ポッキーの日SS

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 「ポッキーの日だよ!」と朝日奈さんが騒いでいた。その声で私は今日が「11月11日」だということを思い出した。 特に、ポッキーに興味が有るわけではない。 けれど、朝日奈さんが袋いっぱいに詰め込まれたポッキーを抱えて嬉しそうにしている姿を見るとなんとなく和んだ。  私はコーヒーを啜りながらきっと、大神さん辺りと一緒に食べるのだろう――と朝日奈さんを眺めていたら、 彼女は私の姿に気づいたらしく、途端に顔を輝かせて駆け寄ってきた。 「霧切ちゃん! 霧切ちゃんもポッキー食べる!? 今日はポッキーの日だよ!」  人懐っこい笑顔を向けながら朝日奈さんは、ポッキーを箱ごと私の顔の前にズイと差し出してきた。 その勢いについ、私の口からは笑いがこぼれてしまう。 「ふふっ……別にポッキーなんていつでも食べれるのに随分楽しそうなのね、朝日奈さんは」 「だって、ポッキーの日なんだよ? 特別な感じがして何だかいつもより楽しいし美味しく感じるじゃん!」 「そういうものなの?」 「そういうものだよ! 霧切ちゃんは苗木と食べればいいんじゃないかな? これ箱ごとあげるからそうしなよ!」  胸にポッキーを箱ごと押し付けられて、私は必然的にそれを受け取った。 それよりも、どうしてこの流れで彼の名前が出てくるのか―― 「それじゃあ、ありがたくいただくけど……どうして、苗木君が出てくるの?」 「え? 恋人同士ってポッキーゲームするんでしょ? て言うかポッキーの日はしなきゃダメって聞いたことが有るよ!」 「ポッキーゲーム?」  当然のように、常識のように言う朝日奈さんだけれど、私はそんなの知らない。 ゲームというからにはポッキーを使った遊びなんだと思うけど、「恋人同士」という言葉が気になる。 「初めて、聞いたのだけど教えてくれるかしら」 「霧切ちゃん、知らないんだ! えっとね、ポッキーゲームっていうのは――」  何故か私の耳元に口を寄せて教えてくれる朝日奈さん。 「なるほどね。朝日奈さん、面白そうなことを教えてくれてありがとう」 「頑張ってね~!」  私は、朝日奈さんからもらったポッキーを持って苗木くんの部屋に向かった。  朝日奈さんから聞いた話によるとポッキーゲームというのは一つのポッキーを二人が両端から同時に食べ進めて途中で口を離した方が負け、というゲームらしい。 当然どちらも離さなければそのまま口付けることになるのだけど、私と苗木君は一度しかそういうことをしたことがない。 しかも、その一度というのも私からだった。 ようするに苗木君は最近の言葉で言うところの「草食系男子」で、悪く言えば「ヘタレ」だった。  ポッキーゲームを持ちかけたとしてもきっと私が勝つだろう。はじめから分かりきった勝負に私が乗り気なのはもちろん理由があった。 負けた方は罰ゲームを執行する。ただそれだけの理由。  私が罰ゲームの内容を考えているうちに、苗木くんの部屋の前に着いた。少し昂ぶる気持ちを抑えながらインターホンに手を伸ばした。 ――ピンポーン  私はすぐにドアが開くことを予想して少し下がった。けれど―― ――30秒経過  いつもなら10秒以内には笑顔で出迎えてくれるはず。でも、こういうこともあるだろうと思って私は待った。 ――1分経過   「……居ないのかしら?」  そもそも私が迷わず苗木君の部屋に来たのは、昨日彼との会話で―― 「明日は部屋でゆっくりするから、用があったらいつでも来て良いよ」  と、確かに彼は言っていたから居ないはずがない。  私は、不審に思ってドアノブに手を掛けた。開いているわけがない――と思いながら押してみたら見事に鍵は開いていた。 少しだけ開けたドアに戸惑った。でもすぐに私は部屋の中に駆けこむことになった。 「んー! んー!」  苗木君のうめき声のような物が聞こえたのだ。 「苗木君!? ――なっ!?」  私はその光景に言葉を失った。  苗木君の部屋には彼以外の人が居た。 「舞、園さん……? 何をしているの?」  そんなの聞かなくても分かる。けれど聞かずにはいられなかった。 舞園さんは苗木君の頬と首の後ろに手を添えて口付けていた。苗木君は、真っ青な顔で横目で私を見ていた。 「ぷはっ……霧切さん、何をしてるってポッキーゲームですよ! ポッキーゲーム! ご存知ありませんか?」  ようやく彼から離れて口を開いた舞園さんが、普段通りの調子で言ってのけた。 確かに、彼女たちの横にあるテーブルの上にはポッキーの箱があった。けれど―― 「私には、あなたが無理やり苗木君を抑えていたように見えたけど」  情けない。強気で言ったつもりなのに、私の声は震えていた。 苗木君の方に少し目をやると彼は相変わらず青ざめたままで、私と目を合わせようとしなかった。 「えっと……まぁ、霧切さんに見られてしまった時は苗木君が離れようとしたので抑えちゃいましたけど…… その前までは苗木君も自分の意志で私とキスしてたんですよ?  まぁ、キスというかポッキーゲームの結果みたいなものですけど」  「何を言ってるの? 苗木君がそんなことするわけないじゃない。ねぇ、苗木君。そうでしょう? ……苗木君?」 ――どうして、否定してくれないの?  苗木君は黙ったままだった。そしてやっぱり私と目を合わせない。 「まさか、本当……なの?」 「……ごめん」 「どうして謝るの? 違うんでしょ? 舞園さんが言ってることは全部嘘なんでしょ?」  私はみっともなく叫んで、取り乱していた。なのに苗木君は再び黙りこんで俯いてしまっている。 「霧切さん、本当ですよ? まぁ、理由は――」 「もう、いいわ……これ、あなた達にあげるわ」 「え?」  私は、そこにそれ以上居ることが出来なかった。耐えられなかった。 朝日奈さんにもらったポッキーを私は苗木君に投げつけて、私は走った。 「霧切さん!」  苗木君の声が聞こえたけど、私は聞こえないふりをした。    私は自分の部屋へ入ると、ドアの前で全身の力が抜けて座り込んだ。そしてそのまま―― 「――っ、うっぁ……ぁ、ぁぁっ!」  泣いた。みっともなく、声を出して。  きっと、こんな風に泣くのは初めて。それ程に私は苗木君が好きだった。 だから裏切られたと思って苦しくて、得意なはずの感情のコントロールも全然出来なくて、ただ泣いた。  でも、裏切られたと思っても私の口からは―― 「――ぎ、く……苗木、君ッ……苗木君ッ……」  無愛想で可愛げのない私を好きだと言ってくれた。  私が辛い時、そばに居てくれた。  いつも私をあの笑顔で支えてくれた。  私は、苗木君を嫌いになれない――そう思った時だった。 ――ドンドンドンッ!! 「霧切さん! ボクだよ! 開けて! 話を聞いて!」  ドア越しのせいでこもった苗木君の声が聞こえた。でも、開けられない。会いたいけど、会いたくない。  私の中はぐちゃぐちゃで、どうしていいか分からなかった。 「霧切さん……ボクの事軽蔑したよね? ……嫌いになったよね?」 「ちがっ……私は……苗木君の、こと……嫌いになんか……なれない……」  小さく呟いたって、私の否定する言葉が彼に聞こえるわけがなかった。 「ボクは……霧切さんが好きだよ。ボクが好きなのは霧切さんだけだよ。 でも……君に嫌われたのは僕の責任だし、仕方ない、よね……霧切さん、終わりにしようか」 ――終わりって、何? 「もう、君には近づかないよ。霧切さんが嫌がるようなことはしたくないから。だから……さよ――」 ――そんなの、嫌よ  今まで動けなかったのが嘘のように、私は立ち上がってすぐさまドアを開いた。 目の前に、あからさまに驚いた顔をしている苗木君が居る。 「き、霧切さん?」 「……勝手なこと、言わないでよ」 「え?」 「勝手なこと言わないで! 私はッ……私は、一言もあなたのことが嫌い、だなんて……言ってないわ!  あなたが……近づかない方が、良いだなんて……思ってもいないわッ……だから、そんなこと言わないで……!」 「……許して、くれるの?」 「許さないわ……でもッ……好きなの……どうしようもなくあなたが好きでッ……失うのが怖くて…… だから感情だって……頭の中だって、ぐちゃぐちゃで……でも……苗木君にそばに居て欲しいの……」 「部屋に、入ってもいい?」  彼の言葉で、何を言っていたのか分からない程に混乱していたのが少しだけ落ち着いて私は肯いた。 こんなみっともない姿でいつまでも廊下に居るわけにもいかなかったから。 「……苗木君?」  私はまだ流れる涙を拭うこともせずに、苗木君が黙り込んだことが不安で仕方がなくて彼の名前を呼んだ。 すると、苗木君はどこから出したのか、私の口にポッキーを突っ込んだ。 「……?」 「ボクとポッキーゲームをしに部屋に来てくれたんでしょう?  これは朝日奈さん辺りにもらったものなんじゃない? だったら、ちゃんとしなきゃ。ね?」  苗木君は、そう言って私の咥えるポッキーの反対側を齧った。 私はいまだ戸惑ったままだったけど、近づいてくる彼が待ち遠しくてゆっくり私もポッキーを噛んだ。 そして、すぐに私と苗木君の間の距離は無くなった。  初めての時より、ポッキーのチョコレートのせいで甘くて、口の中にもまだ残っていたから違和感だらけだった。 さらに違和感――というか苗木君が予想外の行動に出たせいで私の思考が麻痺した。 苗木君の舌が私の唇を割って入って来た。驚いて顔を話そうとしたけど、頭を抑えられて出来ない。  苗木君が私の口内からまだ残っていたポッキーを舌で絡め取っているのが分かる。そうして暫くして彼が顔を離した。 「――ごちそうさま。霧切さんの分のポッキーまでいただいちゃったよ」 「……ばか」  私は今更恥ずかしくなってきて、苗木君に背を向けた。 やっと涙を拭う余裕も出て来て、彼の話を聞く用意もできた。 「それで……さっきの、ことだけど」 「うん、説明するよ……舞園さんとね、ポッキーゲームをしてたのは本当なんだ。一回だけって涙目で懇願されちゃってさ。 今思えばアレは演技だったと思うんだけど、ボクすぐ慌てちゃってさ……情けないことに。 それで了承したんだけど、途中でやめればいいと思ってたんだよ」 「そこまでは、あなたらしい判断ね……でもどうして、その……最後までしたの?」 「罰ゲームを途中で出されたんだ。”私が勝ったら霧切さんと別れて、私と付き合ってください”って」 「……え?」 「正直、舞園さん卑怯だなって思っちゃたんだけど、ボクも本気にしなければ良かったんだけど、ボクにはその時突破口が見つけられなくて……それで」 「結局、私を想ってああいう状況になってしまったってこと?」 「うん。まさか、頭を押さえつけられるとは思わなかったんだ。仮に舞園さんに触れてもすぐに離れるつもりだったんだけど……ごめん」  話を全部聞いてみれば、苗木君らしいといえばらしいけれど、やっぱり舞園さんとのアレは私を大きく傷つけたと思う。だから―― 「私、あんなに泣いたのって初めてなの」 「えっ」 「あんなに傷ついたのも初めてなの」 「それは、本当にごめん」 「ポッキー、まだたくさんあるわよね?」 「えっと……さっき、霧切さんが投げちゃったから実はさっきの一本以外全部折れてて……」 「えっ? コホン――だったら別にいいわ。ポッキーなんてなくたって、その……キスくらいいつでも何度でもできるでしょう?  ここまで言えば分かるわよね? ……いつも、さっきみたいに強引でも……いいのよ?」 「うん。分かった」  苗木君は肯いて、間髪入れずに私を力強く抱き寄せた。急なことだったので、私の心臓が跳ね上がる。 そして、そのままベッドに押し倒された。――って、え? 押し倒す? 「あの、苗木君?」 「何? 霧切さん」 「どうしてベッドに押し倒す必要があるの?」  私の質問に、彼はきょとんとした表情で答えた。 「強引でもいいんでしょ? ボク、霧切さんの身体全部にキスしたい」 「――なっ!?」 「霧切さんが良いのなら、それ以上のこともしたいけど……良い?」 「えっ、えっ? 本気で言っているの?」 「うん」  苗木君はそう短く肯いて、私の答えを聞かずに私のネクタイをゆるめ始めた。 「あ、あのっ、苗木君」 「正直、舞園さんとああいうことになったの、ボクも早く忘れたいんだよね。舞園さんが嫌いっていうわけじゃないんだけどさ」 「そ、それは私も忘れたいけど……」  そう話しながらも苗木君は手を止めず、とうとう私のシャツのジッパーに手を掛けた。 「下ろすよ?」 ――駄目だ、断れない。私も結局、苗木君を求めてるのね。  私は諦めた――というか、自分の気持ちを認めて苗木君を受け入れることにした。 「優しく、してちょうだい。私を苗木君でいっぱいにして……?」  苗木君はこくりと肯いて微笑んだ。  私の大好きな彼の表情。  もう何も怖くない。  私達にとって最悪な日が最高の日として終わろうとしていた。 おわり -----
 「ポッキーの日だよ!」と朝日奈さんが騒いでいた。その声で私は今日が「11月11日」だということを思い出した。 特に、ポッキーに興味が有るわけではない。 けれど、朝日奈さんが袋いっぱいに詰め込まれたポッキーを抱えて嬉しそうにしている姿を見るとなんとなく和んだ。  私はコーヒーを啜りながらきっと、大神さん辺りと一緒に食べるのだろう――と朝日奈さんを眺めていたら、 彼女は私の姿に気づいたらしく、途端に顔を輝かせて駆け寄ってきた。 「霧切ちゃん! 霧切ちゃんもポッキー食べる!? 今日はポッキーの日だよ!」  人懐っこい笑顔を向けながら朝日奈さんは、ポッキーを箱ごと私の顔の前にズイと差し出してきた。 その勢いについ、私の口からは笑いがこぼれてしまう。 「ふふっ……別にポッキーなんていつでも食べれるのに随分楽しそうなのね、朝日奈さんは」 「だって、ポッキーの日なんだよ? 特別な感じがして何だかいつもより楽しいし美味しく感じるじゃん!」 「そういうものなの?」 「そういうものだよ! 霧切ちゃんは苗木と食べればいいんじゃないかな? これ箱ごとあげるからそうしなよ!」  胸にポッキーを箱ごと押し付けられて、私は必然的にそれを受け取った。 それよりも、どうしてこの流れで彼の名前が出てくるのか―― 「それじゃあ、ありがたくいただくけど……どうして、苗木君が出てくるの?」 「え? 恋人同士ってポッキーゲームするんでしょ? て言うかポッキーの日はしなきゃダメって聞いたことが有るよ!」 「ポッキーゲーム?」  当然のように、常識のように言う朝日奈さんだけれど、私はそんなの知らない。 ゲームというからにはポッキーを使った遊びなんだと思うけど、「恋人同士」という言葉が気になる。 「初めて、聞いたのだけど教えてくれるかしら」 「霧切ちゃん、知らないんだ! えっとね、ポッキーゲームっていうのは――」  何故か私の耳元に口を寄せて教えてくれる朝日奈さん。 「なるほどね。朝日奈さん、面白そうなことを教えてくれてありがとう」 「頑張ってね~!」  私は、朝日奈さんからもらったポッキーを持って苗木くんの部屋に向かった。  朝日奈さんから聞いた話によるとポッキーゲームというのは一つのポッキーを二人が両端から同時に食べ進めて途中で口を離した方が負け、というゲームらしい。 当然どちらも離さなければそのまま口付けることになるのだけど、私と苗木君は一度しかそういうことをしたことがない。 しかも、その一度というのも私からだった。 ようするに苗木君は最近の言葉で言うところの「草食系男子」で、悪く言えば「ヘタレ」だった。  ポッキーゲームを持ちかけたとしてもきっと私が勝つだろう。はじめから分かりきった勝負に私が乗り気なのはもちろん理由があった。 負けた方は罰ゲームを執行する。ただそれだけの理由。  私が罰ゲームの内容を考えているうちに、苗木くんの部屋の前に着いた。少し昂ぶる気持ちを抑えながらインターホンに手を伸ばした。 ――ピンポーン  私はすぐにドアが開くことを予想して少し下がった。けれど―― ――30秒経過  いつもなら10秒以内には笑顔で出迎えてくれるはず。でも、こういうこともあるだろうと思って私は待った。 ――1分経過   「……居ないのかしら?」  そもそも私が迷わず苗木君の部屋に来たのは、昨日彼との会話で―― 「明日は部屋でゆっくりするから、用があったらいつでも来て良いよ」  と、確かに彼は言っていたから居ないはずがない。  私は、不審に思ってドアノブに手を掛けた。開いているわけがない――と思いながら押してみたら見事に鍵は開いていた。 少しだけ開けたドアに戸惑った。でもすぐに私は部屋の中に駆けこむことになった。 「んー! んー!」  苗木君のうめき声のような物が聞こえたのだ。 「苗木君!? ――なっ!?」  私はその光景に言葉を失った。  苗木君の部屋には彼以外の人が居た。 「舞、園さん……? 何をしているの?」  そんなの聞かなくても分かる。けれど聞かずにはいられなかった。 舞園さんは苗木君の頬と首の後ろに手を添えて口付けていた。苗木君は、真っ青な顔で横目で私を見ていた。 「ぷはっ……霧切さん、何をしてるってポッキーゲームですよ! ポッキーゲーム! ご存知ありませんか?」  ようやく彼から離れて口を開いた舞園さんが、普段通りの調子で言ってのけた。 確かに、彼女たちの横にあるテーブルの上にはポッキーの箱があった。けれど―― 「私には、あなたが無理やり苗木君を抑えていたように見えたけど」  情けない。強気で言ったつもりなのに、私の声は震えていた。 苗木君の方に少し目をやると彼は相変わらず青ざめたままで、私と目を合わせようとしなかった。 「えっと……まぁ、霧切さんに見られてしまった時は苗木君が離れようとしたので抑えちゃいましたけど…… その前までは苗木君も自分の意志で私とキスしてたんですよ?  まぁ、キスというかポッキーゲームの結果みたいなものですけど」  「何を言ってるの? 苗木君がそんなことするわけないじゃない。ねぇ、苗木君。そうでしょう? ……苗木君?」 ――どうして、否定してくれないの?  苗木君は黙ったままだった。そしてやっぱり私と目を合わせない。 「まさか、本当……なの?」 「……ごめん」 「どうして謝るの? 違うんでしょ? 舞園さんが言ってることは全部嘘なんでしょ?」  私はみっともなく叫んで、取り乱していた。なのに苗木君は再び黙りこんで俯いてしまっている。 「霧切さん、本当ですよ? まぁ、理由は――」 「もう、いいわ……これ、あなた達にあげるわ」 「え?」  私は、そこにそれ以上居ることが出来なかった。耐えられなかった。 朝日奈さんにもらったポッキーを私は苗木君に投げつけて、私は走った。 「霧切さん!」  苗木君の声が聞こえたけど、私は聞こえないふりをした。    私は自分の部屋へ入ると、ドアの前で全身の力が抜けて座り込んだ。そしてそのまま―― 「――っ、うっぁ……ぁ、ぁぁっ!」  泣いた。みっともなく、声を出して。  きっと、こんな風に泣くのは初めて。それ程に私は苗木君が好きだった。 だから裏切られたと思って苦しくて、得意なはずの感情のコントロールも全然出来なくて、ただ泣いた。  でも、裏切られたと思っても私の口からは―― 「――ぎ、く……苗木、君ッ……苗木君ッ……」  無愛想で可愛げのない私を好きだと言ってくれた。  私が辛い時、そばに居てくれた。  いつも私をあの笑顔で支えてくれた。  私は、苗木君を嫌いになれない――そう思った時だった。 ――ドンドンドンッ!! 「霧切さん! ボクだよ! 開けて! 話を聞いて!」  ドア越しのせいでこもった苗木君の声が聞こえた。でも、開けられない。会いたいけど、会いたくない。  私の中はぐちゃぐちゃで、どうしていいか分からなかった。 「霧切さん……ボクの事軽蔑したよね? ……嫌いになったよね?」 「ちがっ……私は……苗木君の、こと……嫌いになんか……なれない……」  小さく呟いたって、私の否定する言葉が彼に聞こえるわけがなかった。 「ボクは……霧切さんが好きだよ。ボクが好きなのは霧切さんだけだよ。 でも……君に嫌われたのは僕の責任だし、仕方ない、よね……霧切さん、終わりにしようか」 ――終わりって、何? 「もう、君には近づかないよ。霧切さんが嫌がるようなことはしたくないから。だから……さよ――」 ――そんなの、嫌よ  今まで動けなかったのが嘘のように、私は立ち上がってすぐさまドアを開いた。 目の前に、あからさまに驚いた顔をしている苗木君が居る。 「き、霧切さん?」 「……勝手なこと、言わないでよ」 「え?」 「勝手なこと言わないで! 私はッ……私は、一言もあなたのことが嫌い、だなんて……言ってないわ!  あなたが……近づかない方が、良いだなんて……思ってもいないわッ……だから、そんなこと言わないで……!」 「……許して、くれるの?」 「許さないわ……でもッ……好きなの……どうしようもなくあなたが好きでッ……失うのが怖くて…… だから感情だって……頭の中だって、ぐちゃぐちゃで……でも……苗木君にそばに居て欲しいの……」 「部屋に、入ってもいい?」  彼の言葉で、何を言っていたのか分からない程に混乱していたのが少しだけ落ち着いて私は肯いた。 こんなみっともない姿でいつまでも廊下に居るわけにもいかなかったから。 「……苗木君?」  私はまだ流れる涙を拭うこともせずに、苗木君が黙り込んだことが不安で仕方がなくて彼の名前を呼んだ。 すると、苗木君はどこから出したのか、私の口にポッキーを突っ込んだ。 「……?」 「ボクとポッキーゲームをしに部屋に来てくれたんでしょう?  これは朝日奈さん辺りにもらったものなんじゃない? だったら、ちゃんとしなきゃ。ね?」  苗木君は、そう言って私の咥えるポッキーの反対側を齧った。 私はいまだ戸惑ったままだったけど、近づいてくる彼が待ち遠しくてゆっくり私もポッキーを噛んだ。 そして、すぐに私と苗木君の間の距離は無くなった。  初めての時より、ポッキーのチョコレートのせいで甘くて、口の中にもまだ残っていたから違和感だらけだった。 さらに違和感――というか苗木君が予想外の行動に出たせいで私の思考が麻痺した。 苗木君の舌が私の唇を割って入って来た。驚いて顔を話そうとしたけど、頭を抑えられて出来ない。  苗木君が私の口内からまだ残っていたポッキーを舌で絡め取っているのが分かる。そうして暫くして彼が顔を離した。 「――ごちそうさま。霧切さんの分のポッキーまでいただいちゃったよ」 「……ばか」  私は今更恥ずかしくなってきて、苗木君に背を向けた。 やっと涙を拭う余裕も出て来て、彼の話を聞く用意もできた。 「それで……さっきの、ことだけど」 「うん、説明するよ……舞園さんとね、ポッキーゲームをしてたのは本当なんだ。一回だけって涙目で懇願されちゃってさ。  今思えばアレは演技だったと思うんだけど、ボクすぐ慌てちゃってさ……情けないことに。 それで了承したんだけど、途中でやめればいいと思ってたんだよ」 「そこまでは、あなたらしい判断ね……でもどうして、その……最後までしたの?」 「罰ゲームを途中で出されたんだ。”私が勝ったら霧切さんと別れて、私と付き合ってください”って」 「……え?」 「正直、舞園さん卑怯だなって思っちゃたんだけど、ボクも本気にしなければ良かったんだけど、ボクにはその時突破口が見つけられなくて……それで」 「結局、私を想ってああいう状況になってしまったってこと?」 「うん。まさか、頭を押さえつけられるとは思わなかったんだ。仮に舞園さんに触れてもすぐに離れるつもりだったんだけど……ごめん」  話を全部聞いてみれば、苗木君らしいといえばらしいけれど、やっぱり舞園さんとのアレは私を大きく傷つけたと思う。だから―― 「私、あんなに泣いたのって初めてなの」 「えっ」 「あんなに傷ついたのも初めてなの」 「それは、本当にごめん」 「ポッキー、まだたくさんあるわよね?」 「えっと……さっき、霧切さんが投げちゃったから実はさっきの一本以外全部折れてて……」 「えっ? コホン――だったら別にいいわ。ポッキーなんてなくたって、その……キスくらいいつでも何度でもできるでしょう?  ここまで言えば分かるわよね? ……いつも、さっきみたいに強引でも……いいのよ?」 「うん。分かった」  苗木君は肯いて、間髪入れずに私を力強く抱き寄せた。急なことだったので、私の心臓が跳ね上がる。 そして、そのままベッドに押し倒された。――って、え? 押し倒す? 「あの、苗木君?」 「何? 霧切さん」 「どうしてベッドに押し倒す必要があるの?」  私の質問に、彼はきょとんとした表情で答えた。 「強引でもいいんでしょ? ボク、霧切さんの身体全部にキスしたい」 「――なっ!?」 「霧切さんが良いのなら、それ以上のこともしたいけど……良い?」 「えっ、えっ? 本気で言っているの?」 「うん」  苗木君はそう短く肯いて、私の答えを聞かずに私のネクタイをゆるめ始めた。 「あ、あのっ、苗木君」 「正直、舞園さんとああいうことになったの、ボクも早く忘れたいんだよね。舞園さんが嫌いっていうわけじゃないんだけどさ」 「そ、それは私も忘れたいけど……」  そう話しながらも苗木君は手を止めず、とうとう私のシャツのジッパーに手を掛けた。 「下ろすよ?」 ――駄目だ、断れない。私も結局、苗木君を求めてるのね。  私は諦めた――というか、自分の気持ちを認めて苗木君を受け入れることにした。 「優しく、してちょうだい。私を苗木君でいっぱいにして……?」  苗木君はこくりと肯いて微笑んだ。  私の大好きな彼の表情。  もう何も怖くない。  私達にとって最悪な日が最高の日として終わろうとしていた。 おわり -----

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