまった。 気になって鉄道会社に電話をした霧切さんから聞かれた話が冒頭の会話だった。 「……はい、そうなります。それでは失礼します」 僕が回想している間に霧切さんは学園に連絡を入れていたようだ。 「どうだったの……?」 「依頼人に先ほど撮影した対象者の画像をメールで先に確認してもらって、捜査報告の日時を遅らせてもらうようにしたわ」 「宿泊の件も大丈夫なの?」 「それも許可が下りたわ。宿泊費も旅費と同じように支給されたクレジットカードで支払うように、と」 「そうなんだ、よかった……」 そんな遣り取りをしながら霧切さんと改札口を抜けて待合室に戻る。 「ところで苗木君、一ついいかしら?」 「なにかな、霧切さん?」 呼ばれて振り向いたら霧切さんの顔……ではなく目の前に小冊子が映る。 この温泉街の観光案内だ。 「時間もあることだし、日本史の勉強も兼ねた社会見学なんてどうかしら?」 「……おもしろそうだね、僕も参加したいな」 「そう、決まりね」 乗り換えの電車を待っている間にコンビニで買ったネックウォーマーと手袋。 そして希望ヶ峰学園で支給されたコートのおかげで寒さの心配は今のところ大丈夫。 帽子代わりにパーカーのフードを被れば頭に雪を被らせることもない。 「行きましょう、苗木君」 「行こうか、霧切さん」 僕とお揃いの希望ヶ峰学園のコートにコンビニで買った黒のニットキャップを被っている霧切さん。 観光、ではなく社会見学。 そんな二人きりの修学旅行が幕を開けたのだった。   ~ ナエギリ観光記 ~ 瀬見温泉――。 一説によれば、源頼朝の追っ手から逃げている源義経・弁慶の一行がここに立ち寄ったことが関係しているらしい。 義経の妻、北の方(きたのかた)が産気づいた際に産湯に使う水を求めて弁慶が谷を下りた。 そして岩を薙刀「せみ王丸」で突いたところ温泉が湧き出たことに因んで地名になった。 そんな弁慶に因んだ旧跡が何ヶ所か存在し、今僕らがいる場所もその一つだったりする。 いるんだけど……。 「さすがにこうも雪化粧されていては魅力も半減してしまうわね」 「まぁ、この天気だから仕方ないよね……」 無事に産まれて「亀若丸」と名づけられた義経の子。 その誕生を祝って弁慶が山の頂上から松を投げ入れた「弁慶の投げ松」。 そして名付ける時に硯として墨をすった大きな岩「弁慶の硯石」のどちらも降りしきる雪に侵食されているのであった。 「でもこの話が本当だったら、実は弁慶が人間じゃなかったりして」 「鬼や妖怪だったという説かしら? 意外な着眼点かもしれないけど根拠に乏しいわ」 次に霧切さんが行きたいところへ場所移動している時も弁慶の話題になった。 ふと、霧切さんが言った単語が引っ掛かる。 鬼、オーガ、大神さん……。 制服姿の大神さんを、冊子のイラストに用いられている山伏の格好に当てはめてみる。 大神さんなら岩を薙刀なんて使わず手刀で「斬っっっ!!!」って叩き割りそうだな。 きっと松の木も「轟ぁぁぁッ!!!」って放り投げる姿が鮮明に浮かんで…… 「………フフッ」 「? なにがおかしいの?」 「い、いや、なんでもないよ……」 いきなり笑い出したものだから霧切さんが訝しげな視線を向ける。 そうこうしている内に霧切さんの訪れたい場所に着いた。 お寺、にしては小さな造りだ。 雪から本堂を守るためかビニールシートが被さっている。 観光案内の小冊子を開いて名称を確認して「亀割子安観音(かめわりこやすかんのん)よ」 石段を上りながら霧切さんがそのまま説明を続ける。 「北の方がお産をした際に加護のあった観音様を祀っているわ」 「それって……」 「子授かりと安産の神として信仰されているの」 覆われたビニールの中に入ると注連縄が一本垂れ下がっている。 霧切さんは初詣をするかのようにお賽銭を投げ入れて鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼する。 僕も少し遅れてそれに習う。 目を閉じて漠然と観音様にお祈りする。 どうか、いつか産まれてくる僕の赤ちゃんと奥さんの身が無事でありますように――。 目を開けると少し困った顔をしている霧切さんと目が合う。 「あなたまで願掛けをするのは意外ね」 「そうかな。でも霧切さんはどうしてここに行こうと思ったの?」 凍った表面の石段に足をとられない様にゆっくりと下りる。 「……私の場合は一族の跡継ぎを産む義務があるの」 「義務……?」 「探偵一族の血を絶やしてはならない義務」 石段から融雪パイプの水が流れる濡れたアスファルトへ。 あまり触れて欲しくなかった話題かな、なんて少し困惑したら「苗木君が気にする問題ではないわ」と首を振る。 どうにも霧切さんには僕の考えていることが筒抜けだったらしい。 「年末、祖父のいる実家に帰省した時の話なんだけど『お見合いをしないか』って相談されたの」 「えっ?」 「その時はお酒も入っていたから冗談半分だと聞き流していたんだけど……」 「うん……」 「今は祖父が当主でも、いつか私が当主になって引き継ぐ時が来る。  当主になれば探偵稼業に没頭せざるを得ない。だから結婚どころか跡継ぎも危ぶまれる……」 「それで、霧切さんはお見合いをするの……?」 「もちろん断ったわ。学園の生活と探偵稼業を両立させている今が大切だから。  でも、私にとって跡継ぎは避けては通れない問題だから」 「それがお参りしたかった理由なんだ……」 「せっかくの機会だからお参りしてみよう、っていう軽い気持ちよ」 葉隠君ほど熱心に願掛けはしてないわ、そんな冗談を口にしながら歩く霧切さん。 「他に行きたい場所はあるかしら、苗木君?」 「う~ん。……とくにないかな」 100円で入れる公衆浴場とかあるけど、これから旅館に泊まって温泉にも入るんだろうし。 [[【続く】>>ナエギリ宿泊記 1/2]] ----

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