kk11_198-201

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 初めて会った年には、ブランド物の香水。  後で分かったことだけれど、実は男物を選んでしまっていたようで、その辺のドジっぽさは彼らしい。  その翌年には、ガラスの容器に入れられた一輪の薔薇。  撫子色の照明までついた可愛らしいもので、柄じゃないと言いつつも、内心嬉しかったりする。  よくもまあ、毎年律義にプレゼントをくれる男の子だ。  こちらとしてはお返しを選ぶのが大変なので、遠慮したいというのが正直な気持ち。  なにせ生意気な事に、その一つ一つがどこかオシャレで、いかにもプレゼントといったものばかりなのだから。  けれどもあの子犬のような笑顔で、「おめでとう」なんて言われながら手渡されて、どうにも毎年断れなかったりする。  なので、今年は先手を打ってみることにした。 「…苗木君。実は今年から、私の誕生日は廃止されたのよ」 「えっと、何言ってるの…?」  通じなかったらしい。なかなかに手ごわい男の子だ。 「……アメリカでは、誕生日はその人自身がゲストを招いてホームパーティを開くそうよ」 「へ、へえ、そうなんだ…」 「ええ。だから近年の国際化に倣って、今回は私が苗木君を招いてもてなすという形を…」 「え、と…それ、霧切さんの部屋に行っていい、ってこと?」  数瞬の間。  見合わせた互いの顔が、同時に熱っぽくなる。  ああ、らしくもない失敗。  けっしてそういう意味を込めて言ったわけじゃないのに。  いや、別に、彼を私の部屋に呼ぶこと自体はやぶさかではないというか、それを拒んでいるワケではないけれど。 「…その、……実は、私の部屋はゴミ屋敷なの」 「そ、そうなの?」 「ええ、見たらドン引きすること請け合いよ。ホームパーティはおススメしないわ」 「あ、…うん、そっか……霧切さんが言いだしたことだと思うんだけど、まあ、分かったよ」  危ないところだった。  日頃距離が近すぎて忘れそうになるけれど、彼はこれでも男子で、私はこれでも女子だ。  仮に互いにそういう意図がなかったとしても、軽々しく苗木君を部屋に招くというのは、ちょっと気恥ずかしい。  もちろん、私が彼の部屋に押し入るのは例外だけど。 「…あのさ、霧切さん」  少しだけ元気を失くした苗木君が、躊躇いがちに尋ねる。 「もしかして、僕が毎年祝ってるの、迷惑だったりする…?」 「…どうして?」 「いや、えっと…」  言葉にするのが難しいのか、気まずそうに口籠る。  存外に人に敏い少年だ、私の顔色や語調から、悟ってしまったのだろう。  これでもポーカーフェイスが売りだったのだけれど、彼の前では形無しである。  それとも、苗木君の前だから、緩んでしまっているのだろうか。 「……そうね、祝福されるというのは、正直得意ではないわ」 「そっか…」 「…けれど、貴方の厚意は、その……悪い気分ではない、とも言えるから…」  正面から、それこそ彼のように、素直に嬉しいということが出来たら、どれだけ楽だろうか。  いっそ、苦手だから止めてくれ、とでも偽る方が、私の性にはあっているだろうに。  ああ、もう、悔しい。  たった一人の少年に、ここまで心を乱されるなんて。  彼の顔がほころぶのを見て、それすらも悪くないと感じてしまっているなんて。  苗木君のクセに、ナマイキだ。 「良かった、実は今年、もうプレゼント買っちゃってたんだよね」 「あら、用意周到ね」 「それ、褒めてるの…?」 「ええ、貴方に対しては望外の評価よ」  憎まれ口を叩いてみても、通じているのかいないのか、あはは、と軽く笑って流される。  のれんに腕押しとは、まさにこのことだ。  まあ、それも彼らしいというか、ホント。  カサ、と、紙袋の擦れる音がして、不思議な装飾でかためられた小箱を、苗木君が掌に乗せる。 「えーと、気に入ってもらえるといいんだけど…」 「その前置きも、毎年恒例ね」  例え気に入らなかったとしても、他人から貰った物をぞんざいに扱ったりはしない。  ましてや、贈ってくれる相手が、まあ、その、うん。  …自爆する前に、さっさと受け取って、御礼を言おう。 「開けてもいいのかしら?」 「どうぞ」  小箱を手に取って、ふたを開く。  現れたのは、透明感のある淡緑色の、つややかな丸。  いっそファンタジーのようなその色合いに、それが宝石だと気付くまで時間がかかってしまった。 「…クリソプレーズ」 「あ、やっぱり知ってた?」  アップルグリーンとも呼ばれる優しい緑色は、私の誕生石だ。  派手さのない落ちついた輝きと、それでいて張りのある質感が密かに人気を博している。  けれども美しさの割に流通は不足気味で、マイナーな宝石として、最も高価な水晶類の一つに数えられている、それを。 「……幾ら、したの?」 「そういうの、聞きっこなしじゃないかな…」  銀の紐と枠に型取られ、小さなタグには『K.K』と、私の名前のイニシャルまで入っている。  箱の装飾も細かく鮮やかで、見る限りでは、この小箱込みでのオーダーメイドのはずだ。  それを、この少年は、どうして、 「や、ほら、ちょっとアルバイトしてさ、…学生にも手の届く範囲だったから、つい」 「……馬鹿ね、募金する方がまだ有用じゃない…」  私の顔色を察してか、苗木君が咄嗟にフォローするけれど。  値段もそうだけれど、私のために、という自惚れた言葉が頭をよぎった。  顔が沸騰しそうになる。  大事なものが、また増えてしまった。  そういうものは出来るだけ作りたくないのに。  携えれば重く、失くすことを恐れ、壊れた時に自分の心の一部まで失った心地さえするのに。  これまで彼にもらったプレゼントだって、もったいなくて封さえ切らずに置いているのに。  ああ、もう、この少年は、私の懊悩を何一つ分かってくれない。  いや、もしかして確信犯で、分かっていながらやっているのだろうか。  どちらにせよ、これ以上ないくらいに嬉しいけど、反比例して、素直に御礼を言いたくない。 「あの…よかったら、さ」 「…何?」 「付けてみてくれないかな」  す、と、銀の紐を外して広げて見せる。  彼が手ずから、首につけてくれるということなのだろう。  …不本意ながらも、後ろ髪をかき上げた。  少しだけ私より背丈の小さい少年が、必死に伸ばした腕を、うなじの辺りでもぞもぞさせている。  近い。そこはかとなく。  どくん、どくん、と、鼓動の音が聞こえて、彼が緊張しているのか、と思いつき、 「…霧切さん、」  耳元で囁かれて勝手に身体が震え、その急かすような鼓動が、自分のものだと理解する。 「な、何…?」 「もうちょっと上げてもらっていいかな、髪」 「ええ…」  他人に装飾品を付けてあげる、という行為の意味を、きっと少年は理解していない。  もしも理解していたなら、こんなことさせてたまるものか。  邪気が無い彼が相手だからこそ、私もこんなことを許しているのであって。  結婚式で指輪を手ずから交換する、あの場面を思えば、その意味に気付きそうなものだけれど。 「…と、出来た」  ふ、と、香りや熱と共に、苗木君が離れる。  首元に、金属の心地よい冷たさ。  彼のくれたクリソプレーズは、ちょうど制服の内側に隠れた。  これじゃ、付けてもらった意味がない、と、宝石を制服の外側に出して、  パシャ  と、何か軽快な音がする。  見れば、何を悪びれることもなく、苗木君が携帯電話を構えていた。  ゾク、と、嫌な予感が背筋に。 「……今、私を撮ったのかしら?」 「え? うん」  いけなかった? とでも言いたげな、いっそ清々しいほど無垢な表情。  いや、写真を撮られること自体は、問題ない。  問題は、彼がそれを、一体何の目的で撮ったのか、ということだ。 「霧切さんへのプレゼントを考えてた時、朝日奈さんとかセレスさんにアドバイスをもらったんだけど…」  ああ、どうしてこう悪い勘に限って当たるのか。  アクセサリを買って手ずから付けて渡すなんて、いくら彼でも気障が過ぎると思ったのだ。  それまでの自分が浮かれていたことを、地面にたたき落とされてようやく気付く。  どうも彼と居ると、探偵としての嗅覚が鈍ってしまう。ああ、もう。 「……えっと、いけなかった?」 「…もしかして、プレゼントを選んだのも、彼女たち…?」 「や、選んだのは僕だよ。ただ身につけるものだったから、流石にどうかな、と思って相談に乗ってもらったんだ」 「…彼女たちは、なんて?」 「『きっと最高のプレゼントだから、是非自分の手で付けてあげるべき』って」  的中も的中、この勘はど真ん中を射抜いていた。  本当に、どうしてもう一寸早く気付いてくれなかったのか、霧切響子。  愉快犯の掌の上で、浮かれていた私は、まんまと踊らされていたワケだ。 「それと、写真を撮るようにってのは舞園さんの指示で…」 「……苗木君、写真を消しなさい、今すぐに」 「あ、ゴメン…もう送っちゃった」  ずん、と、胃の中に重いものが立ちこめた。  明日以降、確定証拠と共に学校でからかわれることが確定してしまったのだから、当然だ。  特にこのネタは、舞園さんの目が怖いから、出来るだけボロを出さないようにしてきたのに。 「あー…ゴメン、なさい?」 「謝って済むなら、探偵はいらないのよ…」  思わず睨みつけると、気まずそうに笑ってごまかされる。  これでますます、素直に御礼を言うタイミングが遠ざかってしまったというのに。  彼も彼で、自分が好奇の目で見られていることに、どうして気付いてくれないのだろう。  こうなれば、自棄だ。  どうせ明日には持て囃されるというのなら、毒を喰らわば皿まで。  ちょうど彼に、良い『お返し』を思いついてしまったことだし。 「……苗木君、今日は何か用事があるの?」 「え? いや、空けてあるけど」 「そう。じゃあ、貴方の部屋に行くわよ。気が済むまで私を祝福しなさい」 「? …まあ、うん。誕生日おめでとう、霧切さん」 「……本当に、…苗木君のクセに、ナマイキよ」  御礼代わりに言い放つ合言葉と、そのまま顔を見ないようにして、彼の背中を押した。  後日。  何者かの手によって、希望ヶ峰学園に二枚の写真が広まる。  一枚は、私が首元のネックレスを摘まんで、まるで見せびらかしているように映っている写真。  そしてもう一枚は、『自分がプレゼント』という題で、私のリボンで両手を縛りあげられた、部屋着の苗木君の写真だった。

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