こちら苗木誠探偵事務所

「Xの悲劇」
「ギリシャ棺の秘密」
「冷たい密室と博士たち」
「茶色い密室と博士たち」
「”ち”返し? ち……死がふた、」「ダウト。言葉が変わってるわ」
「わ、わかったよ……うーん、…あ、『地球儀のスライス』!」
「素晴らしい返答だけど、短編集?」
「うん、だって、他に思いつかないし」
「仕方ないわね。……ん、『スイス時計の謎』」
「ぞ!? うーん、えーと……だめだ、降参だよ」
 こーさんこーさん、と半ばヤケになってお手上げのポーズをとる。向かいに座っていた霧切さんは呆れたように溜息をつき、ふるふると首を振って見せた。
「弱い。苗木君、弱いわ」
「悪かったね。どうせ僕は霧切さんほどミステリなんて読んでないよ。……だいたい、小説のタイトルでしりとりだなんて、良く思いついたねえ」
 しょうもない遊びとは言え、負けは負けだ。ほんの少し――ホントに少しだ――の悔しさを感じながら、その悔しさの半分くらいの嫌味を言葉に乗せて言い返した。
「ええ、だって私オリジナルのアイデアじゃないもの」
 霧切さんはしれっとそんなことを言って、読んでいた本を本棚に戻した。月光がどうのというタイトルがかろうじて目に入ったけど、
実はカバーの下はミステリ辞典なんじゃないだろうか。
 なんとなく本棚を眺める。文庫本やハードカバーが詰め込まれた、落ち着いた色合いの重厚な本棚。
 ”超高校級の家具職人”の習作だとかなんとか言っていたような気がするけど、ただのいち部室に鎮座したそれは、ハッキリ言って浮いていた。

 部室。――そう、部室。
 ここは、ミステリ研究部兼、苗木誠偵事務所だ。


「野良猫の里親探し。恋人の浮気調査。テストのヤマ当て。あとはー、何があったかなあ?」
 迷い猫探しに、迷い犬探しに、と指折り数えていたところで、霧切さんがピクリと反応した。
「……あのね、苗木君。言いたいことがあるならはっきり言って頂戴」
 不機嫌そうな目をこちらに向ける。とは言っても不機嫌そうなのは見た目だけで、これがいつもの反応だ。
 職業柄(と、本人は言ってきかない)たいへん鋭い眼と、突き放したような物言いで誤解されがちだけど、霧切さんはとても情が深く、優しい人なのだ。
 そうでなきゃこのミス研もとい探偵事務所に猫探しみたいな依頼が何度も来るはずがない。
「いや、特には、ないけど。……あえて言うなら、そうだね。なんで”苗木探偵事務所”なのさ」
 探偵は霧切さんでしょう? と視線に込めてみる。とくべつ鋭いわけでもない僕の視線を受けようとも、霧切さんにとっては平気の平左だろうけど。
……あれ、視線そらした。
「最初に言わなかったかしら? 探偵は目立ってはいけないのよ。常に中立であるために。だからあなたの名前を拝借したというわけ」
「結構前にも訊いたと思うけど……なんで僕の名前なの? その理屈なら、山田探偵事務所でも十神探偵事務所でも良かったじゃない」
 霧切さんは僕が入部を決める前から僕の名前を使おうとしていた。というかこのひと”苗木誠探偵事務所”で部活動申請してた。
 僕がそう言うと、何故か霧切さんは顔を赤くした。手を組み合わせたり解いたり、視線はあっちこっちへ飛び散って落ち着きがない。
 やがて視線が定まる。真っ赤な顔で恥ずかしそうにちらちらと僕の方を見てくる霧切さんは、なんだか新鮮だ。
「言わなきゃダメ、かしら? ……こ、これ以上、言わせるつもりなの? 苗木君」
「やった勝った!」 「ちょ、何!?」

どっとはらい。

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