彼女がつかう隠し味

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「あら……」  お椀を口にしながら彼女が一言。 「苗木君、今日の豚汁に酒粕いれているかしら?」 「うん、いれてる。ほら、最近寒くなってきたからさ」  これならもっとあったまるでしょ。  そういいながら、自分の分を口にする。  うん、我ながらよくできてると思う。 「あ、ごめん。もしかして美味しくなかった?」 「いえ、そうではなくて。  あなたが作ってくれるものに不満なんてないわ。とてもおいしい」  「そう?ありがとう」  前からわかってはいたけれど、霧切さんは味覚が鋭い。  毎朝必ず飲むコーヒーに関しては顕著で、豆の違いがわかるのは当たり前。  さらに、保管状況や挽き方なんかも的中させる。  僕が霧切さんと晩御飯を一緒にするようになってから少し経つが、  最近はどんな材料が使われているか当てるのが一つの楽しみらしい。  ほんと、そこまでわかるなら、以前のようなシリアルや即席麺のような食事は控えればいいのに。  思わず苦笑いがこぼれる。 「……なにか失礼なこと考えていないかしら?」 「そう?気のせいじゃないかな」  もっとも、彼女のお昼ご飯がカロリーバーだけと知って、お弁当をつくってこようか?と提案したのがきっかけな関係。  そんな過去から、未だに強くやめるようには言えていない。  その分自分の料理で補ってもらおうと努力した結果、いまや趣味といえるほど料理は上達していた。  霧切さんにおいしいといってもらえるなら、こちらも冥利に尽きるというものだ。 ――――――――――― 「「ごちそうさまでした」」  食事を終え、洗物も終えた。  今はのんびりと二人でお茶の時間。 「それにしても、豚汁に酒粕をいれるなんてね」 「そんなに意外かな?うちではよくやってたんだけど……」 「あら、そうなの?いわゆる'隠し味'というやつかしら」 「うーん……どちらかというと、'家庭の味'かなぁ。  まぁ、隠し味でも間違いではないけど」 「そう……どちらとも縁がなかったからかしらね。よくわからないわ」  そうつぶやく霧切さんの家庭環境は知っている。  だからあえて深くは聞かない。  その代わり、なんてことない会話を続ける。 「まぁ、家庭の味とか隠し味とかにもいろいろあるしね。  うちの卵焼きは甘め、っていうのも家庭の味だったりするし。  それにさ、レシピなんてそれこそ数えきれないくらいあるんだから。  何が隠し味なのか、なんてわからないじゃない」 「それもそうね。でも、そういうことではなくてね」  うん? 「……私はそのレシピ通りにしか作れないのよ」  霧切さんが少しだけ恥ずかしそうに、目をそむけながらいう。 「いわゆる、本屋で買ったような料理本の通りにしかつくれないの。  誰かの好みや、その日の体調に合うように味を変えれない。  ……前に一度、苗木君に料理を振る舞おうとして――」    そういえば前に、いつも私がされてばかりでは、と食事に招待されたことがあった。 「苗木君の好みの味になるように、と手を加えてみたのが悪かったのね。  できた料理の味付けが変な風になってしまった。」  彼女の最初の手料理、ということで舞い上がっていたし、それに味付け自体も変ではなかった。  それに、当時はまだそこまでの料理スキルはもっていない。  だから僕にとってあの時の食事はとてもおいしく、満足できたものだったけれど、霧切さんは違ったのだろう。  食事中霧切さんがどこか上の空だったのはそんな背景があったのか――。  なまじ味がわかるだけに、妥協できなかったのかもしれない。 「たぶん、私がレシピ通りにしかできない理由はそれ。  手を加えるのが苦手だ、と思ってしまっているみたい。  それなのに、あなたは私の知らない食材、調理法で私好みの味にできるんだもの――」  そんなのずるいわ、と睨まれる。  ……えっと、赤い頬でそんなことを言われてましても……。  必死に緩んでしまいそうな頬を抑える。 「えっと……僕のせい?」 「少なくともそうじゃないかと考えているわ」  責任とってくれるのかしら?と霧切さんがつぶやく。  ――まずい、この状況でそのセリフは破壊力がすごい。  多分霧切さんも思わず言ってしまっただけで、そこまで深い意味はない。はず。  そう必死に自分に言い聞かせ、動揺を隠して怪しまれないように会話を続ける。  自信は、ない。 「あははは……まあ、ほら、お菓子とかはうまくできそうじゃない?  あれってきっちり計測しなきゃうまくできないから」 「あなたはお菓子をつくるのもうまいじゃない……」 「は、はは……」  照れていいのか謝ればいいのかわからなくなってきた。  なんだろう、頭がうまく働かない。 「……決めたわ。いつかあなたの料理にリベンジする」 「リ、リベンジって大げさな……」 「あなたに負けっぱなしなのは悔しいもの」  そんな、彼女が時たま見せる子供っぽい意地がかわいくて。  だめだ、頬が緩むのがを収まらない。  そんな僕を霧切さんが睨みつける。  きっと、僕が負ける気なんてないから笑っているのだ、とでも思っているのだろう。  そんな霧切さんがさらにかわいくなってしまって、頬が緩んでしまい、さらに睨まれて。  少しの間、そんな状況が続いた。  やがて、それまで頬を膨らませていた霧切さんがちょっとだけ意地悪い顔になる。  あれ、なにか様子が変わったぞ?  いつもの、普段の僕をからかうときの表情。 「まあいいわ……本番ではあっと言わせてみせる。  ……私が使えた、たった一つの隠し味の腕をみせてあげる」 「あれ、隠し味に何か使う予定なの?」 「ええ、さっきの話のときにも使っていたのだけれど、今ならその味も成長している。  今回は失敗しないで見せるわ」  作る料理も決めていないのに、使う隠し味は決まっている?  それに、月日で味が変わるもの?  以前も使っていたということだけれど、いったいなんだろう。  霧切さん専属の料理人としてはぜひとも気になるところではある。 「ねえ、その隠し味っていったいなんなの?」  すると、その質問を待っていました、というように彼女が笑顔になる。   僕をからかっている時に見せる、だけど僕が一番好きな表情。 「教えたら隠し味にならないでしょう?  ……といいたいところだけど特別に教えてあげるわ。  …………愛情も隠し味なのでしょう?」  ああもう。ほんとに今夜の彼女は。    それなら、自分だって使い続けてるよ。  これからもずっと。  -----

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