ナエギリ春夏秋冬 第一話『春に着ていく服がない。』

 霧切さんは時々、ほんとうに言ってはならないことを言うと思う。

「苗木君、貴方の私服なのだけど………フルジップのパーカーってちょっとないと思うわ」
「………………………………は?」

 季節は春。長かった冬がようやく終わり、桜の蕾も膨らんできたある休日のこと。
 私服で登校してきたボクに対して、彼女は大真面目な顔でそうのたまったのだった。

「大体ソレ、いつ全部閉じるのよ? 昔から自分が見えないところにまで気を遣うのが粋だとか言うらしいけど、自分が見えなくなるのは果たして粋なのかしら。
目立ちたいのか目立ちたくないのか、ちっともわからないわ」
「いや、目立ちたいとは思ってないけど……」
 むしろ目立とうと思っても目立たないのがボクのボクたる所以である。最近は”超高校級の平凡”だなんていう人がいるのだけど、正直ボクも”幸運”なんかより
ずっとそっちの方が相応しいと思っている。
 ちなみに言い出したのは江ノ島さんである。
「じゃあその、フードにプリントされてる模様は永久に真っ二つのままなの? 理解できないわ……そういう意匠ならまだしも、明らかに原型は円じゃない」
「えーとえーと、……えーと」
 涙目である。半泣きである。正直勘弁してほしいけど霧切さん本人にはからかう気など全くなく、むしろ興味津津のようだから手に負えない。厄介だ。
「模様はひとまず置いておきましょう。苗木君、貴方それジッパーを全部あげて街を歩ける? 危ないわよね。外では無理、と。なら、家の中で活用するかしら。
ご飯も食べられない、本も読めない。……困ったわ。使いどころが無いのよ、苗木君」
「ああ、そう………」
 もう好きに言えば良いと思う。ボクもどうしてこの服を買ったのかなんて覚えていない。ただボクが選んだということは、これが極めて無難で、平凡で、普通で、
よくあるものだということと同義だ。
「大体こんなの、ドコで売ってるのよ。こんな……苗木君、ちょっとコレ全部閉じてみてもいい?」
「うわ、ちょっとやめてよ」
 今まさに平凡の定義が危機に陥っていた。ていうか痛い。前髪挟んでるよ霧切さん。
 なんか霧切さんの瞳がキラッキラしている。新しい遊び道具を買ってもらった猫のようだ。補足すると猫は小さい時から遊んでやらないと、大人になって急には
おもちゃでは遊ばない。現実逃避終わり。
「ちょ、ちょっと霧切さん、やめ」
「抵抗しないの。少しだけだから」
「フルジップに少しもないでふが」
 結局ジッパーを全部上げられてしまった。何も見えない。音も小さく聞こえるし、声もくぐもってしまう。ホントに何のためにあるんだ、この機能。
「謎だわ……一体誰が、何のためにこんなものを」
 オーパーツを初めて見た時みたいな反応を止めてほしい。何も見えないことも相まって、なんだか切なくなってきた。
「………あ」

 ――わかったよ、霧切さん。これ、人前で泣けない時に閉じるんだよ。

 そこまで思い至ったボクの目から一粒、涙がこぼれ落ちた。布地に吸われてすぐに消えた。
「それにしても。…………滑稽ね」
「うわーん!」

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