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あれはまだ私が中学生の頃だった。

既にアイドルとして少しだけメディアに露出し始めており、毎日学校に通えていたわけではなかったが、その日は朝から学校にいた。
昨日に行った撮影の疲れと社会と言う眠気を誘う授業、更には席が窓際だったこともあり、午後の穏やかな日差しも合間って私はぼ~っと中庭を眺めていた。
そんな私の目の前をフっと大きな影が横切る。
ビックリした私がその影を鶴だと認識する頃にはその影は中庭の中央へと降り立っていた。

なんでこんなトコロに鶴が?

その存在は私の眠気を覚ますのには十分で、その授業の間はずっとその鶴を眺めていたのを覚えている。
休み時間になると珍しい訪問者を一目見ようと次々にクラスメイト達が窓際に寄って来た。

「うわっ!本物とか初めて見た!」
「意外と大っきいんだね~。」
「迷い込んじゃったのかな?」

その騒ぎは次の授業が始まっても収まらず、先生がカーテンを閉めてしまったので仕方なく授業を聞いていたのだが、私だけでは無く、みんな揃って鶴を気にしていたのは間違いない。

そんな状態のまま午後の授業も受け終え、カーテンを開いた時も、鶴はまだ中庭にいた。
しかし、今度は鶴だけでは無く、1人の男子生徒も中庭に立っていたのだ。

「苗木~!捕獲だ、捕獲!捕まえろよ!」
「さすがだぞ苗木!飼育委員の鏡っ!」
「苗木君~!頑張って!」

隣りのクラスが盛り上がっていることを見ると彼は隣りのクラスの生徒なのだろう。
ゆっくりと鶴に近づくその男子生徒にウチのクラス、果ては違う学年の教室からも声援が届く。
職員室から先生までもが顔を覗かせている状態だった。
そんな声援に苗木と呼ばれた彼は困った様な顔をして手を振り、そのまま鶴へと近づく。

お調子者なのかな。

そう思った。
しかし、その考えは彼の真剣な顔を見てすぐに引っ込む。
鶴を怖がらせないように近づく彼の表情は真剣そのもので、その顔を見た瞬間から私は彼のことを見ていたのかもしれない。

ワァァァァ!

と、一際大きな歓声が上がった。
彼が鶴を抱き締めるように捕獲することに成功したのだ。
身長の低い彼が鶴を抱き締めると鶴がより一層大きくなったようだ。
そのまま彼は中庭を抜け、グランドの方へと歩いていく。
その動きに見物していた生徒達も付き従う。

「さやか!私達も行こうよ!」

友人が手を引っ張るが、もちろん私もそのつもりだった。
見たいモノの対象は違ったかもしれないけれど…。
駆け足で廊下側の窓を覗いた時、校舎からちょうど彼が出てきた。
上履きのまま彼がグランド向かって進み出す。
次の瞬間だった。

バサァ!

と言う大きな羽音と共に鶴が彼の腕の中から飛び立ったのだ。
その衝撃で彼は転んでしまい、校舎が笑いに包まれた。
その時から他のみんなは飛び立った鶴だけに気を取られていただろう。
だからこそ、その瞬間を見ていたのは私だけだったはずだ。
転んだままの彼が、飛び立った鶴を優しく微笑みながら見ていた瞬間を。
助けてあげたのに何の報いも無いどころか、全校の笑いものになってしまったにも関わらず、彼は本当に優しく笑って鶴を見送っていたのだ。

「ねぇ。彼の名前…何て言うか知ってます?」
「へ?…あぁ。苗木君のこと?確か下の名前は誠だったような…。」

おそらく場違いな質問であっただろう私の問いに友人は訝しげに私を見たが、そんなことはどうでもよかった。
今は只、まだ転んだまま鶴を見上げる彼ーー苗木誠君を見つめていたかったのだ。


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