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「霧切、悪いが明日までにこのデータをまとめておいてくれ」
「A地区の被害状況について、本部に送る報告書の作成を頼む」
「救援物資の輸送が必要な地域の割り出しをお願いできるかしら、霧切さん」
上司からの頼み。否、命令。
立て続けに仕事を上乗せされ、内心頭を抱えるも――承諾以外の返事はあり得ない。
能力を買ってくれているのはありがたいけれど、それとこれとは話が別だ。
それでもデスク上のパソコンと向き合い、黙々と作業を消化していく事一体何時間経ったろうか。
日が傾いてくると徐々に人の数はまばらになった。私の仕事はまだ終わらない。
目の奥が疼痛を訴えてくるのを誤魔化すように、眉間の皺を指でぐりぐりと押さえる。
(……あっちは進展があったのかしら)
軽く伸びをして小休止。凝り固まった身体を解しながら同じく第14支部に勤めている元級友達を思う。
働く場所は同じでも、担当する仕事が毎回同じとは限らない。
大変なのは何も塔和シティーだけではないのだ。
未来機関がいくら大きな組織といえども、世界中を巻き込んだ事件の鎮圧は並大抵のことではない。
(要救助民の人達も……みんな無事だといいのだけど)
自分の担当ではない為に詳しい内容は聞いていないが、どうも実働班として現地に入った十神君が人質になってしまったらしい。
そのため未来機関はなかなか干渉出来ず手を拱いている、とか。
更に何故か腐川さんまでそっちにいたり、葉隠君が行方不明になっていたり(こちらは割とどうでもいいが)。
そんなこんなで塔和シティー絡みで大分人員を割かれている分、残りの仕事はこちらに回ってくる。
コロシアイ生活の生き残りである仲間たちは皆、自分同様に忙しい筈だ。弱音を吐いている場合ではない。
……ないのだけど。
「……はぁ」
忙殺されそうな日々が続いて――しばらく『彼』に会っていない。
絶望を打ち倒した希望の象徴として、生き残りの中でも特に多忙を極める彼。
心配というのもあるけれど、何より自分が寂しいのだ。
(苗木君……)
随分とまあ女々しくなったものだと若干の呆れを覚えつつも、会えないものは仕方無いとすっぱり諦めるあたりは自分らしいとも思う。
閉じていた目を開けて仕事を再開する。帰るのは真夜中になるかもしれない、と覚悟を決めながら。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふわり、ふわり。
心地良い空間の中で、次第に意識が浮上してくるのを感じる。ほとんど無意識に現状を把握しようと脳が働き出すのは探偵の性故か。
小さく聞こえるのは自分の息。ややくぐもっているのは腕に突っ伏しているからで――要するに、私は寝ているのだろう。
既に自分以外の人間がいなくなった中で、今日中にやると決めたところまで仕事を終わらせたのは覚えている。それで気が抜けたのだろうか。
大して長くは寝ていないと思うけど、もう少し休もうか、さっさと起きて帰ろうか。
(……?)
そこまで考えて、ふと違和感を覚える。
何かが頭を撫でている。正確には、誰かの手が。
まるで母親が赤子を慈しむように、ひたすら優しく、柔らかく。
その温かさに誘われるように、薄らと目を開いた。
「……あ、起こしちゃった?」
定まった焦点が捉えたのは、さっきまで会いたいと希っていた彼の姿。
くたびれた様な顔をしているが、表情はいつも以上に穏やかで、相変わらず私の頭を撫で続けている。
「……苗木君?」
「うん」
未だ頭がぼんやりしているが、どうやら夢という訳ではないらしい。しかし、それなら何故ここに彼がいるのだろうか。
どうして、と呟きながらゆっくり身体を起こすと、撫でるのをやめた苗木君がじっと私を見ながら口を開いた。
「誕生日おめでとう、霧切さん」
言われた言葉が一瞬理解できなかった。慌てて壁際に吊るされたカレンダーに目をやると、今日の日付は10月6日。私がこの世に、生を受けた日。
日付どころか今が10月であることさえ把握してなかった。やっぱり忘れてたんだね、と苗木君は困ったように笑っている。
本人すら忘れていて、周りだってきっと誰も覚えていない誕生日を――彼は、覚えていてくれたのか。
「……それを言うために、わざわざ来たの?」
「プレゼントは用意できなかったからさ……どうしても、直接会って言いたかったんだ」
本当にごめんねと、そんな風に言われると却って罪悪感を覚える。こんな世界情勢では、贈り物なんて用意できなくて当然なのに。
それでも申し訳なさそうにしている彼に、ある提案を思いついた。
「ねえ、それなら……プレゼント代わりに、少し充電させて貰ってもいいかしら」
「充電?」
首を傾げる苗木君に向かって私は徐に手を伸ばし――思いっきり、抱き締めた。
久々に感じる、少し高めの体温と彼の匂い。それらに至極安心し、思わず長い息を吐く。
面白い様に身体を硬直させる彼に、口元が自然と綻んでしまう。
「ええと……じゅ、充電って、これ?」
「そう、心身両用の充電器……これでまた頑張れるわ」
「……こんなので、プレゼントになるの?」
「もちろん。十分よ……ありがとう」
目を閉じて堪能していると、背中に腕の温かみを感じた。ぎゅっと引き寄せられて、ますます身体が密着する。
耳のすぐ近くで安堵の溜息が聞こえた。軽く頬ずりしてくるのがくすぐったい。
「あー……これは確かに充電になるかも」
「ふふ……甘えん坊ね、苗木君」
「霧切さんが先にやったんじゃないか……」
そう言われても、体温が心地良くて離れる気にならない。彼に頭を撫でられて、童心に返ってしまったのかもしれない。
お返しと言わんばかりに彼の頭を撫でてみた。手袋越しに髪の毛の感触が伝わってくる。
労いと感謝を込めて撫で続けていると、次第に力を抜いて寄りかかる様に体重を預けてきた。――彼も、相当疲れているのだろう。
「……みんな、大事な仲間だけど」
吐息混じりの声で、苗木君がぽつりと呟く。
「やっぱり……霧切さんの側が、一番安心する」
言葉一つが追加のプレゼントになってしまいそうだ。こういうのを殺し文句と言うのだろうか。
そうして私は、来年の彼の誕生日には何をあげようかと気の早いことを考えながら、忙しない一日の終わりを過ごしたのだった。
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