四限目

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四限目」(2012/08/10 (金) 18:32:59) の最新版変更点

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三限目はずっと手を繋いでいた。目立たぬよう机の下で。 いつもと違う手でペンを走らせていたから疑問に思われたが、いざというときには利き腕とは逆の手でも字がかけないと……なんて言い訳でごまかした。 だって、この繋いだ手を解きたくなかったから。 いよいよ昼休み直前の授業である。 四限目は世界史の授業らしい、らしいというのはまともに授業を受けた記憶が無いから。 なんでも担当の教員いわく『実際の史実をモチーフにした映画を観賞した方が頭に入りやすい』とかいう理由で。 それゆえ僕らが一番楽しみにしている授業である。確かに選んでくるの作品は名作だが、名作ゆえに殆ど見たことがある作品ばかり。 お陰で、やる気の無い生徒はこれ幸いとこの時間を睡眠に充てているし、僕らは存分に触れ合うことができる。 映画を見る教材は普通の教室にはなく、視聴覚室に移動した。 プロジェクターを介して前面のスクリーンに映し出される。勿論照明は落とされているし、それなりに音量もでている。 もっとも僕らにはそんな事は瑣末な問題だ。 そもそも僕の目には彼女しか映らないし、彼女の目にも僕しか映っていない。 勿論、耳は互いの囁きを聴くためにしか使われない。 朝からずっと昂っていた気持ちを、抑え付けられるか自信が無い。 それは彼女も同じ。薄闇の中で、潤んだ瞳、上気した頬、僅かに震える唇。 お互いに今にも激しく抱き合って、全てを忘れて溶ける様にキスしたい。どうせ暗闇で、誰も気付かないだろう。 そう結論付けた瞬間、どちらともなく互いの唇を求めた。 一限目のようにまずは軽くついばむ、次第にテンポは速まってきた。 僕らにはリップクリームなんて必要ない。一秒たりとも唇が渇く暇なんてない。 互いの唇の表面を舌でなぞり、お互いの唾液を味わう。まだ舌は先っぽだけでキスをする。 徐々に舌が絡み合ってくる。ゆっくり、ゆっくりと口内に侵入する。 歯茎をなぞり、歯の裏側を舐め、舌先をツンツンと合わせ、一気に絡みつかせる。 息をするのも億劫だ。もっと、もっと、もっと味わいたい――。 互いの頬に添えられた手に力が入る。もっと奥まで口内全部を味わいたい。 少しえずきそうになったけれど、それでも口を離そうとはしなかった。 もっともっと―――― だけど、流石に興奮しすぎたのか息苦しくなって、やむなく口を離した。 離した瞬間の彼女の寂しそうな目を見たら、深呼吸ひとつでまた口付けた。 唇が触れ合った瞬間、嬉しそうにまぶたが閉じられた。 僕も目を閉じ、今度はゆっくりと彼女の味を確かめる事にした。 映画は授業を何回か使って、分断して見ている。おそらく何チャプター毎と決めているのだろう。 おそらく今回はクライマックスに差し掛かる寸前で終わるはず。 だいたい映画は徐々に注意を惹きつけるように出来ているものだし、現に僕らの情事を誰一人見咎めていない。 僕らは口内で舌を絡めながら、強く抱き合っていた。 傍から見ればなんて情熱的なカップルだと思われるだろう。 ただし僕らは学生で、今はまだ授業中。それに周りには級友は勿論、管理する立場の教員も居る。 背徳的な状況に、僕らは一層燃え上がる。 クチュクチュと溢れた唾液が音を立て、ハァハァと荒い息遣いも聞こえる。但しその音は二人にしか聞こえない。 ゆっくりと舌を引き抜き、涎でベトベトになった口の周りを舌で拭いつつ、再びついばむ様なキスをする。 今度はテンポを上げたりしない。一つ一つの感触を楽しみながら軽く、けれど深くキスをする。 身体は抱き合わずに密着させ、手は頭の後ろに回し、長く、長くキスをした。 「愛してるよ……」 「私も……よ」 目を見れば分かるけれど、敢えて言葉にする。いや、もう目を見ても分からないかも。とっくに惚けて焦点も合っていない。 口を合わせるたびに少しずつ少しずつ、身体が溶け合っている気がする。 溶けて混ざり合って、お互いが一つになっていく気がする。 だけど、溶け合うのが怖いのか僕らは再び抱きしめ合っている。強く強く……。 まるで、そうでもしないと溶けて腕の中から居なくなってしまうんじゃないのかと思うほど強く。少し痛いくらいに。 それでも口だけは、間違いなく、何の障害もなく触れ合っている唇だけがお互いの存在を強く知らしめる。 だから離すことができない。離せば失われてしまうんじゃないかという錯覚。その恐怖が。 あぁ……これがキスの魔力。惹き付けて離さない呪い。 願わくば死の瞬間もこうして彼女と一つになったまま死にたい。 このまま時間が止まって欲しい。 だけど時間は止まることはなく、幸せな、濃密な時間は終わりを迎える。 教師の手を叩く音。それはこの二人だけの時間が、後五分で終わることを告げている。 だから僕は苦しいけれど、唇を離すことにした。 離した瞬間のさびそうな目は、何度見ても慣れることはない。むしろ見るたびに切なさと愛おしさが増すばかりだ。 最後にもう一度強くキスをして、耳元で「アイシテル」と囁いた。

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