kk15_18-24

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 久々の休暇だというのに、既に午睡で半分を費やしていた。  良くも悪くも、生産性のない趣味に没頭することは無いだろうと、自分を省みたことは幾度かあった。  仕事が趣味だ、と言えば、十神君にすら同情の視線を向けられたことを覚えている。  無趣味のまま過ごす一日が、これほどまで辛いものだと、久方ぶりに実感した。  目が覚めたばかりの私の頭の中を、重苦しい感覚が占めている。  テーブルの上に放り投げ、それでも捨て去ることは出来なかったその原因を、私は今日何度目か睨みつける。 「……、はぁ」  隣にいるはずの彼の面影を浮かべて、私は深く溜息を吐いた。  携帯電話に手を伸ばし、待ち受け画面を開く。  変わりない無機質な待ち受け画面。  それを見て、多少なりとも気分が沈んでいる自分に驚いた。  届くはずのないメールを、来るはずのない着信を、無意識に待ち望んでいたとでもいうのだろうか。  だとしたら、それは甘えだった。  声をかけるのは彼からではなく、私からであるべきなのだ。  子どもでも分かる理屈。  以前彼に、案外子どもっぽいところがあるね、とからかい半分に諭されたことを思い出す。  メールの履歴を指で辿る。通話ではきっと、何も言えないまま逃げ出してしまうだろう。  表示されている既読、その最新の五件は、どれも同じ人物から。  内容のほとんどは、他愛もない世間話。  それでも、その名前が表示される度に心が跳ねていた事を思い出す。 「…苗木君」  知らず、彼の名前を口に出していた。  部屋には私一人。当然だ、自宅なのだから。  誰にとも聞かれることのない声は、そのまま無機質な壁に吸い込まれていく。  思いたって、やはり今日何度目かの返信文を作る。  定型文を幾つかこしらえて、適当に並べてはそれを消す、の繰り返し。  どうやっても、出来あがった文章には納得いかなかった。  謝罪よりも言い訳が先に来て、頭でっかちになる。  こんなものを送られたら、彼でなくともますます機嫌を損ねてしまうに違いない。  けれども、自分から上手く譲歩したり、媚びて許しを乞うような器用な真似は、やはり私には出来ない。  探偵としてなら、論理的に、理性的に、事物と事象を並行させて、幾らでも機械的に話すことができるのに。  どうして然るべき場でないと、ここまで言葉に疎くなってしまうのか。  いや、然るべき場ではなかったとしても、コミュニケーションのための能力は人並みに培ってきたつもりだった。  幾ら考えても答えは出せず、結局私はまた不貞寝にベッドへ戻る。  テーブルに放り投げたままの二枚の紙切れが、私の背を見咎めているような気がした。 『…ペアチケット?』  某日、未来機関。喧騒に包まれていた昼休みの食堂にて。  私、すなわち霧切響子は、朝日奈さんが差しだしたその紙片を、受け取らずに怪訝に見返す。  あの学園生活を終えた私たちは、生き残った『超高校級』の人材として、ここで復興支援活動に従事していた。  復興の黎明期は終わり、絶望は緩やかに衰退している。  入学以前と比べれば、それでもまだ安全とは到底言えないけれども、ようやく物資や流通が立ち直ってきた、そんな折だった。 『今週の日曜にさ、とうとう駅前に新しくフルーツパーラーが出来るんだよ!』 『…そう』  ここには無い食の楽園を思い浮かべているのだろうか、恍惚とした表情を浮かべる。  そんな朝日奈さんには申し訳ないが、私はそこまで熱が入る理由を解せなかった。  女らしい花のある趣味にはとんと無縁だったし、それが似合わないであろうことも自覚している。  こういうものは、より有意義に使える人が、それこそ朝日奈さんが自ら楽しむべきだ。  気持ちだけを受け取って、丁重に断ろうとして、 『苗木あたりでも誘って、行って来なって!!』  聞き捨てならない台詞を耳にして、私はスプーンを持った手ごと硬直した。 『……、…朝日奈さん』 『うん?』 『…なぜそこで、彼の名前が出てくるのかしら』  仲間内の男性なら、他にも候補がいるだろう。  そう一瞬考えて、頭を振る。  十神君は妻帯者だし、葉隠君はなんというか、そういう対象では無い。  その他の同僚とは、せいぜい挨拶を交わす程度の仲。  消去法でいけば苗木君しか相手はいないだろうけど…いや、それ以前に男女のカップルである必要はあるのか。  私はそこで、動揺している自分に気付く。  なぜ彼とセットで扱われてしまうことに、これほどまで抵抗があるのだろう。 『だって霧切ちゃん、苗木と仲良いでしょ?』  違うの? と、首を傾げて、無邪気に朝日奈さんは問う。  違う、と否定しようとして喉が詰まる。少なくとも赤の他人では無かった。 『…あなたの思うような関係じゃないわ』  努めて冷静に、私は対処する。仲が良いことは、まあ、認めよう。  人の良さそうな、困った笑顔が頭に浮かぶ。  壮絶な死線を越えて、やや頼りのなかった少年の面影は、いつしか『超高校級』の肩書に恥じない精悍な青年のそれに取って代わっていた。  成長したのだろうか、それとも私の見方が変わってしまったのか。  少なくとも身近な異性の中では、一番親交が深いと言える相手だった。  けれど、それとこれとは話が別である。 『私の思うような関係、って?』 『だから…、ペアチケットで誘うような仲、ということよ』 『苗木のこと、好きじゃないの?』  この手のことを語らせたら、朝日奈さんはある意味最も手ごわい相手だ。  天然だの馬鹿正直だの、そういうまっすぐな人種は好ましい一方で、どこか苦手だったりする。 『ほら、私ってばドジだから、いつも苗木にも霧切ちゃんにも迷惑掛けてるし、この際いっぺんに恩返しを…』  朝日奈さんの『好き』の範囲は広い。  他人の恋愛に興味津々であること以上に、彼女のそれは厄介でもある。  彼女自身が大神さんに対して抱くのも、腐川さんが十神君に対して抱くのも、等しく『好き』という感情で括るからだ。 『……あの、朝日奈さん、私は…別に苗木君とは、』 『え、もしかして…嫌い?』 『…いえ、けっしてそういうワケじゃ』  嫌い、という言葉の響きと、しゅんと俯く彼女の表情に、ほぼ反射で否定する。  してやられた。  聞くが早いが、再び彼女は顔を輝かせてチケットを押し付ける。 『だよね! じゃ、二人で行って来なよ! あ、感想聞かせてね』  取り付く島もないほどの速さで、朝日奈さんは食堂を去っていった。。  残された私は、さりとて手渡された厚意を無碍にすることも出来ず、どうしたものかとスプーンを弄ぶ。  と、そこへ、まるで見計らったかのように、 『あ、霧切さんも昼休憩?』 『……苗木君』  噂をすれば影、というか本人がやってきた。  似合わないワイシャツ姿を着崩して、袖をまくり、ネクタイを弛めている。  私を見つけて、ほっとしたような笑顔を向けて寄ってくる様に、飼い主を見つけてはしゃぐ子犬を彷彿とさせられた。 『席、いいかな』 『…お好きにどうぞ』  可愛げのある言い方一つも出来ない私の正面に、ありがとう、と告げて苗木君が腰をかけた。  何がありがたいのか。  席なんて山ほどあるのだから、好きなところに腰をかければいいのに。  どうしてわざわざ、私の側に座ろうとするのだろう。  …私は、彼と仲が良いのだろうか。  朝日奈さんに問われた質問を、再び自分に投げかけた。  険悪、ということはないと思う。  喧嘩になったことは幾度かあるけれど、気の合う相手だと勝手に思っていたりする。  というよりも、彼の方が相手の気分に合わせるのが上手いのか。  食事や遊びに誘われたことも、片手の指で数えるほどだが、あったことはあった。 『…何か、考え事?』 『え…?』 『難しい顔してたよ』  ふと、純朴な瞳に覗かれていることに気付き、顔を逸らしてしまう。  朝日奈さんとあんなことを話したせいだ。正面から見据えるのに、どことなく気まずさを感じた。 『…ええ、そう。そんなところよ…』  誰のせいだと、という思いを押さえて、努めて冷静に返す。  悩みの種が苗木君だとしても、別に苗木君のせいで、ということではない。 『あの、もし疲れてるなら…やっぱり僕、席外そうか』  些細な表情の変化に反応したのか、すまなさそうに苗木君が申し出る。  これでもポーカーフェイスには自信があったのだけれど。  妙なところで敏い。 『…構わないわ。疲れているからといって、それが貴方を追い払う理由にはならないもの』 『で、でもさ』 『それより、そうね…午後を乗り切るために、私は温かいコーヒーが飲みたいのだけれど』  コツコツ、と、自分のトレーの底を指で叩く。  了解、と人懐っこい笑みを浮かべ、苗木君は二人分のコーヒーを淹れに席を立った。  尻に敷かれるタイプね、と、その背中に聞こえるように皮肉を飛ばす。  上手く誤魔化せただろうか。  変に否定するよりも、こうしてはぐらかす方が性に合っている、はずだ。  普段の自分の仕草を思い出せない。  なぜわざわざ、いつも通りの自分を繕わなければいけないのか。  それほどに私は、いつもの自分を見出せなくなるまで、落ち着きを失ってしまっているのか。  彼が正面に座っただけで? そんなおかしな話はないだろう。 『…と、お待たせ。ブラックで良かった?』 『ええ、ありがとう』 『いつものことながら、よく飲めるね…』 『味覚が大人なのよ。苗木君は砂糖二つ、だったかしら』 『…もしかしなくても、馬鹿にされてる気がする』 『被害妄想じゃない? …ふふ』  それでも、からかう内に、徐々に調子を取り戻してくる。  確かにこういう意味でなら、苗木君とは仲が良いと言えるのかもしれない。  他愛のない話をする間、私は何の警戒もせず、言葉の裏も気にかけず、自然体でいられる。  掛け値なしで、彼との時間は楽しかった。  難しく考えすぎているのかもしれない、と、コーヒーを一口啜る。  香ばしい匂いが温かな湯気とともに立ち上り、ほろ苦さと酸味が口の中に広がった。  ぐるぐると糸玉のように絡んでいた思考を、彼のコーヒーはゆっくりとほどいてくれる。 『…美味しいわ、貴方のコーヒー』 『あ、はは…インスタントだから、誰が淹れても同じ味なんだけどね』 『味だけの問題じゃないのよ、こういうのは』  きっと意味を分かっていないだろう、首を傾げた少年に、微笑みかける。  もちろん分かりにくい程度に、言葉の内に忍ばせたのだけれど。  仕事続きで凝り固まった疲れが、ゆっくり癒されていく。  昼時をやや過ぎて、食堂の喧騒も少しずつ薄れている。  悪くない午後だ、と一息ついて、 『あれ、これ…何?』  吐いた息を、もう一度飲み込むことになった。 『それ、は』 『…ペアチケットだね』  テーブルの端に放置されていた一組のソレを、苗木君が拾う。  迂闊だった。  彼がコーヒーを淹れている間にでも、目の届かないところに隠してしまえばよかったのに。  よりにもよって、彼に現物を見られてしまうなんて。  仕掛けたのは、口の軽い朝日奈さん。面倒な事になりそうな予感がひしひしとする。 『……、朝日奈さんにもらったのよ。日頃のお礼に、って』  こういう時は、下手に誤魔化さない方が良い。  嘘をついてボロを出せば、その時点で疑いの目を向けられてしまう。  いや、別にやましいことがある訳ではないのだけれど。  「あなたと二人で使うようにとプレゼントされました」だなんて、とてもじゃないけれど言えない。  気まずくなるのが目に見えているし、それ以上に彼に気を遣わせてしまうのが心苦しい。 『…そっか。ペアなのは、何で?』  本当に、嫌に鋭い少年だ。さりげなく、こちらが隠した部分を掘りあてようとしてくる。  ペアでも不自然とまでは言えない。けれどもお礼というなら、一枚でも十分事足りるだろう、と。  出会って間もない頃は、こんなにイヤらしい少年ではなく、どちらかと言えば鈍く、察しの悪い少年だった。  誰に似てしまったのだろう。  …そりゃあ、些細な違和感でも逃す前に追及する、という探偵の極意を教えたのは、私だけれど。  あなたに気まずい思いをさせないために隠しているのに、と、恨み事のように思ってしまう。 『さあ…彼女がソレしか持っていなかったから、じゃないかしら』 『そうかな。でもコレ、一枚ずつに切り離せば、シングルチケットとしてプレゼントすることも出来るよね』  嫌な追及の仕方だ。  本当に、誰に似たというのだろう。 『あ、…霧切さん、誰かと一緒に行くの?』  秘密を追及される立場というのは、こうも心地の悪いものなのだろうか。  けっして責めたてられているワケでは無いのに。  どうして私は、次に紡ぐ言葉すら迷ってしまっているのだろう。  あるいは、このタイミングで言ってしまえばいい。  「よかったら、苗木君、どうかしら」なんて。不自然ではないだろう。  彼の方から誘ってくれたことは何度もある。私の方から誘っても、それは不自然じゃないはずだ。 『……、あの、苗木君』 『うん?』  言ってしまえばいい、のに。  喉が渇く。頭が上手く回らない。  勢いに任せて誘ってしまえと開いた口は、二度、三度、言葉を失う。  苗木君が、怪訝そうに私を見る。  何か、なんでもいいから言わなければ、不自然になってしまう。 『……苗木君には、関係ないでしょう…?』  そうして、皮肉な事に、一番私らしい台詞に辿り着いてしまった。 『私が、…誰と一緒に行こうが』  ぴし、と、その場の空気にひびが入った心地がした。  苗木君の表情が固まり、ややあって強張る。  そこでようやく、私は自分の言った言葉の手酷さに気が付いた。 『…そ、そうだよね。ゴメン、変な詮索しちゃって』  あくまで明るい口調で、苗木君は申し訳なさそうに縮こまる。  私に良く向けるような、人懐っこい柔和な笑みではなく、困っている時の作り笑顔。 『あ、えっと…駅前に出来るフルーツパーラーだよね? 僕もちょっとあの店、気になってたから』 『…ええ』 『味の感想とか、よかったら後で教えてくれないかな』  情けなさで、胸がいっぱいになる。誘うどころか、傷つけてしまうなんて。  気恥ずかしさから身を守るので精一杯だった私は、何も言葉を返せずに俯くことしか出来ない。  何も返事をしない私を見て、ますます苗木君は気まずそうに笑った。 『その…疲れてる時に、ゴメンね。僕、やっぱり別の席で…』 『あ、待っ……』  背中が遠ざかっていく、あの時の喪失感を思い出して、私はベッドの上、思いっきり枕に頭を沈める。  忌々しい記憶の中で、オシオキと称され処刑に向かう彼の姿が重なった。  もうあんなことは起こり得ない、必死に自分に言い聞かせても、胸がいやに締め付けられる。  例えどういう形であれ、私はもうあの少年を失いたくはない、と思っているらしい。  あの日から、今日で三日目。  会えば挨拶もするし、いつも通り言葉も交わすけれど、ぎこちなさは拭えない。  苗木君が不自然なほどに話題を振り、私が無愛想に反応する、という、会話とは程遠いものばかり。  自分でももう嫌というほど分かっている。  悪いのは苗木君じゃない。  むしろ彼のようなお人好しじゃなければ、こんな面倒な女なんてとっくに見限っているはずだ。  けれども、幾ら考えても妙案は思い浮かばない。  模範解答のない問題を考えるのは、どうやらとことん苦手なタチらしい。  私の方から切り出さなければいけないことなんて分かりきっていることだし、そもそも待ち手は得意じゃない。  そして往生際の悪いことに、一握の期待すら持ってしまう。  いつものように今回も、お人好しの彼の方から、何かきっかけを作り出してくれないだろうか、なんて。  ぶぶぶ、と、机に放り出していた携帯電話が震えた。  三日ぶりに、心臓が跳ねあがる。  ディスプレイに表示される、「新着メール」の文字。  恐る恐る、手に取ってみる。  いやまさか、そんな。タイミングが良すぎる、図ったわけじゃあるまいし。  「未来機関:同僚」のフォルダに、未読メール。  一度ディスプレイを閉じて、深呼吸をする。いやに緊張している。  もう一度ディスプレイを開き、見間違いじゃないことを確認する。  そっと指で、メールフォルダを開いた。 『   From:朝日奈葵   Title:どうだった?   こないだあげたペアチケット、もう使った?   味の感想、ぜひ聞かせてね!   あとあと、苗木とのデートの感想も(>ω<)ノシ                                』 「……、…」  私は無言で、携帯電話をベッドに叩きつけた。

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