ms3_898-902

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雨の日は嫌いだ。 あの重く垂れこめる、鉛色の空を見ただけで気が滅入る。多分、誰だってそうだろう。 そんなことを考えながら、ボク―苗木誠―はため息を吐いた。 窓から外を眺めても、目に入ってくるのは雨模様の空だけ。 せっかく作ったてるてる坊主は、なんの役にも立ってくれなかったみたいだ。 そのこともまた、ボクの気分を沈ませる。 「おはようございます、苗木君」 不意に、背後から聞き覚えのある声がした。 「あ、おはよう。舞園さん」 その声の主―舞園さんの方を振り向き…思わず、ギョッとした。 「えっと…どうしたの?ずぶ濡れだけど…」 そう。舞園さんは、その綺麗な青髪の先から足の先まで、水が滴りそうなほどにずぶ濡れだった。 「大したことじゃないですよ、ちょっと傘を家に忘れてしまっただけで……」 鼻声混じりで、彼女はそう答える。…普通、梅雨の時期に傘を家に忘れるだろうか? まぁ…舞園さんはたまに天然なところがあるし、仕方ないのかもしれない。 「とりあえず体拭いたほうがいいんじゃない?風邪ひいちゃうかもしれないよ」 「それは…そうなんですけど…」 舞園さんは困ったように目を伏せる。 「…もしかして、タオルとかハンカチとかも家に置いてきた…?」 「はい。だからちょっと困ってて…」 「じゃあ、ボクの使う?まだ使ってないからさ」 バックからハンドタオルを取り出し、舞園さんに差し出す。 「本当に、わざわざすみません…」 「いや、別にいいよ…大したことしてないし」 「ありがとうございます。ちゃんと、洗ってから返しますから」 そう言うやいなや、舞園さんはボクの手からハンドタオルを取り、足早に駆けて行ってしまった。 …雨で濡れた舞園さん、色っぽいなぁ… 昼を過ぎても雨脚は収まらず、結局雨は放課後まで降り続いた。 ボクは日誌を書いていたせいで、他の皆よりも少し校舎を出るのが遅れてしまった。 急いで脱靴場へ向かったところ、そこでは不安げな顔をした舞園さんが空を見上げていた。 「あれ?どうしたの、舞園さん?」 「いえ…傘を忘れちゃったので、雨が止むのを待ってるんです」 あぁ…そうだった。だから、今朝はあんなにずぶ濡れだったんだ。 …でも『雨が止むのを待ってる』って、確か今日は終日雨の予報じゃなかったっけ? 「ねぇ、舞園さん。だったら、一緒に帰らない?ボクの傘結構大きいし、舞園さんスマートだから、二人くらいなら何とか入ると思うんだけど…」 「え?い、いいんですか?」 「うん。もし舞園さんが良ければ…」 「もちろん大丈夫です!実は、もしもこのまま雨が止まなかったらどうしよう、って思ってたんですよ」 舞園さんはそう言うと、いそいそと近づいてきた。 ―そこで気づいた。 『ボクが傘を持ったら、舞園さんは窮屈なんじゃないだろうか?』 悲しいことに、ボクは舞園さんよりも5cmほど身長が低い。 普通はそこまで気にならない差だけど、傘という密室の中では、それは致命的な差になるんじゃ…? かと言って、舞園さんに持たせるのも…男子としてどうかと思う。 「そうですね…じゃあ、二人で持ちましょうよ」 「え?」 驚くボクをよそに、舞園さんは続ける。 「ですから、二人で傘を持ちましょう、って言ったんです」 たまに彼女は、少し常識はずれなことを笑顔で言う。 でも今回は、その常識はずれがありがたい。 「うん。じゃあ、行こっか」 「はい!」 ボク等は二人仲良く、傘を握って歩き出した。 「ふぅ…久しぶりに、二人っきりでお話出来ますね」 「久しぶりだっけ?ボク、舞園さんとは結構喋ってるつもりだったけど…」 「なかなか、『二人っきりで』っていうチャンスはありませんからね…お互い、忙しいですし」 今朝も二人っきりだったような気がするけど…わざわざそんなことを言って、このいいムードを壊すのも嫌なので言わないでおいた。 「あ、そうえいばこの前、舞園さんが出てた番組見たよ」 「本当ですか!?嬉しいです…」 「ああいうの見ると、やっぱり舞園さんって雲の上の人なんだなぁって実感しちゃうね…」 「む…雲の上の人なんかじゃないですよ…私はちゃんと、ここにいますから」 舞園さんの傘を持っていない方の手が、ボクの手を握りしめてくる。 「うわっ…ちょ、ちょっと、舞園さん!?何するの!?」 「私を雲の上の人、って言ったことへの"オシオキ"です」 拗ねた顔つきで、彼女は平然とそんなことを言い張る。 【超高校級のアイドル】にこんなことをして貰えるとは、ボクの【幸運】も捨てたもんじゃないのかもな… 「あはは…ごめん、もう言わないからさ」 「…もう、次そんなこと言ったら、もっとヒドいことしちゃいますよ!」 『ヒドいこと』って何をするんだろう…その時のボクには、そんな好奇心と良心との葛藤があったけど…勝ったのは良心だった。 ということで、それからの帰路は雑談を楽しんだ。 翌日―天気は曇天。 どうやらここに来て、てるてる坊主がちょっとだけ仕事をしたみたいだ。 それに加えて今朝の占いが1位だったので、ボクは昨日よりちょっとだけいい気分で、学校に向かうことができた。 「あ、苗木君!おはようございます!」 「あぁ、舞園さん。おはよう」 朝イチから舞園さんの笑顔が眩しい。ベタな比喩だけど、本当に輝いているみたいだ。 「これ、昨日はありがとうございました!」 そう言って、舞園さんはカバンから白い布を手渡してくる。昨日ボクが貸したハンドタオルだ。 …もちろん、しっかり洗ってあるのだろう。 手渡されたそれを受け取り、何の気なしに舞園さんのカバンを見てみると… 「あれ?もしかして舞園さん、新しいストラップ付けた?」 「あ、気づいてくれましたか?昨日、自分で作ったんですよ!」 「へぇ~、上手だね!」 「そうですか?…そうだ!これもう一つ余分に作っちゃったんですけど…良かったら、いりませんか?」 「え、いいの?じゃあ、貰っちゃおうかな」 舞園さんはボクがそう答えるのを待ち構えていたかのように、瞬時にカバンの中からお手製のストラップを取り出した。 どうぞ、と手渡されたそれをよく見て、ボクの頭にある疑問が浮かんだ。 「ねぇ、舞園さん…このストラップのてるてる坊主、何で上下逆になってるの?」 「あぁ…それにはいろいろ理由があるんですけど…苗木君は、雨の日って好きですか?」 唐突に投げかけられた質問にちょっと面食らったが、その問いには正直に答えることにした。 「え…?う~ん…嫌い、かなぁ。ジメジメしてて、気分が落ち込んじゃうからね。舞園さんは?」 「私は、結構好きですよ。晴れの日とは違う良さがあるっていうか…何より、苗木君と相合い傘ができますから」 「…もしかして、それでストラップのてるてる坊主は逆さまなの?」 「はい。そうですけど…よく分かりましたね!エスパーですか?」 ホントにこの人のアプローチは積極的だ。…ボクが消極的すぎるのかな? まぁどちらにせよ、嬉しいってことだけは確かだ。 「そんなわけ無いでしょ…これ、ありがとう。大事に使わせてもらうね」 舞園さんの視線を感じながら、ボクはバックにそのストラップをつけた。…しっかり、上下を逆さまにして。 『どうか雨を降らせてください』っていう祈りを込めて。 ついさっきまで雨の日は嫌いだったけど…あんなこと言われたら、好きになるなって方がどうかしてる。 -----

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