大人ナエギリ 夏の風物詩編【盛夏は酷暑、蝉の声茂り、一雨を乞う】

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大人ナエギリ 夏の風物詩編【盛夏は酷暑、蝉の声茂り、一雨を乞う】」(2012/09/18 (火) 22:16:39) の最新版変更点

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 み゛ぃいいん、と、頭痛さえ覚えるほどの蝉時雨が、暑さをいっそう追い立てる。  部屋の窓を全て開け、余計な家電のコンセントを抜いて、気休めに風鈴を吊るしても、半刻もすればシャツの色は汗で変わってしまった。  冷蔵庫から水出しの麦茶を取り出し、冷やしておいたグラスになみなみと注ぐ。  氷がカランカランと涼しげに鳴って、すぐに露がグラスの表面に並ぶ。  目立たないけれど、これも立派な夏の風物詩。  二人分をトレーに載せて、彼女の待つベランダへ。 「……どうしてこの家にはエアコンどころか、扇風機すらないのよ…」  チェアに体を丸ごと投げ出して、顔をうつむけたまま。  三十分ほど前に訪れてから同じポーズで、霧切さんは不機嫌そうな声をぶつけてくる。  露出の激しい黒のタンクトップとブルーのホットパンツ姿は、汗で蒸れて、下手をすると下着姿よりも下着姿だ。 「僕が嫌いだから。夏は暑い方がいいじゃない」 「…今日の天気予報、見た? 猛暑日よ、湿度80%よ。貴方、熱中症を甘く見ているんじゃない?」  いつも不機嫌な時はだんまりで、目線や無言で訴えてくる霧切さん。  それを隠さず、むしろ饒舌になるというのは、かなり新鮮だ。  恐るべし、真夏日。  とりあえず、汗で多少よれたハーフパンツの、その露出された部分に、キンキンに冷えたグラスを押し付けてみる。 「…っひ、!?」  ビクン、と、それまでの緩慢な調子からは大きく外れて、活ける魚みたいに、ビクビク、と大きく跳ねた。  跳ねたは跳ねたけど、相変わらずチェアに投げ出された肢体は動かず。  せいぜい顔を挙げ、視線で僕に不満を訴えるくらいだ。 「……セクハラ」 「男の家でそういう格好でくつろぐのはセクハラって言わないの?」 「私からするのはいいのよ。貴方からするのはセクハラ」 「理不尽…」  彼女の手の届くところにテーブルを寄せ、そこにグラスを置く。  のどが渇けば、自分から手を伸ばして取るだろう。……ペットじゃないんだから。 「暑いのが嫌なら、なんで僕の家に来るのさ」 「……貴方がいるからよ」 「…別に呼んでくれれば、こっちから行くのに」 「分かってないわね…私が行くのと貴方が来るのも、大きく違うの」  彼女の感覚は未だに測りかねる。  ちょっとズレているというか、少なくとも僕には分からない基準を、幾つも持っているのだ。  それにしても、確かに今日の暑さはちょっと参る。  気温はどれほど高くても我慢できるけれど、問題はこの肌にまとわりつくような湿気。  昨日から降り通していた雨のせいだ。  暑さに強い、と自覚はあるけれど、そんな僕でも「少し」キツイのだ。  チェアで伸びている彼女は、その数倍だろう。  ふと、その背に散らばっている銀の髪に目が行った。  ただでさえ長いのに、そのうえ湿気を吸って、なんとなく重そうな印象を受ける。  それが肩から腰に掛けてだらりと広がっているのだから、そりゃあ暑さも三割増しだろう。  ふと思い至り、その長髪に手を伸ばしてみた。  指で梳くと、それでも絹のように滑らかに通る。  と、今度は驚いたように、それまでの緩慢な所作とは打って変わって彼女が飛び起きる。 「な、…何?」 「ううん、別に」 「……そう」  と言いつつも、部屋に戻り、棚の小箱から取り出すのはヘアピンと、髪留のゴム。  怪訝そうに首を傾げる彼女の背に回り、広がる銀髪を指で束ねた。 「ちょっと、苗木君……やだ…」  首を傾げて逃れようとする肩を、それでも力がないのは暑さのせいか、軽く引くと大人しく椅子の中に納まった。  ヘアピンで長さを整えてから、ゴムを二重にして縛る。  首筋にも風が通るように角度を調節して、余った横側の髪は前に垂らす。 「…霧切さん、うなじ綺麗だね」 「あの、苗木君…髪は、ホントに……汗臭いし、」 「でも、涼しいでしょ?」 「それは、……マシにはなったけれど、それでも、」 「あ、ゴムとヘアピン僕のだけど、我慢してね」 「……」  ぴたりと文句の止んだ背中越しに、既に氷の解けきった麦茶を渡す。 「ほら、熱中症防止には水分補給、でしょ」  渡すと、膝を抱えたまま、両手でグラスを持って、くぴくぴと控えめに飲む。  大吟醸を一気飲みするあの霧切さんが、まるで借りて来た猫だ。  切ればいいのに、とは言わない。  彼女の綺麗な、本当に絹のような銀髪は、あの学園にいた頃から変わらない、彼女のトレードマークだ。  だからせめて、そんな借り猫霧切さんが涼しい夕げを過ごせるように。  今晩は手軽に、うどんでも茹でようか。  暑くて食欲のない日は、下手に手の加えない、シンプルなモノの方が美味しいのだ。  たっぷりの湯で茹でて、氷水で一気に冷やして麺を洗いしめる。  麺つゆは市販のもので十分。水じゃなくて、氷をそのまま入れて、冷やしながら希釈する。  薬味は豪華に、おろし生姜にミョウガに長ネギ、変わり種にとろろや大根おろしなんて添えても美味しそうだ。  冷蔵庫を探る間も、霧切さんはベランダで変わらず膝を抱えていた。  ずっと手を添えていたところを見ると、男物のヘアピンだけど、気に入ってくれたのだろうか。 ----

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