kk16_11-13

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 要は、希望ヶ峰学園宿舎に一匹の野良猫が居着いた、という話だ。 「ただいま…っと」  部屋のドアを開けようとして、それよりも先に灰色の毛玉が中から飛び出して来た。  どうやら鍵を閉め忘れていたらしい。  部屋の中を見るに、何か荒らされていたというわけでもなかった。せいぜい、枕が裏返っていたくらい。  どこから入りこんだのか、あるいは誰かが手引きでもしているのか。  警備の目を上手い具合にすりぬけて、この猫はちょくちょくこの宿舎を徘徊している。  餌をやる生徒もあれば、邪険にして追い払う生徒もあり。僕はどちらかというと前者だ。  …けど、懐かれているワケではないらしい。悲しくも。  鞄をベッドの上に放り投げ、すぐに部屋を後にする。  猫の行き先には、心当たりがあった。 「…隣いいかな、霧切さん」 「……それは、この仔に聞いてくれる?」  ランドリールームで洗濯機を回しながら、片手間に推理小説を流し読む少女。  その膝の上では、ぐでん、と脱力して、灰猫が足を伸ばしていた。 「あなたが座りたいのは私じゃなくて、この仔の隣でしょうから」 「…えっと、ごめん…?」  微妙に不機嫌な彼女から少しだけ距離を取る。  気性が似ているのか、距離感が心地いいのか、この灰猫は霧切さんに一番よく懐いた。  構いすぎると嫌われる、という話を聞いたことがある。  朝日奈さんや桑田君はその典型で、姿を見れば逃げ出すほどだ。  逆に十神君やセレスさんのような、無関心を貫く相手を見つけては、その後ろを付けていく。  霧切さんはその中でも、特に猫の扱いを心得ているようだった。  自分から触りにはいかず、かといって邪険にもせず、歩み寄ってきた時だけ、焦らすようにそっと撫でる。  彼女が触れている時は、僕もその猫を撫でることができた。  そっと肉球を指で押してみる。ふに、と柔らかな弾力が返る。  ちら、と灰猫はこちらを見上げて、興味なさそうに欠伸をした。嫌がられているワケではないらしい。 「…意外だわ」  読書中だったはずの霧切さんは、そんな僕の様子を見て、意地の悪い笑みを浮かべていた。 「猫派だったのね、苗木君」 「…意外なの?」 「ええ、あなた、犬っぽいから」  からかわれているのだ、と分かって、ちょっとだけ肩を落とす。  にゃあ、と同感だとでも言うように猫が鳴いた。 「…まあ、犬も嫌いじゃないんだけどね」  というか、基本的に小動物は好きだ。 「そうなの?」 「うん、でもさ。猫はこう、普段はそっけないんだけど、たまに甘えてくれるっていうのが…」 「ああ、えっと…ツンデレ、というのだったかしら? あるいはクーデレ、と」 「…霧切さん、時々偏った知識持ってくるよね」  まあ、おそらくというか確実に、出所は山田君だろう。 「でも、この仔は中々懐いてくれないんだ」 「……そうかしら」 「うん。さっきまで僕の部屋に居たみたいなんだけど、僕が帰ってくると同時に逃げ出して…」  と、そこで言葉を区切る。  霧切さんのジト目が、呆れたような色で僕を見ていたからだ。 「…猫相手にも、鈍いのね」 「……、えっと…?」 「あなたの部屋、つまり帰ってきてすぐ会える場所にいたのでしょう? …あなたを待っていた、とは考えないのかしら」  それは、随分と自惚れた考え方になってしまうんじゃないだろうか。  第一、僕を待っていたのなら、逃げ出したりしないと思う。 「…素直じゃないのよ、この仔も」  擽るように、首元を撫でる。  なーお、と、抗議の声でも上げるかのようにして、猫は霧切さんのスカートに爪を立てた。 「だ、だとしてもさ。たぶん、一番懐いてるのは霧切さんだよね」 「…それもどうかしらね」  バンザイをさせるように両手をどかして、霧切さんが猫を膝から下ろす。  特に抵抗することもなく、猫は僕からやや距離をとって、ランドリーの椅子に座った。  …別段懐かれているとは思っていないけれど、やはりへこむ。  と、ちょうどそこで、洗濯機が電子音を鳴らした。  霧切さんは僕の目の前で堂々とその蓋を開け、どかどかと洗い終わった洗濯物をカゴにつっこむ。  ちら、と、黒いヒモのようなものが見えた。  なんとなく見てはいけない気がしたので、というか明らかに見てはいけないものだったので、僕は地面に視線を落とす。 「…? 大丈夫よ、靴下は入っていないから」 「……いや、色々ずれてるからね、それ」  うん、そりゃあ、女の子が洗濯物をしているところに入ってくるなんて、デリカシーが無かったとは思うけれど。  部屋を後にするくらいの猶予は認めてほしかったり。 「猫っていうのは、気位が高いから。一番好きな相手には、隙を見せたりしないものなのよ」 「よ、よく分かるね、猫の気持ち」  なんとなくいたたまれなくなって、破れかぶれの返事を返す。  ぴた、と一度だけ霧切さんの手が止まった。 「……あなたが鈍すぎるだけよ」 「いや、霧切さんが鋭いんじゃないかな…」 「…自覚が無い分、凶悪ね。酷い人だわ」  なーう、と、また同調するように猫が鳴く。  二体一では分が悪い。  猫はちらと僕を見やってから、ぺそ、と責めるように尾で叩いてきた。 「実は、ジゴロの才能でもあるんじゃないかしら」 「は、はは…流石にその才能はいらない、かな」  その毛並みに指を伸ばしてみる。  と、触れるか触れないかのところで、不機嫌そうにこちらを一瞥し、また霧切さんの足元へと向かわれてしまった。  …うん、どう考えても、懐かれてはいない。  やっぱり彼女の気のせいではないだろうか。 「…けど、だとしたらおかしな話じゃない?」 「え?」  振り返った霧切さんの顔は、もう笑っていなかった。  捜査の時のような、あの怜悧な眼差しで、僕をじっと見つめる。 「懐かれていないと思っているクセに、どうして構うの?」  そのことが、どれだけ彼女の知的好奇心を刺激したというのだろうか。  単純に、小動物が好きだから。  そう答えてしまえば楽だけれど、きっとそんな答えは望まれていなかった。 「…放っておけない、からかな」  霧切さんは、沈黙したまま僕の目を見据えてくる。  その目に圧されてしどろもどろになりながらも、僕は続ける。 「その、さ…ふらふらしてるのが、危なっかしいっていうか…心配なんだ」 「……あなたらしい、お人好しのお節介、と。納得したわ」  僕の答えに呆れたのか、それとも満足したのか、どちらともつかない声音だった。 「…厄介なのに目を付けられちゃったのね、あなたも……」  ふわり、と霧切さんは振り返って、―――見たことも無いような、優しげな笑みで、猫を撫で上げた。 「……、何よ」 「え、あ…」  思わず、その笑顔に見入ってしまって、霧切さんに不振がられる。  だって普段の無表情とのギャップもあって、見惚れてしまったから。…なんて、言えるはずもなく。  咄嗟に口をついて出た言い訳は、 「…霧切さんの方は猫っぽいな、と思って」 「……それ、どういう意味?」 「あい゛っ…へ、変な意味じゃ、イタイイタイ! ごめん、嘘! 取り消すから…!」  彼女のお気に召さなかったらしく、思いっきり耳を捻りあげられてしまった。  こちらから構うと機嫌を損ねる辺り、なんともはや。

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