kk12_722-725

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『違、うよ』  考えずに、反射で喋る。  助けを求めるような彼女の声に圧されて、勝手に口が動いてしまった。  それでも、ならば何故、と、縋るような瞳がさらに問うてくる。  本当に、差し出そうだなんて考えていたわけじゃない。  出来ることなら僕だって、あの人に霧切さんを近づけたくはない。  でも、あの先輩に頼まれたのも本当だ。どうにかして霧切さんを連れて来い、と。  苗木、お前は霧切ちゃんの何なんだ。  守るとか考えてんなら、お門違いだぞ。  恋人でもなんでもねえんだろ、たかだか数年俺らより付き合い長いだけで、彼氏面すんなって。  お邪魔だよ、俺らにとっても、彼女にとっても。  誰を選ぶかなんて、霧切ちゃんが決めることで、お前が指図する権利なんてないだろ。  分かったな、絶対連れてこいよ。  どこかで否定したかった、僕が彼女を縛ってしまっているという事実。  僕が隣にいるせいで、僕が壁になってしまっているから、霧切さんは他の人と関わり合えないんだ、と。  それを真正面から言われて、断ることが出来なくなってしまった。 『……よくそれを、『頼まれた』なんて言えるわね』 『……』  冷やかな彼女の瞳が、責めるような色を帯びて、僕を睨む。 『お人好しなのも、それで貴方が割を食うのも結構だけど…それに私を巻き込まないで』  その時。  ごめん、と、いつものように素直に、反射的に謝れれば良かったんだ。  フォローしようだなんて、どうして考えてしまったんだろう。 『で、でも、その……霧切さん、ほら、仕事も出来るし、頭も良いし、大人っぽいし、それに』 『……』 『……美人だから。ウチの課で、結構人気あるんだよ。自分のことだから、気付かないかもしれないけど…だから』  そんな人に、僕が金魚のフンのようにいつまでもくっついていては、迷惑なんだ。  あの先輩に差し出そうとは絶対に思えないけれど、それも選択肢の一つとしてあってしかるべきだ。  忘年会に参加して、それが何かのきっかけになればいい。 『……いいのね、苗木君は』 『いい、って…?』  ぞわり、と寒気に震える。  彼女の表情は、モノクマが親の仇だと知った時のそれに、限りなく近かった。  殺気、敵意、その類のものを僕に向けて放っている。 『…酔いどれた私が、誰とも知らない男に介抱されて、そのまま持ち帰られて、……抱かれても。構わないのね』 『き、霧切さんは、そんな、酔ってるからって…油断するような人じゃな』 『苗木君』 『っ…』  殴られる、と思った。  彼女が僕の襟首をつかむ力が、いっそう強くなったのだ。  すみれ色の瞳が、据わっている。  力に訴えるような人じゃないけれど、それでも、そんな彼女のこんな表情は初めて見た。 『質問に、答えて』  それが嘆願だと、その時気付くことは出来なかった。  いつもなら、そこで怯えて、『そんなことない』と否定出来たのだろう。  彼女がどういう言葉を望んでいるかなんて、落ちついて考えれば分かったはずだ。  けれど、その時の僕の心には、先輩に言われた言葉がつっかえていた。  だから、 『…僕には、関係ないことだろ』  そんな、突き放すような冷たい言葉しか、選べなかったのだ。 『……霧切さんが、誰を選んでも、誰に選ばれても。僕がそれに干渉する権利なんて、ないでしょ…』  だって、僕たちは、恋人でも何でもない。  友人という括りですら、怪しいかもしれないのだ。  あの学園で共に過ごして来ただけの、ただのクラスメイト。 『霧切さんが嫌なら、拒めばいいし……そうじゃなかったとしたら、……好きにすればいい、と思う』  殴ってくれ、と思った。  いっそ、思いっきり、鋲のついたそのグローブで、痕が残るくらいに殴って欲しかった。  そんなことしか言えない自分を、他でもない自分が嫌悪した。  きっと霧切さんだって。  けれど。 『……そうね』  襟首を握っていた彼女の手は、ずるり、と力なく離れた。  す、と一瞬名残を惜しむかのように、僕の胸を伝って、そのままだらん、と地面に落ちる。  霧切さんが俯くと、膨れ上がっていたように感じた彼女の銀髪が、それに倣って肩から流れ落ちる。  前髪に隠されて、表情は見えない。  ただ、僕の胸を伝った腕が、指が、微かに震えていた。 『……関係のない、ことよね。私がおかしかったわ。変な事を言ってごめんなさい』 『…どの道、参加はしないわ』 『…わかった』 『苦手だから。大勢で騒ぐのも、男の人に口説かれるのも…』  そのまま僕に表情を見せずに、彼女は床に散らばった書類を拾い始めた。  手伝おうと身をかがめて、彼女がそれを拒んでいるのが分かった。  顔を背けるために、かがんだのだ。  ワイシャツ姿、意外と細い素の肩が、ただ黙々と書類を拾い続ける。  そうすることでしか自分を保てないのだ、と言われているようだった。 『……長々と手伝わせて、ごめんなさい。…明日早いのよね。もう帰って良いから』 『…でも』 『コーヒーは、自分で淹れるから…帰りなさい』  僕の淹れたコーヒーを、彼女が褒めてくれたことがある。  彼女の好みなんて知らないまま、勢いでコーヒー豆を買いに行って。  素人なりに味を試行錯誤して、ブレンドの比率を考えて、手ずから淹れた一杯だった。  それまで自分のお気に入りのコーヒーメーカーを絶対に他人に触らせなかった霧切さんが。  それ以降は必ず僕にコーヒーを作らせるようになった。  こちらの都合なんてお構いなしで、何かと残業や用事を作っては付き合わせ、その度にコーヒーを淹れさせる。  逆に僕の仕事が溜まっていると、手伝いもせず、隣の机でただじっとそれを見て待っている。  美味しかったの、と尋ねると、普通じゃないかしら、と返された。  貴方らしい平凡な味ね、と、いつものからかうような笑みで。  ならばなぜ、僕が淹れたコーヒーばかり飲むのか。  どうして君は、僕にばかり構うのか。  他の人には聞かせないような笑い声や、無茶振りや、怒声や、  他の人には見せないような不敵な笑みや、呆れ顔や、無防備な姿を、  勘違いしたくなかった。  みんなに、霧切さんにさえ、僕は「普通」だと評価され続けてきて。  誰かにとっての「特別」になんて、なったことなんて無くて。  それを言い訳にして、傷つくことを恐れて、霧切さんから遠ざかって、  そして、彼女を傷つけたのか。 『霧切さん、僕は…』 『……帰って』  怒鳴ったわけでも、泣いていたわけでもない。  ただ、ほんのわずかに濡れていた。  普段他人に感情をさらけ出すことを厭っている彼女が、それでも抑えることの出来なかった感情。  それが、何よりもキツい。  一度だけ、扉の前で振り返った。  霧切さんはまだ、地面に散らばった書類を拾っていた。  ぺらり、ぺらり、と、緩慢な所作で、わざわざ一枚ずつ、時間をかけて、まるで僕が出ていくまでの時間を稼ぐように。  見ていられず、僕は逃げるようにしてその部屋を後にした。  ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 「……」 「……苗木さぁ」  深く溜息を吐いて、朝日奈さんが肩を落とす。  廊下の電灯は落ちて、非常灯と自販機の明かりだけが僕らを照らしている。  腕時計に目をやれば、就業時間はとっくに過ぎていた。  事務所から玄関まで直通の道で話しこんでいたにもかかわらず、話している間に誰一人ここを通らなかった。  きっとみんなが気を使って裏口から出たか、霧切さんのように残業をしているのだろう。  僕も朝日奈さんを促して、彼女が持ってきてくれたコートを受け取った。用が無いのなら、早々に出ないといけない。  寮へと戻る道程、雪こそ降らないけれど、染みいるような寒さ。 「あのね…そりゃ霧切ちゃんも怒るよ」 「…うん」  当然だ。  彼女の言葉を借りるなら、僕は霧切さんを、あの先輩に『差し出そうと』したのだから。 「ちっがうっての!」 「…いてっ」  と、空のペットボトルで、頭をぺこんと殴られる。  それをそのまま道端のゴミ箱に投げ入れると、いつものお説教顔で、僕をベンチに座らせた。  霧切さんといい、腐川さんといい、僕の周りの女の子はおっかない人ばっかりだ。 「…あのね、苗木。自分のことだから気付かないってのは、アンタにも言える台詞なんだからね」 「え、と…何の話?」 「アンタが、霧切ちゃんにとってどれほど大切で、特別な存在かって話」  ビシ、と此方に指を突きつけるポーズは、彼女を意識したものだろう。  いや、そりゃあ僕と霧切さんに限らず、あの高校を出た仲間たちは、みんな気のおけない仲ではあるとは思うけれど。  それでも彼女は高嶺の花で、僕はどこにでもいる一般人。  逆だったら、それは分かる。  けれど、高嶺の花が路傍の草を大事に想うだなんて、なんともおかしな構図じゃないか。  僕は「普通」。彼女は「特別」。希望ヶ峰学園を出てからも、それは変わらない。 「…苗木って、いっつも前向きなクセに、変なところでネガティブだよね」 「そうかな…普通の感性だと思うよ。一般的な」 「む。その『一般的』って単語、なんか棘を感じるんだけど」 「気のせいです」 「…って、はぐらかさないで。実は苗木も、心のどこかで気づいてるんじゃないの?」  僕にとっては、確かに大切な人だ。  あの窮地で、まあ、そりゃあ理不尽なことを言われたのは一度や二度や、うん、幾度か、いや、うん、止めておこう。  それでもあの窮地で、僕が僕のままでいることが出来たのは、彼女のお陰だ。  単に学級裁判での討論や推理においてだけではない。  仲間を失っていく辛さを、その引きずる思い出の重さを、いつも支えてくれたのは。

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