kk12_869-872

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「苗木君、頼んでおいた飛行機のチケットは?」 「えっと…空港で受け取る形になるって」 「そう。今回の事件の詳細は、ちゃんと書類にしてくれた? 向こうに着くまでに目を通しておきたいわ」 「かさばっちゃうから印刷はしていないけど、データだけなら見られるよ。飛行機の中はパソコン使えるからさ」 「ありがとう。出るわよ、戸締まりはよろしくね」  僕が霧切さんの探偵事務所に住み込みで働くようになって、一年が経つ。  同窓生の好なのか、それとも本当に僕の平凡な能力を買ってくれたのか、申し出は霧切さんからだった。  もし僕が社会に出て、行く宛てを無くした時は、うちで働かせてあげる、と。  親の希望で、一応は大学に進学した。  心理学を専攻してみたり、教職の免許を取ってみたり、色々とやることはあったけれど。  同窓会で出会う度に、霧切さんは僕を誘ってくれた。  似たような提案は、他の同窓生からも受けていたけれど、僕は彼女の手を取らせてもらったわけだ。  どうせ平凡な大学を出て平凡な会社に就職するよりも、すごい人の側ですごい体験を、と、親も勧めてくれた。  期待が無かったわけじゃない。  霧切さんはクールで、知的で、わかりにくいけど優しくて、それにその、すごく美人で。  彼女に誘われて、浮足立っていた自分がいなかったと言えば、嘘になる。  そんなわけで、今は彼女と衣食住を共にする生活を送らせてもらっている、ワケなのだが。 「空港までは、タクシーを呼んであるから」 「…お昼はどうするの?」 「空港か、向こうに着いてからかな…今小腹が空いているなら、保存食がバッグの中に」  ただ彼女の仕事ぶりを見ていれば、浮ついた考えは到底表に出せなかったのだ。  探偵というのは僕が想像していたよりも遥かに重くて、辛い仕事だったから。  『疑う仕事』というのは、往々にして自分の方も、人から信用してもらえないことが多い。  的外れな推理で自分が犯人に仕立て上げられては敵わない、と、大抵は心を閉ざした容疑者たちを相手にする。  激昂した容疑者から暴力を振るわれたり、一方的に根拠もないことで罵られたり。  そして、人の死と悪意に触れる。  時によっては、誰も望まなかった真実を明るみに引きずり出して、恨みを買うことだってある。  それだけじゃない。  若い女性というだけで、彼女を探偵として扱わず、好奇の視線で見る輩も、もちろんいるのだ。  どんな仕事だってそうだ、子どもたちが憧れるのは、表に見えるほんの一面がカッコいいから。  裏でどれだけ汗や涙を流すのか、本当の意味で知ることが出来るのは、実際にその職に就いてからだ。  霧切さんは、強い。  そんな辛い仕事に、泣き言一つ洩らさない。  そういうものだと割り切っている、と、いつだか彼女は言っていた。 『…それでも、貴方にとっては辛い仕事だろうから…辞めたくなったら、遠慮せずにいつでも言いなさい』  僕が尋ねた時、彼女は僕に顔を見せずに、そう言い放った。  あの寂しそうな背中は、簡単には忘れられない。 「…連休?」 「ええ。今週末は事務所を休みにしようかと思っているの」  そんな仕事熱心な霧切さんからの提案は、当然僕を驚かせるものとなった。 「貴方もたまには御実家に帰って、顔を見せてあげなさい」 「でも…依頼とかは」 「私しか日本に探偵がいないわけじゃないわ。余程重要な事件なら、他の探偵が出るでしょう」  帰りの列車に揺られて、少しだけ眠たそうな霧切さんは、それでもコーヒーを啜りながら書類に目を通している。  今回の事件は少しだけ厄介で、僕も彼女も徹夜明けだった。  それでもいつも通りの霧切さんの名推理と、…なんというか、僕の幸運(笑)体質が功を奏して、どうにか解決に至ったわけだ。 「その間、霧切さんはどうするの?」 「別にどうもしないわ。自宅で羽を伸ばしつつ、これまでの事件の整理とか…」 「そういう雑用は僕がやるってば」 「たまには自分でやらないと…貴方がいなくなった時、独りでやっていけなくなるもの」  僕が、いなくなった時。  どうして霧切さんは、そうやって、寂しい仮定ばかり。 「……苗木君?」 「…寝てていいよ、疲れてるでしょ。着いたら起こすから」 「そう…? じゃあ、お言葉に……甘えようかしら…」  就寝。話しながらまどろんでいる霧切さんなんて、初めて見た。  余程疲れていたんだろう。  彼女の場合は、どちらかというと肉体よりも精神的な疲れの方が大きいと思う。  というか、証拠集めや証言を聞きに駆け回るのは僕の仕事。  でも、疲労はきっと彼女の方が大きい。  あの小さな背中を守るために、僕は彼女の助手を続けているのだ。  僕も眠い、では、流石に格好がつかない。  棚から自分のコートを取り出して、毛布代わりに掛けてみる。  少しだけもぞもぞと動き、彼女は僕のコートにくるまってしまった。  まだ睡眠と覚醒の間にいるのか、ぼんやりと薄目を空け、僕の方を見る。 「…苗木、君…」 「何?」 「肩…」 「ああ、はい」  シートの仕切りを外して、霧切さんの方に体を寄せる。  体を預けるものがあった方が寝やすいらしく、彼女はよく僕の肩を枕代わりにするのだ。  体重を感じる。彼女が良く好んで使うコロンの匂いも。耳元には、規則正しい寝息。  この時間が、彼女の仕事を手伝っていて一番報われる時だ。  頼ってくれとは言えないけれど、そんな彼女に肩を貸すことが出来る時間。  霧切さん本人には、口が裂けても言えないなぁ。 『…ちゃんと言葉にしないと、どこかに飛んでいっちゃいますよ?』  女子会という名の近況報告で、話題の五割はもっぱら色恋沙汰だ。  あの学園を卒業してからも、こうして互いの顔を見れるような関係であることは、貴重だとは思うけれど。  そういう話題はどうも苦手で、だから話がその手の方向に向かった時は、そっと気配を消して来たのだけれど。  女子会には、例えば朝日奈さんが大会で来れなかったり、なんだかんだで腐川さんが顔を見せたり。  つまりは、集まりを強制されることはないし、義務でもないし、好きな時に顔を出せばいい。  ただこの日は、たまたま舞園さんと私だけしかいなかったのだ。  彼女とは、特にその話をするのを避けていた。  彼女が苗木君に寄せていた思いを、私は知っている。  そして、『私が知っている』ということを、きっと彼女は知っているのだ。 『…まだ、言ってないんですよね、苗木君に』 『……何のことかしら』 『高校を卒業してから連絡を取り合って、二人で同じ事務所で暮らして…それで、どうしてまだ『お友達』なんですか?』  人の心が読めるとは、存外嘘でも見栄でもないらしい。  苗木君の言だったから、てっきり彼がお決まりの馬鹿正直を発揮して、それを見抜かれただけだと思っていたのだけれど。 『逃げないでください、霧切さん』  それを言われると、どうも弱い。 『…私の追求からも、自分の気持ちからも』 『……自分の気持ちは、よく分からないのよ』 『苗木君への気持ち、ってことですか?』  頷いて、コーヒーを啜る。  彼女のおススメのカフェテリアのはずだが、なぜか一口目より味が渋い。 「苗木君、頼んでおいた飛行機のチケットは?」 「えっと…空港で受け取る形になるって」 「そう。今回の事件の詳細は、ちゃんと書類にしてくれた? 向こうに着くまでに目を通しておきたいわ」 「かさばっちゃうから印刷はしていないけど、データだけなら見られるよ。飛行機の中はパソコン使えるからさ」  打てば響く、とは少し違うだろうか。  以心伝心、なんて言葉は恥ずかしすぎる。  私の意思を、言葉で伝えるよりも前に、彼が理解してくれている。  それが、嬉しくて、こそばゆいのだ。  だからこそ、言葉で縛ってしまいたくない。  心で通じあえている関係だからこそ。 『…具体的な言葉にしてしまうと、…今の気持ちが、安っぽくなってしまいそうで』 『……そう、ですか』 『離れてしまうなら、それでいいとも思っているの』  彼が自分の意思で、私の隣にいてくれる。  それが嬉しいのだ。  私は、自分勝手な女だろうか。 『……はあ、もう。勝者の余裕、ですね』 『ごめんなさい、そんなつもりじゃ…』 『苗木君、結構人気高かったんですよ。そして数ある選択肢の中から、霧切さんを選んだ』  憮然とした表情で、舞園さんもコーヒーに口を付ける。  試合終了の合図だった。 『霧切さんは、もっとそのことを自覚するべきです』  誰のことを言っているのか、分かりますよね、と、言外に言われていた。  肩を狭めて、もう一度コーヒーを啜る。  舞園さんは、優しい人だ。強い人だ。私とは違う。  もし私と彼女の立場が逆だったら、私はこんな風に、塩を送るような真似はできないだろう。  私は弱い。  きっと苗木君という支え棒が無ければ、すぐに自壊してしまうだろうくらいには。  離れないで、と言えば、お人好しな彼のことだ。  きっと余程でない限り、側にいてくれるのだろう。  それは、何か違う。  それは、依存だ。信頼じゃない。  私は探偵で、彼は助手。その在り方を崩したくはない。  私がその気持ちを言葉にしないで、それでも彼が自分の意思で、側にいてくれる。  その関係が、一番バランスが良い。 『……なんて言い訳をして。ホントは、こっちから踏みこむ勇気が無いだけなのに』 『え?』 『…何でもないわ』  車窓に映る景色に目を馳せていると、まどろみながら、そんな会話をしたことを思い出した。  かくん、と、顔が重力に引っ張られて、やや覚醒。  隣の席から、聞き慣れた柔らかな声音がする。 「……苗木君?」 「…寝てていいよ、疲れてるでしょ。着いたら起こすから」 「そう…? じゃあ、お言葉に……甘えようかしら…」  貴方の隣は居心地がいいから。  気を緩めると、つい依存してしまいそうになる。 「…苗木、君…」 「何?」 「肩…」 「ああ、はい」  それでも、このくらい寄りかかるのは、許してもらえるだろうか。  少しだけ低い枕に頬を擦りよせると、私の意識は穏やかな眠りの波に飲まれていった。

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