霧切さんと江ノ島さん オシオキ編

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江ノ島さんお気に入りの洋菓子店は、大通りから少し外れたところにあった。建物は大きな格子窓に三角屋根という外観で、 可愛らしいお菓子の家を連想させる。 店内にはカフェスペースがあり、そこでケーキを食べることができるようだ。 ゲームセンターと同じく、私には馴染みのない場所だ。店に入って辺りを見回していると、江ノ島さんにつつかれた。 「動きが不審なんだけど」 「あまりこういうところに来たことがないのよ。ケーキとか甘い物は好きだけど、普段はあまり食べないし」 「うわー、なんかもうホントに現役女子高生か?ストイックすぎて死んじゃうんじゃない?」 「ほっといて」 言い合いじみたやりとりをしつつ、彼女と一緒にショーケースを覗き込む。ショートケーキやモンブラン、 さらにはシュークリームやビスケットなど、いろいろな種類のお菓子が並んでいる。それらを吟味するように眺め、 江ノ島さんが言った。 「アタシはチーズケーキだな。霧切は?」 「…ザッハトルテとコーヒー」 「オッケー。まとめて注文しとくから、席見つけといてねー」 彼女はひらひらと手を振った。休日ということもあってか、店はそれなりに混み合っている。私は彼女に言われるまま、 カフェスペースへと向かう。窓際に二人掛けの席を見つけ、そこに腰かけた。茶色を基調とした落ち着いた雰囲気の 内装と、窓から差し込む陽の光が心地よい。 ほどなくして、江ノ島さんが戻ってきた。 「ケーキと飲み物、一緒に持ってきてくれるってさ」 そう言って彼女は私の向かいに座った。 「ここのお菓子はすごいよ。なんせ飽きっぽいこのアタシを飽きさせないくらいだから」 「そう」 「ケーキ食べて幸せ、そして体重計に乗って絶望する。完璧すぎて最高だわ」 江ノ島さんは早くもうっとりした表情だ。そんな彼女を見据えて、私は気になっていることを切り出した。 「ひとついいかしら?」 「ん?」 「何をするつもりなの?」 「えっと、なんのことでしょう?」 「あなたが言いだした『オシオキ』のことよ。一体何をするつもりかしら」 江ノ島さんは、そんなことは忘れていたというふうに「ああ!」と手を打ったあと、例の意地悪な笑みを浮かべた。 「うぷぷ、それはあとのお楽しみ」 「……悪い想像しかできないわね」 「だいじょーぶだって。アタシにしてはめちゃくちゃぬるーいヤツだから」 さらに問いただそうとしたところで、私たちの注文したメニューが運ばれてきた。 「お待たせ致しました」 白い制服を着た小柄な女性店員が、てきぱきとした動作で品物をテーブルに置いていく。 まずは、江ノ島さんのチーズケーキ。綺麗に焼き色が付き、ミントが添えられた王道のチーズケーキだ。 そして、続いてサーブされたケーキを見て、私は絶句した。 そのケーキは確かに、私が頼んだチョコレートケーキ、ザッハトルテで間違いない。 問題はその形状だ。 テーブルに置かれたそれは、巨大なホールケーキだった。 「……」 私が固まっている間に、店員は何事もなかったかのように「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げて行ってしまった。 「お代は私が持ちますので、遠慮なくお召し上がりください」 眼鏡の位置を直す仕草をしながら、知的な江ノ島さんが言った。彼女の言う「オシオキ」とはこれだったようだ。 「ちなみにサイズは6号です。残念ながらそれ以上は予約が必要でした」 全く必要のない補足説明を聞きながら、なんとか硬直状態から脱した私は、おそるおそるケーキを指差す。 「これを、一人で……?」 「好きなんでしょ、甘い物。つーかこれじゃオシオキじゃなくてご褒美だな。アタシとしたことが」 「本気で言ってるの?」 ザッハトルテは、チョコレート味のケーキに杏子のジャムを塗り、その上からさらにチョコレートのコーティングを 施した重厚さが特徴だ。当然、一度にそんなに食べられるものではない。非難を込めた私の言葉を躱(かわ)し、 江ノ島さんは「いただきまーす」と自分のケーキを食べ始めた。 とりあえず、少し食べてみよう。しばらく逡巡していた私は、ナイフとフォークを手に取った。適当なサイズに切って 小皿へ移し、一口食べる。 美味しい…。 濃厚なチョコレートの甘さに、杏子の酸味がアクセントとなって口の中に広がる。コーヒーの味も申し分なく、 間違いなく楽しいひととき、なんだけれど。 「う……」 どん、と一際の存在感を放つチョコレートの塊を見ると、そんな気持ちは吹き飛んでいく。好きなものなら いくらでも食べられるというけれど、いくら好きでもさすがにこれは……。美味しいケーキが、なんとも 禍々しいものに見えてきてしまう。 せっかくの甘いお菓子を前に、どうしてこんな複雑な気持ちにならなければいけないのか。 私は、至福の表情でチーズケーキを頬張る諸悪の根源に恨めしい目線を送った。 * 希望ヶ峰学園への帰り道を歩きながら、私はしきりにお腹をさすっている。胃のあたりが ずっしりと重く、胸焼けもひどい。たっぷりとチョコレートを流し込んだのだから当然だ。 ケーキは、結局3分の2ほど食べたところで力尽きた。残りはというと、江ノ島さんがすべて食べてしまった。 彼女の体はどうなっているのかと思ったが、それを追及する気力も残されていなかった。 「あなたといるととんでもないことになると分かったわ」 呻くように言った私に、江ノ島さんが笑う。 「負けたらオシオキっていう約束だからね」 「強制だったじゃない。私は了承した覚えはないわ」 「その割にさ、自分から何するか聞いてきたじゃん。もう受け入れちゃってるよね、自分がオシオキされるの」 「別に受け入れてなんてない」 「ま、なんにしてもアタシ的には超楽しかったからオッケーだけどね」 「……結局あなたしか得してないのだけど」 「そんなこと言わないでよ、霧切は今日楽しくなかったわけー?」 反射的に当たり前だと言いかけたのを止めて、私は今日のことを思い返した。 さんざん振り回されたけど、楽しくなかったわけじゃない。ゲームに負けて悔しかったり、美味しいケーキを 食べたり…。事件を追う時とは違う、心地よい時間だった。 これが私の知らなかった「日常」というものだろうか。 だとしたら、 「別に…嫌いではない、のかもしれない」 長い沈黙のあとでぽつりと答えると、江ノ島さんは心底呆れた顔をした。 「絶望的にめんどくさい性格だね」 「あなたにだけは言われたくないわ」 痛いところを突かれた私はむっとして言い返し、それきり無視を決め込んだ。 学校に着くと、陽も落ちかけていた。校舎を抜けて寄宿エリアの広場に入ったところに、朝日奈さんがいた。 彼女は私たちに気づいて声を掛けてきた。 「おかえりー!二人で出かけてたの?なんか珍しいね」 「そうだよー、もうすっかり霧切さんと仲良しなんだあ!」 二人が話すのを聞きながら、私はひとつ深呼吸をした。胃もたれと胸焼けは多少マシになったが、まだ回復には時間が 掛かりそうだ。 夕食はもちろん、甘いものも当分食べたくない― そんなことをぼんやり考えていると、朝日奈さんが右手に白い箱を持っているのが目に入った。探偵の勘というわけでは ないが、それを見た瞬間、私は嫌な予感がした。 すると私の視線に気づいたのか、朝日奈さんは手に持っていた白い箱を自分の顔の横に掲げてみせた。 ―まさか。 「そうそう、ドーナツ買ってきたんだよ!二人も一緒に食べようよ!」 満面の笑みとともに放たれた一言に、私は思わず天を仰いだ。 やっぱりこんな日常は、ちょっと嫌だ。 END -----

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