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「風邪には気をつけましょう」(2013/12/19 (木) 14:47:41) の最新版変更点
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「……喉が、痛いわね。風邪かしら?」
私は寒さに目を覚ますと、喉に痛みを感じた。声が枯れているわけではないので問題なく話すことはできるが、あまり大きな声は出せないようだった。
違和感はそれだけではなかった。頭がくらくらするし、熱っぽい。ものを考えるのも億劫だった。
今は11月中旬。急に気温が下がり、特にここ数日は真冬並みに冷え込んでいた。
ちょうどその間、私は探偵の仕事が忙しく、外から帰宅しても暖を取ることなくベッドに倒れ込むように眠る生活を続けていた。恐らくそれが風邪の原因だろう。
幸い今日は、何も予定はない。ゆっくり休もう――と、私は自分の自己管理の不甲斐なさに嘆息しながら、重い体を起こして部屋の隅にある戸棚へ向かう。
思ったよりも足取りがフラフラして歩くのがきつかった。
それでもなんとか戸棚から薬箱を出して、市販の風邪薬を手に取った。
――まさか、使うことになるなんてね。
――彼の言うとおりになるなんて少し癪な気もするけど、ここは感謝するべきよね。
この薬箱は私が用意していたものではない。それを用意したのは、今や私の恋人である苗木君だった。
私は、仕事が忙しくてしばらく会えていなかった苗木の笑顔を思い浮かべた。
「――そういえば、いつでも呼び出して構わないって言っていなかったかしら?」
以前、薬箱を苗木君が用意した時に確かに言っていたはずだ。「体調を崩したりしたら無理せずにボクを必ず呼んで」と。
それを思い出してすぐに私はベッドに置いたままだったスマートフォンを手に取ると迷わず電話をかけた。短い呼び出し音のあとにすぐ、聞き慣れた優しい声がした。
「もしもし? 霧切さん、どうしたの?」
「急にごめんなさい。実は――」
◆◇
「霧切さん、ここ数日ちゃんとご飯食べた?」
「カロリーバーを1日一箱とか……」
「ちゃんと暖かくして睡眠を取った?」
「ここ数日は……夜中3時とかに帰ってそのまま着替えずにベッドに倒れ込むことが多かったわ。
朝は6時位には起きていたから、平均睡眠時間は3時間といったところかしら?」
私が電話をしてすぐに苗木君は駆けつけてくれたけれど、来て早々尋問のように質問責めにされた。
苗木君のクセに生意気――だと思うけれど、呼び出しておいてそんなことは言えない。
苗木君はというと、私の回答を聞くと大きく溜息をついていた。呆れているのだろう。
「もういいよ。分かった。とりあえず、今日はボクがずっとそばに居るからちゃんと休んで」
「そうさせてもらうわ。ありがとう」
私がベッドに横になると、彼は布団を掛けてくれた。
風邪のせいで心細かったのか、自分のそばに人が居ることが――苗木君が居ることが嬉しかった。
「そういえば、熱は測った?」
「ん……まだ」
「はぁ……まったく。確かこの前体温計も薬箱に置いたよね?」
そう言って、苗木君は立ち上がると戸棚の方へ向かう。少し彼が離れただけで、普段以上に寂しく感じて我ながらおかしいと思う。
その寂しさはほんの少しの間だけで、苗木君は体温計を手にすぐに戻ってきた。
「はい。熱測ってて。食欲はある?」
「……うん。でも喉が痛くて飲み込むのが少し辛いかもしれないわ」
「そっか。じゃあ卵粥でも作るね。おかゆだったら飲み込みやすいでしょ?」
「ありがと……」
私は体温計を脇に挟みながら、再び遠ざかる苗木君を見つめた。そして先程の一連の会話を思い出して急に恥ずかしくなった。
「うん」とか「ありがと」とか、普段だったら絶対にしないような言葉遣いをしていたことに今更気づいた。
風邪のせいか熱のせいでおかしくなっているに違いない。決して私の意志じゃない――そう自分自身に言い聞かせて、私は必死に羞恥から逃れようとした。
そう一人で脳内格闘しているうちに、ピピピッと体温計が鳴った。熱は――
「霧切さん? 何度あった?」
「……38度7分」
「はぁッ!?」
「……あまり大きい声出さないで。頭に響くから」
「あ、ごめん。て言うか凄い高熱じゃないか! 病院に行ったほうがいいんじゃ――」
「明後日まで仕事はないから、今日は様子を見るわ。それに……久しぶりにあなたと会えたから二人きりで居たいの……」
「――っ! わ、わかったよ……おかゆ、もう少しかかるから眠ってて良いよ」
「うん……そうする」
私はそう言うと、途端に睡魔に襲われてすんなりと眠りに就いた。
◆◇
「霧切さん?」
「んっ……」
「大丈夫? 起きられる? おかゆ出来たけどあとで食べる?」
「今食べる」
すっかり熟睡していたらしい私は、苗木君に支えられながら起きた。苗木君はベッド横の台に置いていたおかゆの入った器を取った。
私はそれを受け取ろうと手を伸ばそうとしたけれど、どうも苗木君にはその意志がないようだった。
「……苗木君?」
「体だるいでしょ? ボクが食べさせるから」
「その、恥ずかしいのだけど」
「“うん”とか“ありがと”とか普段しない言葉遣いをするより恥ずかしくないでしょ」
「――っ!! 気付いていたの!?」
私は苗木君のことだから全く気づいていないだろうと思っていたのに、彼に指摘されて熱以外の原因で顔が熱くなるのを感じた。
「そりゃ気づくよ。どれだけ一緒に過ごしてると思ってるんだよ。まぁ、それはいいから……はい、食べて。あーん」
「……」
私は黙ったまま仕方なく口を開けて、苗木君におかゆを食べさせてもらった。
どうして彼は恥ずかしげもなく、こういうことを普通にできるのだろう。
「おいしい? 熱くない?」
「……おいしいし、温度もちょうどいいわ」
「そう、良かった。じゃあ、次。はい、あーん……」
先ほどと同じように数回繰り返したが、やっぱり私は恥ずかしさに耐えられなくなってきて、彼にお願いした。
「あの、その”あーん”って言うの止めてくれないかしら?」
「なんで?」
「だから、恥ずかしいからよ」
「ふぅん。恥ずかしいんだ。じゃあ、こうしようか」
「……? 何をするの?」
苗木君は先ほどと同じようにスプーンでおかゆをすくった。
何を変えるのか分からず私は首を傾げながらじっと彼を見ていると、そのスプーンが彼の口へ運ばれた。
「――!? ちょっと、風邪が移るわよ!?」
焦る私に、苗木君はおかゆを口に含んだまま不敵な笑みを浮かべた。嫌な予感がする。
そして次の瞬間、彼の両手に顔を押さえこまれて――
「んんっ――!?」
苗木君の唇が私の唇に押し付けられた。そして彼の舌が伸びてきて、無理やり私の口を開けさせた。
すると、ドロリとしたものが彼の口から私の口内に流し込まれる。
「んっ……ん……」
自然にコクリコクリと私はそれを飲み込んだ。苗木君は私が全部飲み込んだのを確認すると、ゆっくりと顔を離して笑った。
「どう? 口移しで食べるのは。あーん、ってしてもらうのとどっちが恥ずかしい?」
これはもう、私は我慢する必要は無いと思った。
「――ッ! 苗木君のクセ、に生意気よ!!」
◆◇
翌日、苗木君が宣言通り私の側に一日居てくれたお陰で、私の体調はすっかり良くなっていた。
まだ少しだけ喉に違和感があるけれど、熱も気だるさも無い。でも――
「霧切さぁん……頭痛い……」
「自業自得じゃないのかしら?」
「おかゆ作って、ボクに口移しで食べさせてよ」
「何を言っているの? バカじゃないの? おかゆは作ってあげるけれど、自分で食べて頂戴」
風邪と一緒に、甘えたがりの私は消えてしまったらしかった。
― END ―
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「……喉が、痛いわね。風邪かしら?」
私は寒さに目を覚ますと、喉に痛みを感じた。声が枯れているわけではないので問題なく話すことはできるが、あまり大きな声は出せないようだった。
違和感はそれだけではなかった。頭がくらくらするし、熱っぽい。ものを考えるのも億劫だった。
今は11月中旬。急に気温が下がり、特にここ数日は真冬並みに冷え込んでいた。
ちょうどその間、私は探偵の仕事が忙しく、外から帰宅しても暖を取ることなくベッドに倒れ込むように眠る生活を続けていた。恐らくそれが風邪の原因だろう。
幸い今日は、何も予定はない。ゆっくり休もう――と、私は自分の自己管理の不甲斐なさに嘆息しながら、重い体を起こして部屋の隅にある戸棚へ向かう。
思ったよりも足取りがフラフラして歩くのがきつかった。
それでもなんとか戸棚から薬箱を出して、市販の風邪薬を手に取った。
――まさか、使うことになるなんてね。
――彼の言うとおりになるなんて少し癪な気もするけど、ここは感謝するべきよね。
この薬箱は私が用意していたものではない。それを用意したのは、今や私の恋人である苗木君だった。
私は、仕事が忙しくてしばらく会えていなかった苗木の笑顔を思い浮かべた。
「――そういえば、いつでも呼び出して構わないって言っていなかったかしら?」
以前、薬箱を苗木君が用意した時に確かに言っていたはずだ。「体調を崩したりしたら無理せずにボクを必ず呼んで」と。
それを思い出してすぐに私はベッドに置いたままだったスマートフォンを手に取ると迷わず電話をかけた。短い呼び出し音のあとにすぐ、聞き慣れた優しい声がした。
「もしもし? 霧切さん、どうしたの?」
「急にごめんなさい。実は――」
◆◇
「霧切さん、ここ数日ちゃんとご飯食べた?」
「カロリーバーを1日一箱とか……」
「ちゃんと暖かくして睡眠を取った?」
「ここ数日は……夜中3時とかに帰ってそのまま着替えずにベッドに倒れ込むことが多かったわ。
朝は6時位には起きていたから、平均睡眠時間は3時間といったところかしら?」
私が電話をしてすぐに苗木君は駆けつけてくれたけれど、来て早々尋問のように質問責めにされた。
苗木君のクセに生意気――だと思うけれど、呼び出しておいてそんなことは言えない。
苗木君はというと、私の回答を聞くと大きく溜息をついていた。呆れているのだろう。
「もういいよ。分かった。とりあえず、今日はボクがずっとそばに居るからちゃんと休んで」
「そうさせてもらうわ。ありがとう」
私がベッドに横になると、彼は布団を掛けてくれた。
風邪のせいで心細かったのか、自分のそばに人が居ることが――苗木君が居ることが嬉しかった。
「そういえば、熱は測った?」
「ん……まだ」
「はぁ……まったく。確かこの前体温計も薬箱に置いたよね?」
そう言って、苗木君は立ち上がると戸棚の方へ向かう。少し彼が離れただけで、普段以上に寂しく感じて我ながらおかしいと思う。
その寂しさはほんの少しの間だけで、苗木君は体温計を手にすぐに戻ってきた。
「はい。熱測ってて。食欲はある?」
「……うん。でも喉が痛くて飲み込むのが少し辛いかもしれないわ」
「そっか。じゃあ卵粥でも作るね。おかゆだったら飲み込みやすいでしょ?」
「ありがと……」
私は体温計を脇に挟みながら、再び遠ざかる苗木君を見つめた。そして先程の一連の会話を思い出して急に恥ずかしくなった。
「うん」とか「ありがと」とか、普段だったら絶対にしないような言葉遣いをしていたことに今更気づいた。
風邪のせいか熱のせいでおかしくなっているに違いない。決して私の意志じゃない――そう自分自身に言い聞かせて、私は必死に羞恥から逃れようとした。
そう一人で脳内格闘しているうちに、ピピピッと体温計が鳴った。熱は――
「霧切さん? 何度あった?」
「……38度7分」
「はぁッ!?」
「……あまり大きい声出さないで。頭に響くから」
「あ、ごめん。て言うか凄い高熱じゃないか! 病院に行ったほうがいいんじゃ――」
「明後日まで仕事はないから、今日は様子を見るわ。それに……久しぶりにあなたと会えたから二人きりで居たいの……」
「――っ! わ、わかったよ……おかゆ、もう少しかかるから眠ってて良いよ」
「うん……そうする」
私はそう言うと、途端に睡魔に襲われてすんなりと眠りに就いた。
◆◇
「霧切さん?」
「んっ……」
「大丈夫? 起きられる? おかゆ出来たけどあとで食べる?」
「今食べる」
すっかり熟睡していたらしい私は、苗木君に支えられながら起きた。苗木君はベッド横の台に置いていたおかゆの入った器を取った。
私はそれを受け取ろうと手を伸ばそうとしたけれど、どうも苗木君にはその意志がないようだった。
「……苗木君?」
「体だるいでしょ? ボクが食べさせるから」
「その、恥ずかしいのだけど」
「“うん”とか“ありがと”とか普段しない言葉遣いをするより恥ずかしくないでしょ」
「――っ!! 気付いていたの!?」
私は苗木君のことだから全く気づいていないだろうと思っていたのに、彼に指摘されて熱以外の原因で顔が熱くなるのを感じた。
「そりゃ気づくよ。どれだけ一緒に過ごしてると思ってるんだよ。まぁ、それはいいから……はい、食べて。あーん」
「……」
私は黙ったまま仕方なく口を開けて、苗木君におかゆを食べさせてもらった。
どうして彼は恥ずかしげもなく、こういうことを普通にできるのだろう。
「おいしい? 熱くない?」
「……おいしいし、温度もちょうどいいわ」
「そう、良かった。じゃあ、次。はい、あーん……」
先ほどと同じように数回繰り返したが、やっぱり私は恥ずかしさに耐えられなくなってきて、彼にお願いした。
「あの、その”あーん”って言うの止めてくれないかしら?」
「なんで?」
「だから、恥ずかしいからよ」
「ふぅん。恥ずかしいんだ。じゃあ、こうしようか」
「……? 何をするの?」
苗木君は先ほどと同じようにスプーンでおかゆをすくった。
何を変えるのか分からず私は首を傾げながらじっと彼を見ていると、そのスプーンが彼の口へ運ばれた。
「――!? ちょっと、風邪が移るわよ!?」
焦る私に、苗木君はおかゆを口に含んだまま不敵な笑みを浮かべた。嫌な予感がする。
そして次の瞬間、彼の両手に顔を押さえこまれて――
「んんっ――!?」
苗木君の唇が私の唇に押し付けられた。そして彼の舌が伸びてきて、無理やり私の口を開けさせた。
すると、ドロリとしたものが彼の口から私の口内に流し込まれる。
「んっ……ん……」
自然にコクリコクリと私はそれを飲み込んだ。苗木君は私が全部飲み込んだのを確認すると、ゆっくりと顔を離して笑った。
「どう? 口移しで食べるのは。あーん、ってしてもらうのとどっちが恥ずかしい?」
これはもう、私は我慢する必要は無いと思った。
「――ッ! 苗木君のクセ、に生意気よ!!」
◆◇
翌日、苗木君が宣言通り私の側に一日居てくれたお陰で、私の体調はすっかり良くなっていた。
まだ少しだけ喉に違和感があるけれど、熱も気だるさも無い。でも――
「霧切さぁん……頭痛い……」
「自業自得じゃないのかしら?」
「おかゆ作って、ボクに口移しで食べさせてよ」
「何を言っているの? バカじゃないの? おかゆは作ってあげるけれど、自分で食べて頂戴」
風邪と一緒に、甘えたがりの私は消えてしまったらしかった。
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