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「あのYの悲劇」(2011/07/14 (木) 23:22:30) の最新版変更点
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ボク…苗木誠が朝食より少し早い時間に食堂へ入ると、黒い何かが胸に飛び込んできた。
「苗木君っ…!」
セレスさんがいきなり抱きついてきたのだ。とっさの事に対応できず、ボクは大きくよろめいてしまう。
いつも余裕の笑みを浮かべている彼女にしては珍しくうろたえた様子で、大きな瞳も泣きはらした時のように真っ赤に…
って、これは元々だな…。
「ど、どうしたのセレスさん」
ボクがドギマギしながら見渡した食堂には、他に朝日奈さんと大神さんの二人がいた。
少し離れた場所に立つ朝日奈さんは困ったような顔でこちらを見ていて、その隣の大神さんは腕を組み、目を閉じて黙っている。
「苗木君…なくなってしまったのです。わたくし、どうすればいいのか…」
ボクは眩暈を覚えた。亡くなった、ってまた誰かが殺されたのか?この食堂で?
「……亡くなった……誰が?」
恐る恐る口を開いたボクの問いに、セレスさんはかぶりを振って答える。
「牛乳ですわ」
は…?牛乳?
ボクが理解できずにいると、セレスさんは少し苛立ったような口調になった。
「ですから、牛乳が無くなったのです。せっかくミルクティーを飲もうと思いましたのに…」
「ああ、なんだ…牛乳か。良かった」
気の抜けた返事は、セレスさんの怒りに触れたようだ。彼女は語気を強める。
「良くありませんわ!わたくしの一日はミルクティーに始まり、ミルクティーに終わるのです。
わたくしのナイトならば、事の重大さを理解なさい!」
「いや、だからボクはナイトになるって決めたわけじゃ…痛っ」
セレスさんはボクの背中に回した手に力を込めて、思い切り背中をつねった。
これ以上彼女の意思に逆らうことはできないようだ。
「わ、わかったよ。わかったから…牛乳が無くなったって、どういう事なの?」
ボクの疑問に、初めて口を開いた朝日奈さんが答える。
「昨日の夜は牛乳が1パック残ってたんだって。それが今朝になったら無くなってるって、セレスちゃんが大騒ぎしてるんだよ」
朝日奈さんはセレスさんの我侭には付き合っていられない、というように不満げだ。
「誰かが飲んだんじゃないんだね?」
「昨夜、新品のパックを開けてミルクティーを1杯分だけ作ったのです。
まだパックにはかなりの量が残っていたはずですわ。一晩でそれを飲み干すような方がいらっしゃるとは思えません」
「だから私は誰かが自分の部屋に持って行ったんじゃないの、って言ったんだけど」
セレスさんが振り返って朝日奈さんに強い口調で言い返す。
「個人の部屋に冷蔵庫はありませんわ。一度に飲めない量の牛乳を確保してどうしますの?」
朝日奈さんは反論できず、口を尖らせて黙ってしまった。
「とにかく、これは重大な問題ですわ。苗木君、この事件の真相を暴くのです」
セレスさんはボクの顔を見据えると、当然のように命じた。
やれやれ、やるしかないのか…。
「じゃあ…まずは昨日の夜、ミルクティーを淹れた時のことを詳しく聞かせてくれるかな」
捜査を開始したボクは、まずはセレスさんに事件の始まりについて質した。
セレスさんは記憶を辿るように、目を閉じる。
「昨夜も、寝る前にミルクティーをお部屋で飲もうと、山田君に淹れさせましたの」
ああ、やっぱり自分で淹れたんじゃないんだ。…あれ?でもそれだと…。
「さっき牛乳が1パック残ってたって言ってたよね。それは誰が確認したの?」
「わたくしと山田君です。初め、山田君が牛乳が見当たらないと間抜けな事を言っていたので仕方なくわたくしも一緒に探したのです。
その時は他の食材の陰に隠れていたのを、すぐに見つけましたわ」
「厨房の冷蔵庫の中にあったんだね」
「ええ。わたくしは発見した新品の牛乳を山田君に渡して厨房を出ました。それから10分ほど待ったでしょうか。
完成したミルクティーを受け取った時に夜時間を知らせる放送が流れましたので、その時食堂にいた方々と一緒に食堂を出ましたわ」
「その時、食堂にいたのは?」
ここで朝日奈さんが手を挙げて答えた。
「私とさくらちゃん、それに山田の3人だよ」
さらに大神さんが証言に加わる。
「セレスがミルクティーを持ってすぐに食堂を出たゆえ、我と朝日奈もそれに続いた。少し遅れて山田が出てきたな」
食堂は夜時間になると閉鎖されてしまうはずだ。
「みんなが食堂を出たら、すぐに入り口に鍵がかかったんだね」
セレスさん、朝日奈さん、大神さんが揃って頷く。
ここまでは牛乳が持ち出される余地はなさそうだ。
「朝、牛乳が無くなっている事に気づいた時はどういう状況だったの?」
「今朝、一番に食堂に入ったのは我と朝日奈だろう。早朝のトレーニングを終えて二人で茶を飲んでいた」
大神さんの言葉に、朝日奈さんも「うん、うん!」と嬉しそうに賛同する。この二人は本当に仲良しだな…。
「次に食堂に来たのはわたくしですわ。いつもより早く目が覚めまして、すぐに食堂に向かいました。
ミルクティー係の山田君がまだ来ていないので自分で淹れようとしたのですが…」
「その時には、牛乳が無くなっていた…か」
という事は牛乳が無くなったのは昨夜ミルクティーを淹れてから、今朝セレスさんが冷蔵庫を開けるまでの間だろう。
夜の間は食堂が閉鎖される以上、牛乳を持ち出したのは朝一番に食堂に来たっていう朝日奈さんか大神さんなのか…?
ボクが自分の考えを口にする前に、それをセレスさんが代弁した。
「夜時間は食堂に入れません。となれば犯人は朝日奈さん、大神さんのどちらかではありませんか?」
疑われた朝日奈さんは怒りを露わにする。
「違うってば!私たちは牛乳なんて知らないよ!」
「我らは今朝、食堂に入ってから今まで外に出ておらぬ。食堂から牛乳を持ち出せたはずがない」
二人の反論をセレスさんは冷たく一蹴する。
「お二人はとても仲がよろしいですわね。どちらかが犯人で、もう一人が庇っているのでは?
いえ、お二人の共犯という可能性もありますわね…」
「そんな!だいたい何で私達が牛乳を盗まなきゃならないの!?」
「そんな事は知りませんわ。ご自分の胸に聞いてみてはいかがです?」
そっぽを向いたセレスさんの言葉を、朝日奈さんは誤解したようだ。
彼女は顔を真っ赤にして胸元を手で隠した。
「む、胸は関係ないじゃん!私は毎日牛乳を飲んでるわけじゃないし!
そんな事言ったら、毎日ミルクティーを飲んでるっていうセレスちゃんの方が…」
ボクは思わず朝日奈さんとセレスさんの胸を見比べて、ため息をついていた。
それはそうだな…。
「ちょっと、どこを見ていますの?」
「いたた…ご、ごめん」
セレスさんに頬をつねられ、ボクは慌てて思考を切り替える。
朝日奈さんと大神さんの性格上、牛乳を飲んでしまったからといって、それを隠したりはしないだろう。
でも二人の証言が本当なら、犯人はいつ、どうやって牛乳を持ち出したんだ…?
…このまま考えていても結論は出そうに無い。
「一度、最後に牛乳が目撃された現場…厨房を調べてみよう。何かわかるかもしれない」
ボクの提案に、セレスさんも賛同する。
「そうですわね。わたくしもご一緒しますわ。この事件だけは、絶対に解決しなくては気が済みませんもの」
朝日奈さんたちを食堂に残し、ボクとセレスさんは厨房に向かった。
まずは冷蔵庫を開けてみる。中には様々な食材が雑然と詰め込まれているが、当然、牛乳は…無い。
「ここに牛乳が入っていましたの」
セレスさんが指差した先には、なるほど、牛乳パック1本分の隙間が空いている。
「山田クンが残った牛乳を冷蔵庫に片付け忘れたとか?」
セレスさんが首を横に振る。
「山田君に確認したわけではありませんが、見ての通り、この厨房には牛乳が見当たりません。
その可能性は排除してもよろしいでしょう」
次にボクたちはコンロの前に移動した。
セレスさんはロイヤルミルクティーしか飲まないことを、山田クンは知っている。当然、ここのコンロを使って牛乳で紅茶を煮出したはずだ。
その証拠にコンロの上には少し汚れたミルクパンが置きっぱなしになっていた。だが、ボクは違和感を覚える。
暗黙の了解で、自分が使った食器や調理器具はすぐに洗って元の場所に返すことになっているはずだけど…?
「全く、山田君は鈍くさい人ですわね。お鍋も片付けていないなんて」
セレスさんは吐き捨てるように言ったが、そもそも山田クンはセレスさんのためにやってるんだよな…。
夜時間までに食堂を出ないといけないから、慌てていたのかもしれない。
そう思った時、ふと、ボクの鼻が異臭を感じ取った。
「この匂い…牛乳かな」
「当然でしょう。そこにミルクティーを作った鍋があるのですから」
いや、それにしては牛乳の匂いが強すぎないか?まるで、これは…。
ボクには真相が見えてきた。
ボクは自分の考えを確かめるべく、厨房の隅に置かれたゴミ箱の所に足早に向かった。
「どうしましたの?」
セレスさんが不審そうに尋ねるが、ボクは黙ってゴミ箱の蓋を開けた。
その瞬間、ゴミ箱の中から微かな牛乳の匂いが広がる。
ゴミ箱の中には空の牛乳パックが入っていたのだ。
「セレスさん、昨日開けた新品の牛乳パックって、これじゃない?」
セレスさんも顔をしかめながらゴミ箱を覗き込み、答えた。
「同じ銘柄ですわね…ここで誰かが残った牛乳を飲んだということですか?」
「いや、無くなったパックにはかなりの量が残ってたんだよね。飲んだわけじゃないと思うよ」
ボクはそう言いながらゴミ箱の中を観察する。
やはりそこには、丸められた布巾(…この厨房に元々置かれていたものだろう)があった。
ボクは自分の考えが正しいことを確信した。
「セレスさん、犯人がわかったよ」
「それは…誰ですの?」
ボクは、じっとボクを見つめるセレスさんの顔をまっすぐに見返した。
「山田クンだよ。これは事件じゃない。事故だったんだ」
ボクは頭の中で、昨夜起こった事を再現する。
セレスさんにミルクティー作りを命じられた山田クンは嬉々として厨房に向かった。
牛乳が見つからなかったが、セレスさんが新品の牛乳を渡して厨房を後にする。
そして、山田クンは牛乳を鍋に移して調理を開始したが…この時、誤って残った牛乳を全てコンロの前の床にこぼしてしまったのだ。
慌てた山田クンは厨房にあった布巾で床を拭いて、空になった牛乳パックと汚れた布巾をゴミ箱に放り込む。
出来ればもっと綺麗に厨房を片付けたかったのだろうが、セレスさんに完成したミルクティーを渡た所で夜時間が来てしまった。
仕方なく山田クンはセレスさんたちと食堂を出て行く。恐らくは翌日、片づけをするつもりで…。
「…つまり、牛乳は食堂から持ち出されたんじゃない。厨房で無くなったんだよ」
ボクの推理にセレスさんは大きく頷くと、そっとボクに手のひらを差し出した。
「苗木君、いつも持ち歩いていますわね。薔薇の鞭を出しなさい」
「い、いや、いつも持ち歩いているわけじゃ…何に使うの?」
答えはわかっていたが、一応聞いてみた。
「愚問ですわね。あの腐れラードに制裁を加えるのです」
ああ…やっぱり…。
セレスさんは口元に笑みを浮かべているが、その目は少しも笑っていない。
「あの、山田クンはセレスさんのためにミルクティーを淹れてたんだし、わざとじゃないだろうし…。許してあげれば…」
「では代わりに苗木君をお仕置きしましょうか」
ボクは謹んで辞退した。…ごめん、山田クン。ボクにはどうすることもできないよ。
その後、食堂に何も知らずにやってきた山田クンの悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない…。
山田クンへの制裁を終え、午後にはモノクマによって牛乳が補充されてセレスさんは上機嫌になった。
山田クンが寝込んでしまったのでボクが淹れる羽目になったミルクティーを食堂で飲み終えると、彼女はボクを連れて自室に戻った。
「苗木君、今回の一件をスピード解決できたのは、あなたのおかげですわ。さすがはわたくしのナイトですわね」
山田クンに聞けばすぐに解決した気がするし、まだナイトになるとは言ってないんだけど…ボクは黙っておいた。
「あなたにはご褒美を差し上げますわ。さあ、目を閉じて…」
目を閉じて…って、まさか…?心なしかセレスさんの頬が赤いような…。
ボクは期待に胸を膨らませながら、目を閉じた。そしてボクの唇に………は、何も起こらない。
ボクは自分の髪に何かが触れる気配を感じた。
「もう目を開けてもよろしいですわ」
セレスさんの声に従って、ボクは目を開けた。目の前には彼女が差し出した手鏡があった。
「うふふ、よく似合いますわよ?」
ボクの髪…頭のてっぺんにはセレスさんのものであろう、赤いリボンが結ばれていた。
まるでシーズーとか毛の長い愛玩犬がよくされるように…。
男心を裏切られたボクの表情がよほど残念そうに見えたのだろう、セレスさんは言った。
「不満そうですわね?」
「い、いや、嬉しいよ。うん…」
ボクは嘘をついた。
「…Cランクのあなたには、期待するような事はまだ早いのです。でも…Bランクになれば、考えて差し上げますわ」
やはり彼女の頬は少し赤く見える。
ひょっとして、ぎりぎりで恥ずかしくなって、ご褒美をリボンに切り替えたのかもしれない。
「もっと頑張ってくださいね。…わたくしのために。あなたには期待していますから…」
そんな風に言われると…ボクまで顔が赤くなってきそうだ。
ボクは動揺を悟られないよう、黙って頷くと、手短に別れを告げてセレスさんの部屋を後にした…。
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ボク…苗木誠が朝食より少し早い時間に食堂へ入ると、黒い何かが胸に飛び込んできた。
「苗木君っ…!」
セレスさんがいきなり抱きついてきたのだ。とっさの事に対応できず、ボクは大きくよろめいてしまう。
いつも余裕の笑みを浮かべている彼女にしては珍しくうろたえた様子で、大きな瞳も泣きはらした時のように真っ赤に…
って、これは元々だな…。
「ど、どうしたのセレスさん」
ボクがドギマギしながら見渡した食堂には、他に朝日奈さんと大神さんの二人がいた。
少し離れた場所に立つ朝日奈さんは困ったような顔でこちらを見ていて、その隣の大神さんは腕を組み、目を閉じて黙っている。
「苗木君…なくなってしまったのです。わたくし、どうすればいいのか…」
ボクは眩暈を覚えた。亡くなった、ってまた誰かが殺されたのか?この食堂で?
「……亡くなった……誰が?」
恐る恐る口を開いたボクの問いに、セレスさんはかぶりを振って答える。
「牛乳ですわ」
は…?牛乳?
ボクが理解できずにいると、セレスさんは少し苛立ったような口調になった。
「ですから、牛乳が無くなったのです。せっかくミルクティーを飲もうと思いましたのに…」
「ああ、なんだ…牛乳か。良かった」
気の抜けた返事は、セレスさんの怒りに触れたようだ。彼女は語気を強める。
「良くありませんわ!わたくしの一日はミルクティーに始まり、ミルクティーに終わるのです。
わたくしのナイトならば、事の重大さを理解なさい!」
「いや、だからボクはナイトになるって決めたわけじゃ…痛っ」
セレスさんはボクの背中に回した手に力を込めて、思い切り背中をつねった。
これ以上彼女の意思に逆らうことはできないようだ。
「わ、わかったよ。わかったから…牛乳が無くなったって、どういう事なの?」
ボクの疑問に、初めて口を開いた朝日奈さんが答える。
「昨日の夜は牛乳が1パック残ってたんだって。それが今朝になったら無くなってるって、セレスちゃんが大騒ぎしてるんだよ」
朝日奈さんはセレスさんの我侭には付き合っていられない、というように不満げだ。
「誰かが飲んだんじゃないんだね?」
「昨夜、新品のパックを開けてミルクティーを1杯分だけ作ったのです。
まだパックにはかなりの量が残っていたはずですわ。一晩でそれを飲み干すような方がいらっしゃるとは思えません」
「だから私は誰かが自分の部屋に持って行ったんじゃないの、って言ったんだけど」
セレスさんが振り返って朝日奈さんに強い口調で言い返す。
「個人の部屋に冷蔵庫はありませんわ。一度に飲めない量の牛乳を確保してどうしますの?」
朝日奈さんは反論できず、口を尖らせて黙ってしまった。
「とにかく、これは重大な問題ですわ。苗木君、この事件の真相を暴くのです」
セレスさんはボクの顔を見据えると、当然のように命じた。
やれやれ、やるしかないのか…。
「じゃあ…まずは昨日の夜、ミルクティーを淹れた時のことを詳しく聞かせてくれるかな」
捜査を開始したボクは、まずはセレスさんに事件の始まりについて質した。
セレスさんは記憶を辿るように、目を閉じる。
「昨夜も、寝る前にミルクティーをお部屋で飲もうと、山田君に淹れさせましたの」
ああ、やっぱり自分で淹れたんじゃないんだ。…あれ?でもそれだと…。
「さっき牛乳が1パック残ってたって言ってたよね。それは誰が確認したの?」
「わたくしと山田君です。初め、山田君が牛乳が見当たらないと間抜けな事を言っていたので仕方なくわたくしも一緒に探したのです。
その時は他の食材の陰に隠れていたのを、すぐに見つけましたわ」
「厨房の冷蔵庫の中にあったんだね」
「ええ。わたくしは発見した新品の牛乳を山田君に渡して厨房を出ました。それから10分ほど待ったでしょうか。
完成したミルクティーを受け取った時に夜時間を知らせる放送が流れましたので、その時食堂にいた方々と一緒に食堂を出ましたわ」
「その時、食堂にいたのは?」
ここで朝日奈さんが手を挙げて答えた。
「私とさくらちゃん、それに山田の3人だよ」
さらに大神さんが証言に加わる。
「セレスがミルクティーを持ってすぐに食堂を出たゆえ、我と朝日奈もそれに続いた。少し遅れて山田が出てきたな」
食堂は夜時間になると閉鎖されてしまうはずだ。
「みんなが食堂を出たら、すぐに入り口に鍵がかかったんだね」
セレスさん、朝日奈さん、大神さんが揃って頷く。
ここまでは牛乳が持ち出される余地はなさそうだ。
「朝、牛乳が無くなっている事に気づいた時はどういう状況だったの?」
「今朝、一番に食堂に入ったのは我と朝日奈だろう。早朝のトレーニングを終えて二人で茶を飲んでいた」
大神さんの言葉に、朝日奈さんも「うん、うん!」と嬉しそうに賛同する。この二人は本当に仲良しだな…。
「次に食堂に来たのはわたくしですわ。いつもより早く目が覚めまして、すぐに食堂に向かいました。
ミルクティー係の山田君がまだ来ていないので自分で淹れようとしたのですが…」
「その時には、牛乳が無くなっていた…か」
という事は牛乳が無くなったのは昨夜ミルクティーを淹れてから、今朝セレスさんが冷蔵庫を開けるまでの間だろう。
夜の間は食堂が閉鎖される以上、牛乳を持ち出したのは朝一番に食堂に来たっていう朝日奈さんか大神さんなのか…?
ボクが自分の考えを口にする前に、それをセレスさんが代弁した。
「夜時間は食堂に入れません。となれば犯人は朝日奈さん、大神さんのどちらかではありませんか?」
疑われた朝日奈さんは怒りを露わにする。
「違うってば!私たちは牛乳なんて知らないよ!」
「我らは今朝、食堂に入ってから今まで外に出ておらぬ。食堂から牛乳を持ち出せたはずがない」
二人の反論をセレスさんは冷たく一蹴する。
「お二人はとても仲がよろしいですわね。どちらかが犯人で、もう一人が庇っているのでは?
いえ、お二人の共犯という可能性もありますわね…」
「そんな!だいたい何で私達が牛乳を盗まなきゃならないの!?」
「そんな事は知りませんわ。ご自分の胸に聞いてみてはいかがです?」
そっぽを向いたセレスさんの言葉を、朝日奈さんは誤解したようだ。
彼女は顔を真っ赤にして胸元を手で隠した。
「む、胸は関係ないじゃん!私は毎日牛乳を飲んでるわけじゃないし!
そんな事言ったら、毎日ミルクティーを飲んでるっていうセレスちゃんの方が…」
ボクは思わず朝日奈さんとセレスさんの胸を見比べて、ため息をついていた。
それはそうだな…。
「ちょっと、どこを見ていますの?」
「いたた…ご、ごめん」
セレスさんに頬をつねられ、ボクは慌てて思考を切り替える。
朝日奈さんと大神さんの性格上、牛乳を飲んでしまったからといって、それを隠したりはしないだろう。
でも二人の証言が本当なら、犯人はいつ、どうやって牛乳を持ち出したんだ…?
…このまま考えていても結論は出そうに無い。
「一度、最後に牛乳が目撃された現場…厨房を調べてみよう。何かわかるかもしれない」
ボクの提案に、セレスさんも賛同する。
「そうですわね。わたくしもご一緒しますわ。この事件だけは、絶対に解決しなくては気が済みませんもの」
朝日奈さんたちを食堂に残し、ボクとセレスさんは厨房に向かった。
まずは冷蔵庫を開けてみる。中には様々な食材が雑然と詰め込まれているが、当然、牛乳は…無い。
「ここに牛乳が入っていましたの」
セレスさんが指差した先には、なるほど、牛乳パック1本分の隙間が空いている。
「山田クンが残った牛乳を冷蔵庫に片付け忘れたとか?」
セレスさんが首を横に振る。
「山田君に確認したわけではありませんが、見ての通り、この厨房には牛乳が見当たりません。
その可能性は排除してもよろしいでしょう」
次にボクたちはコンロの前に移動した。
セレスさんはロイヤルミルクティーしか飲まないことを、山田クンは知っている。当然、ここのコンロを使って牛乳で紅茶を煮出したはずだ。
その証拠にコンロの上には少し汚れたミルクパンが置きっぱなしになっていた。だが、ボクは違和感を覚える。
暗黙の了解で、自分が使った食器や調理器具はすぐに洗って元の場所に返すことになっているはずだけど…?
「全く、山田君は鈍くさい人ですわね。お鍋も片付けていないなんて」
セレスさんは吐き捨てるように言ったが、そもそも山田クンはセレスさんのためにやってるんだよな…。
夜時間までに食堂を出ないといけないから、慌てていたのかもしれない。
そう思った時、ふと、ボクの鼻が異臭を感じ取った。
「この匂い…牛乳かな」
「当然でしょう。そこにミルクティーを作った鍋があるのですから」
いや、それにしては牛乳の匂いが強すぎないか?まるで、これは…。
ボクには真相が見えてきた。
ボクは自分の考えを確かめるべく、厨房の隅に置かれたゴミ箱の所に足早に向かった。
「どうしましたの?」
セレスさんが不審そうに尋ねるが、ボクは黙ってゴミ箱の蓋を開けた。
その瞬間、ゴミ箱の中から微かな牛乳の匂いが広がる。
ゴミ箱の中には空の牛乳パックが入っていたのだ。
「セレスさん、昨日開けた新品の牛乳パックって、これじゃない?」
セレスさんも顔をしかめながらゴミ箱を覗き込み、答えた。
「同じ銘柄ですわね…ここで誰かが残った牛乳を飲んだということですか?」
「いや、無くなったパックにはかなりの量が残ってたんだよね。飲んだわけじゃないと思うよ」
ボクはそう言いながらゴミ箱の中を観察する。
やはりそこには、丸められた布巾(…この厨房に元々置かれていたものだろう)があった。
ボクは自分の考えが正しいことを確信した。
「セレスさん、犯人がわかったよ」
「それは…誰ですの?」
ボクは、じっとボクを見つめるセレスさんの顔をまっすぐに見返した。
「山田クンだよ。これは事件じゃない。事故だったんだ」
ボクは頭の中で、昨夜起こった事を再現する。
セレスさんにミルクティー作りを命じられた山田クンは嬉々として厨房に向かった。
牛乳が見つからなかったが、セレスさんが新品の牛乳を渡して厨房を後にする。
そして、山田クンは牛乳を鍋に移して調理を開始したが…この時、誤って残った牛乳を全てコンロの前の床にこぼしてしまったのだ。
慌てた山田クンは厨房にあった布巾で床を拭いて、空になった牛乳パックと汚れた布巾をゴミ箱に放り込む。
出来ればもっと綺麗に厨房を片付けたかったのだろうが、セレスさんに完成したミルクティーを渡た所で夜時間が来てしまった。
仕方なく山田クンはセレスさんたちと食堂を出て行く。恐らくは翌日、片づけをするつもりで…。
「…つまり、牛乳は食堂から持ち出されたんじゃない。厨房で無くなったんだよ」
ボクの推理にセレスさんは大きく頷くと、そっとボクに手のひらを差し出した。
「苗木君、いつも持ち歩いていますわね。薔薇の鞭を出しなさい」
「い、いや、いつも持ち歩いているわけじゃ…何に使うの?」
答えはわかっていたが、一応聞いてみた。
「愚問ですわね。あの腐れラードに制裁を加えるのです」
ああ…やっぱり…。
セレスさんは口元に笑みを浮かべているが、その目は少しも笑っていない。
「あの、山田クンはセレスさんのためにミルクティーを淹れてたんだし、わざとじゃないだろうし…。許してあげれば…」
「では代わりに苗木君をお仕置きしましょうか」
ボクは謹んで辞退した。…ごめん、山田クン。ボクにはどうすることもできないよ。
その後、食堂に何も知らずにやってきた山田クンの悲鳴が響き渡ったことは言うまでもない…。
山田クンへの制裁を終え、午後にはモノクマによって牛乳が補充されてセレスさんは上機嫌になった。
山田クンが寝込んでしまったのでボクが淹れる羽目になったミルクティーを食堂で飲み終えると、彼女はボクを連れて自室に戻った。
「苗木君、今回の一件をスピード解決できたのは、あなたのおかげですわ。さすがはわたくしのナイトですわね」
山田クンに聞けばすぐに解決した気がするし、まだナイトになるとは言ってないんだけど…ボクは黙っておいた。
「あなたにはご褒美を差し上げますわ。さあ、目を閉じて…」
目を閉じて…って、まさか…?心なしかセレスさんの頬が赤いような…。
ボクは期待に胸を膨らませながら、目を閉じた。そしてボクの唇に………は、何も起こらない。
ボクは自分の髪に何かが触れる気配を感じた。
「もう目を開けてもよろしいですわ」
セレスさんの声に従って、ボクは目を開けた。目の前には彼女が差し出した手鏡があった。
「うふふ、よく似合いますわよ?」
ボクの髪…頭のてっぺんにはセレスさんのものであろう、赤いリボンが結ばれていた。
まるでシーズーとか毛の長い愛玩犬がよくされるように…。
男心を裏切られたボクの表情がよほど残念そうに見えたのだろう、セレスさんは言った。
「不満そうですわね?」
「い、いや、嬉しいよ。うん…」
ボクは嘘をついた。
「…Cランクのあなたには、期待するような事はまだ早いのです。でも…Bランクになれば、考えて差し上げますわ」
やはり彼女の頬は少し赤く見える。
ひょっとして、ぎりぎりで恥ずかしくなって、ご褒美をリボンに切り替えたのかもしれない。
「もっと頑張ってくださいね。…わたくしのために。あなたには期待していますから…」
そんな風に言われると…ボクまで顔が赤くなってきそうだ。
ボクは動揺を悟られないよう、黙って頷くと、手短に別れを告げてセレスさんの部屋を後にした…。
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