未来の後の話

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※このSSは「スーパーダンガンロンパ2」の重要なネタバレが含まれています。 本編を未プレイの方でネタバレが嫌な方は回れ右を推奨します。 閲覧の際は自己責任の下でよろしくお願いします。 ―――――― "名前さえもない小さな事件"から数日後のこと、僕は孤独に戦っていた。 「くっ、こんなところで負けるわけには……!」 未来機関第十四支部にある僕のデスクで――。 その山積みと化した始末書の数々と戦う羽目になっていたのだった。 ~ 未来の後の話 ~ 僕の必死の隠蔽工作も空しく、本部の人に"名前さえもない小さな事件"に関連した僕の独断行動は発覚するのであった。 本部の方々、気づくこと風の如く。 霧切さんと十神君、宣言通り見守ること林の如く。 お怒りになる本部の方々、火の如く。 その事後処理と始末書の数、山の如く。 成す術もなく、僕は撃沈するのであった――。 でも、これに関連して彼らの身柄が拘束されたという類の話も聞こえないことから、彼らはあの島にまだいるのだろうと予想が出来る。 もしかしたら、僕の知らないところでお人よしの誰かさん達が根回しをしてくれたおかげなのかもしれない。 そんなことを考えながら椅子の背もたれに寄りかかり、背伸びをしていると横から琥珀色の液体が注がれたカップがデスクに置かれた。 「どう? はかどっている?」 「いや、全然。まだ半分も終わってないよ。だから霧切さん、少し協力し「それは甘えよ、苗木君」……何でもありません」 「自分の撒いた種はきちんと自分で刈り取ることが常識よ」 「……わかってるよ」 僕の右隣にあるデスクの所有者、未来機関第十四支部所属の霧切響子さんは自分の椅子に座り、整理された机の上に自分用のマグカップを置いた。 流石は"超高校級の探偵"だった彼女、僕の机のように乱雑に積み重ねた書類の山は一つもなく、デスク周りも整然としていた。 優雅に自分の注いだコーヒーを堪能する姿に習って僕も小休止する。 「コーヒーいただきまーす。んっ……、やっぱり霧切さんの淹れるコーヒーは美味しいなぁ」 「どういたしまして」 意識の覚醒を促すようなブラックではなく、脳に糖分を補給し活性化を図る目的でミルクと砂糖を程よく加えたブレンドコーヒー。 それを好む僕に配慮していつも霧切さんがコーヒーを淹れる時は、スティックシュガーとミルクポーションを掻き混ぜる手間がなかったりする。 「ところで霧切さん、"もしも"の話って好きな方だったりする?」 「唐突な質問ね」 「……そうかも。何かこういう書類と格闘ばっかりしていると、違った未来もあったんじゃないかと思ったりしてさ」 「たとえば?」 「そうだね……。何も事件が起きないまま普通に希望ヶ峰学園を卒業して、霧切さんは探偵事務所を開設する。僕は助手として雇われて一緒に難事件を解決するような日常とかあったりするんじゃないかなぁ……なんて」 「……ナンセンスね」 「そうなの?」 「私の場合、"もしも"の話って好きじゃないのよね」 「……どんな理由なのか聞かせてくれる?」 「構わないわ。単純にありもしないことに思考を働かせたところで無駄な時間になるし、今の自分を否定しているようで悲しい気分になるわ」 「そっか、そうだよね……」 霧切さんらしいリアリストの意見だ。 "もしも"の話を割りと好む僕とは真っ向から異なる意見だった。 「干渉に浸っているところ悪いんだけど、本部から新たな通達が入ったわ」 「えっ、そうなの?」 スーツのポケットから一枚の文書を取り出し、僕に差し出す。 「え~、なになに? "モノクマ暴徒の残党が潜む拠点を発見したので鎮圧せよ。ただし、苗木誠。キミ一人でだ"って……」 「本部はあなたに汚れ仕事を回して、組織への忠誠があるかを試したいようね」 「……なけるね」 溜め息と共に言葉が漏れる。 残りのコーヒーを飲み干し、カップを給湯室の洗面台に置きっぱなしにする。 敢えて洗わないのは"今日中に戻ってくる"というサインだ。 「現地の情報とかは調べなくていいの?」 「それは移動中、コレに調べてもらうよ」 そう言って、コンコンと携帯電話を軽く叩く。 正確には、その中にある"相棒"にだけど。 「いってきます、霧切さん」 「いってらっしゃい、苗木君」 やけにあっさりした出発の挨拶だった。 これから僕が危険なことに首を突っ込むとは思えないくらいに。 ――――― すべては希望溢れる未来の為に――。 そんな理念を掲げて"人類史上最大最悪の絶望的事件"に対抗すべく、希望ヶ峰学園の卒業生を中心に"未来機関"は設立された。 あの地獄と呼ぶにふさわしい"コロシアイ学園生活"から卒業した僕らは彼らに保護され、その理念に賛同できたからこそ所属している。 しかし、前述した理念の"すべては希望溢れる未来の為に――"という大義名分の下、行われていたのは絶望に堕ちた人たちの根絶やしだった。 自分達の意に反する人たちは徹底的に排除するというギャップに戸惑い、何とか出来ないものかと悩んでしまう時もある。 希望ヶ峰学園にいた"超高校級の幸運"の肩書きを持つ当初の僕は大人になった今、理想と現実のギャップに悩みながらも妥協する"超社会人的な平凡"という世間一般の大人の一人と化していた。 だからハナシアイは得意でもコロシアイのような解決方法は滅法ダメな話となる。 「いたぞ、アソコだ! 追えっ!!」 「やばっ、退散退散……」 僕は"蛇"の名を持つ伝説の諜報員でもないし、大統領直属の敏腕エージェントでもない。 一対多数の状況で荒事を切り抜ける自信なんてこれっぽっちもないのだ。 廃墟と化した住宅街の一軒屋に身を潜め、逃走するので精一杯なんだ。 モノクマ暴徒達の足音が遠ざかることを確認して隠れた先のクローゼットから身を乗り出す。 そして、ポケットから携帯電話を取り出しアプリケーションを起動させる。 すると、人の顔がモニターに映し出される。 『大丈夫ですか、ご主人たま?』 「なんとか。ところで頼んでおいた調べ物は目処が着いたの?」 『うん。これでよろしいでしょうか……?』 画面が切り替わり、僕のいる場所の半径1kmくらいある地図と断面層が表示される。 ――ふむ、お目当てのスポットはここかな? 「ありがとう。後は自分で何とかするよ」 携帯電話を仕舞い、逃げ込んだ先のクローゼットに残っていた針金式のハンガーを2つ拝借する。 次に物置を調べ工具箱からラジオペンチを取り出し、ハンガーを解体してL字型の形状に変化させる。 そして、地図の情報から目星をつけた場所は山の荒地と化した場所だった。 「さて、"超高校級の幸運"だった名に賭けて、一発掘り当てるとしますか……!」 左右の手にL字型の針金を持ち、ダウジングの要領で探し物をするのだった。 先端を正面に向けて最初の一歩を踏み出した瞬間、両手の針金が勝手に左右に動く。 「えっ、もう!?「ついに追い詰めたぞ、"超高校級の希望"っ!!」……あらま」 「おとなしくしていれば楽なものを……」 そこには僕を囲むようにゾロゾロと現れたモノクマ暴徒達――。 「や、やぁ君達。やっぱりさ、さっきみたいに話し合いで解決しようとか思ったりしない?」 「何を寝ぼけたことを。お前ら未来機関の連中から一刻も早く我々の同士を取り戻すのに、そんな手間をかけると思うか?」 「やっぱりそうなるか……」 「このまま身柄を拘束させてもらうぞ。そして死なない程度に痛めつけてから同士の居場所を聞くとしようか」 「だったらさ、最後に一言くらい言わせてもらってもいいかな?」 「何だ? さっさと言え」 絶体絶命という状況下を切り抜ける方法はこれしかなさそうだ。 僕は右足を大きく上げて――。 「ば、ばるすっ!!」 力士のように四股を踏むのであった。 正確には、"龍脈"である場所の地面に刺激を与えた。 すぐさま僕は地面に四つん這いになり、降りかかる"不運"に当たらないことを祈るしかなかった。 すると間髪置かず僕の周りの半径10m以上が揺れ始める。 「ぐおおぉぉぉっ!!」 「ぎゃああぁぁぁ!!」 「あ、あべしぃっ!!」 「たわばあぁぁっ!!」 突如として噴き出す鉄砲水と共に悲鳴が飛び交う。 次々とモノクマ暴徒達が鉄砲水の衝撃で何mも吹き飛ぶ光景を僕は目の当たりしながら、先日の葉隠君との話を思い出す。 ――――― 『"龍脈"? 人体の経絡秘孔のことを言っているの?』 『違うべ、苗木っち。風水学の一つでな、地球にも人の血管みたいな"龍脈"と呼ばれるものがあるべ』 『ふーん。それでその効果は?』 『大地のエネルギーが集まっているから、普通はご利益があるべ。だが環境破壊とかで荒らされたところは「氣」の流れが悪くなったりするんだべ』 『その土地の神様がお怒りになるようなものなの?』 『もしかすると苗木っちのように"不運"な人がいるだけでお怒りかもしれないべ、ガハハッ!』 ――――― その時は役に立たない豆知識と思っていたけど、こうして現実を目の当たりにしていると大自然のオシオキではないかと思ったりしてしまう。 鉄砲水も治まり、ゆっくりと起き上がると周りの暴徒達が全員倒れていた。 「僕だけが無傷か……。運がいいんだか悪いんだかわから「手を上げなさい」……はい」 背中に突きつけられる金属の感覚。 やっぱり今日の僕はツイてない――。 「両手を頭の後ろに組んで此方を向きなさい」 「わかったよ……って、何をしているのさ霧切さん?」 振り向いた先には僕と同じ黒スーツ姿の同僚がいた。 スラックスの僕とは異なり、膝が余裕で見えるくらい丈を短くしたスカートを着用して素足にパンプスを履いた姿。 第十四支部で僕の隣にいた姿のままで右手に片手サイズの凶器を僕に向けていた。 「相変わらずバカ正直なのね、苗木君って……心配だわ」 「それよりも霧切さんが持ってる右手のモノ、物騒だから下ろしてくれない?」 「大丈夫よ、テイザーガンって呼ばれるピストルタイプのスタンガンだから殺傷能力はないわ」 「じゃあ10m先で陸揚げされた魚のようにピクピクしているモノクマ暴徒は何なの?」 「アレのこと? リーダー格の暴徒が遠目で眺めていたから隙を突いて気絶させただけよ。他意はないわ」 そう言って右肩に装備したホルスターにテイザーガンを収納する。 「ピンチになって命乞いをしているであろう苗木君のために助太刀しようと思っていたけど、不要だったようね」 「でも、これって僕一人だけでこなすように指令が入っているけど……」 「制圧するのはあなた一人だけど、増援をするなとは一言も記載されてないじゃない」 「なるほど……」 「と、いうわけで苗木君。どうぞ」 両腕を広げた状態で目を閉じる霧切さんだった。 「だからいつもの"いってきますのキス"をせがまなかったのか……」 「無駄口を叩いてないで早くしなさい。暴徒達が意識を取り戻したら面倒なことになるわよ?」 「そうだね、ではでは……」 自分のスーツに付着した土汚れを軽く払ってから霧切さんを抱き締める。 心持ち、ホルスターにあるテイザーガンの暴発が心配なので左腕の方は少し力を抑えて。 「んっ……」 "いってきますのキス"と"ただいまのキス"を同時に済ます一石二鳥のキスを僕らは堪能したのだった――。 ―――――― 僕にとって一日の始まりと終わりを告げる未来機関第十四支部。 「"以上の件から、幸運にも彼らを生け捕ることが出来たので、改良型"新世界プログラム"一般被験者のプレテストユーザーとして拘留しました。すべては輝かしい未来のために"……これでよしっと」 最後の報告書を書き上げてやっと書類の山から解放されたのであった。 思わず机の上に頬杖を付いてニンマリとしてしまう。 「一人でニヤニヤしていると不気味よ、苗木君」 「あ、ごめん……って、何なの、その書類の山は?」 「今度、本部に提出する企画書とその資料一式よ」 今度は霧切さんの机が昨日の僕の机のようにカップの置き場所がないくらい、書類の山が占拠した。 「ねぇねぇ、どんなものか僕も見ていい?」 「構わないわ」 「ありがとう、なになに……"人工知能プログラムの実践的運用とその方法"?」 表題の企画名を復唱した後に中味を流し読みしてみる。 "新世界プログラム"でのみ機能した人工知能プログラムをもっと他のカタチで有効利用できないかという提案書のようだ。 「お次は"諜報員向け多機能搭載型車両の開発及び実践的運用"……」 二つ目の企画書に目を通すと自動車の設計図が描かれていた。 よく見るセダン型の自動車のデザインだが、内装部には水陸両用切り替えやジェットウィング起動――、車ってレベルじゃないぞ、コレは! 他にも自動車の常識を覆すような装備を提案しているけど、これって誰が作れるんだろう――? 「ん……? これは希望ヶ峰学園のファイルだよね?」 ポトリと床に落としてしまった資料を拾うと、その黒いファイルには2枚の付箋が貼られていた。 その付箋を目印にページを捲ると、二人の生徒のプロフィールが記載されているページだった。 "誰"が"何"を作り、"何"を搭載して"誰"が使うのか――。 点と点が結ばれて、線となり繋がった。 「まさか、霧切さん……!」 「もし……彼らが私たちの志に共感して、共に同じ道を歩むのであれば……私達は受け入れる必要があると思うの。これはそのための下準備と言ったところね」 「"もしも"の話って霧切さん、前に嫌いって言ったじゃない?」 「それはあくまで、ありもしない現実を空想して何もしないことが嫌なの。だけど……」 「だけど?」 「ありもしない"もしも"を現実的にすることは好きよ。どう? あなたもそう思わない?」 左手は腰に沿え、右手の人差し指をピンと立てるその仕草。 かつて監視カメラのレンズから映し出された"監視者"の仕草を思い出させるポーズだった。 「うん、僕もその意見に賛成だね」 僕も思わずニッコリと微笑んで"同意"した。 すると霧切さんは自分の机に置いている一つの黒いファイルを僕の机に置く。 「今日でちょうど一週間だし、彼らの経過報告をお願いしてもいいかしら?」 「むしろ喜んで行ってくるよ。僕も彼らの様子が知りたかったところだし」 完
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"モノクマ暴徒の残党が潜む拠点を発見したので鎮圧せよ。ただし、苗木誠。キミ一人でだ"って……」 「本部はあなたに汚れ仕事を回して、組織への忠誠があるかを試したいようね」 「……なけるね」 溜め息と共に言葉が漏れる。 残りのコーヒーを飲み干し、カップを給湯室の洗面台に置きっぱなしにする。 敢えて洗わないのは"今日中に戻ってくる"というサインだ。 「現地の情報とかは調べなくていいの?」 「それは移動中、コレに調べてもらうよ」 そう言って、コンコンと携帯電話を軽く叩く。 正確には、その中にある"相棒"にだけど。 「いってきます、霧切さん」 「いってらっしゃい、苗木君」 やけにあっさりした出発の挨拶だった。 これから僕が危険なことに首を突っ込むとは思えないくらいに。 ――――― すべては希望溢れる未来の為に――。 そんな理念を掲げて"人類史上最大最悪の絶望的事件"に対抗すべく、希望ヶ峰学園の卒業生を中心に"未来機関"は設立された。 あの地獄と呼ぶにふさわしい"コロシアイ学園生活"から卒業した僕らは彼らに保護され、その理念に賛同できたからこそ所属している。 しかし、前述した理念の"すべては希望溢れる未来の為に――"という大義名分の下、行われていたのは絶望に堕ちた人たちの根絶やしだった。 自分達の意に反する人たちは徹底的に排除するというギャップに戸惑い、何とか出来ないものかと悩んでしまう時もある。 希望ヶ峰学園にいた"超高校級の幸運"の肩書きを持つ当初の僕は大人になった今、理想と現実のギャップに悩みながらも妥協する"超社会人的な平凡"という世間一般の大人の一人と化していた。 だからハナシアイは得意でもコロシアイのような解決方法は滅法ダメな話となる。 「いたぞ、アソコだ! 追えっ!!」 「やばっ、退散退散……」 僕は"蛇"の名を持つ伝説の諜報員でもないし、大統領直属の敏腕エージェントでもない。 一対多数の状況で荒事を切り抜ける自信なんてこれっぽっちもないのだ。 廃墟と化した住宅街の一軒屋に身を潜め、逃走するので精一杯なんだ。 モノクマ暴徒達の足音が遠ざかることを確認して隠れた先のクローゼットから身を乗り出す。 そして、ポケットから携帯電話を取り出しアプリケーションを起動させる。 すると、人の顔がモニターに映し出される。 『大丈夫ですか、ご主人たま?』 「なんとか。ところで頼んでおいた調べ物は目処が着いたの?」 『うん。これでよろしいでしょうか……?』 画面が切り替わり、僕のいる場所の半径1kmくらいある地図と断面層が表示される。 ――ふむ、お目当てのスポットはここかな? 「ありがとう。後は自分で何とかするよ」 携帯電話を仕舞い、逃げ込んだ先のクローゼットに残っていた針金式のハンガーを2つ拝借する。 次に物置を調べ工具箱からラジオペンチを取り出し、ハンガーを解体してL字型の形状に変化させる。 そして、地図の情報から目星をつけた場所は山の荒地と化した場所だった。 「さて、"超高校級の幸運"だった名に賭けて、一発掘り当てるとしますか……!」 左右の手にL字型の針金を持ち、ダウジングの要領で探し物をするのだった。 先端を正面に向けて最初の一歩を踏み出した瞬間、両手の針金が勝手に左右に動く。 「えっ、もう!?「ついに追い詰めたぞ、"超高校級の希望"っ!!」……あらま」 「おとなしくしていれば楽なものを……」 そこには僕を囲むようにゾロゾロと現れたモノクマ暴徒達――。 「や、やぁ君達。やっぱりさ、さっきみたいに話し合いで解決しようとか思ったりしない?」 「何を寝ぼけたことを。お前ら未来機関の連中から一刻も早く我々の同士を取り戻すのに、そんな手間をかけると思うか?」 「やっぱりそうなるか……」 「このまま身柄を拘束させてもらうぞ。そして死なない程度に痛めつけてから同士の居場所を聞くとしようか」 「だったらさ、最後に一言くらい言わせてもらってもいいかな?」 「何だ? さっさと言え」 絶体絶命という状況下を切り抜ける方法はこれしかなさそうだ。 僕は右足を大きく上げて――。 「ば、ばるすっ!!」 力士のように四股を踏むのであった。 正確には、"龍脈"である場所の地面に刺激を与えた。 すぐさま僕は地面に四つん這いになり、降りかかる"不運"に当たらないことを祈るしかなかった。 すると間髪置かず僕の周りの半径10m以上が揺れ始める。 「ぐおおぉぉぉっ!!」 「ぎゃああぁぁぁ!!」 「あ、あべしぃっ!!」 「たわばあぁぁっ!!」 突如として噴き出す鉄砲水と共に悲鳴が飛び交う。 次々とモノクマ暴徒達が鉄砲水の衝撃で何mも吹き飛ぶ光景を僕は目の当たりしながら、先日の葉隠君との話を思い出す。 ――――― 『"龍脈"? 人体の経絡秘孔のことを言っているの?』 『違うべ、苗木っち。風水学の一つでな、地球にも人の血管みたいな"龍脈"と呼ばれるものがあるべ』 『ふーん。それでその効果は?』 『大地のエネルギーが集まっているから、普通はご利益があるべ。だが環境破壊とかで荒らされたところは「氣」の流れが悪くなったりするんだべ』 『その土地の神様がお怒りになるようなものなの?』 『もしかすると苗木っちのように"不運"な人がいるだけでお怒りかもしれないべ、ガハハッ!』 ――――― その時は役に立たない豆知識と思っていたけど、こうして現実を目の当たりにしていると大自然のオシオキではないかと思ったりしてしまう。 鉄砲水も治まり、ゆっくりと起き上がると周りの暴徒達が全員倒れていた。 「僕だけが無傷か……。運がいいんだか悪いんだかわから「手を上げなさい」……はい」 背中に突きつけられる金属の感覚。 やっぱり今日の僕はツイてない――。 「両手を頭の後ろに組んで此方を向きなさい」 「わかったよ……って、何をしているのさ霧切さん?」 振り向いた先には僕と同じ黒スーツ姿の同僚がいた。 スラックスの僕とは異なり、膝が余裕で見えるくらい丈を短くしたスカートを着用して素足にパンプスを履いた姿。 第十四支部で僕の隣にいた姿のままで右手に片手サイズの凶器を僕に向けていた。 「相変わらずバカ正直なのね、苗木君って……心配だわ」 「それよりも霧切さんが持ってる右手のモノ、物騒だから下ろしてくれない?」 「大丈夫よ、テイザーガンって呼ばれるピストルタイプのスタンガンだから殺傷能力はないわ」 「じゃあ10m先で陸揚げされた魚のようにピクピクしているモノクマ暴徒は何なの?」 「アレのこと? リーダー格の暴徒が遠目で眺めていたから隙を突いて気絶させただけよ。他意はないわ」 そう言って右肩に装備したホルスターにテイザーガンを収納する。 「ピンチになって命乞いをしているであろう苗木君のために助太刀しようと思っていたけど、不要だったようね」 「でも、これって僕一人だけでこなすように指令が入っているけど……」 「制圧するのはあなた一人だけど、増援をするなとは一言も記載されてないじゃない」 「なるほど……」 「と、いうわけで苗木君。どうぞ」 両腕を広げた状態で目を閉じる霧切さんだった。 「だからいつもの"いってきますのキス"をせがまなかったのか……」 「無駄口を叩いてないで早くしなさい。暴徒達が意識を取り戻したら面倒なことになるわよ?」 「そうだね、ではでは……」 自分のスーツに付着した土汚れを軽く払ってから霧切さんを抱き締める。 心持ち、ホルスターにあるテイザーガンの暴発が心配なので左腕の方は少し力を抑えて。 「んっ……」 "いってきますのキス"と"ただいまのキス"を同時に済ます一石二鳥のキスを僕らは堪能したのだった――。 ―――――― 僕にとって一日の始まりと終わりを告げる未来機関第十四支部。 「"以上の件から、幸運にも彼らを生け捕ることが出来たので、改良型"新世界プログラム"一般被験者のプレテストユーザーとして拘留しました。すべては輝かしい未来のために"……これでよしっと」 最後の報告書を書き上げてやっと書類の山から解放されたのであった。 思わず机の上に頬杖を付いてニンマリとしてしまう。 「一人でニヤニヤしていると不気味よ、苗木君」 「あ、ごめん……って、何なの、その書類の山は?」 「今度、本部に提出する企画書とその資料一式よ」 今度は霧切さんの机が昨日の僕の机のようにカップの置き場所がないくらい、書類の山が占拠した。 「ねぇねぇ、どんなものか僕も見ていい?」 「構わないわ」 「ありがとう、なになに……"人工知能プログラムの実践的運用とその方法"?」 表題の企画名を復唱した後に中味を流し読みしてみる。 "新世界プログラム"でのみ機能した人工知能プログラムをもっと他のカタチで有効利用できないかという提案書のようだ。 「お次は"諜報員向け多機能搭載型車両の開発及び実践的運用"……」 二つ目の企画書に目を通すと自動車の設計図が描かれていた。 よく見るセダン型の自動車のデザインだが、内装部には水陸両用切り替えやジェットウィング起動――、車ってレベルじゃないぞ、コレは! 他にも自動車の常識を覆すような装備を提案しているけど、これって誰が作れるんだろう――? 「ん……? これは希望ヶ峰学園のファイルだよね?」 ポトリと床に落としてしまった資料を拾うと、その黒いファイルには2枚の付箋が貼られていた。 その付箋を目印にページを捲ると、二人の生徒のプロフィールが記載されているページだった。 "誰"が"何"を作り、"何"を搭載して"誰"が使うのか――。 点と点が結ばれて、線となり繋がった。 「まさか、霧切さん……!」 「もし……彼らが私たちの志に共感して、共に同じ道を歩むのであれば……私達は受け入れる必要があると思うの。これはそのための下準備と言ったところね」 「"もしも"の話って霧切さん、前に嫌いって言ったじゃない?」 「それはあくまで、ありもしない現実を空想して何もしないことが嫌なの。だけど……」 「だけど?」 「ありもしない"もしも"を現実的にすることは好きよ。どう? あなたもそう思わない?」 左手は腰に沿え、右手の人差し指をピンと立てるその仕草。 かつて監視カメラのレンズから映し出された"監視者"の仕草を思い出させるポーズだった。 「うん、僕もその意見に賛成だね」 僕も思わずニッコリと微笑んで"同意"した。 すると霧切さんは自分の机に置いている一つの黒いファイルを僕の机に置く。 「今日でちょうど一週間だし、彼らの経過報告をお願いしてもいいかしら?」 「むしろ喜んで行ってくるよ。僕も彼らの様子が知りたかったところだし」 完

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