大人ナエギリ 続・キスの意味編

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//【大人ナエギリ 続・キスの意味編】411-415 JXQZPFd9 ※微エロ注意  いつか、霧切さんが褒めてくれたことがあった。  成長し続ける『苗木』、相手に対して誠実であるようにと『誠』。  「貴方の名前は好きよ」だなんて言われて浮かれた僕は、その日はずっと自室でモジモジすることになったんだけど、  翌日よく思い出してみれば、ソレを告げた時の霧切さんの顔はやや陰っていた。  アレは僕の名前を褒めたのではなく、言外の「私の名前は嫌いよ」というアピールだったのか。  そう理解して、翌日彼女の元を訪れれば、ようやく気付いたのか、と呆れられた。 「推理を進めるのに必要なのは論理だけど、推理を始めるのに必要なのは違和感なのよ、苗木君」  部屋着の彼女は、いつもより少しだけ無防備に見える。  男物のコートにグローブ、ロングブーツ、黒を基調とした露出の少ない服装は、見るモノを威圧する。  今日の霧切さんは、ホットパンツにタンクトップ。  やや、目のやり場に困る。 「前者ではお話にならなくとも、後者の才能は期待していたのに」 「されてもなぁ…推理する機会なんて、日常生活において、ほとんどないし」 「あら、私が推理で行き詰った時には、貴方は助けてくれないの?」 「僕なんかが、霧切さんの手伝いをできるはずないじゃないか」  顔をしかめる。  飲み干したコーヒーが苦すぎた、というワケじゃないだろう。  僕の失言だ。  『僕なんか』という僕の台詞を、霧切さんは嫌う。 「あ、っと……それで、なんで嫌いなの? 自分の名前なのに」 「……自分の名前だから、かしらね」  もっとも、怒りが持続するタイプの人ではない。良い意味で。  常に淡々としているのは、彼女の短所であると同時に、長所でもある。 「『霧切響子』…声に出して見るとそうでもないけど、字面を見ると、」  マジックを手にとって、自分の腕に名を刻む。  口でキャップを咥える仕草が、なんか色っぽい。  彼女の白い手首に、漢字が彫られて、出来の悪い刺青みたいだ。 「…女の子の名前にしては、ゴツゴツしすぎていると思わない?」  まあ、言われてみれば、たしかに。  その辺りは個人の感覚だから、なんとも言いづらいものではあるけれど、  とりあえず画数は多いな、と、当てずっぽうな印象。 「『霧切』の名前、探偵の血族であることに、誇りがあるって言ってたじゃない」 「それはあくまで、ブランドとしての『霧切』よ。自分の名前の上にあっても、ちょっと重々しいわ」  一文字目を指差して、 「……私、雨冠って嫌いなのよ」 「……ゴメン、わかんない」 「なんていうか、ジメジメしてるから」 「そりゃ、雨冠だからね」  僕の答えに納得したのかしていないのか、こちらを一瞥して、二文字目を指す。 「さらに、こんな物騒な文字…暴力的じゃないかしら。あと、濁点が入るのも、好きじゃない」 「うーん…わからない、でもないけど」 「貴方は良い名前持ってるから、自分の名前に不満のある人間の気持ちなんて分からないでしょうけど」 「いや、流石に僕も子どもの頃は、自分の名前に不満くらいあったよ」  ホント? と、何が意外だったのか、上目遣いで此方を見る。  意識しての行為じゃないんだろうけど、それだけにクラリとしそうになるほど、可愛い。  普段はポーカーフェイスな分だけ、破壊力も抜群だ。 「というか、誰でも一度は、自分の名前を嫌う時期ってあると思う」 「『誠』が嫌だったの?」 「ありふれてたからね。クラスに二人はいたし」 「まあ、漢字だけ別で読み方が同じの場合もあるものね」  アニメや特撮モノにはまる年頃になれば、それはより一層だった。  主人公の名前が、やたらカッコいいのだ。 「どうしてもっとカッコいい名前にしてくれなかったんだ、って喚いて、親を困らせた」 「…ふふっ」 「……今は、割と好きだけどね」  霧切さんが褒めてくれたから、と付け加えるのは、流石に気障だろうか。 「…響子、って下の名前も…好きじゃないのよ」 「どうして?」 「こればかりは、なんとなく、としか言えないわね」  また眉をしかめて、手首の自分をなぞる。  1微笑んだら、10は眉をしかめる人だ。 「クラスに、華の名前とか、果実の名前とか、英語っぽいカタカナの名前とか…色々なかわいい名前があって」 「うん」 「私だけ『響子』…文字も無骨だし、劣等感でも感じたのかしらね」  まあ、やっぱり誰もが一度は通る道だ、と再確認する。 「海外にいた時は、一層だったわ。友人みんなに『呼びにくい』って言われて」 「発音が違うから、その辺はなんとも、だよね」  そこで霧切さんが、剥き出しの白い手首――に染みた文字を、僕に付きつけた。  『霧切響子』。  やたら丁寧な、ある意味女の子らしくない字面で書かれている。 「カ行が多いのも、ガチガチしてる感じがして、嫌なんだけど…やっぱり、一番嫌なのは、全体」 「全体?」 「無理に字を詰め込んで、ガチガチにして…普段の私みたいじゃない?」  人を、男を、誰も彼もを寄せ付けない、黒を基調としたシックな出で立ち。  けれど、逃れられない『女』であるという事実を、最後の文字が告げている。  名前が嫌いだから自分が嫌いになったのか、それとも逆だろうか。  手首の名前を、霧切さんがなぞる。 「……多分、後者」 「え?」 「私が私を嫌いだから、私の名前も嫌いになったのよ」  言葉にしていないのに、時々霧切さんは、僕の考えを先読みする。  舞園さんが移ったのか、と尋ねれば、『女の勘よ』と返された。  …ちなみに一年ほど前までは、『探偵の勘よ』と答えていた。  これがどういう意図での捕捉かは、あえて言うまい。 「…坊主憎けりゃ、ってヤツ?」 「名前からしたら、いい迷惑よね」  でも、霧切さんが自分を嫌いだから『霧切響子』という名前も嫌いだというのなら、  その理屈で行くなら、僕は、 「僕は好きだよ、霧切さんの名前」 「……この流れで、言う?」 「この流れだから、言ったんだけど」  正面から、見返して言う。 「……そう」  反応、鈍し。  いつも通り、僕から目を逸らして、だんまりだ。  流石、超高校級の探偵。表情には出してくれない。  好感触か、それともイマイチか、それを探るヒントくらいくれないか。  ああ、しょうがないなぁ、しょうがない。  反応が分からないから、もっと探るしかないなぁ。 「あ、……」  此方に差し出されていた腕を、やや強く引き寄せる。  声は出したものの、抵抗はされない。  手首の名前に、唇を落とす。  さながら、忠誠の誓いだ。  舌を這わせる。  ぴくん、と、霧切さんが震えた。 「……土曜の昼間よ。何を考えているの、苗木君」 「何をって、何? 別に、いやらしいことをしているわけじゃ、ないだろ」  吐息と混ぜて、肘から手首に掛けて、舌を一直線。  表情はまだ変わらない。  怪訝そうな目が此方を見ている。 「それ、自分がそういう想像をしたってばらすようなモンだよ、探偵さん」 「…言うようになったわね、助手のくせに」  水性の文字が、だんだん唾液で滲む。  なんていうか、あまり舐め続けるのも体に悪そうだ。  けれど、文字が消えるまでくらいは、  じゅぷ、と、濁った音を立てて、張り付いた唾液ごと強く吸う。 「それに、『土曜の昼間よ』って…まるで、それ以外の時間帯だったら良い、みたいな言い方だね」 「……あら、それ以外の意味、はっ…、込めたつもりはない、けど?」  ようやく、反応。  誤魔化すように、挑発するように、不敵な笑みを浮かべる霧切さん。  普段はポーカーフェイスなだけあって、彼女が笑うのは特別な状況下だと分かりきっている。  本当に可笑しい時。  追い詰められている時。  そして――欲情した時。  たぶん、今回は、全部。 「…それにね、貴方の言い回しを借りるなら、苗木君」  きゅぽん、と、耳元でマジックのキャップを開ける音。  自由な方の手で、僕の顔面を捉えた。  鼻柱を、くすぐったい感覚が走る。 「私はもっと昔から、『貴方の名前は好きだ』って言っていたわ」 「……、張り合ってるの?」 「さあ、どうかしらね」  眼前に迫る、彼女の口腔。  生温かい吐息。  ずるり、と、ザラザラした温度が頬を這いまわる。  ちょっとクセになりそうだ。  窓ガラスを見遣る。  反射した僕自身と、視線が合う。  鼻梁に描かれた名前は、『霧切響子』。 「…そこは、『苗木誠』じゃないんだ?」  顔を逸らした僕を、強引に振り向かせて、再び霧切さんが僕をしゃぶる。 「自分の所有物に、はぷ……ん、名前を書くのは、当然でしょう?」 「自分の名前は嫌いなのに?」 「便宜上、使ってあげてるだけよ」  子どものような理屈なので、思わず頬が緩む。  再び近づいてきた唇に、今度は不意打ち気味で、僕の方から唇を重ねた。 「…それなら、もう呼ばないでおこうかな、霧切さんの名前」 「……どうして」 「だって、嫌なんでしょ」 「貴方に呼ばれるのは、嫌じゃない、から」  ぐ、と、首の後ろに腕が回って、ぶら下がり。  発情中の彼女は、五割増しで素直だ。 「…呼んで、何度も。貴方に百万回呼ばれれば、少しは自分の名前でも、好きになれるかも」  翌日目覚めて、彼女の頬に自分の名前が書いてあるのを見て、僕は笑ってしまった。  てっきり彼女なりのジョークだと思っていたのだが、拗ねられてしまったので、どうやらそうじゃなかったらしい。  だというのに僕は、彼女が鏡に向かって、必死に自分の頬に文字を書く姿を想像して、一層笑ってしまったのだ。  本格的に怒った彼女が、一瞬たりとも逸らさずに僕をジト目で睨み続けて、もう一時間くらいが経過している。  さて、今度は舐めるだけで許してはくれないだろうなぁ。

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