kk29_108-111

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「な、なんで霧切さんがここに!?」 日付も跨ごうかという夜更け。 苗木誠は、目の前の光景にその日一日の疲れも忘れてしまったかのような声を出す。 某奇抜な髪型の元クラスメイトから頼まれた仕事、自分の残務処理諸々を漸く終えて帰宅したというのに “超高校級の幸運”なんてかつて言われた才能に、真っ向から反論したくなる出来事に頭の処理が追いつかないでいた。 「すぅ………」 霧切響子が、自分のベッドで眠っている。 普段の彼女からは想像もつかない無防備な姿。 苗木は急激に襲い来る緊張で喉を鳴らしてゆっくりと近づく。 瞼を閉じた霧切の目前で手を振るも当然反応はない。 「…寝てる……」 「どうして自分の部屋に?」という思いはあるものの、苗木は徐々に冷静さを取り戻していく。 霧切はとてもよく眠っている―――熟睡といってもいいのではないか、そのくらい眠りは深いようだった。 だからこそ起こすのに躊躇し、どうするべきかと思案する視線は無防備な――― 年頃の男なら、無意識にその体のラインに視線が吸い寄せられるだろう。苗木も例に漏れず、その一人だった。 未来機関で支給されるスーツ姿。普段良く見る姿なのに、艶かしさを感じてしまうのは いつも張り詰めた糸のような霧切が、その糸を緩めて、無防備な姿を晒しているからだろう。 胸元は呼吸の度に上下し、スーツの上からでもわかるくびれた腰は細く、 そこから伸びる女性らしい丸みを帯びたラインとそこから伸びる重なった太腿は肉感的で艶かしい。 (う、うわ…なんか霧切さん、いつもより………) 「っ、な、何考えてるんだボクは!」 熱くなる顔を振って芽生え出した下心を慌てて封じ込める。 彼女は大切な仲間で、今まで支えてくれた恩人で、そんな対象になってはいけないのだと、苗木は自分にそう言い聞かせ 「…起こそう。無防備に寝られると、色々困るしね…うん、色々…」 自分の情けなさに溜息を漏らしながら、眠る霧切の肩に手を置きその寝顔を覗き見る。 普段は理知的な色を宿す瞳は閉じられ、あまり緩む事のない頬は子供のように緩んでいる。 あどけない寝顔―――思わずその顔に、苗木は目を奪われてしまう。 (霧切さんの寝顔って、子供みたいで可愛いなぁ…) 肩に置いた手は、僅かに開かれた薄い桜色をした唇に引き寄せられ、指先で唇をなぞる。 初めて触れた異性の柔らかい唇の感触、規則正しく漏れ出る吐息が指にかかり、それは苗木の理性がグラグラと音を立てて崩れ落ちるには充分すぎる刺激だった。 頼りになる彼女の無防備な姿に唇に触れた手は頬へと添え、ゆっくりとお互いの顔が近づいていく。 端正で幼さの残る寝顔に見惚れながら苗木の瞼が閉じられ―――― 「!!!!!」 霧切の口から漏れる声に我に返った苗木は慌てて顔を離す。 (い、今、何しようとしたんだ…なにやってるんだよ!) とんでもないことをしでかす前に気づいて良かったという思いと、指で触れた唇に触れたいという矛盾した気持に、高鳴る心臓を抑えて後ずさる。 顔は茹で上がったように熱くなり、今霧切の目が開かないことに心から安堵した苗木は深呼吸をして自らの心を落ち着かせ 「き、霧切さん、起きて…!」 今度は細心の注意を払って欲望を戒めて、肩を揺さぶって声をかける。 「ん……ぅ……、……なえ、ぎ…君…?」 「はぁぁぁ、やっと起きた」 心から安堵した苗木は溜息を漏らし、その姿を霧切は寝ぼけ眼で見詰めた。 「…私は、あなたの部屋で寝てしまったようね」 「うん、一応ここ、ボクの部屋だね。えっと、どうして霧切さんがボクの部屋に?」 起きたばかりで、目の前に居る自分に動揺もしない。直ぐに状況を理解する霧切の様子に、苗木はこんな時まで感心していた。 「苗木君に会いたかった……なんて理由だったら、どうする?」 「え………えぇぇっ!?」 思わず動揺を露わにする苗木だが、対する霧切は唇を釣り上げて楽しげだ。 そこで漸く“からかわれて”いることに気づいた苗木は苦笑を浮かべながら頬を掻く。 「霧切さん、からかわないでよ」 「フフ、何のことかしら?」 「と、とにかく、どうしてボクの部屋で寝てたのか説明して――」 「これよ。忘れ物」 いつもの調子の霧切を追求しようと苗木は言葉を発するが、それはすぐに遮られた。 特に隠す気があったわけではないのだろう、言葉とともに差し出したのはベッドサイドテーブルに置いた書類だった。 あっ…と小さな声を漏らし、“忘れ物”との言葉に記憶から思い至った苗木はそれを受け取り、確認をするように文面に目を通して長い溜息を吐き出した。 「はぁ~~…ありがとう霧切さん、これ、大事な書類だったよ…  ……あれ、でもなんでボクの部屋に?鍵は掛けておいたはずなのに」 「…………それじゃあ帰るわね」 「そこで帰るの!?」 苗木の疑問虚しく、表情も変えずにベッドから降りた霧切は足早に玄関へと向かう。 ―――と、脚がぴたりと止まり。 「この程度の鍵なら簡単に開くのよ、覚えておきなさい」 その言葉を残し、ドアを開けて部屋を出た。 「つまり、霧切さんには部屋の鍵も意味が無いってことなのか。  ……いや、ボクが知りたかったのはそういう事じゃないんだけど!」 苗木がそう叫んだ所で霧切はもう部屋の外。聞こえるはずもなく虚しく部屋に響くだけだった。 わけがわからないと溜息を付きながらベッドに腰を掛けると、スプリングが軋む音と共に鼻孔を匂いが擽る。 ふわりと、柔らかくてどことなく甘いような―――眠る霧切に顔を寄せた時に感じた、匂いそのもの。 「!!!!」 鮮明に蘇ってくる記憶に顔は真っ赤に染まり、苗木は悶絶しながら、片隅で思うのだった。 (今日眠れるかな…) 「ふぅ…」 苗木の部屋を後にした霧切は息を零す。 普段感情を表に出さないその顔は安堵しているようだった。 (苗木君の部屋に残ったあなたの匂いで安心して眠ってしまったなんて、言えるわけないもの) 苗木の部屋に入った当初は書類だけを置いて帰るつもりだった。 けれど、少し休むつもりでベッドに座ってしまい、そのまま眠ってしまったのだ。 「…っ!」 それを思い出してしまった霧切は頬の熱を止めることが出来ず、自室に向かう足は自然と早くなっていた。 今、誰にも会わないことを祈りながら、片隅で思うのだった。 (今日眠れるかしら…) -----

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