kk9_470-477

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「貴方の長所が嫌い」  …霧切さんの考えていることは、時々わからない。 「……貴方の長所が、嫌い」 「ああ、いや、言いなおさなくても…別によく聞こえなかったワケじゃないんだけど」 「そう。ならいいわ」  言いながら、彼女はそっぽを向いた。  自分が言いたいことを言えたので、もう満足したらしい。  僕が買ってきたポッキーを口に咥え、僕が見ていたテレビのチャンネルを勝手に変える。  ポスポスと軽快な音を響かせてポッキーを食み、僕のお気に入りのクッションを抱き枕代わりに、僕のベッドの上でくつろいでいる。  この部屋は僕の部屋。…そのはずだ。 「あの…僕は全然よろしくないんだけど」 「でしょうね」  会話終了、約三秒。なんなら、僕の台詞に被せる勢いだった。  こういうワケの分からない挙動不審が続く時は、決まって、 「何、また機嫌悪いの?」 「……」  返事をしないでクッションに顔を埋める彼女の手からリモコンを奪い取り、その隣、ベッドの上に腰掛ける。  不満そうに此方を見るけれど、逃げたり、僕を押しのけたりはしない。 「……『親しき仲にも礼儀過剰投与』も、貴方の長所だったと思ったんだけど」 「僕の長所、嫌いなんでしょ。それに霧切さん相手に遠慮してたら、それこそキリがないじゃない」 「…上手い事言うわね」 「やめて。違うから。おやじギャグじゃないから」  こうやって話題を変えようとするのも、彼女のクセだ。  自分が機嫌が悪いのを自覚していて、けれどそれを口には出せないから、僕に当たる。  初めのうちは、それこそ僕は原因がわからずオドオドと戸惑うだけだった。  けれど僕も次第には慣れ、彼女にその原因を直接訪ねるくらいには無遠慮に成長した。  それでも時々、こうして彼女ははぐらかそうとする。 「出会った頃の初々しくて奥手で可愛かった苗木君は、もういなくなってしまったのね。悲しいわ」 「そう? じゃあ、今からもっと他人行儀に接しようか。話す時は全部敬語で、すれ違っても目も合わせないくらい」 「……ホント、意地悪になったわね。誰の影響かしら?」 「自分の胸に手を当てて聞いてみれば?」 「セクハラ」 「理不尽」  うん、まあ、霧切さんと長い間を共にしたお陰で、メンタルもフィジカルもイヤというほど鍛えられてしまった。  少なくとも、こうして彼女と言葉を応酬させるくらいには。 「で、本題に戻すけど」 「…そういう話術の強引さも、見違えるほど成長したわね。貴方、そろそろウチの正式な助手にならない?」 「今の雑用働きと、何か違うの、それ」 「給料が出るわ」 「大きな違いだね」  今はお互い、大学生だ。  希望ヶ峰学園からほぼエスカレータで進学できる、自由度の高い私立の大学。  彼女は法学、僕は心理学を、それぞれ学んでいる。  どちらも文系、必然と二人で過ごせる時間は多かった。  まあ、つまり何が言いたいかというと、今は彼女とそういう関係にあるということだ。  なので、こういう埒が明かない状況では、ちょっとした裏技なんかも使えたりする。 「……ちょっと、」  彼女の言葉よりも速く、僕は両の手首を掴んで、そのまま背のベッドに押し倒す。  彼女らしくない、短い悲鳴のような喘ぎ声を上げて、霧切さんは上目遣いで僕を見た。  別に今回が初めての手段じゃないんだけど、 「…嫌だった?」 「…ビックリするのよ、いつも。兎に噛みつかれたような感じ」 「霧切さんは、変わらないよね、ずっと」  腰の上に跨る。  護身術は、彼女直伝だ。  このマウントポジションでは、組み敷かれた彼女の方から抵抗もしくは脱出を試みることは難しい。  逃がさない、という意思表示だ。  霧切さんは不満げに僕を見上げるけれど、やっぱり抵抗はしない。 「そうやって、何でも自分で独り、秘密や不満を抱え込もうとする悪い癖とか」  耳元に、唇を落とす。  霧切さんの細い肩が強張った気がした。 「やめ、なさい、苗っ…」 「僕の長所って何? 嫌いってどういうこと?」  耳孔に息を吹きかけながら尋ねると、息が荒くして真っ赤になる。  そういう関係なので、彼女の弱点は知り尽くしている。 「そうやって霧切さんが、何でも自分勝手に解決しちゃうウチは…助手をやろうとは思えないかなぁ」 「だ、っ……離し、なさい…!」 「…舐めてあげようか。いっつも、そうしたら素直になってくれるもんね」 「こ、の、」  声に怒気が混じった。  まずったか、と、思わず体を起こす。それがいけなかった。  ぐん、と、ベッドが深く沈みこんで、その反動で少しだけ二人の体が浮き上がる。  ふ、と目の前に影が差して、銀色が広がる。  次の瞬間、僕は鼻頭に鈍い痛みを感じて、ベッドから転げ落ちていた。  手加減なしのヘッドバッドだった。 「…忘れているのなら教えてあげるわ。貴方にその護身術を教えたのは、私よ」 「おぐ、ふ…」 「特に寝技系で易々とイニシアチブを取れるだなんて、思わないことね」  ドヤ顔で乱れた服を正す霧切さん。まだ耳が真っ赤だ。 「だって…霧切さん、こうやって力尽くでもしないと、教えてくれないじゃないか…」 「…教えるまで、何度も貴方に襲われる、ということかしら。ゾッとしないわ」  貴方のそういう変なベクトルに曲がっちゃう素直さも、一つの長所ね。  そう皮肉っぽく独りごちて、膝を抱える。 「……自分がひねくれている、という自覚はあるのよ」  やや空白の時間を置いて、切り出す。  彼女が自分から話す素振りを見せたので、僕も茶化すのを止めて、また隣に腰掛けた。 「長所が嫌いだなんて、自分勝手な言葉を貴方に押し付けて…貴方に対して抱く不満も、八つ当たりも、全部的外れだって分かってる」 「前置きはいいよ。今更言葉を着飾る仲じゃないでしょ」 「…ホント、言うようになったわね」  眉尻を下げ、困ったように微笑む。  女性らしいたおやかさを宿した、彼女が気を許した相手にしか見せない笑顔だ。 「じゃあ、言うけど。約束して欲しいことがあるの」 「何?」 「……怒らないで欲しい」 「僕が霧切さんに怒ったこと、あったっけ」 「…ないわね」 「でしょ」  怒るのは、いつも霧切さんの方だ。  それで僕が謝って、喧嘩が終わる。二人だけの方程式だね、と言うと、気障ったらしいと鼻で笑われた。 「ああ、ごめんなさい…言い方が悪かったというか、ニュアンスが伝わらなかったわ」 「つまり、どういうこと?」 「今から私が話出す一切の事…許してほしいとは、言わないから、」  縋る様な目つきで、けれども僕の方を見ない。  酷く不安がっているときの目だ。  そっと肩を抱く。  付き合いに慣れてしまえば、彼女は口ではなく表情や仕草で雄弁に語ってくれる。  嫌わないでね。  腕の中で、胸板に押し付けるように、そう呟いた。 「……誰にでも、まっすぐ、優しいところ」 「へ?」 「貴方の長所よ」  私の嫌いな、ね。  ぼす、と、今度は独りでに、霧切さんはベッドに背を預けた。 「高校時代は、それで随分と振りまわされたわ」 「……振り回されてたの、僕の方だと思うんだけど。ミステリ愛好会の時とか」 「というか、今も貴方には振り回されているわね」 「聞いてないし」  ホント、自由人。 「……貴方のケータイ、勝手に見たわ」 「…?」 「……本当に怒らないの?」 「見られて困るようなもの、入れてないし」  入ってないし、とは言えない。  彼女に見られて困るものは、部屋の隅々に隠されている。 「…そう、よね。貴方は故意にやってるんじゃ…ううん、そんなの問題じゃないわね。問題は、私が苗木君の秘密を勝手に…」 「ちょ、霧切さん。仕事中じゃないんだから、自分の思弁に熱中しないで」 「…ああ、そうね、ゴメンなさい」  少しだけ恥ずかしそうに、髪を弄る。  少なくとも高校の頃には決して見られなかった仕草。  間違いなく、彼女は変わった。  何が彼女を変えたんだろう。時間か、それとも環境か。  僕かもしれない、というのは、自惚れ過ぎだろうか。 「…随分、女性と連絡を取っているのね」 「ああ…うちの学部、女子多いから」 「メールも、頻繁にしているようじゃない」 「なんか、色々相談されちゃって」 「それで、何? 『○○さんは美人だから、もっと自分に自信を持って!』とか、貴方はそういう言葉を…しょっちゅう、女の子にアドバイスしているワケ?」  声を震えさせないように努めているのが分かった。  それでも、言葉尻に棘がある。 「まあ、女の子に限らず…ホント、色々相談されちゃってさ」 「…そういうところ、変わらないわ。本当に」  交流が広いところだろうか、と首を傾げると、彼女はその当て推量を見透かしたのか、大仰に溜息を吐いた。 「…そうよね。貴方にとっては、きっと当たり前なことなのよ」 「霧切さん、それ。止めてって言ったでしょ。自分一人で納得するのも、悪い癖」  語気を強くすると、彼女が僕を睨み返す。  けれど、その視線もすぐに外れて、また溜息を吐いた。  なんだろう。  もやもやする。  言外に嫌いだと言われてしまったような。  いや、違う。  実際に、嫌だ、と言われたんだ。  そういう僕の特徴、彼女は長所と呼んだけれど、それが彼女を傷つけてしまっている。 「何がどうして気に入らないのか…ちゃんと教えてよ、霧切さん。教えてくれたら、治すから――」 「貴方ならそう言うと思ったから、教えられないのよ」  やや捨て鉢に、霧切さんが返した。  どこか苛立っているようで、台詞も早口になっていく。  ベッドに転がったまま手足を動かす姿は、駄々をこねる子どものようにさえ見えてしまう。 「言ったでしょう…私が嫌いな貴方の長所は、誰にでも、まっすぐ、優しいところだって」 「だから、僕がそれを止めれば、」 「…止められたら困るのよ。だって――そんな苗木君に、私は惚れてしまったんだから」 「……、…はい?」  急に惚気出す霧切さん。  ベッドの上に寝転がりながら、言い訳する子どものように頬を膨らませている。  その頬は、先程僕が押し倒した時よりも、数段赤くなっていた。  そして、突然の愛の告白を受けて混乱する僕の頭。  え、何この展開。  予想外DEATH。 「だから…理想主義で、幼稚で、単純で、ちょっと鈍くて…でも、そんな貴方に私は惚れたのよ」  繰り返す。  臆面もなくそう言う言葉を使ってくる彼女が新鮮で、なんだかこそばゆい。  耳が熱い。頬もだ。  自分が面喰って、いや、恥ずかしがっているのが分かる。 「『誰にでも優しい』苗木君が好きになったのに、『誰にでも優しい』貴方が嫌いだなんて…自分でもワケが分からない」 「……」 「いえ、違うわね…。『私にまで優しい』苗木君を好きになったから、『私以外にも優しい』貴方が嫌なだけなんだわ、きっと」  自分が嫌になる。  好きな人と両思いで結ばれるなんて、身に過ぎた幸せだと思っていたのに。  欲深い心は、それ以上を望んだ。  独占欲。  束縛欲。  苗木君を独り占めしてしまいたい。  苗木君に私だけ見ていて欲しい。  そんな、子どものような願望を抱いて、それが思い通りにならなければ不機嫌になって。  挙句、こうしてその憤懣を貴方にぶつけて、困惑させて。  彼女の懺悔のような独白は、続く。  基本的に、こういう時の彼女には、終わるまで、僕は口を出さないようにしている。  それは、彼女が日頃抱えてしまっているストレス。  ただでさえ我慢強い人だから、その量は尋常じゃない。  全部吐き出してほしかった。  その原因が僕にあるというのなら、尚更だ。 「私はね、苗木君……きっと、……酷い女だわ。貴方じゃなくても、よかったのよ」 「殺伐とした世界で生きて来て、優しい言葉や感情を向けられることに慣れていなかったから…」 「だから…貴方のような言葉を掛けてくれる人なら、優しくしてくれる男の人なら…きっと誰でもよかった」 「ただ自分の好みに動いてくれる人形を探していただけなのよ…そんなの、恋愛じゃないわ」  泣いている。  震える声で、それがわかった。 「私は、本当は、貴方を好きじゃないのかもしれない…」  あえて、彼女の顔を振り返らないようにする。 「たまたま最初に優しくしてくれた貴方を好きになって…そのくせ貴方には、理不尽な理想を求めて…」 「霧切さん、」 「醜い女でしょう、私は…。軽蔑した、でしょ…?」 「霧切さん、僕の長所はね」  背中にいる彼女の言葉を遮る。  フラストレーションは、もう吐き出し尽くしたはずだ。  ここからは、彼女は自虐に走る。  自分の悪いところばかり見つけ出して、自分をどんどん追い詰める。  悪い癖だ。偽悪、とまではいかないけれど。  まだ彼女が独りきりだった頃は、きっとそうやって、どんどん自分を追い詰めて、自分の殻に閉じこもった。  そうして他人とも距離を取ってしまったんだろう。  今は違う。  僕が側にいる。  恋人なんだから、支えてあげなきゃ。 「僕の長所はね、人より少しだけ前向きってだけだよ。それ以外は、長所でも何でもない」 「……」 「八方美人なのは、昔からのクセなんだ。よく言われるよ、『お前は誰の味方なんだ』って」  ぐ、と、後ろに引き寄せられる。  彼女が僕の背中に抱きついていた。縋るように。 「だから、気にしないで。霧切さんが嫌なら、今後はそんなことにならないように気をつけるよ」 「止めて…違う、っ……そんな、こと、したら…苗木君が、苗木君じゃなくなってしまうわ…誰にでも、やさ、…し、……」  最後の方は言葉になっていなかった。ただ、嗚咽にかき消された。  誰にだって、あると思う。  自分の嫌いなところ。  僕だって、この八方美人のクセが大嫌いだ。  こうやって、大切な人を困らせてしまうから。  引き寄せる霧切さんの手を外し、向かい合う。  腕を開くと、一瞬だけ逡巡して、彼女は縋りつくように胸に顔をうずめて来た。  誰か一人だけを選ぶことが出来ない。  それは、僕の弱さでもある。  例えば世界中のすべての人間と、彼女とを天秤に掛けるようなことがあったとして、彼女を選ぶことを即断することはできない。  きっとたくさん迷って、迷って、――どちらを選ぶだろうか、想像もつかない。  そういう意味では僕だって、本当の意味で彼女を愛しているという資格は無いのかもしれない。  僕にはそういう主人公的な決断力が、何かを捨てる判断力が、僕には足りない。  ただ捨てたものを引きずっていくことしかできない。  僕はそういう男だ。情けなくも。  霧切さんは真逆だ。  捨てる判断力を持ちながら、自分が捨ててしまったものに責任を感じて、独りで背負いこんでしまうような少女。  お互い、自分が相手を愛せるか、ということに自身は無いけれど、  案外二人で足して、ちょうどいいのかもしれない。  あんまり辛気臭いのも、趣味じゃない。  霧切さんにしたって、これほど、自分の弱みを見せるのは本当に稀だ。  それこそ一年に一度あるかないか。  いわば、レア切さんだ。  彼女曰く、信用できない相手には弱みを見せたくないし、弱みを見せるということは相手に甘えているということ…らしい。  つまり、今の彼女は僕に甘えている状態ということになる。 「ん、…なえ、ぎ、く…?」  それなら、存分に甘やかしてあげようと思うこれは、親心と呼んでいいのだろうか。  左腕で彼女の背を温めるようにして抱えながら、右手で優しく髪を梳く。  耳の裏側を擽るように撫でたり、頬に髪を絡めたり。 「ちょ、ちょっと…猫じゃないのよ、私は…」  なんて言いながらも、ごりごりと頭を胸板に押し付けてくる。  けっして僕を突き飛ばしたり、逃げようとしたりしない。  行動は言葉よりも雄弁とは、彼女のためにある言葉だ、きっと。  本当に嫌な時、彼女は冷たい目や暴力的な護身術で以て、僕を撃退する。 「ん、……くすぐったい」 「……僕のこと兎っていうけど、霧切さんは猫だよね」 「どういう意味よ、それ……」  耳の裏を何度も何度も撫でると、くぐもった声をあげた。  本当に猫だ。  普段はツンツンしている飼い猫が、今日だけ懐いてくれているような、そんな至福。 「そうやって、貴方が甘やかすから…いつまで経っても私は、むっ…!?」  答えを出せないのよ。  そう言いかけた唇に指を突っ込み、舌を指でつまむ。 「何度も言ってるでしょ、悪い癖だよ。言葉や論理に頼ろうとするのも」 「は、むっ…はな、ひて、…」 「『本当の好き』じゃなかったとして、それで愛し合っちゃいけない理由はないよね」  逃げない。  耳の裏を撫でても。  舌を摘まんでも。  ゆっくりと肩を押して、ベッドに寝転がせても、逃げない。  舌から指を話すと、絹のような一筋が、名残惜しそうに線を引く。 「……ビックリするのよ、だから…」 「兎に噛みつかれたような感じがして?」 「……」 「ねえ、耳、舐めていい?」 「……嫌だと言っても舐めるんでしょう」 「霧切さんが嫌な事はしないよ」 「……」  す、と、その顔が横を向いた。  薄い銀の幕、彼女の髪から透けて、耳が、僕の目のすぐ下にさらされる。 「…結構こういうシチュエーション、好きだったりするでしょ、霧切さん」 「セクハラ」 「理不尽。…ってこともないのかな。だって、今からホントに、」 「……嫌いじゃないわ、少なくとも」

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