いい夫婦の日SS そのカタチは

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 大きめのベッドに、清潔感漂う真っ白なシーツがしわを寄せている。その上に誠と響子は枕を並べて眠っていた。 窓の外では鳥のさえずりが響き、カーテンの隙間から差し込む光が朝を告げる。 「……っ」  ちょうど瞼の上を陽光に照らされて、眩しさに誠がゆっくりと目を開いた。 まだ眠いのか、彼の瞼は完全には開いておらず、焦点も合っていない。 その目で隣にまだ眠る愛しい人を見ると、すぐに誠の視界がハッキリしてきた。 「……寒いな」  真冬のようにひんやりとした空気が誠の肌を刺す。そのおかげで、いまだ微睡を求めていた彼の頭もようやく働きだした。 誠は響子が潜る布団が少し下方にずれていたのを、彼女の首元までそっと掛け直した。 そして響子の髪に優しく――割れ物を扱うように大事そうに撫でた。 絹のように艶やかで、サラサラと流れるような響子の長い髪が誠はとても好きだった。 「んっ……」 「起きた、かな……?」  響子の口から声が漏れた。だが、彼女の瞼は閉じられたままだ。  彼女の上に掛けられた布団が規則正しく上下している。響子が安心して深い眠りに就いている証だろう。 「もう少し、眠ってても良いよ」  慈愛に満ちた瞳で誠は微笑んで、彼女の額にちゅっ、と軽く口づけた。  誠はベッドから降りると、真っ直ぐキッチンへと向かった。 響子の好きな、ルアックコーヒーを淹れるためだ。彼女が起きてきたら、すぐに体を温められるように――。 暫くすると、部屋中にその香りが広がりだす。 まだ夢の中に居た響子の鼻孔がその香りに刺激され、それは彼女の目覚まし時計代わりになった。 「起こしてくれても良かったのに。まったく……本当にあなたは甘い人なんだから」  誠の後ろにいつのまに立っていた響子が呆れたように言う。 「あ、おはよう。響子さん」  誠の影響か、困ったような笑みを浮かべて響子が「おはよう」と落ち着いた声で返した。 「今、朝食を作るところなんだけど……リクエストはある?」 「あなたに任せるわ。誠君の料理は何でもおいしいから」  昔と違って柔らかい雰囲気で優しく微笑む響子が、そう言いながら誠に歩み寄って彼の背中に手を回した。 誠は少しだけ驚きながらも、抱き着いてきた彼女の両頬に手を添えて優しく撫でる。 そうすると、響子は心地よさそうに長い睫毛を伏せた。 「……響子さん?」 「キス」  短く答えて上目遣いをする響子に、誠は「うん」と答える。 響子の要望通り、誠は彼女の唇に自分のそれを重ねた。重ねるだけの軽く短い口づけ。 すぐに二人の顔はどちらからともなく離れるが、響子は少しだけ寂しげに瞳を揺らした。 「響子さんが甘えてくるなんて珍しい。どうしたの?」 「そういう気分なのよ。いけなかったかしら?」  誠が尋ねると、拗ねたようにムッとした顔をして響子は6年間ですっかり自分の身長を追い越してしまった彼を見上げた。 しかし、すぐにまた誠の胸に顔をうずめて、彼の温かさを堪能する。 誠はそんな響子の頭を撫でながら、昔だったらこんなことは本当にあり得ない――と、過去に思いを馳せた。 その途端に彼はおかしく感じ、同時に心が温かいもので満たされる。 「いけなくないよ。むしろいつもこれくらい甘えてくれたら僕も嬉しいのに」 「そういうもの?」 「そういうもの。愛してる人に甘えられて、嬉しくない人は居ないよ」  そう言って、誠はそっと響子の肩に手を置いて彼女を離した。響子も意図を理解して誠に絡めていた腕をスルリと解いた。 少しだけ不満げな表情を見せている響子。ふっ、と誠は響子に微笑んでから彼女に背を向けて朝食作りに取り掛かった。 その様子を見た響子は食卓へ移動して席に着いて、誠を眺める。そして不意に、こう呟いた。 「少し、怖いのよ」  その聞こえた言葉に、誠は朝食を作る手をピタリと止めた。 そして振り返り、響子に向けられたその顔は「何を言ってるの?」と言わんばかりの、きょとんとした表情をしている。 誠はゆっくりと響子の方へ移動すると彼女の向かいの席に座って、 「母親になるのが怖いの?」  と、心配そうな瞳で響子を見つめた。けれども響子は「違うわ」とゆるりと首を振って息を吐いた。 「母親になるのは、不安が無いわけではないけれど怖いわけじゃない。私が怖いのは――」  響子は少し言葉を切って、目を泳がせた。その先を言うのを躊躇しているようだった。 誠が黙って彼女を見守っていると、響子は深く息を吐いてから続きの言葉を紡いだ。 「あなたを、子供に取られるんじゃないかって……」  白い頬を桃色に染めて、気まずそうに響子は俯いた。誠は一瞬大きく目を見開いてから、パチパチと数回瞬いた。 響子に見習って、感情をコントロールできるように訓練したとはとても思えないほどに、あからさまに誠は驚いていた。 「え? もしかして、響子さん……まだ生まれてもいない自分の子に嫉妬してるの?」 「……そうよ。バカみたいよね」  自嘲して響子は薄笑いを浮かべた。 しかし次の瞬間、響子は誠から今まで掛けられたことのない言葉をかけられて、衝撃を受けた。 「そうだよ、バカだよ」 「なっ――!?」  自分で言っておきながら、まさか誠にバカ呼ばわりされるとは微塵にも思っていなかったのだろう。 むしろ、「そんなことないよ」と笑ってくれるものと思っていたのかもしれない。響子は俯いていた顔を勢いよく上げた。 そこにあったのは、彼女が思い描いていた、いつもの困ったようで優しい――響子のすべてを包み込んで許してくれるような誠の微笑みだった。 「子供は好きだし、ましてや響子さんとの子供なんだし、それは大事に決まってるよ。 でもさ、響子さん。命を賭してまで守った響子さんを、これからもずっと守ってこうと思ってる響子さんを、僕は心から愛してる。 パートナーとしての僕は、ずっといつまでも君だけの僕だよ?」  そう話して誠は、少しだけ照れくさそうに、無邪気に笑った。 それを見た響子はここ数日の間、胸の内にずっとあったわだかまりがスッと解けていくのが分かった。 まるで、道に迷っていた子供が独りで泣いていたところに手を差し出されたような、そんな気持ちだった。 ――何を私は不安がっていたんだろう。本当にバカね。  響子も誠につられて笑った。そして自分の愚かさ加減に呆れて笑った。 彼はあの時、言葉の通りに命を懸けて響子を守った。 そんな誠の響子への愛情はいかばかりか、響子が誰よりも知っているはずだった。 そして、あと一歩の所で響子が誠を失う所だったあの日。声が枯れるほどに泣き叫んだあの時。 どれほど自分が誠を愛しているか、痛いほどに響子は実感した。 それなのに、子供が生まれたからと言ってその想いが容易く失われてしまうのか――否、 「誠君の言う通りね……それに、私もあなたを心から愛しているわ。 情けないけれど、もうあなた無しではダメなくらいにね。 私も、ずっと誠君だけの私で居るわ……子供が生まれても今と同じように……」 「うん。それで良いんだよ」  立ち上がりながら言う誠は、ポンポンと子供をあやすように響子の頭に手を置いた。 昔だったら「苗木君のクセに、生意気よ」なんて言って響子は誠を困らせたのかもしれないが、もうそういう仲ではない。 響子と誠の二人は対等なパートナーで、同じ姓を名乗る――家族なのだから。 「朝食、もうすぐできるから待ってて。あっ、コーヒーはすぐ飲めるから今持ってくるよ」 「いいわよ、コーヒーくらい自分でするから。だって、もう注ぐだけでしょう?」 「うん、まぁね。じゃあお願いするよ」  響子は誠が淹れたルアックコーヒーの入ったサーバーを傾けて、二つのコーヒーカップにそれを注いだ。 そこから立ち上がる湯気と共に、芳ばしく甘い香りが広がりだす。 その横では誠が朝食を準備している音が響いていた。それらは―― 誠と響子の――家族の幸せのカタチ ― END ― -----
 大きめのベッドに、清潔感漂う真っ白なシーツがしわを寄せている。その上に誠と響子は枕を並べて眠っていた。 窓の外では鳥のさえずりが響き、カーテンの隙間から差し込む光が朝を告げる。 「……っ」  ちょうど瞼の上を陽光に照らされて、眩しさに誠がゆっくりと目を開いた。 まだ眠いのか、彼の瞼は完全には開いておらず、焦点も合っていない。 その目で隣にまだ眠る愛しい人を見ると、すぐに誠の視界がハッキリしてきた。 「……寒いな」  真冬のようにひんやりとした空気が誠の肌を刺す。そのおかげで、いまだ微睡を求めていた彼の頭もようやく働きだした。 誠は響子が潜る布団が少し下方にずれていたのを、彼女の首元までそっと掛け直した。 そして響子の髪に優しく――割れ物を扱うように大事そうに撫でた。 絹のように艶やかで、サラサラと流れるような響子の長い髪が誠はとても好きだった。 「んっ……」 「起きた、かな……?」  響子の口から声が漏れた。だが、彼女の瞼は閉じられたままだ。  彼女の上に掛けられた布団が規則正しく上下している。響子が安心して深い眠りに就いている証だろう。 「もう少し、眠ってても良いよ」  慈愛に満ちた瞳で誠は微笑んで、彼女の額にちゅっ、と軽く口づけた。  誠はベッドから降りると、真っ直ぐキッチンへと向かった。 響子の好きな、ルアックコーヒーを淹れるためだ。彼女が起きてきたら、すぐに体を温められるように――。 暫くすると、部屋中にその香りが広がりだす。 まだ夢の中に居た響子の鼻孔がその香りに刺激され、それは彼女の目覚まし時計代わりになった。 「起こしてくれても良かったのに。まったく……本当にあなたは甘い人なんだから」  誠の後ろにいつのまに立っていた響子が呆れたように言う。 「あ、おはよう。響子さん」  誠の影響か、困ったような笑みを浮かべて響子が「おはよう」と落ち着いた声で返した。 「今、朝食を作るところなんだけど……リクエストはある?」 「あなたに任せるわ。誠君の料理は何でもおいしいから」  昔と違って柔らかい雰囲気で優しく微笑む響子が、そう言いながら誠に歩み寄って彼の背中に手を回した。 誠は少しだけ驚きながらも、抱き着いてきた彼女の両頬に手を添えて優しく撫でる。 そうすると、響子は心地よさそうに長い睫毛を伏せた。 「……響子さん?」 「キス」  短く答えて上目遣いをする響子に、誠は「うん」と答える。 響子の要望通り、誠は彼女の唇に自分のそれを重ねた。重ねるだけの軽く短い口づけ。 すぐに二人の顔はどちらからともなく離れるが、響子は少しだけ寂しげに瞳を揺らした。 「響子さんが甘えてくるなんて珍しい。どうしたの?」 「そういう気分なのよ。いけなかったかしら?」  誠が尋ねると、拗ねたようにムッとした顔をして響子は6年間ですっかり自分の身長を追い越してしまった彼を見上げた。 しかし、すぐにまた誠の胸に顔をうずめて、彼の温かさを堪能する。 誠はそんな響子の頭を撫でながら、昔だったらこんなことは本当にあり得ない――と、過去に思いを馳せた。 その途端に彼はおかしく感じ、同時に心が温かいもので満たされる。 「いけなくないよ。むしろいつもこれくらい甘えてくれたら僕も嬉しいのに」 「そういうもの?」 「そういうもの。愛してる人に甘えられて、嬉しくない人は居ないよ」  そう言って、誠はそっと響子の肩に手を置いて彼女を離した。響子も意図を理解して誠に絡めていた腕をスルリと解いた。 少しだけ不満げな表情を見せている響子。ふっ、と誠は響子に微笑んでから彼女に背を向けて朝食作りに取り掛かった。 その様子を見た響子は食卓へ移動して席に着いて、誠を眺める。そして不意に、こう呟いた。 「少し、怖いのよ」  その聞こえた言葉に、誠は朝食を作る手をピタリと止めた。 そして振り返り、響子に向けられたその顔は「何を言ってるの?」と言わんばかりの、きょとんとした表情をしている。 誠はゆっくりと響子の方へ移動すると彼女の向かいの席に座って、 「母親になるのが怖いの?」  と、心配そうな瞳で響子を見つめた。けれども響子は「違うわ」とゆるりと首を振って息を吐いた。 「母親になるのは、不安が無いわけではないけれど怖いわけじゃない。私が怖いのは――」  響子は少し言葉を切って、目を泳がせた。その先を言うのを躊躇しているようだった。 誠が黙って彼女を見守っていると、響子は深く息を吐いてから続きの言葉を紡いだ。 「あなたを、子供に取られるんじゃないかって……」  白い頬を桃色に染めて、気まずそうに響子は俯いた。誠は一瞬大きく目を見開いてから、パチパチと数回瞬いた。 響子に見習って、感情をコントロールできるように訓練したとはとても思えないほどに、あからさまに誠は驚いていた。 「え? もしかして、響子さん……まだ生まれてもいない自分の子に嫉妬してるの?」 「……そうよ。バカみたいよね」  自嘲して響子は薄笑いを浮かべた。 しかし次の瞬間、響子は誠から今まで掛けられたことのない言葉をかけられて、衝撃を受けた。 「そうだよ、バカだよ」 「なっ――!?」  自分で言っておきながら、まさか誠にバカ呼ばわりされるとは微塵にも思っていなかったのだろう。 むしろ、「そんなことないよ」と笑ってくれるものと思っていたのかもしれない。響子は俯いていた顔を勢いよく上げた。 そこにあったのは、彼女が思い描いていた、いつもの困ったようで優しい――響子のすべてを包み込んで許してくれるような誠の微笑みだった。 「子供は好きだし、ましてや響子さんとの子供なんだし、それは大事に決まってるよ。 でもさ、響子さん。命を賭してまで守った響子さんを、これからもずっと守ってこうと思ってる響子さんを、僕は心から愛してる。 パートナーとしての僕は、ずっといつまでも君だけの僕だよ?」  そう話して誠は、少しだけ照れくさそうに、無邪気に笑った。 それを見た響子はここ数日の間、胸の内にずっとあったわだかまりがスッと解けていくのが分かった。 まるで、道に迷っていた子供が独りで泣いていたところに手を差し出されたような、そんな気持ちだった。 ――何を私は不安がっていたんだろう。本当にバカね。  響子も誠につられて笑った。そして自分の愚かさ加減に呆れて笑った。 彼はあの時、言葉の通りに命を懸けて響子を守った。 そんな誠の響子への愛情はいかばかりか、響子が誰よりも知っているはずだった。 そして、あと一歩の所で響子が誠を失う所だったあの日。声が枯れるほどに泣き叫んだあの時。 どれほど自分が誠を愛しているか、痛いほどに響子は実感した。 それなのに、子供が生まれたからと言ってその想いが容易く失われてしまうのか――否、 「誠君の言う通りね……それに、私もあなたを心から愛しているわ。 情けないけれど、もうあなた無しではダメなくらいにね。 私も、ずっと誠君だけの私で居るわ……子供が生まれても今と同じように……」 「うん。それで良いんだよ」  立ち上がりながら言う誠は、ポンポンと子供をあやすように響子の頭に手を置いた。 昔だったら「苗木君のクセに、生意気よ」なんて言って響子は誠を困らせたのかもしれないが、もうそういう仲ではない。 響子と誠の二人は対等なパートナーで、同じ姓を名乗る――家族なのだから。 「朝食、もうすぐできるから待ってて。あっ、コーヒーはすぐ飲めるから今持ってくるよ」 「いいわよ、コーヒーくらい自分でするから。だって、もう注ぐだけでしょう?」 「うん、まぁね。じゃあお願いするよ」  響子は誠が淹れたルアックコーヒーの入ったサーバーを傾けて、二つのコーヒーカップにそれを注いだ。 そこから立ち上がる湯気と共に、芳ばしく甘い香りが広がりだす。 その横では誠が朝食を準備している音が響いていた。それらは―― 誠と響子の――家族の幸せのカタチ ― END ― -----

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