セレスルート【体験版】

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セレスルート【体験版】」(2023/02/14 (火) 22:48:30) の最新版変更点

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ボクはいつの間にか、暗い眠りに落ちていた。 夢の中で、白と黒の「もや」が揺らめく。これは── 正体不明の「もや」を捕まえようとして思わず伸ばした手が空を斬り、バランスを崩した感覚に目を覚ます。 次の瞬間、ボクは硬い木の板に額を打ちつけていた。 「痛っ……」 どうやらボクは机に突っ伏して眠っていたらしい。痛みのおかげでどんどん頭は冴えてきたが…… まだ少しぼんやりした意識をはっきりさせる為に、ボク自身の事を少し整理しておこう。 ボクの名前は、苗木誠だ。どこにでもいそうな、平凡な男子高校生。 今日は──そう、希望ヶ峰学園の入学式の日だ。 各分野での一流の才能を持った高校生だけが入学を許される超エリート校に、 抽選で選ばれた“超高校級の幸運”として招かれたボクは、今朝、学園の校門をくぐって、それから── ────それからの記憶がすっぽりと抜け落ちている。 一体何があったのか、どうしても思い出せない。いや、それよりまず……ここはどこなんだ? 今、ボクがいるのは同じデザインの机と椅子のセットが沢山、しかも同じ向きに規則正しく並んだ部屋だ。 そしてボクから見て正面の壁には、まるで学校の教室みたいに黒板が備え付けられている。 ……教室みたい、じゃないな……。どう見ても学校の教室だ。 ──ここが、希望ヶ峰学園なのか? だけど、本来窓があるべき方向の壁は分厚い鉄板で覆われていて、天井には監視カメラが取り付けられている。 これだけでも十分異様な雰囲気だが、何より気味が悪いのはこの静けさだ。 ボクが目を覚ましてからゆうに5分は経っているはずなのに、これまで何の物音も聞こえない。 漠然とした強い不安にかられ、ボクはごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。 とにかく、この部屋から出よう。自分の置かれた状況をしっかり把握しないと、居ても立ってもいられない……。 『教室』の扉に鍵がかけられていなかった事にホッとしながら外に出ると、そこは広い廊下になっていた。 少し照明が落としてある事以外はここも教室と似たような──要するに異様な雰囲気だ。 一見、ありふれた学校の廊下にも見えるが、やはり壁の鉄板とあちこちに仕掛けられた監視カメラが目に付く。 ……この廊下を、どの方向に歩いていけばボクの求める答えがあるんだろうか? 途方に暮れながら当ても無く辺りを見回す。 ──と、その時。コトリと微かな物音がして、ボクは身を震わせた。 振り返ると、その音はボクが出てきた教室の隣の部屋から聞こえたようだ。 扉のすぐ上には『1-B』と書かれたプレートが掲げられている。 よく見ればボクがいた教室の方には『1-A』のプレートが掲げられている事にも気がついた。 やはり、「教室」と呼んで差支えは無さそうだ。 ボクは物音の正体を確かめる為に、恐る恐る1-Bの教室の方に向かった。 1-Bの教室の扉を開けて目に飛び込んできた光景に、ボクは息を飲んだ。 そこも1-Aの教室と全く同じと言っても良さそうな構造なのだが、 ボクの座っていたのとほぼ同じ位置にある席に一際目を引く「もの」が立っていた。 「それ」は、とても綺麗な人形に見えた。 外見は真っ白い肌をした、黒髪の可愛い女の子。 何より特徴的なのはその身を包む衣装で、フリルやレースなどの可憐な装飾を凝らしたゴシック調の── ──なんてくどくどと並べる事はない。一言で言えばゴスロリ服というやつだ。 さっきの物音は、この人形の……? ボクは無意識に「それ」に触れてみようとして、何気なく足を踏み出す。 すると──虚空を見つめているかのようだった彼女の赤い瞳が、くるりとこちらを向いた。 そして「にっこり」としか言いようの無い、無邪気な笑み。ボクの心臓は一瞬、驚きのあまり縮み上がる。 ……に、人形じゃなくて本物の人間だったのか! 「お初にお目にかかりますわね。わたくしの名前はセレスティア・ルーデンベルクです」 ボクの動揺をよそに、ゴスロリ服の女の子はごく自然な口調で言った。 続いて、優雅な仕草でスカートの端を持ち上げ、うやうやしくお辞儀をしてみせる。 君は誰? ここはどこ? 今、ここで何をしてたの? 他に誰か見なかった? ──様々な質問が瞬時に頭に浮かんできたが、一度に聞いても初対面の相手を困らせてしまうだけだろう。 とりあえず相手が名乗った以上、自分も名乗っておかないと。 「えっと、はじめまして。ボクの名前は──」 「苗木誠君でしょう。知っていますわ」 先に言われてしまった。……でも、どうしてボクの名前を? ボクが聞き返すと、ゴスロリ服の少女は口元に上品な笑みを浮かべて答える。 「今期の新入生のうち、他の皆さんにはすでにお会いしましたので、 残るは“超高校級の幸運”である、苗木君……あなたしかいないというだけの事です」 「他の皆さんに……? って事はセレスティア……ルーデ……さんも……」 「セレスティア・ルーデンベルクです。“セレス”と呼んでくださって結構ですわ」 セレスティア・ルーデンベルク──彼女の事は、ボクも聞いたことがあった。 希望ヶ峰学園の生徒は(ボクのような例外を除いて)全員が“超高校級”の才能を持った天才高校生だ。 だから、入学前から各分野の第一線で活躍している人ばかりで、メディアで取り上げられる事も少なくない。 ──何でも、彼女は負け知らずの“超高校級のギャンブラー”で…… ゴスロリ服を愛するという事以外、全てウソのベールに包まれているんだとか……。 「これから、よろしくお願いしますわ」 そう言って再び、にっこりと笑うセレスさん。 ──良かった。ちょっと変わってるけど、いい人そうだ。 こちらこそよろしく、と返して今の状況について尋ねてみる事にした。 「ところで、ボク……気がついたら隣の部屋で寝てたんだけど、入学式はどうなったのかな?」 ボクの言葉に、セレスさんは急に真顔になって答える。 「……やはり、あなたもですか。実はわたくしや他の方も同じなのです。目を覚ました場所こそバラバラですが、 気がつくとこの建物の中にいて……どうやら入学式どころか、訳のわからないイベントに強制参加させられているようですわ」 同じ……? それに、訳のわからないイベントって……? 呆気に取られているボクに、彼女は続ける。 「ひとまず、この建物の中を歩き回ってみるといいでしょう。他の皆さんも思い思いの場所にいらっしゃいますわ。 そのうち、あなたにもこのイベントの主催者から説明があるでしょうから……」 他に当てがある訳もなく、ボクはセレスさんに言われるままに建物の中を探索してみる事にした。 彼女によれば、この建物は『校舎棟』と『寄宿舎』の二つのエリアに分かれているらしい。 ボクが目を覚ました『教室』があるこちらは、当然『校舎棟』だ。 そして──ボクは自分と同じ希望ヶ峰学園の新入生達に出会った。 校舎棟で出会ったのは………… 占い界(?)の超新星──“超高校級の占い師”、葉隠康比呂。 数々の画期的なプログラムを開発した──“超高校級のプログラマー”、不二咲千尋。 日本最大最凶の暴走族の総長──“超高校級の暴走族”、大和田紋土。 有名進学校の風紀委員──“超高校級の風紀委員”、石丸清多夏。 女子高校生から絶大な支持を集めるカリスマ──“超高校級のギャル”、江ノ島盾子。 学祭で同人誌一万部を売り上げた伝説を持つ──“超高校級の同人作家”、山田一二三。 皆、一度はテレビやネットで取り上げられた事がある有名人だ。 そんな彼らにも軽く自己紹介をして話を聞いてみたが──セレスさんに聞いた以上の情報は出てこない。 ボクは混乱をさらに深めつつ、続いて寄宿舎の方へ行ってみる事にした。 薄暗い廊下を歩いていくうちに、あちこちにカギがかかった部屋を見つけた。 それらの部屋はカギがかかっているだけでなく、ドアに黄色いテープを何重にも貼って閉鎖されている。 テープには黒い文字で『準備中』と書かれていたが……警察の規制テープそっくりで、いかにも不吉だ。 『絶望ホテル』と彫られた大理石の看板の先が、寄宿舎エリアだった。 寄宿舎と一口に言うが、食堂や倉庫、大浴場などの施設も付属しているらしい。 そこでボクが出会ったのは………… 地上最強の女子高生──“超高校級の格闘家”、大神さくら。 次々と高校記録を更新する万能のアスリート──“超高校級のスイマー”、朝日奈葵。 国民的アイドルグループのセンターマイク──“超高校級のアイドル”、舞園さやか。 全国大会常連校のエースで4番──“超高校級の野球選手”、桑田怜恩。 恋愛小説を得意とするベストセラー作家──“超高校級の文学少女”、腐川冬子。 世界的巨大財閥の御曹司──“超高校級の御曹司”、十神白夜。 やはり皆、ボクでも知っている有名人だ。逆に皆は一般人に過ぎないボクの事なんか知らない訳だけど……。 そしてもう一人………… 廊下の壁に、ホテルのように同じデザインのドアが集まって並んでいる。 これらが全て個人が生活する為の部屋だとすれば、まさに『寄宿舎』だろう。 ただし、どのドアも校舎棟で見たのと同じ『準備中』のテープで塞がれている……。 一人廊下に立って何か考えている様子だった十神クンと話し、別れた先に彼女はいた。 十メートルほど先の部屋の前でロングヘアの女の子が屈み込んでいる。 最初は体調が悪くてうずくまり、ドアに寄りかかっているのかと思ったら── 近づいてみると、ドアに耳をくっつけて、真剣な表情で何かに集中しているようだ。 「……あの……はじめまして」 恐る恐る話しかけたボクに、彼女は口元に人差し指を当てて小さく「しっ」と応じる。 それでもボクが何か言おうと口を開きかけると、今度は親指を立ててドアの方を指し示した。 ……もしかして、中の音を聞いてるのか? ボクもこの奇妙な女の子に習ってドアに耳をくっつけてみる。すると── 『ドドドドド……!』『ガリガリガリ……!』『ギコギコギコギコ……!』 様々な音が微かにドアの向こうから聞こえてきた。 な、なんだこれ……? 工事現場みたいな音がする……! 部屋の中では派手な工事が行なわれていそうだが、音があまり漏れてこないのは防音加工が施してあるからだろうか。 しばらくボク達はそうして音を聞いていたが、やがてピタリと止んで何も聞こえなくなった。 数秒ほどしてから、女の子は小さく息を吐いて、音も無く立ち上がる。 「……はじめまして。霧切響子よ」 彼女は何事もなかったかのように、あっさりと名乗った。 表情は無表情で、ごく自然に腕を組んだポーズがモデルのようにサマになっているが…… それきり口を噤んで、まるで取り付く島がない……。 謎の威圧感に気圧されつつも、ボクは何とか霧切さんから会話を引き出そうと試みた。 「……えっと、ボクの名前は」 言いかけると、霧切さんは黒い皮手袋をはめた右手の平を突き出してそれを遮る。 「……苗木誠君ね。“超高校級の幸運”の」 気づけば、彼女は左手に黒い表紙のついた手帳を持ち、開いていた。 霧切さんはこちらをチラリと一瞥しただけで、視線をその手帳の方に注いでいる。 「……あの、それ」 「希望ヶ峰学園の『電子生徒手帳』らしいわ。ここに、今回集められた新入生のリストがあるの。 ……あなたは、まだ貰っていないのね」 セレスさんや霧切さんに自己紹介を先取りされるのはその手帳のせいだったのか……。 何かモヤモヤとした気持ちになってボクはため息をついた。 ……そう言えば──ボクはふと気がついた。 「君は、何の“超高校級”なの?」 今まで会った他の十三人の事は聞いた事があったが、『霧切響子』という名前は初耳だ。 好奇心もあり、会話のきかっけになればと思って言ったわけだが──彼女はそ知らぬ顔で黙ったままだ。 ……ち、沈黙が辛い! 「え、えっと!……じゃあ霧切さんは、今ここで何をしてたのかな?」 「…………」 「…………」 ……随分無口な人なんだな……。 ボクが諦めてその場を離れようとした時、ようやく霧切さんが口を開いた。 「“準備中”……そう書いてあるけど、一体何を準備しているのかしら? 私達をここに閉じ込めた人物が、これから何をしようとしているのか……知る必要があるわ」 静かな口調の中に、聞き逃せない言葉が混じっていた。 『閉じ込めた』だって? 閉じ込めたって、一体── 聞き返そうとして口を開きかけた時、突然、学校でお馴染みのチャイムの音が鳴った。 『あ、あ、あ~~。新入生の、苗木誠君。至急、体育館まで来て下さい。……大至急、マジでお願いします』 何だか少し間の抜けた不思議な声が、スピーカーを通して不気味に静まり返った寄宿舎に響く。 ボクはしばらく唖然としていたが……我に返って霧切さんの方に目を向けた。 すると彼女は肩をすくめて、ボクが以前通った校舎棟の方を指差す。 「……校舎棟に入って、一番奥が体育館よ」 ボクは猛烈に嫌な予感に襲われながら、小さく頷きを返してその場を離れた。 寄宿舎から校舎棟に戻り、ひたすら廊下を歩いて一番奥へ。 緊張で手の平に汗を滲ませながら、両開きの大きな扉を開いて中に入った。 そこは今まで見たどの部屋よりも、ずっとずっと広い部屋だった。 板張りの床に、高い天井。正面奥にはステージがあり、壇上に希望ヶ峰の校章が入った教卓が置かれている。 ……ここが体育館、だよな……だけど────誰もいない……? 不審に思いながらステージの近くまで足を進めると、突然、さっきの不思議な声が辺りに響いた。 『やあやあ、よく来たね、苗木誠クン! ……ゴメンねえ、呼び出しが遅れちゃって。 本当は皆一緒に集めたかったんだけど、なにせ突貫工事で準備が間に合わなかったからさー。 目を覚ました順に、ここに来てもらったってワケだよ。最後のキミを呼び出して、ようやく先生も一安心だね!』 今度はスピーカーごしじゃない。間違いなく声の主はこの部屋の中にいる。 不気味な施設に正体不明の人物……ボクは強い不安に襲われ、反射的に叫んでいた。 「だ、誰だ!? どこにいる!?」 『ああ、そこからじゃ見えないか。ちょっと待ってね。…………よっと!』 掛け声と共に、教卓の向こうの陰から何かが飛び出した。『それ』は、そのまま教卓の上に腰掛ける。 ……な、何だこれ!? ────姿を現したそいつは、縦半分で白黒に分かれたクマだった。 「な、何だよ、お前!?」 ボクの言葉に、謎のクマは当然の事のように言い返す。 「何だよとは失礼だなあ。ぼくはこの希望ヶ峰学園の学園長、“モノクマ”だよ。偉いんだよ」 が、学園長だって……? こいつが? 目の前の冗談めいた光景にまるで理解が追いつかない。 混乱し続けるボクの事などお構いなしに、モノクマは話し続けた。 「えー、新入生全員に何度も同じ話を繰り返すのは面倒なので、手短に済ませたいと思います。 今回、オマエラには“この学園の中だけ”で、“一生の共同生活”を送ってもらう事になった訳ですが──」 ……一生を、この学園の中だけで?? さっき霧切さんに聞いた、『私達をここに閉じ込めた』という言葉が脳裏に蘇る。 「どうしても、外に出たいという人の為に『卒業』というルールが存在します。 『卒業』とは、学園の秩序を破った者に、出て行ってもらう事なのですが」 ここでモノクマは一旦、言葉を切り、黒い顔半分だけでニヤリと笑った。 「では、学園の秩序を破るとはどういう事なのか? それは人が人を殺す事です。どんな方法でも構いません。 『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』……とってもシンプルですね!」 ……一瞬、自分の耳を疑った。急激に動悸が高まり、頭痛がしてくる。 ボクはあまりの展開にこらえきれずに、怒号をあげた。 「な……何、言ってるんだよっ! そんな事できるわけ──」 「できない? いいのかなあ、そんな事で。キミができなくても、きっと他の人がヤっちゃうよ? むしろ、もうヤっちゃってたりしてね。他の生徒諸君にはもう説明してあるし……うぷぷぷ」 何がそんなに面白いのか、モノクマは気味の悪い笑い声を上げ始める。 それから唖然としたボクを放ってしばらく笑い続け、ピタリと止めた。 「まあそんな訳で、最初の説明はこれで終了です。質問は一切受け付けませんので悪しからず……。 では、君も晴れて希望ヶ峰学園の生徒という事で“これ”を渡しておきましょう!」 モノクマはどういうつもりか自分のお腹のあたりをゴソゴソと手で探り、 すぐに間違いに気づいたかのように、慌てて手を自分の背中の方に回した。 「じゃーん! 『電子生徒手帳』ー!」 再び身体の前に出した手には霧切さんの持っていた物と同じ、黒い表紙の手帳が握られれている。 「とっても便利で大切な物だから、失くしたり壊したり、むやみに人に貸したりしないように。……ほいっ」 軽い掛け声と共にその手帳をボクの方に投げてよこすモノクマ。 ……いや、大切な物じゃないのかよ! ボクは大きく体勢を崩しながら、慌ててそれを受け止めた。モノクマはそれを見て満足そうに何度も頷く。 「実はキミがここに着く少し前に、ようやく寄宿舎の個室の工事が終わったので、ドアを開放してあります。 まずは自分の名札がついた部屋に行ってみてよ。……そうすれば……君も少しはやる気になるだろうからね……うぷぷぷぅ」 またも不気味な笑い声を残し、モノクマは再び教壇の後ろに飛び込んで姿を消した。 ……ボクの部屋……? そこに、何があるんだ……? 寄宿舎エリアに向かう為に、体育館を出て校舎棟の廊下を歩く。 途中、1-Bの教室の前に、セレスさんが立っているのが見えた。 「モノクマに会ったのですね……?」 ボクが頷くと、彼女は微かに笑みを浮かべる。 「……あなたは、どう思われますか? あの話……」 「たちの悪い冗談だと……思いたい……けど」 「冗談にしては、手が込みすぎていますわね。実際、何人かの方が出口を探してみたそうですが、結果は芳しくありません」 ボク自身も、さっきあちこち歩き回った時にそれとなく見ていたが、出口らしい所は見当たらなかった。 セレスさんの言う通り、冗談にしては手が込みすぎている。それに── 「さっき、モノクマに言われたんだ。『寄宿舎の自分の部屋に行ったら、やる気になるだろう』って。 もしかすると、そこにあるのかもしれない。ボク達があの話を受け入れなきゃならなくなるような物が……」 ボクの言葉に、セレスさんは口元に手を当て、目を丸くした。 「まあ。……モノクマが、そんな事を? 寄宿舎の部屋と言うと、『準備中』のドアがたくさん並んでいたエリアですわね。 準備が終わって、部屋が解放されたという事ですか。……苗木君の部屋……」 小さく呟いて、じっとボクの目を見つめるセレスさん。大きな赤い瞳がどうするのか、と問いかけている。 「とりあえず、行ってみるよ。ちょっと怖いけど……」 「……わたくしも、ご一緒させて頂きましょうか。ここでじっとしていても落ち着きませんし。 ……もし、何かあったらわたくしを守って下さいね?」 ボクが少し戸惑いながらも頷くと、セレスさんは初めて会った時のように、にっこりと笑った。 寄宿舎エリアに入ったボクたちは、まっすぐに例の個室が並んだ廊下に向かった。 なるほど、確かに各部屋のドアについていた『準備中』のテープが剥がされ、 代わりに各人の名前とイラストがついた白いプレートが(磁石か何かで?)貼り付けられている。 きょろきょろと左右のドアを見ながら歩き続け、ようやく廊下の端に『ナエギ』のプレートがついたドアを見つけた。 ここが……ボクの部屋──? ボクが緊張しながらドアノブを握ると、セレスさんはボクの背に隠れるようにして一歩引いた場所に立った。 ……扉は少し重い。手に力を込めて、ゆっくり開いていくと、そこには── 「な、何だよ、これ……」 思わず口にしてしまうような光景がそこにはあった。 中は天井に監視カメラ、壁にモニターが付いている事以外は特徴のない内装だが、床や壁──そこら中に切り傷がついている。 おまけに壁際の棚に置かれていたらしい筒状の花瓶が床に転がっていて、丸テーブルが一台、ひっくり返されていた。 部屋が──誰かに荒らされてる? 部屋の入り口から数歩進んだまま、呆然と立ち竦むボクの背中に、セレスさんの声が投げかけられた。 「苗木君……何がありましたの?」 はっとしたボクは、まず辺りに視線を走らせて、さしあたり危険はなさそうだと判断する。 それから廊下で待つセレスさんの方へ振り返り、そこからでも中が見えるように道を譲った。 セレスさんは中を見て小さく驚きの声をあげたが、口元に手を当てて黙ってしまう。 「それで…………どうですか、苗木君。『やる気』になりましたか?」 しばらくの沈黙の後、再び口を開いたセレスさんの問いに、ボクは首を横に振って答えた。 「いや……むしろ、やる気がなくなったよ」 ……ボクに対する、嫌がらせだろうか。これで『やる気』が出たらどうかしてる……。 「それとも、モノクマが言っていたのはもっと別の事なのでしょうか? いかがです、もっとよく調べてみては……」 セレスさんの言う通り、ボクは気を取り直して再び辺りを見回した。 と言っても、さほど広い部屋でもなく、他に目に付くものは── 入り口とは別の位置についたドア。ここが生活の場なら、トイレか浴室に通じているのだろう。 一度肩透かしを食らっている分、緊張はさほどでもない。ボクは何気なくノブに手をかけ、そっとドアを開いた。 ──そして、次の瞬間にはそれを後悔した。 トイレが付属したシャワールーム。一人の男が壁にもたれた格好で崩れ落ちている。 彼の体と周りの床には、毒々しいほどの鮮やかな色────! ボクは衝撃のあまり声も無く、一歩、二歩と後ずさった。 そんなボクを見て不審に思ったのか、セレスさんの声が廊下の方から近づいてくる。 「どうしましたの? そこに、何が──」 「来ちゃダメだッ!! …………これは………見ない方がいい」  とっさに口から飛び出した自分自身の声の大きさに驚きながらも、なんとか歩いてくるセレスさんを押し止める。 こんな事って……どう見ても、これはもう……死── その時、部屋のモニターの電源が入り、そこからチャイムの音がした。 『死体が発見されました! 一定の自由時間の後、“学級裁判”を開きまーす!』 チャイムに続いて聞こえたのはモノクマの声。 ……学級……裁判? 謎の言葉を口の中で繰り返していると、今度はボクのすぐ後ろから声がした。 「説明しましょう! 学級裁判とは──」 驚いて振り返ると、そこにはモノクマ本人(?)が立っている。 い、いつの間に……!?  訳がわからずセレスさんの方を見るが、彼女も眉をひそめて首を横に振るだけだった。 「えー、『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』というルールは説明しましたが、 それだけではダメです。自分が犯人だと他の生徒に知られてはいけません。 その条件をクリアしているかどうかを査定するのが、“学級裁判”なのです!」 こちらの動揺などお構いなしに、モノクマの説明は続く。 要するに──誰かが殺された場合、一定時間後に全員で集まって犯人……クロが誰かを議論する。 そこで投票によって正しいクロを指摘できればクロが“オシオキ”され、残りは学園に留まる。 正しいクロを指摘できなかった場合は、クロが学園の外に出て、他の全員が“オシオキ”される──という事らしい。 そして“オシオキ”というのは、つまり……処刑という意味だ……。 「さて、そんなこんなでオマエラはこれから事件の捜査をする訳だけど、その前にこれを渡しておくね。 ──じゃじゃーん! 『ザ・モノクマファイル』ー!」 モノクマの手から、ボクとセレスさんに「01」と書かれた大判のファイルが配られる。 「そこに、死体の状況や死因なんかをまとめておいたからね。捜査の参考にして下さい。 ……じゃあ、生き延びたかったらせいぜい頑張ってね。ぼくは忙しいから、もう行くよ!」 止める暇すら無く、モノクマはすごい勢いでセレスさんの横を走り抜けて出て行った。 帰りは普通に出て行くのか……。 ……とにかく、今はもう目の前の現実を受入れるしかないようだ。 ボクは暗澹たる気持ちで受け取ったばかりのモノクマファイルを開いた。 ・『被害者は“超高校級の占い師”、葉隠康比呂』 ・『発見現場は寄宿舎エリア個室のシャワールーム』 ・『右肩に打撲の痕があるが、致命傷は鋭利な刃物による腹部の刺し傷。』 ──そう、被害者は占い師の葉隠クンだ。 少し前に自己紹介を交わした時の、人懐っこい笑顔が目に浮かぶ。その彼が── 恐る恐るシャワールームに目をやると、やはり変わらず、同じ姿勢で事切れている……。 彼を発見した時は、とても余裕がなくて気がつかなかったが、お腹に刺さったままの【凶器は包丁】のようだ。 「なるほど……そこで葉隠君が殺されていたのですね?」 セレスさんの方を見ると、彼女も真剣な表情でファイルを覗き込んでいる。 「うん……。お腹に、その……包丁が刺さってる」 出来れば女の子に残酷な犯行の結果を伝えたくはないが、自分達の命がかかっている以上、そうもいかない。 「包丁ですか。……という事は、凶器は食堂の厨房から?」 さすがに、凶器を手に取って確かめる勇気は無い。 ボク達は個室と同じ寄宿舎内にある食堂に向かう事にした。 部屋を出る時、新入生のうち数人がぞろぞろと集まってくるのに出会った。 先頭を歩いているのは霧切さんで、彼女は迷う事なく部屋の中に踏み込んでいく。 他の皆は中に入るのを躊躇っているようで、少し離れた場所でヒソヒソと話すのが聞こえた。 「どうする?」「でも……」「……何で苗木の部屋で?」「そんなの決まってるわよ……」 やってきたメンバーの一人の腐川さんがボクの顔を盗み見る。 ……もしかして、ボクが疑われてる? 弁解しようかとも思ったが、逆の立場なら当然かもしれない。諦めて食堂の方に足を向ける。 食堂の中では朝日奈さんが一人でお茶を飲んでいた。 他の人達は死体発見の知らせを聞いて現場に行ったか、ボク達と同じように手がかりを探しているのだろう。 セレスさんが朝日奈さんに何故動かないのか尋ねると、彼女は「何をすればいいか、わからないから」と答えた。 ……それも自然な反応かもしれない。女の子二人が話してる間に、ボク一人で厨房に入った。 数々の調理器具や食材が置かれた厨房内。壁に包丁セットがホルダーと一緒に備え付けられている。 見ればサイズ違いの包丁が並んだ中、不自然に一本分だけスペースが空いていた。 ……やっぱり、ここから……。 ほぼ間違いはないだろうが、一応は確認しておこう。ボクは厨房を出て食堂に戻った。 「ねえ、朝日奈さん。厨房の包丁が一本、無くなってるんだけど……知らないかな?」 ボクの問いに、朝日奈さんは首を少し傾げながら答える。 「ああ、それ……私も変だと思ったんだよね。私、ずっとここでお茶を飲んでたんだけど、 最初にお茶を入れた時には確かに全部揃ってたのに、後で入ったら無くなってたんだ。 私がお茶を飲んでる間に料理した人なんていないはずだし……」 「つまり、【包丁は朝日奈さんが食堂にいる間に持ち出された】……という事ですわね」 これは重要な証言だ。セレスさんの言葉を、しっかりと頭に刻み付けておく。 ひとまず、凶器の情報はこれでいいだろう。他に調べられる所は── 朝日奈さんも加えて三人で話しているところで、再び例のチャイムが鳴った。 『えー、ぼくもいい加減待ち疲れたので、さっさと“学級裁判”を始めます。 生徒の皆さんは、速やかに校舎棟の赤い扉の部屋に集合しちゃってくださーい!』 もう聞き慣れたモノクマの声。……どうやら、時間切れみたいだ。ボク達は捜査を切り上げ、指定された場所に向かった。 校舎棟の赤い扉を開けると、そこは広いエレベーターホールになっていた。 次々と仲間が集まってくるが……皆、暗い顔で口を閉ざしたままで重苦しい雰囲気だ。 その中で──セレスさんだけがボクの顔を見て微笑みかける。 ほっとしていいはずなのに、何故かその時は挑戦的な笑顔に見えた。 エレベーターで下に降りていった先にあったのは、天井が高い円形の部屋だった。 ドラマで見たことがある裁判所に似た内装だが、部屋の中央で人数分の証言台が向かい合わせに並んでいる。 葉隠クンの場所には本人の代わりに遺影のようなパネルが掲げられているのが悪趣味だ。 「まず一つはっきりさせておきましょう。……被害者を殺害した犯人はこの中にいます! ……うぷぷ……一回言ってみたかったんだ、コレ。まあ、そんな訳で、事件のまとめから議論を開始してください!」 モノクマの宣言によって始まる。命がけの“学級裁判”が──   石丸「断言しようッ! 殺害されたのは葉隠康比呂だッ!」   舞園「さすがに、それくらいはわかります……」   十神「事件があったのは苗木の部屋。犯人はそこに葉隠を呼び出し、いきなり襲い掛かった。       被害者は部屋を逃げ回ったが抵抗空しく、シャワールームに追い詰められて殺された……というところか」  大和田「犯人が<ナイフで>ぶっ刺しやがったんだな……! クソがッ、えげつねぇ事しやがる……!」   苗木「いや、【凶器は包丁】だよ。遺体に刺さったままだったし、後で厨房を調べたら包丁が一本、無くなっていたんだ」   大神「うむ……その包丁が凶器なのだな」   桑田「……つーかさ、凶器が何かなんてどうでもいいじゃん。事件は苗木の部屋で起こったんだろ?       ……だったら、苗木が犯人で決まりだろうが!」   腐川「そ、そうよ。他人の部屋に他人を呼び出して……こ、殺すなんて、おかしいわ。犯人は苗木よ!」   苗木「ちょ、ちょっと待ってよ。ボクじゃない! ……ボクは、包丁なんて持ち出してないんだ」  セレス「ちゃんと証人がいますものね。……ねえ、朝日奈さん」  朝日奈「えっ……あっ、わ、私!?」   苗木「【包丁は朝日奈さんが食堂にいる間に持ち出された】んだ。朝日奈さん。その時の事、話してくれないかな」  朝日奈「う、うん……。私、ずっと食堂でさくらちゃんとお茶を飲んでたんだけど、       厨房で包丁を見てからそれが無くなるまでの間……苗木は多分……ううん、絶対に来なかったよ!」  不二咲「朝日奈さんは大神さんと一緒だったんだね。……じゃあ、この二人も苗木君も包丁を持ち出してない……?」   桑田「だ、だったら、他に誰が食堂に来たんだよ!? そいつが包丁を持ってった犯人なんだろ!?」   大神「……被害者の葉隠だ。奴は水を飲みに来たと言っていたが、恐らくその時に……」   石丸「な、なんだって!? ならば被害者は自害したという事じゃないかッ!!」  江ノ島「それっておかしくない? 現場の部屋ってかなり荒れてたんでしょ?」   舞園「護身用に……と思ったのかもしれませんね。モノクマにあんな話を聞かされた後ですから……」   十神「だが犯人に包丁を奪われた、か。……なら、苗木が凶器を持ち出していなくても“シロ”とは言えんな」   苗木「そ、それは……ち、違うんだ。ボクは」   山田「そうやって議論を間違った方向に導こうとしているのかッ!? ぐぬぬ~……!」   霧切「落ち着いて。……ここにいる全員の命がかかってるのよ。議論は慎重に進めましょう。       実は、苗木君が犯人だとしたら不自然な点が一つあるの。あの部屋……調べたら髪の毛一本落ちてなかったわ」  大和田「……それのどこが不自然なんだ? ヤッた後に掃除して証拠を消したんだろ」  セレス「苗木君が犯人ならば、自分の部屋で犯行に及んだ時点で掃除など無意味……という事ですわね」   霧切「ええ。寄宿舎の個室は事件の直前に解放されたばかりだったわ。       綺麗な床に、明らかに被害者とも苗木君とも違う長さや色の髪の毛が落ちていたら命取りになってしまう」   山田「な、なるほど。……それで犯人は手早く“コロコロッと”掃除をしたんですな……」 “コロコロッと”──? 聞き逃せない発言だ。ボクは議論に集中していた思考を切り替える。 「ちょっと待って、山田クン。“コロコロッと”って……どういう意味?」 ボクのふいの質問に、巨体の同人作家は狼狽しながら答えた。 「い、いや、粘着テープクリーナーですぞ。部屋に備え付けてあったでしょう。か~なり強力なヤツが!」 彼は言い終わって全員の顔を見渡すが、皆釈然としない表情を浮かべている。 「……そんなのあったか?」「さあ……」「大体部屋はまだ汚れてないし」「掃除なんかしない……」 ざわめきが波紋のように広がり、十神クンが一同を代表して口を開いた。 「どうしてお前は掃除に粘着テープが使われたと思ったんだ? しかも何故それが“強力”だと知っている?」 「そ、それは……ですな、さっき自分の部屋を掃除したからで……」 あたふたと腕を振り回しながら答える山田クンだが、発言の不自然さは拭えない。 「でもさ、山田が犯人だったら、どうやって葉隠を苗木の部屋に連れてったの? 葉隠は包丁持ち出すくらいには警戒してたんでしょ? 自分の部屋に来て、って呼び出すならともかくさ……」 さっき霧切さんが『慎重に』と言った影響もあるだろう、江ノ島さんはまだ半信半疑という表情だ。 「そ、そうですぞ! 例の部屋で最も自然に犯行が行なえるのは部屋の主! 拙者は無実です!」 山田クンの発言で、再び場に動揺が広がる。 ……まずい。このままだと議論が堂々巡りになってしまう。最悪、またボクが犯人に……。 何とか現状を打破しようと、ボクは必死で考えた。 他の誰かが、ボクの部屋に自然に葉隠クンを呼び出した方法──。 「“犯人は部屋の主”……ですか」 一同のざわめきの中、何故かセレスさんの一言だけがはっきりと聞こえた。その言葉が、ボクに閃きを呼び寄せる。 ────そうか、わかったぞ! 「もしかして、事件があった現場……本当は山田クンの部屋だったんじゃない?」 一瞬、皆が口を閉ざして、それからまた様々な言葉が飛び交い始める。 「ど、どういう事?」「そんな馬鹿な!」「いや、考えてみれば」「可能性は……」 ざわめく場が少し静まってから、霧切さんが口を開いた。 「……面白いわね。確かに、事件の直前にプレートが貼られて部屋に入れるようになった……。 まず、真っ先に自分の部屋に被害者を呼び出して殺害。犯行後、他の人に気づかれる前に プレートだけを別の部屋とすり替えてしまえば、それだけで部屋の入れ替えが出来てしまう……」 霧切さんに同調して、セレスさんも大きく頷く。 「事は素早く行なわなければいけなかったでしょうが、他人に罪を着せられるメリットは無視出来ませんわね」 ボクは自分の頭の中で事件の流れを再現する。 まず、犯人が解放されたばかりの自分の部屋に被害者を呼び出す。 被害者の葉隠クンは“超高校級の占い師”だから、「内密に自分の事を占って欲しい」とでも頼んだのだろう。 葉隠クンは念のために厨房で包丁を調達し、犯人の部屋に向かった。 そして彼が部屋の中に入った所で犯人がいきなり襲い掛かる。 被害者には致命傷とは別に肩に打撲があったらしいから、 最初に犯人が用意していた凶器は床に転がっていた筒状の花瓶だろうか。 葉隠クンは花瓶の先制攻撃をかわしたものの、肩を打たれて手に持っていた包丁を落としてしまった。 犯人に落とした包丁を奪われた葉隠クンは部屋の中を逃げ回ったが、ついにシャワールームに追い詰められて──! ──犯行後、犯人は部屋を粘着テープクリーナーで掃除。 最後に自分の部屋と、(より疑われにくくする為に遠くの?)ボクの部屋のプレートを入れ替えて、その場を離れた……。 ……その犯人は────“超高校級の同人作家”、山田クンだ! 「証拠は……あるのですかな? 拙者が部屋を入れ替えたという証拠は……」 山田クンが呻くような声をあげた。 「ふん……。さっきの失言で十分のような気がするがな。……おい、モノクマ。あそこは本当は誰の部屋なんだ?  直接言えないのなら、本来の苗木の部屋にしかない備品を挙げるだけでも構わんぞ?」 十神クンの問いかけに、モノクマはにやにや笑いながら答える。 「本来の苗木クンの部屋に? おいおい、そんな都合のいい物が…………あるんだよね、これが! うぷぷ、ぼくは中立の立場だから黙ってたけどさ、実は苗木クンの部屋、“シャワールームのドアの立て付けが悪い”んだ! 開けてみればすぐにわかるよ。……でもさ、笑っちゃうよね。“超高校級の幸運” なのに、一人だけドアが壊れてるとか!」 「なななな、なんですとぉ!?」 山田クンが、真っ青になって大きく仰け反った。この反応だと、入れ替えた部屋のドアは開けていないようだ。 「では……試しに山田君のプレートがついた部屋のドアを開けてみましょうか。 それで無実が証明できるのなら、安いものですわよね?」 セレスさんの凍てつくような声が犯人の心を打ち砕いた。 山田クンはその場に崩れ落ち、ぶつぶつと何かを小声で呟いている……。 「うぷぷ……。どうやら結論が出たみたいですね。それでは、議論はここで終了です! そしてお待ちかねの投票ターイム! 皆さん、お手元のボタンを押して“クロ”を指名して下さーい!」 モノクマの号令によって、皆が証言台に取り付けられたボタンを押した。……もちろん、ボクも── 「……ハイ、投票の結果が出ました。なんと満場一致で山田クン! さあ、正解は── ──もちろん、山田クンです! ……ちょっと簡単過ぎたかな? まあ素人だからこんなもんだよね、うぷぷぷぅ」 その後の事は、思い出したくもない。……“クロ”は鎖で別の場所に引き立てられ、悪夢のような“オシオキ”を受けた。 モノクマの哄笑に追い立てられるようにして、ボク達は赤い扉の部屋を後にした。 皆口を閉ざしたまま、足取り重く自分に与えられた個室へと向かう。ボクも、今度は本当の自分の部屋に。 ボクがドアノブに手をかけた時、セレスさんが足早に近づいてきた。 「苗木君。……あなた、なかなかやりますわね」 さすがに疲労の色が混じってはいるが、彼女の微笑は相変わらず優しく上品だ。 「いや、皆のお陰で何とか乗り切れただけだよ。セレスさんにも助けられたし」 ボクがそう言うと、セレスさんは小さく首を横に振った。 「いいえ。あなたには確かに、何か他の方には無い物を持っています。 “超高校級の幸運”──そう聞いて、どんな方かと思って興味深く、そばで見させて頂きましたが、 思った以上に“見込みがありそう”ですわ。あなたなら、あるいは……」 褒められるのは嬉しいが、どうにも要領を得ない。 「どうか、わたくしの期待を裏切らないで下さいね。……では、ごきげんよう」 ボクが何か答える前に、セレスさんは優雅な足取りでその場を去っていった。 ……何だったんだろう。 彼女の事は気になるが、それを考えるにはあまりに疲れ過ぎている。 ボクは部屋に入るなりベッドに倒れ込んでそのまま眠った。 ──ボクはまた、夢を見た。いつか見た、白と黒の「もや」の夢だ。 ほんの少しだけ前より「もや」の輪郭がはっきりしていて、人の形に近づいたようにも思える。 ──これは、モノクマ? それとも、別の── -----
ボクはいつの間にか、暗い眠りに落ちていた。 夢の中で、白と黒の「もや」が揺らめく。これは── 正体不明の「もや」を捕まえようとして思わず伸ばした手が空を斬り、バランスを崩した感覚に目を覚ます。 次の瞬間、ボクは硬い木の板に額を打ちつけていた。 「痛っ……」 どうやらボクは机に突っ伏して眠っていたらしい。痛みのおかげでどんどん頭は冴えてきたが…… まだ少しぼんやりした意識をはっきりさせる為に、ボク自身の事を少し整理しておこう。 ボクの名前は、苗木誠だ。どこにでもいそうな、平凡な男子高校生。 今日は──そう、希望ヶ峰学園の入学式の日だ。 各分野での一流の才能を持った高校生だけが入学を許される超エリート校に、 抽選で選ばれた“超高校級の幸運”として招かれたボクは、今朝、学園の校門をくぐって、それから── ────それからの記憶がすっぽりと抜け落ちている。 一体何があったのか、どうしても思い出せない。いや、それよりまず……ここはどこなんだ? 今、ボクがいるのは同じデザインの机と椅子のセットが沢山、しかも同じ向きに規則正しく並んだ部屋だ。 そしてボクから見て正面の壁には、まるで学校の教室みたいに黒板が備え付けられている。 ……教室みたい、じゃないな……。どう見ても学校の教室だ。 ──ここが、希望ヶ峰学園なのか? だけど、本来窓があるべき方向の壁は分厚い鉄板で覆われていて、天井には監視カメラが取り付けられている。 これだけでも十分異様な雰囲気だが、何より気味が悪いのはこの静けさだ。 ボクが目を覚ましてからゆうに5分は経っているはずなのに、これまで何の物音も聞こえない。 漠然とした強い不安にかられ、ボクはごくりと喉を鳴らして唾を飲み込む。 とにかく、この部屋から出よう。自分の置かれた状況をしっかり把握しないと、居ても立ってもいられない……。 ---- 『教室』の扉に鍵がかけられていなかった事にホッとしながら外に出ると、そこは広い廊下になっていた。 少し照明が落としてある事以外はここも教室と似たような──要するに異様な雰囲気だ。 一見、ありふれた学校の廊下にも見えるが、やはり壁の鉄板とあちこちに仕掛けられた監視カメラが目に付く。 ……この廊下を、どの方向に歩いていけばボクの求める答えがあるんだろうか? 途方に暮れながら当ても無く辺りを見回す。 ──と、その時。コトリと微かな物音がして、ボクは身を震わせた。 振り返ると、その音はボクが出てきた教室の隣の部屋から聞こえたようだ。 扉のすぐ上には『1-B』と書かれたプレートが掲げられている。 よく見ればボクがいた教室の方には『1-A』のプレートが掲げられている事にも気がついた。 やはり、「教室」と呼んで差支えは無さそうだ。 ボクは物音の正体を確かめる為に、恐る恐る1-Bの教室の方に向かった。 1-Bの教室の扉を開けて目に飛び込んできた光景に、ボクは息を飲んだ。 そこも1-Aの教室と全く同じと言っても良さそうな構造なのだが、 ボクの座っていたのとほぼ同じ位置にある席に一際目を引く「もの」が立っていた。 「それ」は、とても綺麗な人形に見えた。 外見は真っ白い肌をした、黒髪の可愛い女の子。 何より特徴的なのはその身を包む衣装で、フリルやレースなどの可憐な装飾を凝らしたゴシック調の── ──なんてくどくどと並べる事はない。一言で言えばゴスロリ服というやつだ。 さっきの物音は、この人形の……? ボクは無意識に「それ」に触れてみようとして、何気なく足を踏み出す。 すると──虚空を見つめているかのようだった彼女の赤い瞳が、くるりとこちらを向いた。 そして「にっこり」としか言いようの無い、無邪気な笑み。ボクの心臓は一瞬、驚きのあまり縮み上がる。 ……に、人形じゃなくて本物の人間だったのか! 「お初にお目にかかりますわね。わたくしの名前はセレスティア・ルーデンベルクです」 ボクの動揺をよそに、ゴスロリ服の女の子はごく自然な口調で言った。 続いて、優雅な仕草でスカートの端を持ち上げ、うやうやしくお辞儀をしてみせる。 君は誰? ここはどこ? 今、ここで何をしてたの? 他に誰か見なかった? ──様々な質問が瞬時に頭に浮かんできたが、一度に聞いても初対面の相手を困らせてしまうだけだろう。 とりあえず相手が名乗った以上、自分も名乗っておかないと。 「えっと、はじめまして。ボクの名前は──」 「苗木誠君でしょう。知っていますわ」 先に言われてしまった。……でも、どうしてボクの名前を? ボクが聞き返すと、ゴスロリ服の少女は口元に上品な笑みを浮かべて答える。 「今期の新入生のうち、他の皆さんにはすでにお会いしましたので、 残るは“超高校級の幸運”である、苗木君……あなたしかいないというだけの事です」 「他の皆さんに……? って事はセレスティア……ルーデ……さんも……」 「セレスティア・ルーデンベルクです。“セレス”と呼んでくださって結構ですわ」 セレスティア・ルーデンベルク──彼女の事は、ボクも聞いたことがあった。 希望ヶ峰学園の生徒は(ボクのような例外を除いて)全員が“超高校級”の才能を持った天才高校生だ。 だから、入学前から各分野の第一線で活躍している人ばかりで、メディアで取り上げられる事も少なくない。 ──何でも、彼女は負け知らずの“超高校級のギャンブラー”で…… ゴスロリ服を愛するという事以外、全てウソのベールに包まれているんだとか……。 「これから、よろしくお願いしますわ」 そう言って再び、にっこりと笑うセレスさん。 ──良かった。ちょっと変わってるけど、いい人そうだ。 こちらこそよろしく、と返して今の状況について尋ねてみる事にした。 「ところで、ボク……気がついたら隣の部屋で寝てたんだけど、入学式はどうなったのかな?」 ボクの言葉に、セレスさんは急に真顔になって答える。 「……やはり、あなたもですか。実はわたくしや他の方も同じなのです。目を覚ました場所こそバラバラですが、 気がつくとこの建物の中にいて……どうやら入学式どころか、訳のわからないイベントに強制参加させられているようですわ」 同じ……? それに、訳のわからないイベントって……? 呆気に取られているボクに、彼女は続ける。 「ひとまず、この建物の中を歩き回ってみるといいでしょう。他の皆さんも思い思いの場所にいらっしゃいますわ。 そのうち、あなたにもこのイベントの主催者から説明があるでしょうから……」 ---- 他に当てがある訳もなく、ボクはセレスさんに言われるままに建物の中を探索してみる事にした。 彼女によれば、この建物は『校舎棟』と『寄宿舎』の二つのエリアに分かれているらしい。 ボクが目を覚ました『教室』があるこちらは、当然『校舎棟』だ。 そして──ボクは自分と同じ希望ヶ峰学園の新入生達に出会った。 校舎棟で出会ったのは………… 占い界(?)の超新星──“超高校級の占い師”、葉隠康比呂。 数々の画期的なプログラムを開発した──“超高校級のプログラマー”、不二咲千尋。 日本最大最凶の暴走族の総長──“超高校級の暴走族”、大和田紋土。 有名進学校の風紀委員──“超高校級の風紀委員”、石丸清多夏。 女子高校生から絶大な支持を集めるカリスマ──“超高校級のギャル”、江ノ島盾子。 学祭で同人誌一万部を売り上げた伝説を持つ──“超高校級の同人作家”、山田一二三。 皆、一度はテレビやネットで取り上げられた事がある有名人だ。 そんな彼らにも軽く自己紹介をして話を聞いてみたが──セレスさんに聞いた以上の情報は出てこない。 ボクは混乱をさらに深めつつ、続いて寄宿舎の方へ行ってみる事にした。 薄暗い廊下を歩いていくうちに、あちこちにカギがかかった部屋を見つけた。 それらの部屋はカギがかかっているだけでなく、ドアに黄色いテープを何重にも貼って閉鎖されている。 テープには黒い文字で『準備中』と書かれていたが……警察の規制テープそっくりで、いかにも不吉だ。 『絶望ホテル』と彫られた大理石の看板の先が、寄宿舎エリアだった。 寄宿舎と一口に言うが、食堂や倉庫、大浴場などの施設も付属しているらしい。 そこでボクが出会ったのは………… 地上最強の女子高生──“超高校級の格闘家”、大神さくら。 次々と高校記録を更新する万能のアスリート──“超高校級のスイマー”、朝日奈葵。 国民的アイドルグループのセンターマイク──“超高校級のアイドル”、舞園さやか。 全国大会常連校のエースで4番──“超高校級の野球選手”、桑田怜恩。 恋愛小説を得意とするベストセラー作家──“超高校級の文学少女”、腐川冬子。 世界的巨大財閥の御曹司──“超高校級の御曹司”、十神白夜。 やはり皆、ボクでも知っている有名人だ。逆に皆は一般人に過ぎないボクの事なんか知らない訳だけど……。 そしてもう一人………… 廊下の壁に、ホテルのように同じデザインのドアが集まって並んでいる。 これらが全て個人が生活する為の部屋だとすれば、まさに『寄宿舎』だろう。 ただし、どのドアも校舎棟で見たのと同じ『準備中』のテープで塞がれている……。 一人廊下に立って何か考えている様子だった十神クンと話し、別れた先に彼女はいた。 十メートルほど先の部屋の前でロングヘアの女の子が屈み込んでいる。 最初は体調が悪くてうずくまり、ドアに寄りかかっているのかと思ったら── 近づいてみると、ドアに耳をくっつけて、真剣な表情で何かに集中しているようだ。 「……あの……はじめまして」 恐る恐る話しかけたボクに、彼女は口元に人差し指を当てて小さく「しっ」と応じる。 それでもボクが何か言おうと口を開きかけると、今度は親指を立ててドアの方を指し示した。 ……もしかして、中の音を聞いてるのか? ボクもこの奇妙な女の子に習ってドアに耳をくっつけてみる。すると── 『ドドドドド……!』『ガリガリガリ……!』『ギコギコギコギコ……!』 様々な音が微かにドアの向こうから聞こえてきた。 な、なんだこれ……? 工事現場みたいな音がする……! 部屋の中では派手な工事が行なわれていそうだが、音があまり漏れてこないのは防音加工が施してあるからだろうか。 しばらくボク達はそうして音を聞いていたが、やがてピタリと止んで何も聞こえなくなった。 数秒ほどしてから、女の子は小さく息を吐いて、音も無く立ち上がる。 「……はじめまして。霧切響子よ」 彼女は何事もなかったかのように、あっさりと名乗った。 表情は無表情で、ごく自然に腕を組んだポーズがモデルのようにサマになっているが…… それきり口を噤んで、まるで取り付く島がない……。 謎の威圧感に気圧されつつも、ボクは何とか霧切さんから会話を引き出そうと試みた。 「……えっと、ボクの名前は」 言いかけると、霧切さんは黒い皮手袋をはめた右手の平を突き出してそれを遮る。 「……苗木誠君ね。“超高校級の幸運”の」 気づけば、彼女は左手に黒い表紙のついた手帳を持ち、開いていた。 霧切さんはこちらをチラリと一瞥しただけで、視線をその手帳の方に注いでいる。 「……あの、それ」 「希望ヶ峰学園の『電子生徒手帳』らしいわ。ここに、今回集められた新入生のリストがあるの。 ……あなたは、まだ貰っていないのね」 セレスさんや霧切さんに自己紹介を先取りされるのはその手帳のせいだったのか……。 何かモヤモヤとした気持ちになってボクはため息をついた。 ……そう言えば──ボクはふと気がついた。 「君は、何の“超高校級”なの?」 今まで会った他の十三人の事は聞いた事があったが、『霧切響子』という名前は初耳だ。 好奇心もあり、会話のきかっけになればと思って言ったわけだが──彼女はそ知らぬ顔で黙ったままだ。 ……ち、沈黙が辛い! 「え、えっと!……じゃあ霧切さんは、今ここで何をしてたのかな?」 「…………」 「…………」 ……随分無口な人なんだな……。 ボクが諦めてその場を離れようとした時、ようやく霧切さんが口を開いた。 「“準備中”……そう書いてあるけど、一体何を準備しているのかしら? 私達をここに閉じ込めた人物が、これから何をしようとしているのか……知る必要があるわ」 静かな口調の中に、聞き逃せない言葉が混じっていた。 『閉じ込めた』だって? 閉じ込めたって、一体── 聞き返そうとして口を開きかけた時、突然、学校でお馴染みのチャイムの音が鳴った。 『あ、あ、あ~~。新入生の、苗木誠君。至急、体育館まで来て下さい。……大至急、マジでお願いします』 何だか少し間の抜けた不思議な声が、スピーカーを通して不気味に静まり返った寄宿舎に響く。 ボクはしばらく唖然としていたが……我に返って霧切さんの方に目を向けた。 すると彼女は肩をすくめて、ボクが以前通った校舎棟の方を指差す。 「……校舎棟に入って、一番奥が体育館よ」 ボクは猛烈に嫌な予感に襲われながら、小さく頷きを返してその場を離れた。 ---- 寄宿舎から校舎棟に戻り、ひたすら廊下を歩いて一番奥へ。 緊張で手の平に汗を滲ませながら、両開きの大きな扉を開いて中に入った。 そこは今まで見たどの部屋よりも、ずっとずっと広い部屋だった。 板張りの床に、高い天井。正面奥にはステージがあり、壇上に希望ヶ峰の校章が入った教卓が置かれている。 ……ここが体育館、だよな……だけど────誰もいない……? 不審に思いながらステージの近くまで足を進めると、突然、さっきの不思議な声が辺りに響いた。 『やあやあ、よく来たね、苗木誠クン! ……ゴメンねえ、呼び出しが遅れちゃって。 本当は皆一緒に集めたかったんだけど、なにせ突貫工事で準備が間に合わなかったからさー。 目を覚ました順に、ここに来てもらったってワケだよ。最後のキミを呼び出して、ようやく先生も一安心だね!』 今度はスピーカーごしじゃない。間違いなく声の主はこの部屋の中にいる。 不気味な施設に正体不明の人物……ボクは強い不安に襲われ、反射的に叫んでいた。 「だ、誰だ!? どこにいる!?」 『ああ、そこからじゃ見えないか。ちょっと待ってね。…………よっと!』 掛け声と共に、教卓の向こうの陰から何かが飛び出した。『それ』は、そのまま教卓の上に腰掛ける。 ……な、何だこれ!? ────姿を現したそいつは、縦半分で白黒に分かれたクマだった。 「な、何だよ、お前!?」 ボクの言葉に、謎のクマは当然の事のように言い返す。 「何だよとは失礼だなあ。ぼくはこの希望ヶ峰学園の学園長、“モノクマ”だよ。偉いんだよ」 が、学園長だって……? こいつが? 目の前の冗談めいた光景にまるで理解が追いつかない。 混乱し続けるボクの事などお構いなしに、モノクマは話し続けた。 「えー、新入生全員に何度も同じ話を繰り返すのは面倒なので、手短に済ませたいと思います。 今回、オマエラには“この学園の中だけ”で、“一生の共同生活”を送ってもらう事になった訳ですが──」 ……一生を、この学園の中だけで?? さっき霧切さんに聞いた、『私達をここに閉じ込めた』という言葉が脳裏に蘇る。 「どうしても、外に出たいという人の為に『卒業』というルールが存在します。 『卒業』とは、学園の秩序を破った者に、出て行ってもらう事なのですが」 ここでモノクマは一旦、言葉を切り、黒い顔半分だけでニヤリと笑った。 「では、学園の秩序を破るとはどういう事なのか? それは人が人を殺す事です。どんな方法でも構いません。 『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』……とってもシンプルですね!」 ……一瞬、自分の耳を疑った。急激に動悸が高まり、頭痛がしてくる。 ボクはあまりの展開にこらえきれずに、怒号をあげた。 「な……何、言ってるんだよっ! そんな事できるわけ──」 「できない? いいのかなあ、そんな事で。キミができなくても、きっと他の人がヤっちゃうよ? むしろ、もうヤっちゃってたりしてね。他の生徒諸君にはもう説明してあるし……うぷぷぷ」 何がそんなに面白いのか、モノクマは気味の悪い笑い声を上げ始める。 それから唖然としたボクを放ってしばらく笑い続け、ピタリと止めた。 「まあそんな訳で、最初の説明はこれで終了です。質問は一切受け付けませんので悪しからず……。 では、君も晴れて希望ヶ峰学園の生徒という事で“これ”を渡しておきましょう!」 モノクマはどういうつもりか自分のお腹のあたりをゴソゴソと手で探り、 すぐに間違いに気づいたかのように、慌てて手を自分の背中の方に回した。 「じゃーん! 『電子生徒手帳』ー!」 再び身体の前に出した手には霧切さんの持っていた物と同じ、黒い表紙の手帳が握られれている。 「とっても便利で大切な物だから、失くしたり壊したり、むやみに人に貸したりしないように。……ほいっ」 軽い掛け声と共にその手帳をボクの方に投げてよこすモノクマ。 ……いや、大切な物じゃないのかよ! ボクは大きく体勢を崩しながら、慌ててそれを受け止めた。モノクマはそれを見て満足そうに何度も頷く。 「実はキミがここに着く少し前に、ようやく寄宿舎の個室の工事が終わったので、ドアを開放してあります。 まずは自分の名札がついた部屋に行ってみてよ。……そうすれば……君も少しはやる気になるだろうからね……うぷぷぷぅ」 またも不気味な笑い声を残し、モノクマは再び教壇の後ろに飛び込んで姿を消した。 ……ボクの部屋……? そこに、何があるんだ……? ---- 寄宿舎エリアに向かう為に、体育館を出て校舎棟の廊下を歩く。 途中、1-Bの教室の前に、セレスさんが立っているのが見えた。 「モノクマに会ったのですね……?」 ボクが頷くと、彼女は微かに笑みを浮かべる。 「……あなたは、どう思われますか? あの話……」 「たちの悪い冗談だと……思いたい……けど」 「冗談にしては、手が込みすぎていますわね。実際、何人かの方が出口を探してみたそうですが、結果は芳しくありません」 ボク自身も、さっきあちこち歩き回った時にそれとなく見ていたが、出口らしい所は見当たらなかった。 セレスさんの言う通り、冗談にしては手が込みすぎている。それに── 「さっき、モノクマに言われたんだ。『寄宿舎の自分の部屋に行ったら、やる気になるだろう』って。 もしかすると、そこにあるのかもしれない。ボク達があの話を受け入れなきゃならなくなるような物が……」 ボクの言葉に、セレスさんは口元に手を当て、目を丸くした。 「まあ。……モノクマが、そんな事を? 寄宿舎の部屋と言うと、『準備中』のドアがたくさん並んでいたエリアですわね。 準備が終わって、部屋が解放されたという事ですか。……苗木君の部屋……」 小さく呟いて、じっとボクの目を見つめるセレスさん。大きな赤い瞳がどうするのか、と問いかけている。 「とりあえず、行ってみるよ。ちょっと怖いけど……」 「……わたくしも、ご一緒させて頂きましょうか。ここでじっとしていても落ち着きませんし。 ……もし、何かあったらわたくしを守って下さいね?」 ボクが少し戸惑いながらも頷くと、セレスさんは初めて会った時のように、にっこりと笑った。 ---- 寄宿舎エリアに入ったボクたちは、まっすぐに例の個室が並んだ廊下に向かった。 なるほど、確かに各部屋のドアについていた『準備中』のテープが剥がされ、 代わりに各人の名前とイラストがついた白いプレートが(磁石か何かで?)貼り付けられている。 きょろきょろと左右のドアを見ながら歩き続け、ようやく廊下の端に『ナエギ』のプレートがついたドアを見つけた。 ここが……ボクの部屋──? ボクが緊張しながらドアノブを握ると、セレスさんはボクの背に隠れるようにして一歩引いた場所に立った。 ……扉は少し重い。手に力を込めて、ゆっくり開いていくと、そこには── 「な、何だよ、これ……」 思わず口にしてしまうような光景がそこにはあった。 中は天井に監視カメラ、壁にモニターが付いている事以外は特徴のない内装だが、床や壁──そこら中に切り傷がついている。 おまけに壁際の棚に置かれていたらしい筒状の花瓶が床に転がっていて、丸テーブルが一台、ひっくり返されていた。 部屋が──誰かに荒らされてる? 部屋の入り口から数歩進んだまま、呆然と立ち竦むボクの背中に、セレスさんの声が投げかけられた。 「苗木君……何がありましたの?」 はっとしたボクは、まず辺りに視線を走らせて、さしあたり危険はなさそうだと判断する。 それから廊下で待つセレスさんの方へ振り返り、そこからでも中が見えるように道を譲った。 セレスさんは中を見て小さく驚きの声をあげたが、口元に手を当てて黙ってしまう。 「それで…………どうですか、苗木君。『やる気』になりましたか?」 しばらくの沈黙の後、再び口を開いたセレスさんの問いに、ボクは首を横に振って答えた。 「いや……むしろ、やる気がなくなったよ」 ……ボクに対する、嫌がらせだろうか。これで『やる気』が出たらどうかしてる……。 「それとも、モノクマが言っていたのはもっと別の事なのでしょうか? いかがです、もっとよく調べてみては……」 セレスさんの言う通り、ボクは気を取り直して再び辺りを見回した。 と言っても、さほど広い部屋でもなく、他に目に付くものは── 入り口とは別の位置についたドア。ここが生活の場なら、トイレか浴室に通じているのだろう。 一度肩透かしを食らっている分、緊張はさほどでもない。ボクは何気なくノブに手をかけ、そっとドアを開いた。 ──そして、次の瞬間にはそれを後悔した。 トイレが付属したシャワールーム。一人の男が壁にもたれた格好で崩れ落ちている。 彼の体と周りの床には、毒々しいほどの鮮やかな色────! ボクは衝撃のあまり声も無く、一歩、二歩と後ずさった。 そんなボクを見て不審に思ったのか、セレスさんの声が廊下の方から近づいてくる。 「どうしましたの? そこに、何が──」 「来ちゃダメだッ!! …………これは………見ない方がいい」   とっさに口から飛び出した自分自身の声の大きさに驚きながらも、なんとか歩いてくるセレスさんを押し止める。 こんな事って……どう見ても、これはもう……死── その時、部屋のモニターの電源が入り、そこからチャイムの音がした。 『死体が発見されました! 一定の自由時間の後、“学級裁判”を開きまーす!』 チャイムに続いて聞こえたのはモノクマの声。 ……学級……裁判? 謎の言葉を口の中で繰り返していると、今度はボクのすぐ後ろから声がした。 「説明しましょう! 学級裁判とは──」 驚いて振り返ると、そこにはモノクマ本人(?)が立っている。 い、いつの間に……!?  訳がわからずセレスさんの方を見るが、彼女も眉をひそめて首を横に振るだけだった。 「えー、『誰かを殺した生徒だけがここから出られる』というルールは説明しましたが、 それだけではダメです。自分が犯人だと他の生徒に知られてはいけません。 その条件をクリアしているかどうかを査定するのが、“学級裁判”なのです!」 こちらの動揺などお構いなしに、モノクマの説明は続く。 要するに──誰かが殺された場合、一定時間後に全員で集まって犯人……クロが誰かを議論する。 そこで投票によって正しいクロを指摘できればクロが“オシオキ”され、残りは学園に留まる。 正しいクロを指摘できなかった場合は、クロが学園の外に出て、他の全員が“オシオキ”される──という事らしい。 そして“オシオキ”というのは、つまり……処刑という意味だ……。 「さて、そんなこんなでオマエラはこれから事件の捜査をする訳だけど、その前にこれを渡しておくね。 ──じゃじゃーん! 『ザ・モノクマファイル』ー!」 モノクマの手から、ボクとセレスさんに「01」と書かれた大判のファイルが配られる。 「そこに、死体の状況や死因なんかをまとめておいたからね。捜査の参考にして下さい。 ……じゃあ、生き延びたかったらせいぜい頑張ってね。ぼくは忙しいから、もう行くよ!」 止める暇すら無く、モノクマはすごい勢いでセレスさんの横を走り抜けて出て行った。 帰りは普通に出て行くのか……。 ……とにかく、今はもう目の前の現実を受入れるしかないようだ。 ボクは暗澹たる気持ちで受け取ったばかりのモノクマファイルを開いた。 ・『被害者は“超高校級の占い師”、葉隠康比呂』 ・『発見現場は寄宿舎エリア個室のシャワールーム』 ・『右肩に打撲の痕があるが、致命傷は鋭利な刃物による腹部の刺し傷』 ──そう、被害者は占い師の葉隠クンだ。 少し前に自己紹介を交わした時の、人懐っこい笑顔が目に浮かぶ。その彼が── 恐る恐るシャワールームに目をやると、やはり変わらず、同じ姿勢で事切れている……。 彼を発見した時は、とても余裕がなくて気がつかなかったが、お腹に刺さったままの【凶器は包丁】のようだ。 「なるほど……そこで葉隠君が殺されていたのですね?」 セレスさんの方を見ると、彼女も真剣な表情でファイルを覗き込んでいる。 「うん……。お腹に、その……包丁が刺さってる」 出来れば女の子に残酷な犯行の結果を伝えたくはないが、自分達の命がかかっている以上、そうもいかない。 「包丁ですか。……という事は、凶器は食堂の厨房から?」 さすがに、凶器を手に取って確かめる勇気は無い。 ボク達は個室と同じ寄宿舎内にある食堂に向かう事にした。 部屋を出る時、新入生のうち数人がぞろぞろと集まってくるのに出会った。 先頭を歩いているのは霧切さんで、彼女は迷う事なく部屋の中に踏み込んでいく。 他の皆は中に入るのを躊躇っているようで、少し離れた場所でヒソヒソと話すのが聞こえた。 「どうする?」 「でも……」 「……何で苗木の部屋で?」 「そんなの決まってるわよ……」 やってきたメンバーの一人の腐川さんがボクの顔を盗み見る。 ……もしかして、ボクが疑われてる? 弁解しようかとも思ったが、逆の立場なら当然かもしれない。諦めて食堂の方に足を向ける。 ---- 食堂の中では朝日奈さんが一人でお茶を飲んでいた。 他の人達は死体発見の知らせを聞いて現場に行ったか、ボク達と同じように手がかりを探しているのだろう。 セレスさんが朝日奈さんに何故動かないのか尋ねると、彼女は「何をすればいいか、わからないから」と答えた。 ……それも自然な反応かもしれない。女の子二人が話してる間に、ボク一人で厨房に入った。 数々の調理器具や食材が置かれた厨房内。壁に包丁セットがホルダーと一緒に備え付けられている。 見ればサイズ違いの包丁が並んだ中、不自然に一本分だけスペースが空いていた。 ……やっぱり、ここから……。 ほぼ間違いはないだろうが、一応は確認しておこう。ボクは厨房を出て食堂に戻った。 「ねえ、朝日奈さん。厨房の包丁が一本、無くなってるんだけど……知らないかな?」 ボクの問いに、朝日奈さんは首を少し傾げながら答える。 「ああ、それ……私も変だと思ったんだよね。私、ずっとここでお茶を飲んでたんだけど、 最初にお茶を入れた時には確かに全部揃ってたのに、後で入ったら無くなってたんだ。 私がお茶を飲んでる間に料理した人なんていないはずだし……」 「つまり、【包丁は朝日奈さんが食堂にいる間に持ち出された】……という事ですわね」 これは重要な証言だ。セレスさんの言葉を、しっかりと頭に刻み付けておく。 ひとまず、凶器の情報はこれでいいだろう。他に調べられる所は── 朝日奈さんも加えて三人で話しているところで、再び例のチャイムが鳴った。 『えー、ぼくもいい加減待ち疲れたので、さっさと“学級裁判”を始めます。 生徒の皆さんは、速やかに校舎棟の赤い扉の部屋に集合しちゃってくださーい!』 もう聞き慣れたモノクマの声。……どうやら、時間切れみたいだ。ボク達は捜査を切り上げ、指定された場所に向かった。 ---- 校舎棟の赤い扉を開けると、そこは広いエレベーターホールになっていた。 次々と仲間が集まってくるが……皆、暗い顔で口を閉ざしたままで重苦しい雰囲気だ。 その中で──セレスさんだけがボクの顔を見て微笑みかける。 ほっとしていいはずなのに、何故かその時は挑戦的な笑顔に見えた。 エレベーターで下に降りていった先にあったのは、天井が高い円形の部屋だった。 ドラマで見たことがある裁判所に似た内装だが、部屋の中央で人数分の証言台が向かい合わせに並んでいる。 葉隠クンの場所には本人の代わりに遺影のようなパネルが掲げられているのが悪趣味だ。 「まず一つはっきりさせておきましょう。……被害者を殺害した犯人はこの中にいます! ……うぷぷ……一回言ってみたかったんだ、コレ。まあ、そんな訳で、事件のまとめから議論を開始してください!」 モノクマの宣言によって始まる。命がけの“学級裁判”が──   石丸「断言しようッ! 殺害されたのは葉隠康比呂だッ!」   舞園「さすがに、それくらいはわかります……」   十神「事件があったのは苗木の部屋。犯人はそこに葉隠を呼び出し、いきなり襲い掛かった。       被害者は部屋を逃げ回ったが抵抗空しく、シャワールームに追い詰められて殺された……というところか」  大和田「犯人が<ナイフで>ぶっ刺しやがったんだな……! クソがッ、えげつねぇ事しやがる……!」   苗木「いや、【凶器は包丁】だよ。遺体に刺さったままだったし、後で厨房を調べたら包丁が一本、無くなっていたんだ」   大神「うむ……その包丁が凶器なのだな」   桑田「……つーかさ、凶器が何かなんてどうでもいいじゃん。事件は苗木の部屋で起こったんだろ?       ……だったら、苗木が犯人で決まりだろうが!」   腐川「そ、そうよ。他人の部屋に他人を呼び出して……こ、殺すなんて、おかしいわ。犯人は苗木よ!」   苗木「ちょ、ちょっと待ってよ。ボクじゃない! ……ボクは、包丁なんて持ち出してないんだ」  セレス「ちゃんと証人がいますものね。……ねえ、朝日奈さん」  朝日奈「えっ……あっ、わ、私!?」   苗木「【包丁は朝日奈さんが食堂にいる間に持ち出された】んだ。朝日奈さん。その時の事、話してくれないかな」  朝日奈「う、うん……。私、ずっと食堂でさくらちゃんとお茶を飲んでたんだけど、       厨房で包丁を見てからそれが無くなるまでの間……苗木は多分……ううん、絶対に来なかったよ!」  不二咲「朝日奈さんは大神さんと一緒だったんだね。……じゃあ、この二人も苗木君も包丁を持ち出してない……?」   桑田「だ、だったら、他に誰が食堂に来たんだよ!? そいつが包丁を持ってった犯人なんだろ!?」   大神「……被害者の葉隠だ。奴は水を飲みに来たと言っていたが、恐らくその時に……」   石丸「な、なんだって!? ならば被害者は自害したという事じゃないかッ!!」  江ノ島「それっておかしくない? 現場の部屋ってかなり荒れてたんでしょ?」   舞園「護身用に……と思ったのかもしれませんね。モノクマにあんな話を聞かされた後ですから……」   十神「だが犯人に包丁を奪われた、か。……なら、苗木が凶器を持ち出していなくても“シロ”とは言えんな」   苗木「そ、それは……ち、違うんだ。ボクは」   山田「そうやって議論を間違った方向に導こうとしているのかッ!? ぐぬぬ~……!」   霧切「落ち着いて。……ここにいる全員の命がかかってるのよ。議論は慎重に進めましょう。       実は、苗木君が犯人だとしたら不自然な点が一つあるの。あの部屋……調べたら髪の毛一本落ちてなかったわ」  大和田「……それのどこが不自然なんだ? ヤッた後に掃除して証拠を消したんだろ」  セレス「苗木君が犯人ならば、自分の部屋で犯行に及んだ時点で掃除など無意味……という事ですわね」   霧切「ええ。寄宿舎の個室は事件の直前に解放されたばかりだったわ。       綺麗な床に、明らかに被害者とも苗木君とも違う長さや色の髪の毛が落ちていたら命取りになってしまう」   山田「な、なるほど。……それで犯人は手早く“コロコロッと”掃除をしたんですな……」 “コロコロッと”──? 聞き逃せない発言だ。ボクは議論に集中していた思考を切り替える。 「ちょっと待って、山田クン。“コロコロッと”って……どういう意味?」 ボクのふいの質問に、巨体の同人作家は狼狽しながら答えた。 「い、いや、粘着テープクリーナーですぞ。部屋に備え付けてあったでしょう。か~なり強力なヤツが!」 彼は言い終わって全員の顔を見渡すが、皆釈然としない表情を浮かべている。 「……そんなのあったか?」 「さあ……」 「大体部屋はまだ汚れてないし」 「掃除なんかしない……」 ざわめきが波紋のように広がり、十神クンが一同を代表して口を開いた。 「どうしてお前は掃除に粘着テープが使われたと思ったんだ? しかも何故それが“強力”だと知っている?」 「そ、それは……ですな、さっき自分の部屋を掃除したからで……」 あたふたと腕を振り回しながら答える山田クンだが、発言の不自然さは拭えない。 「でもさ、山田が犯人だったら、どうやって葉隠を苗木の部屋に連れてったの? 葉隠は包丁持ち出すくらいには警戒してたんでしょ? 自分の部屋に来て、って呼び出すならともかくさ……」 さっき霧切さんが『慎重に』と言った影響もあるだろう、江ノ島さんはまだ半信半疑という表情だ。 「そ、そうですぞ! 例の部屋で最も自然に犯行が行なえるのは部屋の主! 拙者は無実です!」 山田クンの発言で、再び場に動揺が広がる。 ……まずい。このままだと議論が堂々巡りになってしまう。最悪、またボクが犯人に……。 何とか現状を打破しようと、ボクは必死で考えた。 他の誰かが、ボクの部屋に自然に葉隠クンを呼び出した方法──。 「“犯人は部屋の主”……ですか」 一同のざわめきの中、何故かセレスさんの一言だけがはっきりと聞こえた。その言葉が、ボクに閃きを呼び寄せる。 ────そうか、わかったぞ! 「もしかして、事件があった現場……本当は山田クンの部屋だったんじゃない?」 一瞬、皆が口を閉ざして、それからまた様々な言葉が飛び交い始める。 「ど、どういう事?」 「そんな馬鹿な!」 「いや、考えてみれば」 「可能性は…」 ざわめく場が少し静まってから、霧切さんが口を開いた。 「……面白いわね。確かに、事件の直前にプレートが貼られて部屋に入れるようになった……。 まず、真っ先に自分の部屋に被害者を呼び出して殺害。犯行後、他の人に気づかれる前に プレートだけを別の部屋とすり替えてしまえば、それだけで部屋の入れ替えが出来てしまう……」 霧切さんに同調して、セレスさんも大きく頷く。 「事は素早く行なわなければいけなかったでしょうが、他人に罪を着せられるメリットは無視出来ませんわね」 ボクは自分の頭の中で事件の流れを再現する。 まず、犯人が解放されたばかりの自分の部屋に被害者を呼び出す。 被害者の葉隠クンは“超高校級の占い師”だから、「内密に自分の事を占って欲しい」とでも頼んだのだろう。 葉隠クンは念のために厨房で包丁を調達し、犯人の部屋に向かった。 そして彼が部屋の中に入った所で犯人がいきなり襲い掛かる。 被害者には致命傷とは別に肩に打撲があったらしいから、 最初に犯人が用意していた凶器は床に転がっていた筒状の花瓶だろうか。 葉隠クンは花瓶の先制攻撃をかわしたものの、肩を打たれて手に持っていた包丁を落としてしまった。 犯人に落とした包丁を奪われた葉隠クンは部屋の中を逃げ回ったが、ついにシャワールームに追い詰められて──! ──犯行後、犯人は部屋を粘着テープクリーナーで掃除。 最後に自分の部屋と、(より疑われにくくする為に遠くの?)ボクの部屋のプレートを入れ替えて、その場を離れた……。 ……その犯人は────“超高校級の同人作家”、山田クンだ! 「証拠は……あるのですかな? 拙者が部屋を入れ替えたという証拠は……」 山田クンが呻くような声をあげた。   「ふん……。さっきの失言で十分のような気がするがな。……おい、モノクマ。あそこは本当は誰の部屋なんだ?  直接言えないのなら、本来の苗木の部屋にしかない備品を挙げるだけでも構わんぞ?」 十神クンの問いかけに、モノクマはにやにや笑いながら答える。 「本来の苗木クンの部屋に? おいおい、そんな都合のいい物が…………あるんだよね、これが! うぷぷ、ぼくは中立の立場だから黙ってたけどさ、実は苗木クンの部屋、“シャワールームのドアの立て付けが悪い”んだ! 開けてみればすぐにわかるよ。……でもさ、笑っちゃうよね。“超高校級の幸運” なのに、一人だけドアが壊れてるとか!」 「なななな、なんですとぉ!?」 山田クンが、真っ青になって大きく仰け反った。この反応だと、入れ替えた部屋のドアは開けていないようだ。 「では……試しに山田君のプレートがついた部屋のドアを開けてみましょうか。 それで無実が証明できるのなら、安いものですわよね?」 セレスさんの凍てつくような声が犯人の心を打ち砕いた。 山田クンはその場に崩れ落ち、ぶつぶつと何かを小声で呟いている……。 「うぷぷ……。どうやら結論が出たみたいですね。それでは、議論はここで終了です! そしてお待ちかねの投票ターイム! 皆さん、お手元のボタンを押して“クロ”を指名して下さーい!」 モノクマの号令によって、皆が証言台に取り付けられたボタンを押した。……もちろん、ボクも── 「……ハイ、投票の結果が出ました。なんと満場一致で山田クン! さあ、正解は── ──もちろん、山田クンです! ……ちょっと簡単過ぎたかな? まあ素人だからこんなもんだよね、うぷぷぷぅ」 ---- その後の事は、思い出したくもない。……“クロ”は鎖で別の場所に引き立てられ、悪夢のような“オシオキ”を受けた。 モノクマの哄笑に追い立てられるようにして、ボク達は赤い扉の部屋を後にした。 皆口を閉ざしたまま、足取り重く自分に与えられた個室へと向かう。ボクも、今度は本当の自分の部屋に。 ボクがドアノブに手をかけた時、セレスさんが足早に近づいてきた。 「苗木君。……あなた、なかなかやりますわね」 さすがに疲労の色が混じってはいるが、彼女の微笑は相変わらず優しく上品だ。 「いや、皆のお陰で何とか乗り切れただけだよ。セレスさんにも助けられたし」 ボクがそう言うと、セレスさんは小さく首を横に振った。 「いいえ。あなたには確かに、何か他の方には無い物を持っています。 “超高校級の幸運”──そう聞いて、どんな方かと思って興味深く、そばで見させて頂きましたが、 思った以上に“見込みがありそう”ですわ。あなたなら、あるいは……」 褒められるのは嬉しいが、どうにも要領を得ない。 「どうか、わたくしの期待を裏切らないで下さいね。……では、ごきげんよう」 ボクが何か答える前に、セレスさんは優雅な足取りでその場を去っていった。 ……何だったんだろう。 彼女の事は気になるが、それを考えるにはあまりに疲れ過ぎている。 ボクは部屋に入るなりベッドに倒れ込んでそのまま眠った。 ──ボクはまた、夢を見た。いつか見た、白と黒の「もや」の夢だ。 ほんの少しだけ前より「もや」の輪郭がはっきりしていて、人の形に近づいたようにも思える。 ──これは、モノクマ? それとも、別の── -----

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