kk31_693-697

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答案用紙に赤く記された数字に、わたしは大きな溜息を吐いた。 春休みが近づいて、どこか気の抜けたような空気が漂う教室。しかしそんな空気も、期末試験の結果が返されていくに つれて、次第にどんよりしたものに変わっていく。 基準点以下の生徒に渡される特別課題と一緒に英語のテストを受け取ったわたしも、その澱みを生み出している一人だ。 「結、テストどうだった?」 授業が終わった後、友人が声を掛けてきた。ショックで机に突っ伏していたわたしは、そのまま答案を彼女に見せる。 「ん」 「ふむ……あー……キツイね、これは」 友人もさすがにコメントに困ったらしい。それ以上は何も言わず、埋まったままのわたしの頭をいたわるような 手つきで撫でてくれた。泣きそうになりながら顔を上げると、彼女が苦笑しながら続ける。 「ま、私も他の科目で似たような状態なんだけどね。もしかしたら春休み、補習コースかも」 「わーやめて、聞きたくない」 せっかく回復しかけていたのに、不吉な一言でふたたび暗い気持ちになる。試験の成績が芳しくない場合には、 休暇期間に行われる補習に参加させられることになっているのだ。具体的なデッドラインは分からないけれど、 クラスメイトたちの間を行き交ううわさなんかを聞いていると、今回のわたしはかなり危ない。 「うう、嫌だよ、春休みまで学校に来なきゃいけないなんて」 「つっても結は寮生でしょ。いつも学校にいるようなもんじゃない」 「そういう問題じゃないだろ。休みの日に学校で授業受けるのが嫌なんじゃないか」 「そりゃ、そんなん誰だって嫌だって。私だって願い下げ……」 彼女はそこまで言いかけて、「いや待てよ」と急に何かを考え始めた。やがてぽつりと呟く。 「……私やっぱ、補習でもいいかも」 「は!?」 突然意見を変えた友人に、わたしは驚いて声を上げた。彼女はきらきらした顔をして理由を語りだす。 「ほら、私ってバス通学じゃん? いつも私が乗るのと同じバスに希望ヶ峰の人がいてさ。超カッコいい男子 なんだよねー! 確か超高校級の……何だったっけ、忘れたけど。とにかく、あの人に会える日が続くと思えば、 それでもいいかな、なんて」 「なんだそれ……」 能天気にはしゃぐ彼女を見て、わたしはもう一度机に深く沈み込んだ。 * 放課後、わたしは教室を出て図書室へ向かった。ひとまず英語の課題を片付けないといけない。寮ではなんだかんだと だらだら過ごしてしまいそうなので、集中できる環境の方がいい。 入口から室内へと入ると、中は生徒も少なくひっそりとしていた。わたしは適当な席を探してあたりを見回す。 と、その中にわたしのよく知る女の子がいるのに気が付いた。 その少女は背筋をぴんと伸ばして椅子に座り、大判の本を読んでいた。いつも三つ編みになっていた髪は下されており、 周囲からの視線を遮るように彼女の横顔を隠していた。わたしは席に向かってそっと近づく。 「霧切ちゃん」 そばに立って呼びかけると、ようやくわたしに気付いたらしい霧切響子がこちらを向いて応じた。 「結お姉さま」 「何を読んでたの?」 うるさくならないよう小声で尋ねる。霧切は読んでいた本を閉じ、表紙を見せてくれた。英語で書かれた文献のようで、 「psychology」の文字が大きく記されている。 「心理学の……論文?」 「ええ。割とメジャーな学術誌かしら」 「相変わらずよくやるね、君は」 感心するわたしに対し、彼女はストレートになっている髪をさらりと撫でると、表情を変えずに言う。 「前にも言ったけれど、これが私の日常よ。お姉さまは、何か調べもの?」 「えっ? う、うん、そんなところ」 この流れで英語の課題をしにきたなんて言えない。話をはぐらかそうとしたわたしは、彼女の髪を指差した。 「そういえば、今日は三つ編みにしてないんだ」 なんでもないことを訊いたつもりだった。ところが、彼女はなぜか急に決まりが悪い様子になって目を逸らすと、 何も言わずに黙り込んでしまった。予想外の出来事にわたしは戸惑う。 「あの、ごめん、もしかして変なこと訊いちゃった?」 探るように問いかけると、はっとなった彼女が慌てたように否定する。 「いえ……そういうわけではないのだけど……その……」 「うん?」 「三つ編み……自分では、なんだか上手く出来なくて」 「あれ、そうだっけ? 確か前に自分で出来るって」 「それは……そうなんだけど……」 そこで再び霧切が沈黙した。一体どうしてしまったんだろう。こんなに歯切れが悪い彼女を見るのは初めてだし、 結局髪を結わない理由も見えてこない。わたしが首を傾げていると、彼女はようやく絞り出すように続きを言った。 「結お姉さまがやってくれたほうが……きれいに出来ていて……自分でやると、しっくり来なくて……」 その言葉と、ちらりと窺うように向けられたその瞳に、わたしは完全に心を撃ち抜かれた。なんだこれ。ちょっと 破壊力がありすぎる。 思いきり抱きしめようとしたけれど、図書室なのでやめておいた。にやけそうになるのを抑えながら、少し屈んで 座っている彼女に目線を合わせる。 「言ってくれたらいつでもやってあげるのに。もしよかったらわたしのやり方も教えるよ?」 わたしが笑いかけると、霧切はぱっと表情を輝かせた……かと思われたが、すぐに視線を下に落とした。 迷っているのだろうか。あるいはどう答えたものか分からないのかもしれない。やや間があってから、彼女が おずおずと訊いてくる。 「……いいの?」 「もちろん。なんだったら今からでもいいよ」 わたしはどん、と力強くそう答えた。そんなの、いいに決まっている。もっと言えば、むしろ是非そうさせてほしいと いうのが本音だ。 霧切はなおもしばらく逡巡した様子を見せたが、最後に小さく呟いた。 「……そうする」 「えへへ、オーケー。とびきりかわいくしてあげるよ。あ、でもここだとさすがに注意されるだろうから、わたしの部屋でもいい?」 「ええ」 今度はすんなりと了承した霧切が、本を閉じて立ち上がった。 「少し待っていて。これを戻してくるから」 そう言って書棚の方に向かっていく。しばらく待っていると、彼女はぱたぱたとこちらまで戻ってきて、無言でわたしを見上げてきた。 「行こう?」と促すようなその瞳に思わず頬が緩む。 ――普段は大人ぶっているくせに、こういうところはかわいいんだから。 英語の宿題のことはひとまず棚に上げて、わたしは浮かれた気分で彼女と一緒に寮へと向かった。 * 翌日。 わたしは休憩時間中の教室で、担任から渡された紙を眺めていた。 『春季休業中の特別補講について』 結局こうなっちゃったな、と、ぼんやり思う。補習行きは初めてだけど、テストの結果を考えれば半ば予想された 展開だったので、それほどのショックは無かった。 「うわーん、結ー!」 読むともなしに書類に書かれた日程などを目で追っていると、同じく補習が決まった友人がばたばたとわたしの ところにやってきた。 「もう終わりだっ! 世界は私を見捨てたんだー!」 「はいはい、わたしも一緒だからねー。科目違うけど」 ほとんど涙目になってしゃがみこんだ彼女の頭を、今度はわたしが撫でてあげる。 「というか、その落ち込みようはなんなの? 昨日は補習でもいいって言ってたでしょ」 「言ったけどっ。よく考えたら春休みなんだから、希望ヶ峰だって休みじゃん! あの人にも会えるわけないじゃん!」 そう言って彼女はくわっと顔を上げる。そんなことわたしに言われても……。 「結こそ、昨日と違わない? あんなに嫌そうだったのに、全然そんなふうに見えないっていうか」 「そう?」 彼女に指摘されて、わたしはふと、昨日のことを思い出していた。 ―――――― 「霧切ちゃんはさ、春休みはどうするの?」 わたしが霧切の髪を編みながらそんなことを尋ねると、こちらに背を向けている彼女が少しだけ首を傾げた。 「どうって?」 「ほら、たとえば事件を追ってどこかに行くとか」 「そういう予定はないわね。図書室が開いているから、そこの本を読むつもりよ」 「てことは、学校に来るんだ?」 「そうだけど……それがどうかしたの?」 「いや、わたしももしかしたら学校に用が出来るかもしれないから、そうなったら会いに行こうかなー、なんて」 冗談っぽく言って霧切の顔を覗いてみる。嫌がるかな、と思ったけど、彼女は諦めたような顔でこちらを見返してきた。 「どうせ、私が何と言おうと来るんでしょう? ……好きにすれば」 ―――――― 「おーい、結、どうした? なんかだらしない顔してるぞ」 友人の声がわたしを現実に引き戻した。怪訝そうにこちらを見ている彼女に、わたしはふわふわした気分で言った。 「うん、確かに、昨日と違うかもしれない。君の言ってたことよく分かるよ。わたし、補習を乗り切れそう……!」 「ええっ? どうして!? 結、何があったの!?」 「ふふ、内緒」 わけがわからない、と騒ぐ彼女に、わたしは笑ってそう答えるのだった。

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